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133・ルド村

第133話になります。

よろしくお願いします。

 密集した森を抜け、川の浅瀬を渡り、岩場の狭い隙間を通り抜け、僕らは山を登りながら、村を目指した。


(……大変な道ばっかりだ)


『魔血の民』の隠れ里。


 やはり簡単には辿り着けないような場所にあるんだろう。


 見れば、空は赤焼けが始まっている。


 もう夕方だ。


 半日近く移動している計算になる。


 幼いソルティスは、父親の腕に抱かれながら、とっくに夢の世界に旅立っていた。

 ……うん、本当に無垢な寝顔だね。


 微笑ましく思っていると、


「この先だ」


 イルティミナさんの父様が、短く告げた。


 そこは、山の岩壁をくり抜いた洞窟だった。入り口は、茂みに隠されていて、近くに立ってもわからなかった。


 ランタンの灯りと共に、中を進む。


 狭い暗闇を、100メードほど歩いただろうか? やがて前方に、太陽の光が見えた。


(やっと出口かな?)


 そして、外に出て――僕は、驚いた。


 そこは、三方を岩壁に囲まれた、広い緑の草原だったんだ。


 残りの一方には、真っ赤な夕焼け空が広がっている。どうやら草原の向こう側は、断崖の絶壁になって途切れているようだった。


(あ……家だ)


 その草原に、ポツポツと民家が見えた。


 山羊のような家畜が柵の中で飼われていて、作物の畑も造られている。その中では、夕日に照らされ、黒い影となった村人たちの働いている姿もあった。


(こんな山奥に、本当に村があった……)


 驚いた。


 そして、その光景は、本当に牧歌的な普通の村だった。


「ようこそ、ルド村へ」


 隣の少女が笑った。


 ルド村。


 ここが……あのイルティミナさんの生まれ育った場所。


 その遠い故郷。


 そして――、


「…………」


 僕は、少女となったイルティミナさんを見る。


 明るい笑顔。


 屈託のない、僕の知っているあの人よりも、ずっと光に満ちた笑顔だった。


(……これから、この子は、この景色を失うの?)


 そう思ったら、やり切れなかった。


「……マール君?」


 僕の表情に、彼女が小首をかしげる。


 慌てて僕は、首を左右に振って、「ううん、なんでもない」と誤魔化した。


「2人とも行くぞ?」

「あ、うん」

「ごめんなさい、父様」


 イルティミナさんの父親に呼ばれて、僕らは歩きだす。


 村に近づくと、気づいた村人たちが、すぐに声をかけてきた。


「イルちゃん、ソルちゃん、無事だったんだね!」

「みんな、心配してたんだよ」

「帰ってきてくれて、よかった」

「うんうん」


 みんな、優しそうな人ばかりだった。


 少女のイルティミナさんも、心配かけたことは申し訳なさそうだったけれど、ちょっと嬉しそうだった。


 でも、そばにいる僕に気づいたら、


「……え? ……誰?」

「……まさか外の……」

「…………」


 村人全員の表情が強張った。


 視線が痛い。


(……仕方ないんだろうけど、ね)


 僕は、この閉鎖された世界の異物だ。


 気づいたイルティミナさんが、周りの人に何かを言おうとして、でも、その寸前、


「イルナ、お前はソルを連れて先に家へ戻れ」

「え?」


 父親に、眠ったままの妹を渡される。


「彼は、私が村長の所まで連れて行く」

「で、でも……」

「母様も心配していたんだ。早く顔を見せて、安心させてやってくれ」


 彼女は、迷ったように僕を見る。


 コクッ


 僕は頷いた。


「僕は大丈夫だよ」

「…………」


 イルティミナさんは、しばらく僕の顔を見つめ、


「はい……わかりました、父様」


 やがて頷くと、妹を大切に抱いたまま、村の奥へと消えていった。

 その背中を見送って、


「では、行こうか」

「はい」


 僕は、イルティミナさんの父様と他4人の狩人と一緒に、村長に会うため、また別の方向へと歩きだした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 草原の丘の上に、周りより少し大きな一軒家があった。


 どうやら、ここが村長の家みたいだ。


「装備を預からせてもらえるか?」

「はい」


 イルティミナさんの父様が言うので、僕は素直に従う。


 口調は頼んでいるけれど、実質は命令に近いかな? ――だって、僕の背後には、弓を手にした4人の男たちがいるのだから。


(ま、逆らう気はないけどね)


 警戒する必要もない。


 この人たちが僕を殺す気なら、ここまでの道中でも殺せたのだ。


 鞘ごと『妖精の剣』を受け取った彼は、それを背後の1人に渡して、


「お前たちはここで待て」


 そう命じた。


 4人は頷く。


(この人が、5人の狩人のリーダーなのかな?)


 そう思った。


 そして僕とイルティミナさんの父様は、一緒に村長の家へと入った。


 燭台の灯りに照らされる室内。


 特に目立ったところのない、普通の民家だった。


 そのテーブルの奥に、1人の老婆が座っている。


「おや、オルティマ? どうしたんだい?」


 しわがれた声。


 村長さんは、70歳以上に見える小柄な老婆さんだった。


 多分、僕と同じぐらいの身長で、でも、腰が海老みたいに曲がっているから、もっと小さく見える。


 皺だらけの顔は、穏やかだ。


 声をかけられたイルティミナさんの父様――名前はオルティマさんなんだね――は、背後に控えていた僕を前に出す。


 糸みたいだった老婆さんの瞳が、大きく開く。


「おやおや、その子は『外』の子かい?」

「そのようです」


 オルティマさんは頷くと、村までの道中で娘がした話を、この村長さんへも伝えた。


 全てを聞き終えた村長さんは、


「そうかい、そうかい」


 何度か頷いたあと、僕を見つめる。


「イルナとソルを助けてくれたんだね、ありがとうよ。……ただ申し訳ないけれど、色々と事情があってね。坊や自身のことを、もう少し詳しく、このババに聞かせてもらえるかい?」

「うん、いいよ」


 もちろん、素直に応じる。


(要するに、事情聴取と身元確認だね?)


 素直な僕に、彼女は「ホッホッ」と嬉しそうに笑って、


「ささ、まずは座っておくれ。お茶でも淹れようさ」


 僕を対面の椅子へと座るよう促して、「あんまり美味しくないけどね?」と茶目っ気たっぷりに付け加えた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「まず坊やの名前は、マールでいいのかね」

「うん」


 僕は頷き、お茶をすする。


(……味がしないね?)


 あの言葉は謙遜ではなく、お茶は、本当に色がついただけのお湯だった。

 ちょっと驚く。


 そんな僕に、村長さんは「ホッホッ」と笑いながら、


「それで、マール坊やは、まだ子供なのに、本当に冒険者なのかい?」


 と問う。


(まずは身元確認、かな?)


 そう思いながら、僕は右手に魔力を流した。


 ポウッ


 赤い魔法の紋章が、手の甲に浮かび上がり、光り輝く。


 それを顔の横に持ち上げ、


「うん。僕は、隣国シュムリアから来た赤印の冒険者マール。所属している冒険者ギルドは、『月光の風』だよ」


 そう名乗る。


 2人は、少し驚いた顔だ。


「坊やは、隣国の人だったのかい?」

「うん」


 僕は頷く。


 オルティマさんは、少し思案した顔で、


「『月光の風』といえば、現在、開かれているアルン皇帝と皇后の成婚10周年の式典に、シュムリア王国から招待されている金印の魔狩人キルト・アマンデスという人物が所属していたはずです」


 と告げた。


(あ、キルトさんのこと知ってるんだ?)


 7年前の隣国でも、もう名前が知られているなんて、さすがキルトさんだ。


 同時に、新しい情報も手に入った。


 その式典からの帰りに、彼女は、イルティミナさんたち姉妹を見つけたと言っていた。


 つまり、


(この村を悲劇が襲うのは、もうすぐなんだ……)


 という事実。


 そんなことを考えていると、村長さんが僕を見ていることに気づいた。


「……何?」

「いやぁ、何でもないよ」


 彼女は、皺を増やして、穏やかに笑う。

 それから、


「マール坊やが冒険者なのは、わかったよ」

「うん」

「でも、それじゃあ、尚更どうして、こんな隣国の森の中で迷子になっていたんだい? ……例えば、何か目的が?」


 と質問した。


 その瞬間、村長さんの柔和な表情は変わらなかった。だけど、皺の奥の細まった瞳には、真剣な光が灯っていた。


 彼女の後ろに立っているオルティマさんも、僕の顔を真っ直ぐに見つめている。


(…………)


 ここまでの道中で、僕も色々と言い訳を考えてある。


「この国に来たのは、ただの観光だよ」

「ほう?」


 老婆の片目だけが、大きく開く。


「キルトさんは、僕らのギルドの象徴なんだ。そんな彼女の行くアルンっていう国に興味が湧いたんだ。だから、この目で見ようと思ったんだよ」

「ふむ、1人でかい?」

「うん」


 頷いて、


「まだ『赤印』だけど、これでも剣の腕は、『青印』以上だって言われたこともあるからね」


 そう言いながら、オルティマさんを見る。

 村長さんも見た。


 彼は、静かに口を開く。


「イルナの話では、7頭の『白牙狼』を1人で追い払ったとか」

「ほほう?」


 感心したような村長さんの声。


 僕は畳みかけるように、嘘の話を重ね続けた。


「この近くには、『大迷宮』があるって聞いた。僕も冒険者だし、世界最大の迷宮を、1度はこの目で見たいと思ったんだ」

「…………」

「でも、そこに向かう途中、街道に近い森で野営しようとして、そのまま食糧を探しに森の奥に入ったら、凄い霧に包まれて方角がわからなくなって……」


 そこで肩を竦めて、


「で、気づいたら迷子になってたんだ」


 と締め括った。


「…………」

「…………」


 村長さんも、イルティミナさんの父様も、しばらく僕の青い目を見つめ続けた。

 やがて、


「そのあと、イルナに会ったのかい?」

「うん」


 大きく頷く。


 村長さんは、「ふぅむ」と大きく唸った。


「話してる内容に、矛盾はなさそうだね」

「…………」

「けど……まぁ、うん……何かできすぎな感じはあるけども、でも、別に悪い子じゃあなさそうだ」


 と頷いた。


 オルティマさんは、村長さんを見つめ、それから「わかりました」と応じた。


(……どうやら、合格、かな?)


 緊張している内心をひた隠しながら、短く安堵の息を吐く。


 実は、手とか汗でべったりだよ。


 村長さんは「ホッホッ」と笑って、


「そういえば、イルナたちを助ける時に身体を痛めたって聞いたけど、大丈夫なのかい?」


 と聞かれた。


「えっと……前の仕事のダメージが身体に残ってて、それが今回、悪化した感じかな?」

「そうかい」


 彼女は頷いた。


「なら、2~3日ゆっくりしていきな。そのあとは、3日分の食料とランタン、毛布をやるから、好きに村を出ていくといい。すまないが、貧しい村だから、これぐらいの恩返しが精一杯さね」

「ううん、充分だよ」


 僕は笑った。


 村長さんも穏やかに笑う。


「オルティマ、このマール坊やを、アンタの家に泊めてやっとくれ」

「…………。はい」


 オルティマさんは、一瞬、何か言いたげな表情だったけれど、結局、何も言わずに頷いた。


 僕は席を立つ。


 と、そんな僕へ、村長さんは悪戯っぽく言った。


「マール坊やが、イルナと結婚して村の一員になったら、ずっとこの村にいてくれてもいいけどね」


 …………。


(イルティミナさんと僕が……結婚……?)


 思わず想像したら、頬が熱くなった。


 オルティマさんが、彼女を睨む。


「村長」

「ホッホッ、冗談だよ」


 そして、「おお、怖い怖い」と肩を竦める老婆さん。


 僕は、ただ苦笑するしかなかった。


「行くぞ」


 ちょっと怖い声で、イルティミナさんの父様が言う。


 と、


「最後に1つ」


 村長さんが、また僕を引き留める。


 でも、その声には、穏やかだけれど、今までにない何か重い響きがあった。


 僕は振り返る。


「シュムリアで暮らすマール坊やから見て、このアルンという国は、どう映ったかね?」

「…………」


 まぶたの奥の細い瞳は、真剣だった。


 僕は、正直に答えた。


「1つの欠点を除いたら、いい国だと思う」

「欠点?」


 僕は答えた。


「『魔血の民』への差別」

「…………」

「…………」


 2人は無言だった。


 促すような視線に、僕は続けた。


「特に辺境では、有り得ない酷さだと思った。シュムリアにも差別はあるけど、そこまでじゃない。逆に神帝都には、差別はないけど……」


 村長さんは苦笑した。


「私らのような貧乏人は、あんな所で暮らしたら、3日で素寒貧さ」

「…………」


 今度は、僕が苦笑するしかない。


 彼女は言った。


「坊やは、気づいてるね?」

「……うん」


 僕は、素直に認めた。


 ――ここに暮らしている村人が、全員、『魔血の民』だということを。


 狩人であるオルティマさんの瞳が、鋭く細められる。


 それを受け止めながら、


「この村のことは、誰にも言わないよ。他のアルンの人たちに知られたら、あの子たちを助けた意味もなくなりそうだもの」

「ふむ、そうかい」


 僕の返答に、彼女は満足そうに何度も頷いた。


 姉妹の父親は、なんだか複雑そうな顔をしている。

 けど、刺々しい気配は消えた。


「色々聞いて、すまなかったね。答えてくれて、ありがとよ」

「ううん」


 村長さんの笑顔に、僕は首を左右に振る。


「ま、何もない村だけど、ゆっくりしていっておくれ」


 その声を背中に受けながら、今度こそ、僕はオルティマさんと一緒に村長さんの家をあとにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 案内されたのは、村の外周側ある一軒の民家だった。


 特別な物は何もない、普通の家。


 その扉を、家主のオルティマさんが開いて、

 

「帰ったぞ」


 中へと声をかけた。


 その背中の奥に見えたのは、テーブルと椅子の並んだ居間である。


(……内装も普通だね)


 パッと見た感じ、そんな印象。

 そして、


 トタトタ


 奥から足音がして、彼女が顔を出した。

 

「おかえりなさい、父様……と、マール君!?」


 出迎えてくれた少女のイルティミナさんは、父親の隣に僕を見つけて、驚いた顔をする。


 僕は、内心で苦笑しながら、


「こんばんは」


 と挨拶した。


 真紅の瞳を丸くしている娘に、オルティマさんが、僕の村での滞在中は、この家で預かる旨を伝えた。


「そうなの?」


 彼女は、僕を凝視する。


 その顔を見て、


(……もしかして、迷惑だったかな?)


 少し不安になった。


 助けられたとはいえ、僕らは知り合ったばかりだ。しかも、同世代の異性が、突然、同居するとなれば反発があっても可笑しくない。


 でも、


「そう! それなら、うちにいる間はゆっくりしていってね、マール君!」

「…………」


 と嬉しそうに笑った。


 ……なんだろう?

 受け入れてもらえたら、もらえたで、逆に異性として意識されてないのかと悲しくなった。


(……勝手なもんだね、人の心って)


 思わず、自分に苦笑い。


「??? どうかした?」

「ううん」


 僕は首を振ると、笑顔を浮かべて「これから、よろしくね」と改めて挨拶した。

 彼女も「うん」と笑ってくれる。


 オルティマさんは、そんな僕ら2人のやり取りを、複雑そうに見ていた。


 と、


「おかえりなさい、あなた」


 家の奥から、とても綺麗な女の人がやって来た。


(……え? ソルティス?)


 一瞬、そう錯覚するぐらい、あの子にそっくりだった。


「ただいま、フォルン」 


 オルティマさんが、今までにない柔らかな笑みを浮かべている。


 フォルンさん。


 きっとオルティマさんの奥さんで、そして、イルティミナさんとソルティスのお母さんだ。


 年齢は、20代後半から30代前半ぐらいに見える。


 腰まで伸びた紫色の髪は、背中側で1つに縛られ、まとめられている。


 その瞳は、金色。


 顔立ちは、ソルティスが大きくなったら、こうなるだろう……というぐらい、似通っていた。


 どうやら見た目は、


 イルティミナさんは父親似。

 ソルティスは母親似。


 のようである。


 ただフォルンさんからは、イルティミナさんにも似た、大人の落ち着きが感じられて、彼女の金色の瞳は、僕を見つめた。


「いらっしゃい、マール君。娘から、貴方の話は聞いていましたよ」


 そう穏やかに微笑むと、


「大切な娘たちを助け下さって、本当にありがとうございました」


 そのまま、子供の僕へと頭を下げた。


 ちょっと驚く。


「い、いえ、別に」

「もうすぐ、夕餉の支度もできます。もう少しだけ待っていてくださいね」


 そう言い残して、微笑むフォルンさんは家の奥へと戻っていく。


(…………)


 なんか、妙にドキドキしちゃったよ。


「ふぅ」


 思わず、息を吐く僕の横で、


「ソルはどうした?」

「部屋で眠ってるわ。夕飯の前には起こすから」


 そんな父娘の会話。


 そして、少女は僕の手を取って、


「もうすぐできあがるから、マール君はテーブルで待ってて。こっちよ」


 笑いながら、僕を引っ張る。


 オルティマさんは、何かを言おうとして手を伸ばしかけ、けれど、ため息を一つこぼして、1人で別の部屋へと行ってしまった。


(…………)


 案内されたテーブル席で待っていると、幼女ソルティスも起きてきて、


「マァル~!」


 と、嬉しそうに笑ってくれた。


 うん、僕も嬉しい。


 やがて、母と娘が作ってくれたであろう料理たちが出てきた。


「はい、召し上がれ」


 笑う、僕と同い年のイルティミナさん。


 僕は「いただきます」と手を合わせ、料理を食べさせてもらった。


(うん、美味しい)


 ちょっと薄味。


 でも、野菜と卵のスープに固めのパン、果実のデザートと、意外としっかりした内容だった。


(隠れ里っていうから、もっと質素かと思ってたけど……)


 そうでもなかった。


 キルトさんの昔の友人ナルーダさん、彼女の村ほど貧困ではないようだ。

 まぁ、考えたら、向こうは荒野で高い税金もあったけど、ここは緑豊かな土地で、税金も払ってないからかもしれない。


 ムッチャ ムッチャ


「…………」


 ソルティスは、スプーンを鷲掴みにして、スープを口内へとかき込んでいる。


 でも、一番小さい身体なのに、料理の量は一番多い。


(……この頃から、大食いだったんだ?)


 ちょっと笑ってしまった。


 幼女の汚れまくった口元を、「ほら、ソル」とイルティミナさんが布巾で拭ってやる。ソルティスは「ん~」と唇を突きだし、拭き終わるとまたすぐに料理を食べ始めた。


 そんな姉妹の姿に、両親は優しく笑っていた。


(……仲のいい家族なんだなぁ)


 そう思った。


 見ているこっちが幸せになるぐらい、4人とも素敵な笑顔だった。


 だから、


「…………」


 僕は、この先に待ち受けている未来を思ったら、幸せそうな彼女たちの姿から、思わず目を逸らしてしまったんだ――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「今夜は、ここを使ってね」


 13歳のイルティミナさんに案内されたのは、物置部屋のようだった。


 弓や矢などの狩猟道具、農具などが片隅にまとめられている。

 そして部屋の中央には、簡素な寝台として、積まれた藁の上に毛皮が敷かれ、一緒に毛布が用意されていた。


 彼女は申し訳なさそうに、


「ごめんなさい、急だったから、準備が間に合わなくて」

「ううん」


 僕は笑った。


「雨風が凌げるだけで、ありがたいよ。それに、安心して眠れる家の中だもの」


 つい先日まで、ダンジョンで野営していたんだ。


 あの時は、見張りに立ったりして、常に魔物を警戒していた。それに比べたら、実に快適な場所だと思うんだ。


 美しい少女も笑った。


「そう言ってもらえると助かるわ。明日は、もっとちゃんとしておくから」

「ありがとう」

「ううん。――それじゃあ、マール君。おやすみなさい」

「おやすみなさい、イルティミナ」


 慣れない呼び捨て。


 やっぱり、ちょっと照れる。


 そんな僕に、彼女もはにかみ、そして、部屋を出ていった。


 パタン


 戸が閉まる。


 部屋には窓が1つだけ、そこからは紅白の美しい月が覗いていた。


「…………」


 何もすることがない僕は、すぐに寝台に横になった。


 毛皮が柔らかくて、心地いい。


 しばらく撫でてから、仰向けになった。


 月光に照らされる、狭い物置部屋の天井を見上げる。


(……なぜ、僕はここにいるんだろう?)


 そう思った。


 ここは、7年前の世界。


 どうして時間遡行が起きたのか、元の世界のみんなは無事なのか、そもそも僕は7年後の世界に戻れるのか?


 色々な考えが巡る。


 何よりも気になるのは、


(あの13歳のイルティミナさんは……僕の知ってるイルティミナさんが若返った姿なのかな?)


 その疑問。


 もしそうでも、若返った理由はわからない。

 でも、


『……やり直したい』


 7年前の世界に来る直前、彼女のこぼした呟きが、頭から離れない。


「僕は……どうしたらいいんだろう?」


 そうぼやく。   


 僕は、何か理由があって、7年前の世界に来たのだろうか?


 それなら、何を為したらいいのだろう? 


(いや、そもそも、こんな風に干渉していていいのかな?)


 7年後の世界に、悪影響があるのではと心配になる。


 下手をしたら、僕とイルティミナさんの出会いさえ消えてしまうような……その想像に、ブルッと震えてしまった。


「……眠ろう」


 考えても答えは出ない。


 身体の炎症のせいで、だるさも残っている。今は何も考えずに、ゆっくりと休みたかった。


 まぶたを閉じる。


(……おやすみ、イルティミナさん)


 心の中で、僕の知る大人のあの人に声をかける。


 彼女は微笑んだ。


 それに安心して、でも、抱き枕してくれない寂しさに吐息をこぼして、僕は、ゆっくりと眠りの闇に落ちていった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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