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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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136・魔熊の肉祭り

第136話になります。

よろしくお願いします。

「神血教団ネークス?」


 聞き返す村長さんに、僕は頷いた。


「僕も、詳しくは知らない。でも、魔血の根絶を目的にしている過激派集団だって聞いてる」

「…………」

「…………」


 その言葉に、村長さんもオルティマさんも顔をしかめて、黙り込んだ。


 初めて見たのは、フレデリカさんたちアルン騎士が戦っている場面でだった。


 そして、思い出す。


 その時、イルティミナさんは彼らの仮面と黒ローブの姿を見て、強い反応を示し、激しい敵意を燃やしていたんだ。


(……まさか)


 そこから導かれる結論に、ゾッとする。


 そして、逆算される現在の状況は、


「――連中は、このルド村を探しているのか?」


 そうオルティマさんが呟いた。


 確かに、その可能性が一番高い。


 どうやっているのか知らないけれど、彼らは、魔物を操ることができるようだ。そして、その使役した魔物で、この地方一帯を捜索しているように思えた。


 つまり、『山狩り』だ。


 オルティマさんたちルド村の人は、生きるために、たまに近くの町まで行商をしている。


 多分、そこから情報が漏れたんだ。


 正確な村の位置は掴まれていないと思うけれど、この付近の山や森の中で、『魔血の民』が暮らしている事実はばれてしまったのだろう。


 とはいえ、レスティン地方は広い。


(だから、魔物を使役して……?)


 怪しい付近に魔物を放ち、そこにいる人たちを皆殺しにしようとした。


 そんなことをすれば、『魔血の民』ではない狩人の人たちも、被害に遭うかもしれない。でも、狂信者の彼らなら、尊い犠牲とでも言い切ってしまいそうだ。


 魔物が目撃されてから、2~3ヶ月。


 それだけの期間をかけて、範囲を少しずつ潰していき、そして、ついにルド村の喉元まで、彼らの狂った刃は届き始めたのかもしれない。


「…………」

「…………」

「…………」


 無言のまま、僕らは、テーブルに置かれた白い仮面を見つめた。


 やがて、村長さんは息を吐いた。


「そうかい。そんな連中がね……」


 そう呟く表情は、酷く疲れて見えた。


 そこには、これまで幾度となく彼女が受けてきた、魔血迫害の歴史が垣間見えているようだった。


 その隣に座るオルティマさんは、何かを押し殺すように、きつく唇を噛みしめている。


 僕は聞く。


「どうするの?」

「どうもしないさ。いつものように、嵐が過ぎるのを隠れて待つだけさね」


 村長さんは、そう答えた。


 それからオルティマさんに、


「しばらく、アンタら以外は、誰も村の外には出ないように伝えとくれ」

「はい」

「それと、余計な不安を煽るといけない。村の連中には、まだ黙っとくんだよ。――マール坊もね」


 こちらを見た視線は、村を守る責任者らしく鋭かった。


 もちろん僕は頷いた。


 それに村長さんは、少し表情を和らげて、


「……なんだかマール坊も、悪い時にここへ来たね」


 と苦笑した。


 僕は答えた。


「良いことも悪いことも、いつも突然だよ。だから気にしてない」


 今まで、ずっとそうだったんだ。


 僕の言葉に、村長さんは「そうかい」と頷いた。


「下手に村を出るのは、逆に危険かもしれないね。マール坊も、しばらくこの村に隠れていな」

「うん、ありがとう」


 お礼を言うと、


「何、いざとなったらマール坊の剣の腕を利用しようっていう、年寄りの悪知恵さね」


 と茶目っ気たっぷりに笑った。


 思わず、僕も笑ってしまった。


 すると突然、オルティマさんが席を立って、部屋の出口へと向かう。


「村の皆に、伝えてきます」


 パタン


 呆気に取られる僕らを残して、扉が閉まった。


 村長さんは、嘆息する。


「やれやれ、可愛い娘を持つ男親としては、別の心配もあるようだねぇ」

「???」


 意味ありげな視線を向けられるけど、よくわからない。


 首をかしげる僕に、彼女はまた笑って、冷めてしまったお茶を淹れ直してくれた。


 それを飲み切ってから、僕は、村長さんの家をあとにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 その日の夕方、村長さんの提案で、村では『魔熊の肉』が村人全員に振る舞われることになった。


 久しぶりの大物だということで、ルド村の人たちは、みんな大喜びだ。


 村人総出で解体し、調理をする。


 保存用に燻製にするものは別にして、それ以外は、煮たり焼いたり、それぞれ好きな方法で食べられる。 


 赤焼けの空に、美味しそうな匂いと一緒に、何本もの煙が昇っていく。


(いい匂い)


 思わず、涎がこぼれそうだ。


 村の中央の草原には、5つほどの焚き火が用意されている。


 そこで調理を担当するのは、主に村の女性陣のようで、その中には少女イルティミナさんやその母親フォルンさんも含まれていた。


 僕は、草原に横倒しされた丸太の長椅子に、幼女と座って待機中だ。


「…………」


 その間、他の村人たちからの視線を感じる。


 姉妹を2度助けたこと、魔熊を倒して村に貢献したこと、それらがあったからか、最初に村に来た時ほど警戒された視線ではなかった。


 でも、まだ打ち解けた感じじゃない。


(ま、仕方ないよね)


 彼らの中には、差別をされた人も多いだろう。


 僕からも、どう接していいのかわからない部分もあって、ただジッと料理を待つことにする。


 ジュウジュウ……


(……でも、本当にいい匂い)


 早くできないかなと、待ち侘びる。


 やがて、調理は完了。


 料理した女性陣が手ずから、待っている村人たちへ料理を配っていく。


 僕らの元へも、


「はい、お待たせ、マール君、ソル」


 少女イルティミナさんが、3つの器を持って、やって来てくれた。


「やぁた~!」


 幼女ソルティスも、周りと一緒に歓声をあげていた。


 オルティマさんも、フォルンさんから器を受け取っている。


(おぉ、美味しそう……っ!)


 ゴクンッ


 思わず、唾を飲み込む。


 器にあるのは、ソースたっぷりの焼かれたお肉たちの連なりだった。ちょっと焦げた香ばしい匂いが堪らない。


 イルティミナさんは、幼女の隣に座る。


「ふふっ、召し上がれ」


 目を輝かせる僕らに、彼女は笑った。


「いただきますっ」

「いたーきま~ふっ」


 僕と幼女は同時に告げると、木製フォークで、焦ったように口へとかき込んだ。


 ガツガツ ムチャムチャッ


(う、美味い!)


 それ以外、言葉が見つからない。


 ついこの前まで『大迷宮』に潜っていて、その間は、ずっと味気ない携帯食料ばかりだった。


 遺跡も出てからも、ダメージを負った肉体を気遣われて、柔らかなお粥ばかり。


 お肉は、本当に久しぶりだった。


 溢れる肉汁。


 噛み応えのある食感。


 香ばしいソースが、より肉の旨味を引き立てる。


(あぁ……染みる)


 胃の中に入った瞬間、全身に肉の栄養が広がっていくようだった。


 魔物の肉だとか、すっかり忘れていた。

 まるで気にならない。


 ――美味しいは正義!


 これは世界の真理の1つだと、僕は思った。


「うま、うまぁ!」


 ムッチャムッチャ


 隣で、頬をリスのように膨らませて、至福の表情を浮かべる幼女も、きっと同じ気持ちだったろう。


 僕らは、あっという間に器を空にする。


 少女イルティミナさんは、呆気に取られていた。


「おかわり!」

「おあわぃーっ!」


 揃って差し出される、2つの空の器。


 彼女は苦笑して、


「うん、ちょっと待っててね」


 それを受け取ると、まだある料理を取りに、調理場の方へと戻っていく。


 ペロッ


 指についたソースを舐める。


 と――そこで気づいた。


 周囲の村人たちが、ポカ~ンとしながら、僕を見つめていた。


(……え? あ)


 そこで、自分の浅ましかった姿に気づく。


 しかも、食料の乏しい村だ。


 実は、おかわりなんてしたら、いけなかったのかもしれない。よく見たら、オルティマさんなんて、まだ一口も食べていなかった。


 真っ赤になって、肩をすぼめる。


「ご、ごめんなさい」


 思わず、謝った。


 途端、村人たちはみんな、弾けるように大笑いした。


(……え?)


 今度は、こっちが呆気に取られていると、


「なんだ、ボウズ? そんな腹減ってたのか」

「遠慮しないでいいのよ。元々は、君が倒した魔熊なんだから」

「そうそう」


 笑いながら、僕にそう言って、肩や背中を叩かれる。

 そして、


「よっしゃ。俺がとっておきを分けてやる!」


 1人の村人が、自宅から何かを持ってきてくれた。


 それは、チーズだった。


「おぉ、太っ腹だな?」

「さすが!」


 周りからも歓声があがる。


 山羊のような家畜の乳から作ったチーズだというそれは、この村ではとても貴重な物らしい。


「あら、マール君、よかったわね」


 戻ってきた少女が、それを村人から受け取り、軽く焼いて溶かしたチーズを肉に絡めてくれる。


(うあ……)


 その匂いだけで、完全にやられた。


 幼女の口の端からは、もはや、涎が長く地面へと垂れている。


「はい、マール君」

「…………」


 器を受け取る。


 そして、村の人たちの方を見た。

 みんな、頷いてくれた。


「い、いただきます!」


 僕は、チーズの絡んだ肉を一切れ、食べた。


 …………。


 感想は必要ない。


 ただ黙って、食べ続けた。


 そんな僕の姿を、みんなが優しい眼差しで見守っていた。


「…………」


 お腹だけでなく、心もいっぱいになった。


 なんだか泣きそうだった。


「マァル~?」


 隣で一緒に食べていた幼女が、ふと僕を見上げて、楽しそうに首を傾ける。


「おいし~ねぇ、マァル~♪」


 僕は笑って、その頭を撫でた。


 そして、また食べる。


 ガツガツ ムチャムチャ


「……ふふっ」


 夕日に照らされる美しい少女が、そんな僕の姿に微笑むと、風になびく髪を片手でソッと押さえた――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 ルド村の人たちは、とても優しかった。


 気さくで大らかで、『魔血』のない僕に対しても、普通に接してくれる。


 迫害を受け、心傷ついている人たちとは思えない。


 ……いや、迫害で傷ついたからこそ、心を許した相手には、どこまでも優しく、献身的になってくれるのかな?


 色々な人が、自宅から『とっておき』を持ってきてくれたおかげで、豪勢な夕飯になった。


(も、もう食べれない……)


 僕のお腹は、パンパンだ。


 ソルティスも満足そうだけど、この幼女は、僕と同じ量を食べていた。やはり末恐ろしい子だね……。


 そんな僕らに、皆が笑った。


 僕も笑った。


 少女イルティミナさんも笑っていた。


 村長さんやフォルンさんも笑っていて、オルティマさんだけが仏頂面だったけど、それも彼らしくて可笑しかった。


 とても楽しい時間だった。


 やがて、日は暮れる。


 三方を岩山に囲まれ、一方だけが開けて崖になっている草原の村。


 頭上は紫色に染まり、その開けた崖側の空には、遠い山脈に沈んでいく太陽の姿が見えている。


 村人たちの黒い影が、草原に長く伸びる。


 みんな、後片付けを始めていた。


 穏やかな景色。


 優しい風景。


 かつて、メディスの町の夜、あの人が『大好きだった』と語った村が今、僕の目の前にあった。


(…………)


 失いたくない――そう思った。


 悲劇は間もなくやって来る。


 でも、この人たちを、死なせたくない。

 守りたい。


 そう思った。


 だけど、


(……本当に、それでいいの?)


 自分の心に自問する。


 ここがもしも7年前の世界ならば、歴史を変える行いだ。


 もし僕が歴史を変えてしまったら、僕の知っている世界が消えてしまうのではないか、その可能性が不安だった。


(ひょっとしたら、僕も?)


 村が救われたら、イルティミナさんは、この村で大人になる。


 僕とアルドリア大森林で、出会うこともなくなる。


 1人きりの僕は、きっと森で死ぬ。


『神狗』を失った世界は、1歩、破滅に近づくかもしれない。


 いや、そもそも、世界がずれれば、僕の魂が神狗アークインに混ざることもなくなるかもしれない。


「…………」


 あの人に会えない世界。


 それは、僕にとって、とても恐ろしいものだった。


 震える心で顔を上げ、もう1度、村を見る。


 瞬間、


 ジジジ……ッ


「!?」


 視界に砂嵐が混じったようになり、見える世界が変わった。


 真っ赤な色。


 炎が村を埋め尽くしていた。


 焼ける家々。


 逃げ惑う村の人たち。


 それを追いかける無数の魔物と、大きな竜、そして、黒いローブ姿の人々。


 影絵のように黒い人たち。


 村人たちが次々に襲われ、あの優しかった人たちが地面に倒れていく。


 ガラガラと民家が崩壊する。


 恐ろしい量の黒煙が、空へと昇る。


『――やめろ!』


 僕は叫んだ。


 叫びながら、『妖精の剣』を抜こうとして――けれど腰ベルトには、あるはずの剣がなかった。


 それでも、村人を救おうと走る。


 でも、前に進まない。


 景色が動かない。


 焦りと恐怖に侵された心で、僕は喚いた。


 血だらけのオルティマさんとフォルンさんが見えた。


 2人は魔物に襲われ、地面に倒れた。


 それなのに、黒ローブの男たちは、剣や槍を構えて、倒れている2人に向かって容赦なく、それを突き刺した。


 僕は、絶叫した。


 瞬間、村中にいた黒ローブの人々が、一斉に僕を振り返った。


 白い仮面。


 無数に並んだ、無機質な貌たち。


 その恐怖に、僕は悲鳴をあげそうになって、


「――マール君?」


 ふと呼ばれた声で、我に返った。


 え?


 すぐそばに、あの少女の心配そうな顔があった。


 気づけば、世界は元に戻っていた。


 薄闇に包まれた、けれど、穏やかな村の景色。


 片づけも終わったらしく、村人たちの姿もまばらになっていた。


「どうしたの、マール君? 大丈夫?」


 動かぬ僕を心配してくれた少女の声。


 僕の握った手の中は、汗でびっしょりだった。


 鼓動は早く、心は強張っている。


 けれど、彼女の声で、それも少しずつ回復を始めていた。


 大きく息を吐いて、


「うん。食べすぎて、ちょっと苦しくなっちゃった」


 と笑ってみせた。


 それに騙され、彼女は呆れたように笑った。


「もう、マール君ったら」

「ごめん。もう大丈夫」


 僕は、立ち上がった。


 見たら、幼女ソルティスは、遠くでフォルンさんに抱っこされている。満腹幼女は眠っているようで、妻の隣にいたオルティマさんは、とても優しい眼差しをしていた。


(…………)


 2人とも、ちゃんと生きている。


 それを確認して、僕も少女イルティミナさんと一緒に彼女の家へと歩き始めた。 


 空には、星々が輝きだしている。


 紅白の2つの月も、その光をゆっくりと増し始めていた。


 歩きながら、ふと少女が言った。


「冒険者って凄いね」

「ん?」


 少女を見る。

 彼女も、僕を見ながら笑った。


「だって、あんな大きな魔物を倒しちゃうんだもの。マール君、格好良かったわ」

「そう?」

「うん。……私も冒険者、なれるかなぁ?」


 生まれたての夜空を見上げて、少女は呟いた。


(…………)


 かつて、僕に冒険者のことを色々と教えてくれた女性は、けれど今、僕の姿を見て、冒険者に憧れを抱いていた。

 なんて不思議。


 僕は頷いた。


「なれるよ、イルティミナなら」

「本当?」

「うん。きっと凄腕の冒険者にね」


 確信を込めて、僕は笑った。


 7年前の彼女は、嬉しそうにはにかんだ。


 キュッ


 さりげなく、少女の左手が、僕の右手を握る。


 僕も、握る指に少し力を込める。


「…………」

「…………」


 夜空の星々に見守られながら、僕らは少し赤くなって笑い、お互いに手を繋いだまま、ルド村の穏やかな家路を歩くのだった――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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[良い点] >「良いことも悪いことも、いつも突然だよ。だから気にしてない」 名言!至言! まさにその通りですね。
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