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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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141・マールの決意

第141話になります。

よろしくお願いします。

 身体の震えが止まらなかった。


 ここは7年前の世界。


『闇の子』だって、まだいない世界のはずだ。


 それなのに、


(なぜ、()()()()をした女の人がいるの!?)


 心の中で、僕は叫ぶ。


 旧街道で出会ったオーガ、ケラ砂漠で出会った刺青をした男女――全員が恐ろしい力を秘めていた。


 金印の魔狩人がいなければ、僕はそこで殺されている。


 驚いているのは、僕だけではなかった。


「馬鹿な、竜が人に……っ!?」


 オルティマさんが混乱を滲ませた声を漏らす。


 4人の狩人も同様だ。


 いや、僕らの後ろに控えている村人たちも、顔を見合わせ、「なんだ、今のは?」「嘘でしょ?」と不安のざわめきを広げている。


 当たり前だ。

 魔物が人に変身するなど、この世界でも異常な出来事なのだから。


 一方で、刺青の女は涼しい顔だ。


 現れた神血教団ネークスの教団員から、まるで女王のように、その刺青の裸身に黒ローブを羽織らされる。


「やれやれ、手間をかけさせてくれるわ。さすが、忌まわしき半魔の集団ね」


 吐息交じりの声。


 甘く色っぽくて、けれど、猛毒のような禍々しさを感じさせる。


 小さな声量だったのに、村人のざわめきが消えた。


 年齢は、20代。


 刺青に包まれた全身は肉感的で、長い黒髪に覆われた美貌は、とても妖艶だ。血のような赤色の瞳は、けれど、光なく冷酷な印象を与える。


 ギュッ


「……マ、マール君」


 少女イルティミナさんの震える指が、僕の袖を掴む。


 彼女は怯えていた。


 ルド村の人々の中、なぜか、ただ1人だけ、正確にその脅威に気づいていた。


「お前さんたちは、何者だい?」


 村長さんが、杖をつきながら前に出た。


 刺青の女は、笑った。


「神血教団ネークス。半魔の血を絶やすため、世界を浄化する集団よ」


 そして、美しい右手を軽く持ち上げた。


 途端、背後に控えていた白い仮面と黒ローブの集団が、一斉にローブの中から弓を取りだし、こちらに構えた。


 先端の鏃には、布が巻かれていて、そこに炎が灯される。


「!」


 硬直するルド村のみんな。


「待て!」


 村長さんが叫ぶ。


「私らは、ここで隠れて暮らしているだけじゃ。世界に関わる気もなければ、誰かと争う気もない!」

「あら、そう?」


 ヒュ


 刺青に包まれた右手が、前に動いた。


 バシュシュッ


 炎の矢が空を飛んだ。


 それらは周囲にあった村の建物に次々と突き刺さり、その炎を木造の家屋へと移していく。


「あぁ!?」

「や、やめて!」


 村人の悲鳴が湧く。


 炎はあっという間に勢力を増し、猛々しい火炎となって村全体を赤く染めていく。


 舞い上がる黒煙が、青い空を埋めていく。


(熱……っ)


 火の粉が舞い、凄まじい熱気が僕らを襲う。


「いかん、食糧庫が……っ!」


 狩人の1人が叫んだ。


 村の奥にあった倉庫のような建物にも、悪意の炎は引火していた。


 ルド村の人々の生命線。


 これまで必死に蓄えてきた食糧が、轟々と燃え盛る炎に焼き尽くされていく。


 その絶望に、村人の中には、膝から草原に崩れる人もいた。 


 刺青の女は、


「あはははははははっ」


 喉を晒して、楽しそうに哄笑していた。


(…………)


 僕は、剣の柄を強く握る。


「貴様ら!」


 オルティマさんが強い殺気を込めて、弓を構えた。


 ドシュッ


 そんな彼の肩を、炎の矢が貫いた。


「あなた!」


 フォルンさんの悲鳴があがった。


 その腕に抱かれ、眠りかけていた幼女は、びっくりして目を覚ます。


「……あう?」


 そして、周囲の状況に気づくとポカ~ンとし、やがて、母親の悲痛な表情を見つけると、「うぁあああああん!」と大声で泣き始めてしまった。


 仲間の狩人さんが、オルティマさんの矢を抜く。


 血が草原にこぼれる。


「大丈夫か、オルティマ!?」

「く……っ」


 苦痛に、彼の表情は歪んでいる。


 その視線の先で、神血教団ネークスの教団員たちは、その炎の矢を、今度は村人たちに対して向けていた。


「あ……あぁぁ……やめて、やめて……」


 少女イルティミナさんが震えていた。


 蒼白な顔色。


 悪夢を見せられている絶望の表情。


(――――)


 それを見ていて、僕の中に、妙な確信が生まれた。


 これは実際にあった出来事だ。


 7年前、現実にこの出来事は起きていて、彼女の中にある()()()の記憶がそれを思い出させている。


「……やむを得んかの」


 村長さんが、杖を剣のように持ち上げる。


 それを見て、ルド村の村人たちは覚悟を決めた顔になると、それぞれの手にあった鍬や鋤、包丁などを構えた。


 全員、『魔血の民』だ。


 普通の人間よりも、圧倒的に身体能力に優れている。


(待って……待ってよ)


 それでも、相手は、本物の武器を手にした狂信者集団だ。


 数も、100人以上はいる。


 崩された岩山の瓦礫の奥からは、新しい魔物たちも村の中へと流入してきていた。


 ――どう見ても、勝ち目はない。


 倒れそうなイルティミナさんを抱き支えながら、僕は、みんなを止めようとした。


 その寸前、


「マール君」


 フォルンさんが僕の名を呼んだ。


 顔を上げると、彼女は僕の隣に膝をつき、幼女を草原に下ろした。

 幼女は、すぐに姉に抱きつく。


「どうか、この子たちを連れて逃げてください」


(……え?)


 金色の瞳に真剣な光を灯して、フォルンさんは、僕を真っ直ぐに見つめる。


「子供たちだけでも逃がしたいのです。どうか、貴方の力を貸してください。そのための時間は、私たちが稼ぎます。だから、その間に……どうか」


 そう言い残して、彼女は立ち上がる。


 傷ついた夫を支えるようにしながら、まるで神血教団ネークスの視線から、僕らを隠すように前に立った。


 いや、彼女だけではない。


 他の村人たちも、同調したように僕らを隠す位置にさりげなく立っていた。同じようにルド村の10代の子たちは皆、他の村人たちに隠されている。


 ルド村の大人たちは、勝ち目の薄さをわかっていた。


 それでも、子供たちのために、あえて戦う道を選ぼうとしていたのだ。


「……っ」


 反射的に、僕は、村のみんなに何かを言おうとした。


 でも、


(!?)


 声が出なかった。


 いや、身体が動かせない。


(アークイン!?)


 僕の中にある『神狗アークイン』の魂が抵抗を示していた。


 バチンッ


 脳裏に映像が弾ける。


 炎に包まれる村。


 そこで、白い仮面と黒ローブの人たちに、村人たちが殺されていく光景。


「あ……ぁ」


 焼け焦げる臭い。


 肌に痛みさえ感じるほどの熱気。


 黒煙に包まれた空を、無数の火の粉が、キラキラと美しく舞っている。


 草原に倒れるルド村の人々。


 そこには、オルティマさんとフォルンさんもいる。


 大地に血だまりが広がっていく。


 泣き叫ぶイルティミナさん。


 背中に矢が刺さったまま、幼女を抱えて、森を走っている。


 追いかける悪意の教団員たち。


 全て、7年前に起きた出来事。


 それらを見届けた瞬間、僕の存在は、7年後の世界へと戻される――アークインの魂が、そう教えてくれた。


(嘘だよね、アークイン?)


 僕は、自分の右手を見た。


 この村人たちを見捨てることで、僕は助かるって?


 7年後の僕も、召喚された森でイルティミナさんに出会い、アルドリア大森林で死ぬことはなくなる。


 世界には希望が残される。


 顔を上げた。


 村人たちは恐怖に怯えながら、武器ともいえない武器を構えていた。


 皆、絶望を感じている。


 もしも僕がこの人たちを助けてしまったら――7年後に召喚された『神狗ぼく』はアルドリア大森林で死に、ここにいる僕も、因果に導かれて消滅する。


 当然、7年後の世界に戻ることもない。


「…………」


 なんだよ、その2択は!


 葛藤で、頭が焼き切れそうだった。


 アークインの魂が叫ぶ。


 これは、過去だ。


 すでに過ぎ去った、確定された事象の1つ。干渉は許されない。


 この村を見捨てろ!


 世界のために。


 己のために。


 目の前の人々を救うことで、未来の人類を見捨てるという大罪を犯してはならない!


(~~~~)


 僕は唇を噛みしめた。


 血がこぼれる。 


 涙が滲んだ。


 正しい道を歩め――そうアークインは伝えてくる。


 わかってる。


 わかってるよ、それが正解なんだろう?


 これから起きる悲劇から目を逸らして、全てに耳を塞いでいれば、世界はより良い形に収まるんだ。


 その時、


「……マール君」


 震える声が、僕の耳朶を打った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 紅蓮の炎が、ルド村を焼いている。


 周囲の大人たちは、一触即発の空気の中、数十メードの距離で睨み合っている。


 その人々の後方で、


「…………」

「…………」


 僕とイルティミナさんは見つめ合っていた。


 美しい真紅の瞳。


 涙を滲ませたその人の瞳から、僕は目が離せない。


 彼女の唇から、震える声がこぼれた。


「みんな、死んでしまう」

「…………」

「どうしよう? それがわかるの。でも、どうしたらいいのか、わからないの」


 白い指が、僕の袖を握っている。


(…………)


 僕は、馬鹿だ。


 燃える家屋が崩れ、火の粉が弾ける。舞い上がる火の粉が、少女を照らす。


 僕は、目を閉じる。


 ――なぜ、僕はここにいる?


 世界のため?


 人々のため?


(……違う)


 そう気づいた。


 アルドリア大森林・深層部で、死んでしまうはずだった僕を助けてくれたのは、誰だったろう。


 こんな僕のことを、今まで守ってくれたのは、誰だったろう。


 ずっと、そばにいてくれたのは誰だったろう。


「あぁ……」


 僕は息を吐いた。


 その人が、この7年前の世界に来る前に言っていた言葉を覚えている。


『……やり直したい』


 と。


 僕は、きっとその願いを叶えるために、過去ここにいる。


 目を開けた。


 あの人の若かりし姿が、そこにあった。


 泣きじゃくる妹を抱きしめて、震えながら僕を見つめる少女は、今にも泣いてしまいそうだった。


 僕は、笑った。


 きっと最初から、覚悟は決まっていた。


 でも、気づくのが遅かっただけなんだ。


 アークインの魂は嘆いていたけれど、同時に、理解もしてくれた。だから、この肉体を縛っていた抵抗も消えていく。 


 自由を取り戻した僕は、静かに言う。


「大丈夫だよ、()()()()()()()()」 

「…………」


 見上げる少女。


 僕は、そんな彼女に――不意打ちで、唇を重ねた。


 少女は、驚きに目を丸くする。


 羽根に触れたような感触。


 一瞬の逢瀬。


 すぐに離れた。


 呆ける少女を見つめて、僕は言った。


「みんな、僕が助ける」


 覚悟の一言。


 そして、『妖精の剣』を片手に立ち上がる。


 猛る炎の中、神血教団ネークスとたくさんの魔物たちがいる方向へ、ゆっくりと歩き出した。


 この命と存在は、彼女に捧げよう。


 世界のことも、人類の未来も、自分自身のことも捨てて、ただ彼女の涙を止めるためだけに己の全てを使おう。


(僕は、マールだ)


 神狗であって、神狗じゃない。


「マ、マール君!?」


 驚いた彼女の呼び止める声。


 僕は足を止め、青い瞳をそちらに向ける。


 そこには、困惑を刻んだ少女の顔があった――幼くても、あの人の面影を色濃く残した、とても美しい顔だった。


 僕は瞳を細めて、


「ずっと大好きでした」


 初めての告白。


 硬直する少女。


 その姿に小さく笑って、


「――さようなら、イルティミナさん」


 二度と振り返らぬ覚悟を決めて、前を向く。


 ザッ ザッ


 草を踏みしめ、舞い落ちる火の粉の中、僕は歩いていく。


 ルド村の大人たち。


 神血教団ネークスと集まった魔物たち。


 刺青の女。


 たくさんの殺意が渦巻く空間に、自らの身を投げ入れるため、この体内にある大いなる『力』の蛇口を開いていく。


 そして僕は、


「――神気、解放」


 その神獣たる『神のいぬ』としての力を、紅蓮の炎が猛る空間へと、静かに解き放った。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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