120・大迷宮12~16階層
『転生マールの冒険記』、本日より本編の更新、再開になります。
今年も、よろしくお願いします。
それでは、120話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
3時間後、僕らは休憩を終えた。
イルティミナさんとキルトさんの大人2人が天幕を片づけてくれている間、僕は、隣の魔法使いの少女に話しかける。
「ソルティス、魔力の回復具合は、どう?」
「まぁまぁ」
彼女は、床に座ってリュックに荷物をまとめながら、そう答えた。
やがて、そのリュックを背負い、立ち上がりながら、
「だいたい、いつもの4割ぐらいかしら? だからこの先、細かい魔法は全部、マールに任せたからね」
「うん、わかった」
僕は、大きく頷く。
(光鳥や微回復なら、何度でもやってみせるよ)
ソルティスは笑って、
「頼むわよ」
ポン
僕の肩を、横から軽く叩いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、みんなの出発準備が整った。
真っ白な石のみで造られた空間には、今、壁に1箇所だけ、大きな通路が開いている。それは、7体の騎士像が倒された瞬間に現れた通路だった。
(……そういう仕掛けの隠し通路だったのかな?)
細長い通路だ。
どこまでも真っ直ぐで、先の方には光が届かなくて、そこからは暗闇に染まっている。
ふと振り返った。
壊れた騎士像たちが、その白い空間に、残骸となって残されている。
「…………」
ここで、195名のアルン騎士が亡くなった。
どういう仕組みなのかわからないけれど、遺体もなければ、遺品も残っていない。ただ、ただ白くて静謐な、恐ろしい空間だった。
唇を噛みしめる。
ふと気づいたら、みんなも振り返っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
特に、ダルディオス将軍とフレデリカさんの眼差しは、印象的だった。
その瞳には、静かな想いの光が満ちている。
カツッ
アルン騎士の2人は、踵を合わせ、敬礼する。
僕ら4人も、黙祷した。
ラプトとレクトアリスは、短く何かを呟いた。多分、冥福を祈るための、神々の言葉に思えた。
僕は、目を開く。
そこにあるのは、破壊された騎士像たち。
(……仇は討った……でも)
でも、彼らの魂に応えるには、最下層に辿り着き、生きた『神武具』を手に入れなければいけないのだと思った。
「――行くぞ」
キルトさんの声で、僕らは、通路の奥へと歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
光鳥を先に羽ばたかせ、僕らは隊列を組んで、通路を進む。
1列目は、ラプトとレクトアリスの『神牙羅』2人。
2列目は、キルトさんとダルディオス将軍の最強コンビ。
3列目は、僕とソルティス、年少2人組。
4列目は、イルティミナさんとフレデリカさんの美人なお姉さん2人組。
この8人パーティーで進んでいく。
白い石で造られた通路を、どこまでも歩いていく。
カツン カツン
足音を反響する中、時折、赤い光を放つ神文字が、どこからともなく流れてきては、また去っていく。
やがて、20分ほどして、僕らは1つの部屋に出た。
(!?)
全員、息を飲む。
その長方形となった部屋の両方の壁には、ズラリとあの『翼を生やした騎士像』たちが並んでいたのだ。
20~30体はいるだろうか?
僕らは、反射的に武器を構えていた。
「じ、冗談でしょ……?」
隣のソルティスが、恐怖に震えた声で呟く。
でも、
(……動きださない?)
騎士像たちは、沈黙したままだった。
第3の目を開いたレクトアリスが、赤い光を放ちながら、「なるほど」と小さく漏らした。
「ここは、保管庫なのね」
「保管庫やて?」
聞き返すラプトに、彼女は頷く。
「多分、さっきの門番たちが破壊された時に、ここの騎士像が補充されるのよ。どうやって移動させるのか、わからないけれど……そう感じるわ」
補充って……。
(つまり、あんな強敵が、この遺跡では量産されてるの!?)
あまりの脅威に、背筋が凍えるような感覚がした。
皆、同じ気持ちだったんだろう。
全員が恐ろしいものを見つめる眼差しで、ここにズラリと並んだ『翼を生やした騎士像』たちを見つめていた。
キルトさんは、眉をしかめ、
「あの7体も、いつか、また復活するというわけか」
「さすが、大迷宮じゃわい」
ダルディオス将軍も重いため息をこぼす。
僕は言った。
「これ、今の内に壊さない?」
みんなが、呟いた僕の方を見た。
それから、それぞれに顔を見合わせて、
「それがよいの」
「さすが、私のマールですね」
「とっとと壊しましょ!」
全員が頷く。
とりあえず、頭部さえ破壊すれば、赤い光の『神文字』が宿ることもないと思う。
ガシャン ゴキィン ガガァン
キルトさんとイルティミナさん、僕、ダルディオス家の父娘の戦士5人で、全ての騎士像を破壊していく。
(ふぅぅ)
モウモウと粉塵が舞う中、一息だ。
白い床には、30体近い、頭部のない騎士像の残骸が転がっている。
「……なんや、コールウッド様の罰が当たりそうやな」
ラプトがポツリと呟く。
(…………)
今更だけど、そう言われたら、なんだか大それたことをした気になってしまった。
ギュッ
「構いませんよ。マールを殺そうというなら、『神』であっても私の敵です」
怯えた僕を抱きしめ、イルティミナさんがそう言い切った。
ラプトとレクトアリスは、驚き、恐れ戦いたように彼女を見つめる。
キルトさんは苦笑した。
「『灰色の女神』には悪いが、わらわたちも、黙って殺されるわけにはいかぬのじゃ。これぐらいの抵抗は、広い心で許してもらわねばの」
ソルティスは、小さな両手を握り合わせ、
「……もし罰を当てるなら、言い出しっぺのマールだけにしてください……」
天に向かって、そう祈る。
(こ、この子は~)
最後の少女の言葉に、全員が小さく笑って、そうして僕らは、無数の『騎士像の残骸』だけが残された部屋をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
分岐のない通路を、ひたすらに進んだ。
あれから、騎士像にも魔物にも出会うことがない。少しだけ平和な時間。
(……まぁ、油断はできないけどね)
やがて、奇妙な場所に辿り着いた。
「なんじゃ、ここは?」
キルトさんの声は、僕ら全員の気持ちの代弁だ。
――遺跡の中なのに、塔があった。
僕らのいる階層を頂点にして、5階層ぐらいぶち抜いて、下に伸びている。塔の先端と天井は、何本ものコードで繋がっていた。
ヒィン ヒィィン
神文字の赤い光が、何百、何千、或いはそれ以上、大量に塔の中を流れている。
(……なんか、巨大なコンピューターみたいだね?)
前世知識からの感想。
時折、天井のコードを伝って、赤い光が他の階層へと流れていく。
僕は、ふと思った。
この遺跡の11階層までは、居住区。
そして12階層から先の階層は、この遺跡の中枢――つまり制御システムが集約しているのかもしれない。
(……この塔も、その制御システムの1つかな?)
あの騎士像の門番たちは、きっと、これらを守るための存在だったのだ。
途切れた床ギリギリに立って、全員、階下を覗き込む。
ヒュォオオ
冷たい風が肌を撫でる。
もしかしたら、この制御塔のための冷却システムでも効いているのかな?
そして、200メードほどの高さ。
トグルの断崖よりも高い……もし落ちたら、一巻の終わりだ。
「ねぇ、あっちに階段があるわ」
ソルティスの声に、皆がそちらを向く。
小さな指が示す先にあったのは、塔を包む空間の外壁に沿って造られた螺旋階段だった。
どうやら、塔の麓まで続いていそうである。
直径が300メードはある空間なので、かなりの距離になりそうだけれど。
「ふむ、これで5階層分、踏破できるならばありがたいの」
「うん」
「そうですね」
キルトさんの言葉に、僕らは頷く。
そして、塔の発する赤い光に照らされながら、僕ら8人は、その長い長い階段を降り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇
一段一段の幅が長い階段を、どこまでも降りていく。
途中、長い年月で階段が崩落し、15メード以上、途切れている部分もあった。
「行きますよ、マール」
「うん」
かつて『トグルの断崖』を登頂した時のように、ロープを持った子供の僕は、呼吸を合わせて、イルティミナさんに放り投げられる。
ブォン
宙を舞う。
(……よっ)
そして、着地。
すぐに近くの柱にロープを固定する。
万が一に備えて、もう1本ロープを投げられて、それもしっかり固定した。
2本のロープを伝い、全員、無事に渡り終える。
(あとは、ロープを解いて回収、っと)
固く結んでしまったので、イルティミナさんにも手伝ってもらって、作業する。
「2人とも、手慣れたものじゃの」
それを眺めて、感心するキルトさん。
ふと見れば、他のみんなも同じ顔をしていた。
「あは」
「ふふっ」
僕とイルティミナさんは、お互いの顔を見ながら、つい笑ってしまった。
螺旋階段には、同じように崩落している部分が何箇所かあって、僕らは同じように対処しながら階下へと降りていく。
およそ1時間。
ようやく5階層分を踏破した。
(ふぅ……)
ちょっと一息。
視線を巡らせれば、巨大な塔の基盤が見えた。
天井部分と同じく、無数のコードが伸びていて、その中を赤い光が何度も行き来している。
「あっちね」
レクトアリスの声に振り向けば、彼女の指の示す先、奥の白い壁に、別の通路への入り口があった。
僕らは隊列を組んで、歩きだす。
そうして30分ほど歩くと、地下へと続く階段が現れた。
次なる17階層への階段。
キルトさんは周囲を見回して、「ふむ」と呟いた。
「今日の探索は、ここまでじゃ。今夜は、ここで野営をするぞ」
(え?)
驚く僕。
そんな僕の髪を、イルティミナさんは優しく撫でて、
「遺跡の中なのでわかり辛いでしょうが、すでに日付は変わっているのですよ?」
と教えてくれた。
そ、そうだったんだ。全然わからなかった。
(でも、まだ、そんなに疲れてないんだけどな……)
そんな思いも顔に出ていたのか、
「疲れ切ってから野営を始めては、野営中に魔物に襲われるなど、何かあっても対処できませんよ?」
「あ、そうか」
「野営は、余力を残してするのが鉄則です」
イルティミナ先生の説明に、深く納得だ。
まだまだ新米冒険者な僕に、彼女は優しく笑って、そして全員、野営の準備を始めた。
うん、今日の探索は、ここまでだ。
◇◇◇◇◇◇◇
小さな焚き火を囲みながら、皆で、携帯食料を食べる。
モグモグ
(……最下層まで、どの位かかかるかわからないし、節約しないとね)
所持しているのは、2週間分。
でも、食べる量は、半分ぐらいにしておくことにした。……成長期の僕には、ちょっとわびしいけど。
ちなみに、ラプトとレクトアリスは、細長い瓶に入った光る水――神饌である『癒しの霊水』を飲んでいる。
それを見ていると、
「……高い食事よね」
ポツッと、隣のソルティスが呟いた。
聞こえてしまったのか、ラプトが「あん?」と彼女を見る。レクトアリスも食事の手を止め、こちらを見ていた。
少女は、肩を竦めて、
「知ってるか知らないけど、それ、人間の世界じゃ貴重品なのよ? 傷も癒せる大事な回復薬でもあるんだから」
「……だから何や?」
「だから、このマールみたいに普通の食事は摂れないの? ってこと」
小さな親指で、僕を示す。
「無理よ」
レクトアリスが答えた。
「不可能ではないわ。でも、肉体が変質して、多くの力を失う。……それこそ、マールみたいに」
「ふぅん?」
ソルティスは片眉をあげる。
ふと見たら、他のみんなも、この子たちの会話に集中している。
ラプトが『癒しの霊水』の残りをグイッと飲み切って、口元を腕で拭った。
「あとな、チビ? 勘違いを訂正しとく」
「は? チビ?」
ピキッ
青筋を立てるソルティス。
でも、ラプトは構わずに、
「元々、この神饌の水は、400年前、ワイら『神の眷属』のために、神々がこの世界の大地に創りだしたもんや。それを『癒しの霊水』だとか回復薬だとかのたまって、勝手してるんは、自分ら人間の方なんやで?」
そうだったの?
その事実は、誰も知らなかったらしく、みんな驚いた顔をしている。
「だから、これはワイらの食事なんや。遠慮なんぞするか。貴重品だとか何だとか、人間の理屈は知らんがな」
「…………」
黙るソルティスに、鼻息荒く、ふんぞり返るラプト。
(…………)
でも、彼はそれ以上、新しい『癒しの霊水』の瓶には口をつけない。
かつてアルドリア大森林での僕は、ガブガブと10杯以上飲んで、ようやくお腹を満たしていたというのに、ラプトもレクトアリスも1本しか飲んでいなかった。
(素直じゃないなぁ)
「なんや、マール?」
「ううん、何でもないよ」
こっちに気づいて怪訝そうなラプトに、僕は、笑いながら首を振る。
「ただ僕は、2人のことが大好きだと思っただけ」
「お、おう?」
「あら、ありがと」
なんだか、びっくりしているラプトと、大人の微笑みを見せるレクトアリスである。
そのあと、ソルティスとレクトアリスは、
「じゃあ、『癒しの霊水』のどの成分が『神の眷属』の肉体構成に必要なの?」
「恐らく、体内の神脈の経絡を刺激する光素が――」
なんだか、難しい話題に興じていた。
チラッ
他の人の様子を窺うと、2人以外、理解できない話題らしい、みんな、そっぽを向いている。
もちろん、ラプトも。
「レクトアリスの話に、ようついていけるわ、あのチビちゃん」
「あはは……」
ちょっと恐れ入ったように少女を見て、呟いている。
手紙のやり取りからも思ったけど、なんとなく知識人っぽいレクトアリスとソルティス、2人の相性はいいようだった。
やがて、就寝の時間。
「では、私とマールで」
「うん」
2人1組で2時間交代の見張りをすることになり、僕は彼女とペアになった。
ちなみに他は、
キルトさんとラプト。
ダルディオス将軍とフレデリカさん。
ソルティスとレクトアリス。
となった。
(ここにも相性が出ている気がするね?)
そんなこんなで、僕らは1番手の見張りに立った。
なぜか、イルティミナさんに背中から抱きつかれた状態での見張りだった。2時間、彼女はとても幸せそうで、結局、何事もなく次のペアと交代となった。
「ふふっ、おやすみなさい、マール」
「お、おやすみ、イルティミナさん」
もちろん、そのあとも抱き枕である。
まぁ、僕も嬉しいからいいんだけど……ちょっと男の子の部分を抑えるのが大変である。
(僕は、紳士だ……紳士だ……)
久しぶりの呪文。
そうして、いつの間にか、僕は眠りにつき、やがて無事に朝を迎えた。
そして、野営の片づけを終えると、
「――よし、では出発じゃ」
僕ら8人は、目の前にある『大迷宮・17階層』への階段を降りていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




