137・村での日々1
第137話になります。
よろしくお願いします。
ルド村に滞在して、1週間が過ぎた。
あれから僕は、剣の腕を買われて、オルティマさんたち5人の狩人と一緒に、村の外の森へと何度か見回りに出ていた。
(……魔物の臭いは、しないね)
森を流れる風の匂いを確認して、僕は「ふぅぅ」と息を吐く。
「この辺は大丈夫」
「そうか」
頷くオルティマさん。
「マールがいてくれて助かるよ」
「まったくだ」
僕の嗅覚に、他の狩人さんたちが笑っている。
オルティマさんを含めた5人の狩人は、獲物の狩猟以外に、ルド村の守り手の役目も担っているそうだ。
特にオルティマさんは、月に1度、町まで行って、外の世界の情報を集めたりもしているんだって。
「よし。一度、村まで戻るぞ」
そのオルティマさんの指示で、僕らは、再び森の中を移動する。
移動する時、彼らはあまり足音を立てない。
身体能力に優れた『魔血の民』だから、というだけなく、彼ら自身の修練の賜物だと思った。
(戦う時も、凄かったもんね)
2日前に1度、魔物を発見したことがあった。
狼型の魔物。
イルティミナさんを襲っていたのと同じそれは、『白牙狼』という魔物だった。
発見したのは、僕。
けど、樹上を移動し、気配に鋭いはずの魔物たちに気づかれずに、弓の一斉射で射殺したのは、彼らだった。
恐ろしいほどの隠密能力。
そして、正確な弓の腕だった。
(……冒険者なら、全員、『白印』以上かな?)
と思った。
その戦闘力は頼もしい。
でも、それを差し引いても、彼らにとって『戦い』というのは、かなり危険を伴う行為だった。
理由は、怪我ができないから。
このルド村には、回復魔法の使い手がいないのだ。
『魔血の民』は、普通の人よりも魔法使いの適性が高い。
だけど、魔法の発動には、ソルティスの大杖のような『魔法の発動体』が必要で、それはとても高額だった。そして、差別を受ける『魔血の民』が買おうとすれば、より高値を吹っ掛けられる。
昔はそれでも購入したそうだけど、それが粗悪品で、安全装置が壊れていた。
タナトス魔法は発動に失敗すると、膨大な魔力が術者に逆流する。
それを防ぐのが安全装置。
けど、壊れた粗悪品を売りつけられたせいで、かつて村人の1人が魔法に失敗した際、脳にダメージを受けて死んでしまったそうだ。
そして、それが村長さんの旦那さん。
「…………」
僕は、青い空を見上げる。
そうしてそれ以降、ルド村には、魔法使いがいなくなった。
そういうわけで、小さな傷でも治す方法がない。
戦闘での負傷は、即、命取りになるんだ。
(ソルティスの魔法って、本当に凄かったんだね……)
重傷者さえも助ける力。
今になって、そのありがたみを実感する。
そして、オルティマさんたちが、気配を消して弓での遠距離戦を好むのも、そういう理由があったからなんだとわかった。
「しかし、本当に魔物を使役できるもんなのか?」
「さぁな」
ふと村に戻る途中、彼らの会話が聞こえる。
「だが、現に森に魔物はいた」
「偶然では?」
「この7日で、2度も遭遇してるのにか?」
「……むぅ」
他の村人には話していないけれど、この人たちには、魔物が人為的に放たれている可能性を話してあった。
(確かに不思議だよね)
人の身で、そんな真似ができるのか。
少なくとも、博識のソルティスからそんな話は聞いたこともなかった。
ふと思いついたのは、
(……『闇の子』)
あの魔物を生み出し、それを従わせていた黒き存在だ。
でも、ここは7年前。
『闇の子』も、まだ生まれていない時代なんだよね。
う~ん?
ま、悩んでいても仕方がない。
僕は呟く。
「その分、美味しいお肉が手に入るから、いいよね」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ん?
気づいたら、4人の狩人がこちらを見ていた。
そして、大爆笑された。
「わははっ、さすが、食いしん坊マールだ!」
「やっぱり冒険者って、考え方が違うよな~」
「は、腹痛い……っ」
「っっっ」
えぇ?
(そ、そんな変なこと、言ったかな?)
だって、魔物の肉、美味しいよね?
ね?
(それに、この間、仕留めた『白牙狼』のお肉も、村のみんなで食べたじゃないか)
笑う4人に、不満げな僕。
そんな僕らを見つめて、先を歩くオルティマさんは「はぁ……」と長く重いため息をこぼしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
ルド村に帰ると、村長さんに報告に行くオルティマさんや他の4人の狩人さんと別れて、僕は、居候しているイルティミナさんの自宅へと向かった。
家が見えてくると、
「おかえり、マール君」
「おぁ~り、マァル~」
玄関前にいた姉妹が、僕に気づいて声をかけてくれる。
僕は「ただいま」と笑った。
少女イルティミナさんは、椅子に腰かけて、小さなナイフで木片を削っていた。
どうやら、売り物の木彫りを作っているみたいだ。
(あれは、鹿かな?)
まだ未完成だけど、そう思う。
足元には、木屑がいっぱいだった。
ソルティスは、玄関の柱にロープで繋がれたまま、木片を組み合わせて、積み木のように遊んでいる。
また近くの地面には、完成した木彫りが3つほど置いてあった。
それを眺めて、
「やっぱり上手だね」
「ありがと」
僕の言葉に、彼女は優しくはにかんだ。
「でも、売れるかわからないんだ」
「ふぅん?」
彼女は手を止めて、空を見上げる。
「私、この村でずっと暮らしてるから、作れるのも森の動物だけなの。そういうのって、あまり目新しくもないでしょ?」
とため息をこぼす。
(う~ん?)
僕は腰ベルトのポーチから、前にもらった木彫りの鷹を取り出す。
「僕は好きだけどなぁ」
「ありがと。……でも、他の人は違うみたい」
ちょっと諦めたような笑顔。
その笑顔を見ていたら、『なんとかしたい』と思ってしまった。
少し考えて、
「これ、もらっていい?」
なるべく平らな木片を3つほど、手に取った。
「? いいけど」
「ありがとう」
僕は地面に座ると、ポーチから墨と筆を取り出した。
サラサラ
いつものように特徴だけを捉えて、筆を走らせる。
「……わ、上手?」
少女イルティミナさんの驚いた声。
僕が描いたのは、この森で出会った『白牙狼』や『魔熊』の絵だった。
他にも、
『邪虎』
『赤牙竜』
『人喰鬼』
『ゴブリン&ホブゴブリン』
『骸骨王』
『砂大口虫』
『石化の魔蛇女』
『翼を生やした騎士像』
『龍魚』
『スライム&毒ガエル』
『暴君の亀』
など、覚えてる限りの魔物の姿を、木片の上に描きだす。
少女は目を輝かす。
「凄い! 何これ?」
「今まで戦ってきた魔物だよ」
僕は答えた。
彼女は、僕の横顔を見つめて、「こんなに!?」と驚いていた。
幼女も積み木遊びをやめて、
「ほぇ~」
なんだか、僕の描いた絵に見入っている。
(ちょっと嬉しいな)
思わず、得意げな顔になってしまう。
「もしよかったら、参考にして作ってみてよ。魔物の木彫りは、結構、珍しい気もする。ひょっとしたら、旅の冒険者が買ってくれるかもしれないよ?」
「う、うん」
僕の渡した木片たちを、彼女は大事そうに受け取った。
木片を見つめ、それから僕を見る。
「ありがとう、マール君! 私、がんばる!」
「…………」
その笑顔は、とても眩しかった。
青い瞳を細めて、僕は、やる気になっている彼女を見つめた。
と、
「あらあら、どうしたの、イルナ?」
家の戸口が開いて、フォルンさんが顔を出した。
僕を見つけて、
「おかえりなさい、マール君」
と微笑む。
相変わらず、綺麗な人だな、と思った。
僕は「ただいま」と答え、少女イルティミナさんは母親に木片を見せながら、今のやり取りを説明する。
フォルンさんは「まぁ」と声を発して、
「シュムリアには、こんな魔物が存在しているのね」
感心したように木片の絵を凝視する。
えっと……、
(……本当は、アルンで見た魔物も多いんだけどね)
この際、それは言うまい。
フォルンさんがなんだか感慨深そうな表情で、木片を娘に返しながら、
「実はね。私たちの祖先も、昔はシュムリアで暮らしていたそうよ」
と言った。
(え? シュムリアで?)
「そうなの?」
僕だけでなく、娘の方も初耳だったらしく、真紅の瞳を丸くしている。
フォルンさんは穏やかに笑って、頷いた。
「シュムリアにあるどこかの森でね。とある神様に仕えて、ずっと暮らしていたんだって。300年も昔の話だそうよ」
「へ~?」
感心するイルティミナさん。
(…………)
僕は訊ねた。
「とある神様って?」
「名前は、わからないわ」
紫色の髪を揺らして、首を左右に振るフォルンさん。
「でも、その信仰を捨てて、森を出たっておじい様から聞いた記憶があるの」
「…………」
そうなんだ。
…………。
まさか、ね。
僕が転生したアルドリア大森林・深層部では、かつて、狩猟の女神ヤーコウルの信者たちが、いつか現れるという『神狗』の世話のために、ずっと暮らしていたという。
(つまり、その人たちの子孫が……?)
僕は、目の前の美しい母娘を見つめる。
もしそうなら、大人のイルティミナさんは、知らずに祖先の地へ赴き、そして、そこで僕に出会ったことになる。
…………。
いや、深く考えるのはよそう。
本当にそうだとは、限らないんだ。
仮に本当だったとしても、あの時、あの森でイルティミナさんが僕を助けてくれたのは、彼女の意志だ。
決して、過去の血によってじゃない。
もし本当だとしても、運命のような不思議な縁は感じるけれど、でも、僕と彼女の紡いできた時間は、決して、遥かな過去とは関係がなく、お互いが望んで生まれた絆だったはずだ。
(うん、それでいいよね)
僕は、1人自分を納得させて、頷いた。
それから少女のイルティミナさんは、僕に細部の情報を聞きながら、一生懸命に魔物の木彫りを作り始めた。
幼女ソルティスはお眠になって、母親のフォルンさんに抱かれて家の中へ。
僕らは2人きりで、日が暮れるまで家の前にいた。
やがて、作業を終えて、
「まだ慣れてないから、難しいわ」
そう言いながらも、木屑を顔につけた少女は、とても満足そうな顔で笑っていた。
髪や頬の木屑を指で取ってやると、彼女は、少し恥ずかしそうだった。
(可愛い……)
頬を赤くする彼女に、僕もちょっと見惚れてしまった。
夕日に照らされながら、僕らはお互いに照れていた。
つい、視線を空へと逃がす。
(……ん?)
その夕暮れの赤い空に、黒い影が飛んでいるのが見えた。
遠いけれど、結構、大きい。
「飛竜かしら?」
気づいたイルティミナさんが教えてくれる。
「とても珍しいけれど、たまに見かけることがあるのよ」
「そうなんだ?」
岩山に囲まれた隠れ里も、あの飛竜からは丸見えだろうな、なんて思った。
黒い飛竜の影は、すぐに遠くに消えていった。
僕らは、それを見送ってから、
「…………」
「…………」
互いの顔を見つめて笑い合い、そうして、一緒に家へと入るのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




