131・幼女ソルティスの救出!
第131話になります。
本日は、いつもより短めの話となっておりますが、どうぞ、よろしくお願いします。
僕は、僕と同い年のイルティミナさんと森の中を走る。
やがて見えたのは、川だ。
地面から1メードほどの窪地を流れる、幅3メードほどの川――水量も多くて、流れも急だ。岩に当たって、白波を立てている部分もたくさんある。
(落ちたら、まずいね)
かなり危険な川だと、一目でわかった。
「いたわ!」
叫んだイルティミナさんが下流を指差す。
視線を送って、僕も見つけた。
(ソルティス!)
30メードほど下流、岸辺から横に生えた木の幹に、小さな女の子が跨っている。
紫色の柔らかそうな髪。
大きな真紅の瞳。
あどけない表情は、僕の知るソルティスとそっくりで、でも、その彼女が失っている純真無垢さを輝かせていた。
(天使みたい……)
思わず見惚れた。
でも、すぐに状況のまずさを思い出す。
幼女ソルティスの跨る木は、横方向に伸びていて、彼女の真下にあるのは急流の水面だ。
伸ばされた小さな手――その先の枝には、エメラルドグリーンに煌めく羽根の蝶が止まり、その綺麗な羽根をゆっくりと開閉している。
「う、わ……」
あの蝶に夢中で、周りが見えてない。
いくら幼女ソルティスが小さくて軽いとしても、どう考えても、あの先端部分はその体重を支え切れると思えなかった。
メキ ミシミシ
その軋む音が聞こえてきそうなほど、大きく枝がしなる。
僕らは、必死に走る。
「ソルティス、駄目!」
イルティミナさんが、妹に向かって大きく叫んだ。
ビクッ
でも、それが逆効果だった。
突然の姉の声に、幼いソルティスは驚いて、硬直した身体を跳ねさせる――瞬間、バランスが崩れた。
(――あ)
目を見開く僕らの前で、幼女が、木の幹から落ちていく。
対比するように、空へと舞う美しい蝶。
ソルティスは、そちらに手を伸ばしながら、白波の弾ける水面へと向かう。
それら全てがスローモーションのように見えて、
「ソルティス!」
叫んだ僕は、
(――神気解放っ)
ドンッ
耳と尻尾を生やすと、大地を爆発させるように蹴って、大きく跳躍した。
――届け!
空中で、懸命に手を伸ばす。
パシッ
掴んだ!
その小さな手を引っ張ると、空中でしっかりと抱きかかえ、岸辺にいるこの子の姉の方を見る。
僕の変身に、とても驚いた顔のイルティミナさん。
「受け止めて!」
そう叫び、
ブォン
狐のような尻尾を大きく振り回し、その遠心力も使って身体を捻る。
ポォ~ン
そして、幼女ソルティスの小さな身体を、放物線を描くように少女イルティミナさんめがけて放り投げた。
「ソ、ソルっ!」
慌てて妹をキャッチし、勢いに負けて尻餅をつく。
それでも姉は、妹を離さない。
(よし!)
2人とも無事だ――それを確認した瞬間、
ザパァアン
僕自身は、激しい水飛沫を上げながら、水面に落下した。
(う、く……っ!?)
思った以上の水流に、即、自由が奪われる。
水の中で、僕の身体はグルグルと回転し、上下の感覚もわからなくなった。
ガンッ ゴッ
い、痛い!
川にある岩に、何度かぶつかる。
(くそ!)
『神狗』のパワーでも抗いきれない、とんでもない急流だった。自然の水の力は、決して侮れない。
モガモガ
それでも、必死にもがいて水面上に顔を出す。
「ぷはっ!」
なんとか一呼吸。
と、
「マール君!」
水に半分かき消されながらも、イルティミナさんの悲鳴のような声が聞こえた。見れば、青ざめた表情が遠くにわかった。
そして、
ドゥドゥ
遺跡の中でも聞いた音が近くなる。
そちらに視線を送った。
(う、わ……っ)
――滝だ。
僕の流れていく先には、川が途切れて、15メードは落差のある滝があったんだ。
岸辺へ泳ごうとしても駄目だった。
「っっっ」
必死の抵抗も虚しく、僕は覚悟を決める。
そして、
ドドドドドッ
僕の小さな身体は、川の流れから飛び出して、大量の水と共に滝壺へと落下していったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
強い衝撃はあったけれど、滝壺に落ちた僕は、無事に生きていた。
「ぷはっ、はっ」
水面に顔を出す。
水飛沫は凄かったけれど、幸いにして、滝の下の川は、流れが穏やかだった。
必死に手足を動かし、何とか砂利だらけの河原に辿り着く。
「はぁ、はぁ、はぁ」
すぐに仰向けに倒れた。
(……運が良かった)
そう思った。
今の僕は、『妖精の剣』以外は何も装備していなかった。他には、布服の上下を着ているだけ。
『妖精鉄の鎧』、『白銀の手甲』、『旅服』、『魔法発動体の腕輪』、みんな騎竜車に置いてきてしまっていた。
だから――助かった。
もしも、いつも通りの装備だったなら、僕は、その重量で、滝壺の底から浮き上がれず、溺死していた可能性が高い。
バシュウウ
耳と尻尾が、白い煙と共に消えていく。
(イタタ……っ)
まだ炎症の残る身体に『神気』を流したことで、余計に痛みが強くなっていた。
しばらく動けず、空を見上げる。
「…………」
綺麗な空だ。
ここが本当に7年前の世界か、まだ確信はないけれど、空の青さと美しさは変わらないんだな……と、そんな風に思った。
と、
「マール君!」
ガサガサッ
近くの茂みが揺れて、イルティミナさんが駆けつけてくれた。
その左手は、小さなソルティスの手としっかり繋がれている。
「だ、大丈夫!? 生きてるよね!?」
少女イルティミナさんは、僕のそばへと膝をつくと、髪も服も濡れている僕の頭を、躊躇なく抱き上げてくれる。
ムニュッ
(わっ?)
13歳とは思えぬ双丘の弾力が、僕を襲う。
「ごめんね……。妹を助けてくれて、ありがとう」
「う、うん」
泣きそうな顔の彼女。
僕は、ちょっと赤くなりながら、思わず視線を逸らしてしまう。
「…………」
と、その先に、幼女ソルティスの顔があった。
大きな真紅の瞳を、更に大きく見開いて、とても興味深そうに僕のことを見つめている。
(可愛い……)
改めて間近で見て、そう思った。
その幼い美貌は、13歳のソルティスよりも、圧倒的に無防備で、より保護欲を誘ってくる。
純真無垢。
世の中に対して、どこか冷めた目をする少女と違う、この年代だけが持つ神聖な輝きがあった。
「…………」
「…………」
しばらく見つめ合う。
ペチペチ
(お?)
小さな手が僕のおでこを叩く。
「あーがと」
拙いお礼の言葉に、眩しい笑顔。
(――――)
駄目だ、心が溶かされる……。
「ふふっ、ソルったら」
妹の笑顔に、少女イルティミナさんも笑っている。
つられて、僕も笑った。
そして、自分の力で上半身を起こす。
……正直、頭に押しつけられていた素晴らしい感触は名残惜しいけれど、無垢な幼女の視線の前で、そのままの姿勢でいることはできなかった。
「2人とも無事で、よかったよ」
僕が笑ったまま言うと、
「うん……マール君のおかげね。本当にありがとう」
地面に座っている僕へと、彼女も微笑み、頭を下げてくれた。
それから、少女は周囲を見る。
僕らがいるのは、滝のある川原の砂利の上だった。
周囲には、森の木々が広がっている。
彼女は、川下の方角を指差して、
「ここからなら、真っ直ぐ南に下っていけば、森の外に出られるけど」
と言った。
妹を見つけたら森の出口を教えてくれる、という約束を守ってくれたんだろう。
「でも、2日はかかるの。それよりも私たちの村の方が近いし、もしよかったら、マール君、私たちの村に来てみない?」
(……え?)
驚く僕に、彼女は、はにかむように笑った。
「濡れたままのマール君を放っておけないし、何より、私たちを助けてくれたお礼もしたいから」
「……いいの?」
「もちろん」
大きく頷く、少女イルティミナさん。
ありがたい、と思った。
このまま、7年前の彼女から離れるわけにはいかない、そう感じていたから。
(でも……大丈夫かな?)
僕は覚えている。
大人のイルティミナさんには、彼女たちの暮らしていた村は、迫害から逃れた『魔血の民』たちの隠れ里なのだと聞いていた。
そんな簡単に、部外者が立ち入っていいのかな?
「恩人には、必ず報いよ――そう父様も、いつも言っていたから」
「…………」
父様、か。
(うん)
イルティミナさんの両親にも会ってみたいと思った。
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
「よかった」
僕の答えに、彼女は嬉しそうに笑った。
と、気づいたら、姉の手を離れた幼女ソルティスが、フラフラと森の方へと歩いていた。
また何か珍しいものを見つけたのかな?
「あ! こら、ソル!」
「っっ」
ビクッ
慌てて追いかける姉、ビクッと震える妹。
そんな姉妹の姿に、僕は笑った。
笑ったまま見上げた空は、とても綺麗で、煌めく陽光が僕らの姿をいつまでも暖かに照らしてくれていた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




