126・神狗マールVS暴君の亀
第126話になります。
よろしくお願いします。
虹色の粒子が、僕の前でドリルのように回転しながら、神殿の壁を破壊していく。
ドパァン
やがて、神殿の外郭を突き破った僕は、背中に生やした金属の翼を大きく広げて、神殿上空を滞空した。
虹色の残光が、キラキラと空中に舞っている。
(凄い……空を飛んでる)
自分でも、ちょっと驚く。
けど今は、その感動に浸っている場合ではなかった。
眼下に広がる廃墟と化した都市には、細長い1本の破壊の跡が残されており、その先頭にいる黒焦げとなった巨大な魔物は、もう大神殿前の広場へと到達しようとしていた。
そこには、鎮座している数百人の骸があり、
(! イルティミナさん!)
白い槍を構える彼女の姿もあった。
大地を蹴り、白い閃光となって突進する彼女の攻撃は、けれど何十度と繰り返された結果と同じく『暴君の亀』の硬い皮膚に弾かれて、その前進と共に蹴り飛ばされる。
ガチィン
上空にも聞こえる鈍い音。
まるで玩具の人形のように、彼女は宙を舞い、骸たちの並ぶ広場に落ちた。
ズゥン ズゥン
『暴君の亀』は羽虫とぶつかったかのように意に介することもなく、前進し続ける。
「……くっ」
血を吐き、彼女は必死に起き上がろうとする。
けれど、その強い意志に反して、その肉体は反応しない。ただ、その首だけを持ち上げ、迫る『暴君の亀』の死の行進を見つめることしかできなかった。
それは確実に、彼女をも踏み潰す。
僕の大切なあの人を、そこに居並ぶ骸たちと同様の存在にしてしまう。
(……ふざ、けるなっ!)
ヴォオン
怒りに任せて、金属の翼に『神気』を流し込む。
虹色の光を強くした『神武具』の翼は、大きく広がると、僕の願いに応えて、凄まじい急降下を開始した。
ボッ
眼前で、空気が爆ぜる。
吹き飛ぶ視界の中、接近する『暴君の亀』を睨みながら、けれど絶望に美貌を歪めて、最後には諦めたように目を閉じていくあの人の姿が見えた。
『暴君の亀』との距離は、数メードもない。
間に合え!
「――イルティミナさぁん!」
「!?」
必死に叫ぶ。
弾かれるように顔を上げ、その真紅の瞳が僕を見た。
瞬間、僕は短い両腕を、懸命に伸ばす。
バフッ
彼女を抱きかかえ、背中の翼をはたいて急上昇――ほぼ同時、僕の足先数十センチの地点に『暴君の亀』の巨大な足が踏み落とされ、重い振動と共に大地を陥没させた。
ヒュォォ……
僕らは、その上空を滞空する。
虹色の粒子の煌めきが、空に長く尾を引いている。
そして、僕の腕の中には、お姫様抱っこをされた彼女の姿があった。
「……マール」
イルティミナさんは、真紅の瞳を丸くして、僕を呆けたように見つめた。
(よかった、間に合った)
大きく息を吐く。
そして、
「ごめんね。お待たせ、イルティミナさん」
と、僕は笑った。
瞬間、彼女の表情がクシャッと崩れて、泣き笑いの顔になった。
「……あぁ」
傷だらけの両腕で、僕の頭を抱きしめる。
ギュウッ
その腕が、身体が震えている。
僕も甘えるように、彼女へと頭を押しつけてやった。
しばしの抱擁。
やがて、彼女はゆっくりと身体を離すと、改めて、僕の全身をしげしげと見つめてくる。
「マール……その姿は」
「うん」
僕は頷いた。
「『神武具』を手に入れたよ」
はっきりと、そう答えた。
シュムリア王国を発って4ヶ月、この遺跡に潜ってから20日以上も経っている。長い旅路の果て、多くの犠牲を払い、たくさんの試練を乗り越えて、今、僕の元には、その目的であった『神武具』の輝きがあった。
僕の背中にある虹色に輝く翼。
周囲には、キラキラと残りの粒子たちが舞っている。
それらを見つめるイルティミナさんは、その真紅の瞳を細めて、
「……そうですか」
何かに安心したような、重い荷物を下ろしたような、長い吐息をこぼした。
ズゥウウン
(!)
足元からの轟音に、ハッと我に返った。
『暴君の亀』が、全てを破壊してきたその前進を止め、こちらを振り返っていた。
焼かれて潰された眼窩。
その見える物のない瞳は、けれど今、真っ直ぐにこちらを――僕のことを見上げていた。
(『神気』に反応してる……?)
『神武具』に流し込まれている大量の『神気』、それを感じているのだろう。
ヴォオオオオオ
吼えた。
『暴君の亀』は黒焦げとなった口蓋を大きく開き、こちらに向かって突風の様な叫びを放っていた。
狂おしいほどの欲求。
『――喰らわせろ!』
そう叫んでいた。
空気が振動し、肌が震える。
僕は、きつく唇を引き結んだ。
このまま放置して、もしも万が一、あの『暴君の亀』が地上に出てしまったら、周囲の動植物は食らい尽くされ、やがてはアルン国内の人々全てが危険に晒されてしまうだろう。
その脅威は、もはや『闇の子』と変わらない。
(ここで、決着をつけなければ……)
覚悟を決める。
それが伝わったのだろう、イルティミナさんが不安そうに僕の頬に触れた。
「……マール」
「大丈夫だよ、イルティミナさん」
僕は笑った。
今ならば、負けない。
『神武具』を手に入れた僕ならば、きっと勝てる――いや、勝たないといけなかった。
ヴォン
金属でできた翼に『神気』を流し、飛翔する。
『暴君の亀』から距離を取るように降下した先は、まだ無事な民家の屋根――そこには、負傷した『金印の魔狩人』の周りに、ソルティス、ダルディオス将軍、フレデリカさんの3人が集まっている。
こちらに気づいた3人は、とても驚いた顔をした。
「マール!?」
「マール殿……っ!」
「その姿は、いったい……!?」
僕は小さく笑い、空中に浮かんだまま、腕の中のイルティミナさんを3人の方へと差し出した。
慌ててフレデリカさんが受け取って、屋根の上に寝かせてくれる。
「イ、イルナ姉!?」
負傷した姉の姿に、ソルティスが口元を押さえて悲鳴をあげた。
心配する妹に、彼女は安心させようと微笑むけれど、あまり余裕はないようだった。
と、同じ屋根で横になっていたキルトさんが、
「……マール」
小さく、僕の名を呼んだ。
見れば、彼女の服の胸元は、真っ赤になっていた。多分、相当な血を吐いたのだろう。
彼女は直前まで、本当に生死の境を彷徨ったんだ。
それでも『金印の魔狩人』の瞳には、今、強い光がある。
それは、真っ直ぐ僕に向けられていて、
「……手に入れたのじゃな?」
「…………」
無言で頷く。
彼女は「そうか」と呟いた。
「ならば、あとは任せるぞ」
真剣な眼差しで僕を見つめながら、小さく笑って、そう告げた。
(キルトさん……)
僕は、もう一度、大きく頷く。
それから無事な3人を見て、
「イルティミナさんとキルトさんを、お願いします」
ヴォン
そう言葉を残して、5人の視線を感じながら、上空へと昇っていく。
遠くには、『暴君の亀』がこちらに接近しようと、またも進路を変えている姿があった。
黒焦げの肉体は、すでに死んでいても可笑しくない――それでも幽鬼のように動き続ける姿は、もはや『神気』の影響だけでなく、あの魔物の凄まじい本能ゆえなのだろうと思えた。
「……待たせたね」
そちらに飛翔しながら、僕は呟く。
――さぁ、決着をつけようか!
◇◇◇◇◇◇◇
『妖精の剣』を抜き放った僕は、背中に生えた金属の翼をはためかせ、『暴君の亀』めがけ一気に急降下する。
ヴォン
「やぁああ!」
爆発するような加速。
狭まる視界の中で、『暴君の亀』の巨大な頭部が、僕を捕食しようと迫りくる。
片翼の角度を変更。
グルン
空中で反転した僕は、巨大な嘴を回避しながら、その首へと刃を振るった。
瞬間、
ガギィイイイン
(!?)
撃ち込んだ衝撃がそのまま跳ね返ってきて、僕は、反対側の空へと吹っ飛んでいった。
慌てて翼を制御し、空中姿勢を直す。
(……刃が、通らない)
初めて攻撃を当てて、びっくりした。
肉ではなく、まるで鋼鉄の塊を斬ろうとしたみたいだった。
思わず、この手にある半透明の片刃を見つめる。
折れなかったのは、この『妖精の剣』の素材が優れていたからだ。そして、それでも『暴君の亀』の肉どころか、皮膚さえも斬れなかった。
ズズゥウン
眼下では、『暴君の亀』がこちらを睨んでいる。
(いったい、どうすれば……?)
空中を滞空しながら、考える。
と、僕の周囲でキラキラと輝いていた『神武具』の粒子たちが、この手の中の『妖精の剣』へと集まってきた。
「え? ……あ」
虹色の輝きが半透明の刃に密着し、固着する。
気がついたら、僕の手には、長さが倍ほどになった、『妖精の剣』を軸とした長方形の鉈のような虹色の剣が握られていた。
ご丁寧に、柄の部分まで延伸されて、両手で扱い易くなっている。
(ちょっと重いけど)
でも、これならいけるかもしれない!
ヴォン
僕は、改めて翼をはためかせ、『暴君の亀』を上空から強襲する。
ズズゥン
地響きを立てながら、巨大な魔物が飛びついてきた。
進路を急変させながら、それを回避する。
「ぐっ……!」
その強烈な圧力に耐えながら、手にした『虹色の鉈剣』を振るった。
ガキュン
金属を削ったような音。
重い手応え。
僕の振るった剣は、あの『暴君の亀』の首の皮膚を斬り裂き、肉をも抉っていた。
(やった!)
心の中で喝采を上げる。
そして僕は、再び急上昇しようとして、自分のミスに気づいた。
――重い。
剣の重さに引きずられ、振り抜いた勢いに負けて、姿勢が乱れていた。
生まれた、ほんの少しの硬直時間。
そこに、巨大な爪の生えた黒い足が、恐ろしい勢いで迫ってくるのが見えた。見えていても、どうにもできない。
(死――)
それを覚悟した瞬間、虹色の翼が、勝手に僕を包み込む。
ガゴォォン
『暴君の亀』の巨足が叩き込まれる。
(ぶわっ!?)
凄まじい衝撃に、僕はまた上空へと吹き飛ばされる。
グルグルと回転し、やがて翼が開いて、ようやく制動がかかった。
「……くはっ」
僕は、鼻血を出していた。
『神武具』の翼でも衝撃を吸収しきれず、更に、翼の中で両腕を交差させていたのに、僕の顔面は潰されて鼻にダメージを負ったのだ。
痛い。
骨は折れていないと思うけど、凄く痛い。
(なんて、威力だ……っ)
巨大な鉄球で殴りつけられたような衝撃だった。
翼がなかったら即死だったと思う。
(イルティミナさんやキルトさんは……あんな攻撃を、何度も喰らっていたの?)
その事実に驚愕する。
同時に、眼下に控える巨大な魔物の恐ろしさに、またも背筋が震えさせられた。
僕は、『虹色の鉈剣』を見る。
刃は通った。
でも、今の僕の筋力では、この剣は重すぎて、まともに扱えなかったんだ。
(どうする?)
考えられるのは、神体モードだ。
あれなら『神狗』の筋力によって、この剣を容易く扱える。問題があるとすれば、いつまで僕の肉体が持つか、だ。
「…………。一か八かだ」
覚悟を決め、僕は体内に『神気』を流し込む。
ところが、
ヴォォン
キラキラと周囲に舞っている粒子たちが明滅し、その『神気』を奪っていく。それは僕の無謀な行為をたしなめ、まるで警告しているかのようだ。
(…………)
唇を噛みしめる。
「……わかったよ」
大きく息を吐いた僕は、その手段を諦めることにした。
確かに、現実的じゃなかった。
この小さな鉈剣で斬りつけても、あの巨体の生命を絶つまでには、どれだけの時間が必要か――冷静に考えれば、間違いなく、僕の肉体が先に限界を迎えると思えた。
「ごめんね、ありがとう」
意外と優しいんだね、『神武具』は。
僕は、小さく笑って謝り、虹色の粒子たちに優しく触れた。粒子たちは、嬉しそうに煌めいている。
ズズゥン ズズゥン
『暴君の亀』が僕の足元で、旋回している。
廃墟と化した都市の建物は、次々に破壊されていき、もはやそこは瓦礫のみの状態だ。
「…………」
この魔物は、本当に強い。
このまま上空を飛んでいても、『神武具』を使うために僕の『神気』は消耗していき、やがては墜落するだろう。
『神武具』を使うには『神気』がいるんだ。
そして、その消耗量は、かなり凄まじいものがあるようで、すでに僕の中にある『全神気』の3分の2は、消費されていた。
(……長くは、保てないね)
ガキッ ブォン
じれた『暴君の亀』が民家をかじり、それを放り投げてくる。
うわ!?
慌てて回避。
ドズゥン
投げられた民家は、離れた街の中へと落ち、激しい土煙が舞い上がった。
ブォン ブォン
立て続けに、民家の砲撃が繰り返される。
(のんびり、考えさせてもくれないか!)
必死に回避しながら、悪態をつく。
必要なのは、奴を倒すための強力な1撃――ふと思いついたのは、それだけだ。
「!」
僕は、手の中にある『虹色の鉈剣』を見つめる。
そうだ。
『神狗』の筋力なら、もっと巨大な剣だって扱える。そして、ほんの一瞬、数秒ほどならば、僕の身体も神体モードに耐えられる可能性は高いだろう。
(これなら、いける!)
そう確信した僕は、瓦礫と化した街の中央へと降下した。
◇◇◇◇◇◇◇
地上に降りた僕に気づいて、『暴君の亀』は即座に突進してくる。
ズゥン ズゥン
大地が揺れる。
その中で、僕は大きく息を吐き、背中に展開されていた『神武具』の翼を解放し、それを虹色の粒子へと戻してやった。
そのまま、『虹色の鉈剣』を上段に構える。
(いつものように……)
そして、その鉈剣の刀身へと、虹色の粒子たちが集束していく。
ヴォン
やがて、それは長さ3メードはある巨大な刀身へ。
支える僕の手足には、かなりの重量を感じる。
けど、まだだ。
(もっと長く、大きく、鋭く!)
『暴君の亀』を1撃で殺せるための武器を――そう願いを強く込める。
僕の周囲では、無数の粒子たちがキラキラと輝き、刀身に向かって渦を巻いていた。
けれど、
ズゥン ズゥン ズゥン
(……くっ、思った以上に速い!?)
接近する黒い巨体は、想像以上の速度で、こちらに迫っていた。
奴を殺す武器。
それが完成する前に、ここまで到達しそうだ。
――まずい!
焦る僕の視界に、ふとまだ無事な街並みの、遠い民家の屋根が見えた。
(!)
5人の姿が見えた。
ソルティスの肩を借りたキルトさんが、ダルディオス将軍とフレデリカさんが、そして、白い槍を支えに立つイルティミナさんが、真剣な眼差しで僕の姿を見つめていた。
ドクン
心臓が跳ねた。
負けられない。
負けるわけにはいかない。
僕の敗北は、僕の死だけでは終わらない。あの5人の……そして何より、イルティミナさんの死も招いてしまうんだ。
(そんなの許せない、許せるものか!)
ギュッ
剣の柄を握る手に、力を込める。
この手に握っているのは、多くの人々の運命だ。
地上にいる人々の。
アルンの人々の。
世界の人々の運命だ。
「みんなを、絶対に守るんだっ!」
灼熱した意識の中で、僕は必死に叫んだ。
その時、熱い風が吹いた。
ザザザザザ……ッ
周囲に輝いていた粒子たちが一斉に輝きを増し、僕の前の空間に、渦を巻きながら広がっていく。
その煌めきたちは、次々にある形を成し、
「――――」
気づいた僕は、息を飲んだ。
僕の前に整然と並んでいたのは、虹色に輝く300名のアルン騎士たちの背中だった。
この遺跡に散った魂たち。
遠く、ダルディオス将軍とフレデリカさんが、僕と同じ驚愕の表情を浮かべているのがわかった。
そして、虹色に煌めく夢幻の彼らは、その手に剣を、槍を、盾を、弓を構えながら、『暴君の亀』へと突撃する。
ザクッ ガンッ ギギィン
煌めきが散る。
『暴君の亀』は群がる小さな存在たちを容易く蹴散らし、虹色の砂へと変えてしまう。
けれど、その粒子はすぐにアルン騎士の形を取り戻していく。
そして『神武具』で構成された武器は、『暴君の亀』の肉体に少なからず負傷を与え、そのアルン騎士たちの猛攻に、魔物の前進は鈍りを見せていた。
(……っっっ)
その死してなお続く献身に、僕は泣きそうになった。
やがて、
「――神気、解放」
ギュォオオ
僕は、自身の肉体に、大量の『神気』を流し込んでいく。
獣耳と尻尾が生える。
激しい痛みが、全身に走っていく。
同時に、両手の中にあった剣の重さが消えていき、まるで羽のように軽くなる。
そして完成したのは、長さ10メード、推定重量250キロ超――そんな武骨な長方形の、巨大な『虹色の大鉈剣』が僕の手の中にある。
『…………』
300名の夢幻の騎士たちは、それを見た。
瞬間、彼らの姿は、役目を終えたとばかりに形をなくし、キラキラと輝く無数の粒子となって、僕の周りで渦を巻く。
ズゥン
邪魔者のいなくなった『暴君の亀』は、こちらを見た。
黒焦げになった肉体。
『神気』に侵され、死をも跳ね除ける食欲の本能に操られた、哀れで恐ろしい魔物。
ズゥン ズゥン
それが今、巨大な口蓋を開け、涎を撒き散らしながら、『神気』に満たされた僕を捕食しようと地響きを立てながら突進してくる。
そちらに向かって、
ダンッ
僕は1歩、踏み込んだ。
「いやぁああああ!」
裂帛の気合いを込めて、自身の持つ最強の剣技を解き放つ。
ヒュコン
虹色の剣閃が、世界に走る。
剣を振り抜いた僕の左右を、2つになった『暴君の亀』が走り抜けた。
走って、崩れて、
ズズゥウン
鈍い音と共に、15メードの巨体は、盛大な土煙を上げながら地面に倒れた。
地面の上には、大量に溢れた紫色の血液の道が、二筋に分かれて残っている。
「…………」
バシュゥウウ
白煙をあげて、僕の耳と尻尾が消滅した。
巨大な『虹色の大鉈剣』から虹色に輝く粒子が剥がれていき、最後には半透明の刃も美しい『妖精の剣』だけが残される。
でも、それを握る両手の感覚がなかった。
いや、音も聞こえない。
足の感触もわからなくて、ちゃんと立てているのかもわからない。
(……無茶、し過ぎたかな?)
『神気』に耐え切れなくて、肉体の機能が可笑しくなっているようだった。
でも、いいんだ。
僕は、壊れかけの身体で、後ろを見る。
「…………」
今度こそ、動かぬ巨体。
160年以上を生き抜いた恐るべき魔物、『暴君の亀』は、もう完全に絶命していた。
(あぁ、ようやく終わったんだ……)
よかった。
ふと見れば、僕が剣技を放った先の大地が大きく裂け、虹色の残光を放っている。いや、裂け目は大地だけでなく、廃墟の街を破壊しながら、そのまま洞窟の壁まで到達しているようで、虹色の煌めきは、そこまで続いていた。
思った以上の威力だったようだ。
ゴゴン
その瞬間、洞窟全体に大きな振動があった。
(やりすぎた、かな?)
ぼんやりと思う。
こちらに駆け寄ろうとしている5人の姿が見えた。神殿側からは、ラプトとレクトアリスの2人の姿も見える。
そんな彼らの頭上、洞窟の天井から大きな落石があった。
(あぁ、大変だ)
ドスン ズドォン
凄まじい轟音。
僕の剣技によって、400年の長き年月を存在したコールウッド様の遺跡が崩壊しようとしていた。
みんなの頭上には、レクトアリスの紅い魔法の盾が展開され、落石を弾いている。
「みんなを、守らなきゃ……」
僕は呟いた。
残った『神気』を全て『神武具』に注ぎ込む。
ヴォン
僕の背中に、大きな金属製の翼が4枚、生えた。
それを羽ばたかせ、空中に舞う。
ヒュン ヒュオン
天井から落ちてくる巨大な岩石たちを回避しながら、大切な7人の仲間を2枚の翼で優しく包み込み、残った2枚の翼で天井めがけて急上昇していく。
(このまま、地上へ!)
ズガァン
洞窟の天井に激突し、そのまま、上の階層を全て破壊しながら貫き抜けていく。
ガンッ ガガァン
「~~~~」
「~~~~」
翼の中で、誰かが何かを言っている。
でも、聞こえない。
今は、ただ上へ、上へ。
やがて、正面に連続してあったはずの衝撃がなくなり、世界を埋め尽くしていた闇が消えた。
「――う?」
強い光。
僕の眼球を突き刺し、虹色の翼をキラキラと輝かせる光。
それは――太陽の光だった。
眼下には樹海が広がり、遠くには、水色に霞む山々が見え、頭上にはどこまでも広がる青空があった。
外だ。
30階層を突き破り、僕らは、遺跡の外へと到達していた。
(あぁ……太陽って、暖かいなぁ)
久しぶりの輝きに、僕は、青い目を細める。
そのまま、大きく息を吐いた。
長い長い時をかけた『大迷宮の探索』――それが今、こうして無事に終わったことを、僕は、その美しい輝きによって知ったのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
本日(月曜日)の夜には、アジアカップの日本代表戦がありますね。ついに負けたら終わりの決勝トーナメント、どうか最後まで勝ち続けて欲しいです!
がんばれ、日本!
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




