013・前日の準備2
第13話になります。
よろしくお願いします。
話が終わったあとは、食糧を集めに、僕らは森に入ることにした。
陽光の降りそそぐ、平和な緑の世界だ。
僕らは、その木々の間を、テクテクと歩いていく。
(必要なのは、3日×2人分の食糧か……)
『癒しの霊水』をたくさん持っていければ、よかったんだけど、イルティミナさんの持っている皮袋の水筒には、2リットルぐらいしか入らないらしい。
でも僕は、1回に10杯ぐらい飲んでしまう。
(……とても足りないよね)
単純に飲み水として、節約しながら飲むしかなさそうだった。
そんなことを考えていると、
「マール。その木の実は、食べられますよ?」
ふと、隣のイルティミナさんが、そう教えてくれた。
「え? どれ?」
「その背の低い木です。赤い実がなっているでしょう?」
白い指の示す先には、確かに、僕のお腹ぐらいの高さの木があった。
そこには、黄色と赤の小さな実が、いくつもなっている。
(これ、食べられるんだ?)
今までに、何回か見た気がする。
食べられるかわからなかったし、小さかったんで食べなかったけど、食べておけばよかったよ――僕は、幼い手を伸ばす。
「赤い方だけですよ? 黄色は駄目です」
「え?」
「黄色は、まだ熟していなくて、毒素が残っています。チコの実は、赤い方しか食べられません」
「そ、そうなんだ」
両方、採ろうとしていた僕は、慌てて赤い方だけを採取する。
採取したチコの実は、イルティミナさんの腰ベルトの右ポーチに転がした。
彼女は、瞳を細めて、満足そうに頷いている。
「あとは、そちらの木の根元に生えている野草も、食べられますね」
「あれ?」
先っぽだけが膨らんでいる、変な形の葉だ。
「フォジャク草です。実がなっているのは、やめてください。実の部分は、毒なので」
「……毒、多いね?」
「そうですね。植物も、子孫を残すために、色々と工夫をしますから」
なるほどね。
(色々と勉強になるなぁ)
感心しながら、フォジャク草を引っこ抜いていく。
それもイルティミナさんの腰ポーチに入れようとして、
「?」
彼女の視線は、遠くを見ていた。
(なんだろう?)
そう思っていると、突然、魔狩人の彼女は、その手にあった組み立て式の小さな弓を構える。
え?
パシュッ
『ピギィッ』
離れた場所で、小さな悲鳴が上がった。
20メートルほど先の草の影で倒れていたのは、
(け、毛玉ウサギィィ……っ!)
丸くて茶色い、可愛いアイツだった。
イルティミナさんは、弓をしまい、代わりに片刃の短剣を取り出して、トクトクと血を流す毛玉ウサギへと近づいていく。
とどめを刺す気なんだろう。
近づく途中で、硬直している僕に気づいた。
「マールは、まだ見ない方がいいですね。離れていてください」
「……う、うん」
頭では、ちゃんとわかっている。
生きるっていうのは、他の命を奪い、食べていくことだ。
スーパーで売られている肉も魚も、同じように生きて、感情があった命だった。今まで、その事実を感じてなかっただけで、僕はこれまでずっと、他の命を奪い続けて、生きてきたんだ。
そして今、その事実を強く実感しただけだ。
でも……わかっていても、ショックは大きかった。
(……ごめんよ、毛玉ウサギ。お前の命をもらって、ちゃんと生きるからな)
もう二度と食べ物を残さない――今更そう誓う、情けない僕だった。
◇◇◇◇◇◇◇
そうして、僕らは森を歩く。
僕は、食べられる植物の採取を担当し、イルティミナさんは、狩りをする。彼女の手には、ロープで耳を縛られた毛玉ウサギが2匹、ぶら下がっていた。
(ん……あれ、ここって?)
しばらく歩いていて、ふと気づいた。
僕の足は、ふと茂みの方へと向かっていく。
「マール? どうしました?」
「うん、確かこっちに……あ」
やっぱりだ。
茂みの向こうには、魔法陣の描かれた石の台座たちがあった。
「これは……?」
追いかけてきたイルティミナさんは、驚いた顔をする。
僕は、唯一無事な、石の台座に近づいて、
「前に話したでしょ? ここで、僕、目が覚めたんだ」
ザラついた表面を撫でる。
数日前の話なのに、その感触は、妙に懐かしくて、愛おしかった。
――ここが、転生した今の僕の、全てが始まった場所だ。
イルティミナさんは、周囲に散乱した壊れた台座を見ながら、こちらへと近づいてくる。
場所を譲ると、彼女は、興味深そうに石の台座と、そこに刻まれた魔法陣を眺めだした。
「なるほど、タナトス文字が使われていますね。やはり、古代タナトス魔法王朝の遺物のようです」
「やっぱり?」
「はい。浅学な私には、その効果までは計りかねますが、とても珍しい魔法陣に思えます。きっと、ギルドの『魔学者』たちや妹が見たら、大喜びしそうな代物ですね」
(ふぅん、そうなんだ?)
僕は頷いて、1つ、彼女にお願いをしてみた。
「ねぇ、イルティミナさん? 紙と筆、借りてもいい?」
「あ、はい。構いませんよ」
「ありがと」
左の腰ポーチから出てきた紙と筆とインク瓶を受け取って、僕は、草の上に座る。
(ん~と、ここがこうで、こんな形で、こんな文字で……)
魔法陣の写生をしていく。
イルティミナさんは、上から覗き込むようにして、僕の手元を眺めていた。
サラサラ……
「よし、完成」
うん、悪くない出来だ! と自画自賛。
イルティミナさんも感心したように、
「マールは、絵が上手ですね?」
「あはは、イルティミナさんの似顔絵も、描いてあげようか?」
「フフッ、そうですね。また時間がある時に」
(あ、そうだった)
僕らは、食糧調達をしに森に来たんだ。絵を描いてる場合じゃなかった。
やんわり教えられて、僕は、慌てて立ち上がる。
「ごめんなさい。食べ物、探そう」
「はい」
彼女は、柔らかく微笑んで、先に立って歩きだす。
僕は、その背中を追い――もう一度だけ、魔法陣の刻まれた石の台座たちを振り返った。
「…………」
涼やかな風が、森の中を抜けていく。
(明日、出発をしたら、もう二度とここには来れないかもしれないね)
数秒間、始まりの風景を心に刻みつける。
そして僕は、もう振り返ることなく、イルティミナさんのあとを追った。
ご覧いただき、ありがとうございました。