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132・森の狩人たち

第132話になります。

よろしくお願いします。

 僕ら3人は、イルティミナさんたちの村を目指して、森の中を歩く。


「大丈夫、ソル?」

「ん~」


 姉に手を引かれる幼女は、なんだか眠そうだ。


 クシクシ


 小さな両手で、目元を擦る仕草は、まるで小動物みたいでとっても可愛かった。


 僕は、ついつい笑ってしまう。


 と、その時、


(……っ)


 地面に踏み出した足に痛みが走った。


 ――まただ。


 ソルティスを助ける時に『神気』を使った影響で、身体のあちこちにあった炎症が悪化した気がする。


『妖精の剣』を杖代わりにして、何とか姉妹についていく。


「? マール君?」


 僕の様子に気づいて、イルティミナさんが振り返った。


「足、どうかしたの?」

「ううん」


 僕はとぼける。


 自分の妹を助けるために、僕の身体が悪くなったなんて思われたくなかったんだ。


「…………」


 美しい真紅の瞳が僕を見つめる。


 そして彼女は「そう」と頷いて、また前を向いて歩きだした。


 ザッ ザッ


 でも、その歩く速度が、今までより少し遅くなっていた。


(……あぁ)


 やっぱり彼女は、イルティミナさんだと思った。


 7年前だろうと、若かろうと、僕の知っている彼女の優しさは、まるで変わらない。


 ……なんだか泣きたくなる。


 草木を分け、枝を避けながら進んでいく少女のイルティミナさんは、前を向いたまま、僕に訊ねてきた。


「ねぇ、マール君?」

「ん?」

「ソルを助けてくれた時、マール君、耳と尻尾が生えたよね? あれって、いったい……?」


 ……あ。


(そういえば、何も考えずに変身しちゃったっけ)


 この異世界でも、変身というのは異常なことなのだ。


 でも、大人のイルティミナさんは受け入れてくれていたし、そんな彼女と目の前にいる少女を、僕は同一の存在に見てしまっていた。だから深く考えもせず、つい変身してしまったんだ。

 もちろんソルティスを助けるために夢中だったのもある。


「あ、えっと……」


 答えに迷って、僕は少し口ごもる。


 そんな僕を、イルティミナさんはチラッと振り返った。

 そして、


「答えたくないなら、別にいいの」

「え?」

「誰だって、言いたくないことってあるものね。無理には聞かない。――貴方は、私やソルを助けてくれた。それで充分だもの」


 そう大人びた顔で笑った。


(…………)


 目の前の少女は、『()()()()』だった。


 僕は、青い瞳を細め、微笑んだ。


「ありがと、イルティミナさん」

「ううん」


 深緑色の綺麗な髪を揺らして、少女は首を振る。


 それから、少し困ったように、


「あとマール君? 別に私に『さん』付けしなくてもいいよ?」

「え?」

「呼び捨てで構わないから」

「…………」


 呼び捨て?


(イルティミナさんを……?)


 なぜだか、それはとても恥ずかしい気がした。


 でも、確かに今は同い年だし、イルティミナさん自身が望んでいるのなら、断るのも彼女自身を拒絶していると思われそうな気がして嫌だった。


 なので、思い切って呼んでみる。


「イ、イルティミナ……」

「はい」


 嬉しそうなイルティミナさん。


(うわぁぁ)


 僕は照れくさくて、真っ赤になってしまう。


 イルティミナさんは、そんな僕に驚いた顔をすると、まるで僕の熱が移ったように、かすかに頬を赤らめる。

 そして、はにかんだ。


 それが、また可愛いかった。


「う~?」


 幼女ソルティスが、そんな照れる僕と姉を不思議そうに見上げていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 あれから30分ほど、森の中を歩いた。


 緑の木々に包まれた景色は、特に変わらない。


 ただ森から見えていた青い山々が大きくなっていたので、僕らは、そちらの方角へと歩んでいるのだけはわかった。


(あの山に、村があるのかな?)


 そう推測する。


 そしてほぼ同時に、僕は、


「!」


 僕ら以外の『人の匂い』が近づいていることに気づいた。


 カチャ


 足を止め、剣の柄に手をかける。


「マール君?」


 少女のイルティミナさんが振り返る。


 姉に手を繋がれる幼女ソルティスは、目を擦って眠そうだった。


 僕は答えず、周囲を警戒する。


(……1人じゃない)


 匂いは複数だ。


 かなり近い――だというのに、視界のどこにも人の姿がない。 


 なぜ?


 そう思った時、頭上から1枚の木の葉が落ちてきた。


(!)


 上っ!?


 気づいた僕が顔を上げた瞬間、頭上から複数の男たちが落ちてきた。


 ザンッ ザザンッ


「……っっ」


 落ちてきたのは、5人。


 恐らく樹上を渡ってきたのだろう――その1人には、僕と姉妹の間に着地をされてしまって、あっさり分断される。


 そして、一瞬で囲まれた僕は、彼らの手にある弓の狙いを一斉に向けられてしまった。


 ――剣を抜く間もなかった。


 5人全員が、森に紛れるような緑色の外套を羽織っている。


 若い人は20代、年長の人は50代ぐらい。


 皆、手にした弓以外の装備は、腰に差した短剣ぐらいだった。


(……みんな、狩人かな?)


 接近されるまでの気配のなさも考え、そう思った。 


 そして僕は、両手を上げて、無抵抗を示す。


「無事か、イルナ!?」


 僕に矢を向けたまま、正面に立つ1人の男が、その背中側にいる姉妹に声をかけた。


 突然のことに、姉妹も驚いている。


 おねむだった幼女も、目が覚めてしまったようだ。


「父様!?」


 イルティミナさんの弾けるような声。


(……この人が?)


 驚きと共に、僕は改めて、目の前の男性を見つめる。


 年齢は、30代ぐらいかな。


 髪はイルティミナさんと同じ深緑色をしていて、顔立ちもイルティミナさんに似てよく整っていた。


 背は高く、身体も細身ではあるけれど、見える部分には、しっかりと筋肉がついている。


 そして、普段はきっと優しそうな風貌なんだろう、そう思わせる顔は、けれど今、強い警戒感を示して険しく引き締められながら、手にした弓矢を構えていた。


 周囲の4人も、同じ警戒した顔だ。


「この森の深くまで入ることは禁じていただろう、イルナ! なぜ入った?」


 鋭い詰問の声。


 イルティミナさんは、ビクッと肩を竦める。


「ご、ごめんなさい。ソルが、蝶を追いかけて……」


 怯える姉とは対照的に、ソルティスは何が起きたかわからず、キョト~ンとしている。


 イルティミナさんの父様は、顔をしかめた。


 僕を睨みながら、


「その結果、外の人間に姿を見られた。子供とはいえ、看過できる状況ではない……」 


 ギリリ……ッ


 矢が引き絞られる。


 イルティミナさんは蒼白になった。


「や、やめて、父様! マール君は、狼に襲われていた私を、川に落ちそうだったソルを、命がけで助けてくれたのよ!」

「!?」


 娘の訴えに、彼は驚く。


 他の4人も顔を見合わせる。

 そして、判断を仰ぐように、イルティミナさんの父様を見た。


 彼は、僕を見つめた。


 イルティミナさんやソルティスと同じ、真紅の瞳だった。


「……本当か?」


 低い声。


 コクッ


 僕は、無言で頷いた。


 そして、鞘に入った『妖精の剣』を、彼らに見せるようにゆっくり前方に突きだすと、その指を開く。


 ガシャッ


 草の生えた地面に剣が落ちる。


「信じないなら、僕を殺していいよ」

「…………」

「イルティミナは、見知らぬ僕を信じてくれた。だから、僕も抵抗はしないよ」


 青い瞳で見つめ返しながら、そう告げた。


 イルティミナさんが驚いたように僕を見て、すぐに「父様っ」と訴えるように名を呼んだ。


 彼は弓を構えたまま、少し迷った表情を浮かべる。


 張り詰めた空気。


 僕は、両手を顔の横に上げたまま、判決を待った。


 ヒュオオ……


 涼やかな一陣の風が森を抜け、僕らの間を通り抜けていく。


「……ふぅ」


 彼は、大きく息を吐いた。


 そして、構えていた弓を下げると、他の4人にも視線を送り、同様に弓を下げさせる。


「そうか。どうやら娘たちの恩人に、手荒な真似をしてしまったようだな」

「…………」

「すまなかった。どうか、許して欲しい」


 そう頭を下げる。


(…………)


 よ、よかった……。


 格好つけたけれど、正直、内心はビクビクと怯えていたんだ。


 射られなくて、本当によかったよ……。


 僕は、その本音を隠して、


「大丈夫。気にしてないよ」


 平気な顔で嘘をついてやった。


 少女のイルティミナさんが、年齢以上に成長した胸を両手で押さえ、大きく安堵の息を吐く。


 それから父を見つめ、


「父様。彼は、私たちを助けるために、身体を痛めたみたいなの。村に案内したいんだけど……駄目?」

「……ふむ」


 彼は、悩んだ顔をする。


 他の4人も、『いいのか?』という迷いの表情で、彼を見ていた。


「わかった」


 彼は頷いた。


「恩には報いねばならん。それに、どちらにしても姿を見られた以上、このまま帰すわけにはいかない」

「父様!」


 嬉しそうなイルティミナさん。


 でも、言葉のニュアンスを考えると、僕は素直に喜んでいいのか疑問だった。


(ま、しょうがないか)


 その村は、きっと『魔血の隠れ里』だもんね。


 トテトテ


 その時、幼女ソルティスが無邪気に僕の元へと歩いてきた。小さな手が、ポンポンと僕の腕を叩く。


「マァル~? よあったね~?」


 …………。

 あはは。


「うん、そうだね」


 思わず、笑って、その頭を撫でてしまった。


 ふと見たら、5人の大人たちも笑っていた。


 空気も和やかに溶けている。いやはや、さすがソルティスだね。


 イルティミナさんの父様は、彼女を抱き上げ、


「そうだな、ソル。――では、村まで案内しよう。こちらだ」


 そう言うと、僕らの先頭に立って歩きだす。


 そして、イルティミナさんはしゃがんで、落ちていた『妖精の剣』を拾い上げると、それを僕へと渡してくれた。


「はい、マール君」

「あ、ありがと」

「ううん。……それより、ごめんね、村のみんなが驚かせて」

「ん、大丈夫だよ」


 僕は笑って、首を振る。


 彼女は「そう」と安心したように頷くと、その白い左手で僕の右手を握った。


 まるで――()()()のように。


 驚く僕に、


「それじゃあ、一緒に行きましょう、マール君?」


 あの優しい笑顔を見せてくれた。


 そうして、僕を引っ張りながら歩きだす13歳のイルティミナさん。


 その前方では、ソルティスを片手で抱く姉妹の父親が先導してくれて、後方には狩人4人が続いている。


(…………)


 とても不思議な感覚だった。


 ここが本当に7年前の世界なのか、どうして僕がここにいるのか、何もわからない。 


 でも、それでも、この感覚は紛れもない現実で、


(……これから向かう村は、いったい、どんな場所なのかな?)


 僕は歩みを進めながら、顔を上げ、青空の下にそびえる目前の山を、静かに見つめるのだった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


アジアカップ日本代表、本当にお疲れ様でした。

残念な結果でしたが、この悔しさがまた1つ、日本代表のサッカーを強くしてくれると信じています。


これからも、がんばれ、日本!


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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