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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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119/825

119・死闘、門番の騎士像2

第119話になります。

よろしくお願いします。

 ――僕とソルティスの加勢により、戦局は一気に傾いていった。


「精霊さん!」


 僕は、一番近くにいた『白銀の狼』の元へと走る。


 その紅い瞳が、こちらの接近を認めた瞬間、驚くべきことに彼は、真正面から相対する騎士像へと飛びかかった。


 ガシュッ


 騎士像の剣は、当然のようにカウンターで白銀の胸部を貫く。


(せ、精霊さん!?)


 けれど、雄々しくも美しい精霊獣は、その負傷を意に介さず、自分を貫いた剣を持つ騎士像の右手に噛みつきながら、突進の勢いのままに体当たりを敢行する。


 ガガァアン


 精霊の体長は3メード。


 その体格差によって、人間サイズの騎士像は簡単に床に組み伏せられる。

 床に衝突して、火花が散った。


 ガキッ ギギィイ

 

 騎士像も凄まじい力で『白銀の狼』をどかそうとするけれど、恐るべき大地の精霊獣は、剣を持つ騎士像の右手を拘束したまま、決して離れない。


 その美しい眼光が僕を見る。


「!」


 理解した僕は、走りながら『妖精の剣』を逆手に持ち替える。


 騎士像の兜、その視界を確保するためのスリットの奥には、赤い光が灯っている――地面に仰向けに倒され、無防備に晒されたそこへ、僕は全体重をかけて『妖精の剣』を突き立てた。


 ガシュッ


 重く、確かな手応え。

 その瞬間、騎士像は1度、その巨体を大きく跳ねさせた。そして、すぐに動かなくなる。


 兜の奥の赤い光も消えた。


 ズズズッ


『白銀の狼』は、胸部に刺さった剣を引き抜きながら、ようやく離れた。


 その巨体が、ふらつく。


「せ、精霊さん!」


 慌てて駆け寄る。


 けれど、気高くも美しい精霊獣は、四肢を踏ん張り、僕を見据えて笑った。


 コツッ


 その大きな額を、僕の胸に押し当てる。


「…………」


 僕は、万感の想いを込めて、その冷たい鉱石でできた頭を撫でた。


『白銀の狼』は、気持ち良さそうに目を閉じて、やがて、その全身を光らせると、僕の左腕にある『白銀の手甲』の魔法石の中へと吸い込まれていった。


「……ありがとう、精霊さん」


 僕は、感謝を口にする。


 ジジジ……ッ


 それに応えるように、精霊のかすかな音色が魔法石から響き、僕の鼓膜を震わせた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 一方、ソルティスは、3人の『光る女』と共に、ダルディオス家の父娘の元へと駆けていた。


 ダルディオス将軍は、正面から騎士像と剣を交わし合い、その後方にいるフレデリカさんが『炎の矢』を射続けている。


 ソルティスは右手を向け、


「あの2人に加勢しなさい!」 


 少女の声に応じて、彼女に付き従っていた3人の『槍を手にした光の女』たちが飛翔していく。


 ヴォン


 騎士像の兜の奥にある赤い眼光が動き、新手に気づいた。


 瞬間、


「よそ見とは、余裕ではないか!?」


 叫んだ将軍さんの『炎の剣』が、騎士像の剣を大きく弾く。


 持ち上がった騎士の右手に、


 ヒュオッ ドパァアン


『炎の矢』が命中し、爆発を起こす。


 その威力に押されて剣を手放し、たたらを踏んだ騎士像――そこに『光る女』たちの3本の槍の刃が襲いかかった。


 ガシュッ ザキュッ ガギィン


 両腕が斬られ、右膝が切断される。


 堪らず片膝をついた騎士像の前で、ダルディオス将軍は、上段に構えていた『炎の剣』を振り下ろした。


 ヒュコン


 剣閃が閃き、騎士像の頭部が十字に切断された。


 赤い眼光が、消える。


 ガラッ ガガァン


 力を失った巨体が、白い床へと崩れ落ちた。


 それを見届け、


「ふぅぅ」


 ダルディオス将軍は、熱気に満ちた肉体から大きく呼気を吐きだした。


 そうして、娘と少女を見返すと、


 グッ


 彼は大きな拳を握り、それを突き出しながら、勝利の笑みを見せつけた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 最後は、イルティミナさんだった。


 けれど、僕らが加勢に向かおうとした時には、もう決着がついていた。


 神速で交わされた剣と槍の応酬。


 その激しいぶつかり合いに、騎士像の手にしていた剣は耐え切れず、先に砕けてしまったのだ。


「シィッ」


 カッ カッ


 直後、騎士像の両腕が切断される。


 同時に、騎士像は後方へと跳躍し、そのまま背中の翼を開いて、上空へと逃れようとした。


 それは、僕らにだったら有効な手。 


 でも、イルティミナさん相手には、とてつもない悪手だった。


 遠距離攻撃が得意な『銀印の魔狩人』は、ほとんどノータイムで、白い槍の投擲を完了していた。


 ドパァアン


 直撃し、翼が砕け散る。


 落下する騎士像に対して、イルティミナさんはそちら目がけて跳躍し、空中で戻ってきた白い槍を手にすると、


 ヒュコン


 華麗に回転しながら一閃し、白い床へと着地する。


 ガガァアン


 頭部を破壊された、翼の折れた騎士像が落下し、激しい土煙をあげる。


「…………」

「…………」

「…………」


 加勢しようとしていた僕らは、思わず足を止めて、その衝撃的な結果を見つめてしまった。


「イ、イルナ姉、あんなに凄かったっけ?」


 ソルティスが呟く。


(うん……本当に強い)


 たった1人で、無傷であの強敵を倒していた。

 冗談ではなく、彼女はもう、キルトさんに近いレベルにまで達していた。


 長く美しい髪をたなびかせ、彼女は、大きく息を吐く。


 そして、こちらに気づき、


「あ……、マール!」


 険しかった表情を綻ばせると、一目散に駆け寄ってきてくれるのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 6体の『2枚の翼を生やした騎士像』は、全滅させた。


 でも、安心はできない。


 僕ら5人の前には、『神術』によって半球状に展開される赤い魔法結界があった。この中では、キルトさんとラプト、そして『4枚の翼を生やした騎士像』が今も戦っているのだ。


(…………)


 あの巨大な騎士像の凄まじい『圧』を思い出す。


 背筋が震える。


 恐らく、僕らの戦った6体の騎士像全てよりも、あの1体の方が強いと思えた。


 仮にもし……もし、キルトさんが負けたら、あの1体の騎士像によって、僕らは全滅させられる……そんな予感がある。


「…………」

「…………」

「…………」


 結界の前では、両目を閉じ、額にある第3の目を輝かせる美女、レクトアリスが、結界維持のために両手をかざしながら集中している。


 パシュッ パシュシュッ


 時折、結界の赤い光が強くなる。


 結界に衝撃を与えるほど、内部で凄まじい攻防が行われているのだ。そのたびに、端正なレクトアリスの美貌が、苦しげにしかめられた。


「……キルトさん」

「…………」


 ギュッ


 イルティミナさんと手を繋ぎながら、僕は、その結界を見つめ続けた。


 それから、15分ほどが過ぎた。


 突然、レクトアリスが両の瞳を見開き、


「……くっ!」


 小さな呻きをこぼし、白い歯を食い縛った。


 直後、その半球状の赤い魔法結界が、凄まじい光を放ち、内側から膨張するように膨れ上がる。


 ガシャアアン


 巨大な『何か』が結界の天井を突き破り、ガラスが砕けるように結界全体が弾け飛ぶ。


「う、わっ!?」

「マール!」


 吹き飛ばされるような突風が荒れ狂う。


 僕とソルティスは、イルティミナさんにしがみつき、彼女は僕らを抱え込みながら、必死に足を踏ん張っている。間近にいたレクトアリスは吹き飛ばされて、ダルディオス将軍がその身体を受け止め、その背中側で、フレデリカさんも姿勢を低くしながら、その風圧に耐えていた。


 やがて、風が止む。


 赤い光の破片が舞い散る中、


 ガギャアアン


 上空に飛んでいた『何か』が地面へと墜落し、激しい火花と共に金属音を響かせる。


 反射的に、僕ら5人は、武器を構えた。


 それは、『4枚の翼を生やした騎士像』の残骸だった。 


 手足がひしゃげ、鎧が凹み、頭部には深い裂傷が刻まれている。その全身が巨大な万力に潰されたように、あちこちが陥没し、捻じれていた。


 そして、


「落ち着け! 自分の勝ちや! もう終わったんや!」

「ふっ……ふーっ!」


 結界のあった中心部には、『雷の大剣』を片手にしたキルトさんと、その背中側から抱きついて、羽交い絞めにしている少年ラプトの姿があった。


(……キ、キルトさん?)


 彼女は、ボロボロだった。


 全身が傷だらけで、左肩は折れているのか、腕がダラリと下がっている。


 黒い鎧は、ほぼ全てが壊れていて、一部、留め具だけが残っている。左足首から先は、可笑しな方向に曲がっていた。豊かな銀髪は、血を吸って肌に張りつき、今もなお、彼女の足元には赤い血だまりが広がっている。


「ふっ! かはーっ!」


 その美貌は、獣のように凶暴だった。


 黄金の瞳は、瞳孔が開ききり、開いた唇からは、唾液と血液、荒く熱い息が吐き出されている。


 ――凶戦士バーサーカー


 そんな単語が頭に浮かぶ。


 あまりの彼女の状態に、僕らはしばらく言葉が出なかった。


 あの逃げ場のない赤い結界の中で、いったいどれほどの死闘があったのか、今の彼女の状態から、それは想像を絶するものだったと推察することしかできない。


 ズリ ズリリ


 彼女は今なお、停止している巨大な騎士像に向かって、折れた足を引きずりながら接近している。


「止まれ、止まれや! 阿呆!」


 叫ぶラプトの声も聞こえていない。


 そんなラプト自身も、右腕が折れているようだった。


 歩くたびに、キルトさんの全身の傷から、血が溢れる。

 それでも、その凄まじい闘争本能は、今も戦いが終わったことを理解せず、巨大な騎士像へと足を歩ませている。


「っっっ」


 僕は、彼女の元へ走った。

 気づいたラプトが、焦ったように言う。


「あかん、近づくな! 今のコイツは、もう敵味方の区別がついてへん!」


(…………)


 それでも、僕の足は止まらなかった。


 イルティミナさんが僕を止めようと白い手を伸ばしかけ、


「……マール」


 けれど、途中でそれは戻された。


 僕は、キルトさんの進路を遮るように、その正面に立つ。


 邪魔者を振り払うように、彼女は、『雷の大剣』を片手で振り上げ、


「キルトさん!」


 僕は、そんな彼女に躊躇なく抱きついた。


 ギュウウッ


 力いっぱい抱きしめながら、その顔を、瞳を見つめる。


「キルトさん、もう終わったんだ。キルトさんの勝ちだよ?」

「…………」

「もう大丈夫、大丈夫だから」


 彼女の動きが止まった。


 血に染まった、傷だらけの美貌がこちらを向く。


「……マール?」


 ポツリと呟く。


 ラプトが驚いた顔で、正気を取り戻したキルトさんと僕を見つめ、拘束していた腕を離した。


 僕は、黄金色の瞳を見つめながら、大きく頷く。


「うん」

「……そうか。……終わったのか」


 彼女は、夢を見ているような口調で呟いた。


 ゴトォン


 その手から、『雷の大剣』がこぼれて、白い床に落ちる。


 直後、まるで糸が切れた人形のように、キルトさんの身体から力が抜けて、小さな僕の身体へと倒れ込んできた。

 必死に支える。


(キルトさん……)


 抱きしめる身体は、本当に小柄な女性のものだ。


 ギュウウッ


 強く抱きしめる。


「キルト」

「キルトぉ!」 


 イルティミナさんとソルティスも、すぐに駆け寄ってきてくれた。


 気を失った彼女の身体を支えていると、触れ合う部分から、その鼓動が伝わってくる。

 それは力強くて、優しくて、


「お疲れ様……ありがとう、キルトさん」


 僕は、すでに聞こえていない彼女の耳元で、小さくそう囁いた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 負傷したキルトさんだけでなく、何人かの消耗が激しかったので、僕らはここで休憩のため、キャンプを張ることにした。


 戦闘終了より、30分ほどして、


「……む? ここは?」


 天幕内で横になっていたキルトさんが、目を覚ました。


「おはよう、キルトさん」

「……マール」


 そばで見守っていた僕に、彼女は驚いた顔をする。


 銀色の髪を毛布に広げたまま、キルトさんは、ボーっとしたように天幕の天井を見上げ、やがて、ハッとしたように上体を跳ね起こした。


「状況は!? あのデカブツはどうした!?」


 わっ?

 おでこがぶつかりそうになって、僕は仰け反る。


「お、落ち着いて。大丈夫、キルトさんがもう倒したよ?」

「……わらわが?」


 キョトンとした顔。


(あれ?)


「もしかして、キルトさん、覚えてないの?」

「う、うむ」


 顔を近づけ、マジマジとその目を覗き込むと、彼女はちょっと慌てたように顔を離す。


 そっか。

 でも、あの時の姿を思い出せば、仕方がないのかもしれない。


(本当に、バーサーク状態だったもんね)


 無我夢中だったとはいえ、我ながら良く近づけたもんだ、うん。


 そして、あの赤い魔法結界の中で起きたことを、あのあと、僕らは全員、ラプトから教えられていた。


 まず、


『――鬼神剣・絶斬で、一気に片を付ける』


 このキルトさんの目論見は、失敗に終わった。


 ラプトが必死に隙を作り、キルトさんが放った絶対の一撃は、けれど、『4枚の翼を生やした騎士像』も似たような光の剣を放って、なんと相殺されたそうだ。


 この時点で、僕らは唖然。


(あの、とんでも攻撃に匹敵する技って、嘘でしょう?)


 あの騎士像は、もしかしたら、キルトさんより格上の存在だったのかもしれない。


 そこからは、死闘だったそうだ。


 単純な、剣技のみの応酬。


 そして、肉体防御力、耐久力ならば、人間であるキルトさんが圧倒的に不利だった。


 けれど、騎士像の致命的な一撃から、ラプトが、何度も身を挺して庇うことで、『金印の魔狩人』は傷だらけになりながらも、己の持てる全力を駆使して、なんとか騎士像と互角に戦えたのだそうだ。


(…………)


 檻に閉じ込められた普通の人が、鉄棒一本渡されて、巨大な熊と戦わされてる感じかな?

 ……本当に絶望しかない。


 それでも、彼女は勝った。


 ラプト自身、何度も敗北を覚悟したという状況で、けれどキルトさんは決して諦めず、最後には勝利をもぎ取ったのだ。


 彼女が負けていれば、恐らく、僕らは全滅していた。 


 ――まさに、人類の希望。


 僕ら『神の眷属』ではなく、キルト・アマンデスという人物こそがそうなのではないかと、僕なんかは思ってしまうのだ。


 説明を終えた僕は、改めて、彼女の顔を見つめる。


「本当に、キルトさんって凄いよ」

「う、うむ、そうか」


 興奮と憧憬の込められた僕の視線に、キルトさんは、なんだか気恥ずかしそうな様子だった。


 キラキラした視線から逃れるように、彼女は周囲を見回して、


「……イルナとソルは、どうした?」


 と聞いた。

 ここには、僕ら2人だけだった。


「隣の天幕にいるよ」


 僕は答える。


 実は、キルトさんの傷を回復魔法で治した時点で、ソルティスの魔力残量は、かなり少なくなっていた。


 彼女は今は、魔力回復用のキュレネ花の蜜を服用し、隣の天幕で横になって休んでいる。別の天幕なのは、キルトさんがそばにいると、優しい彼女は、その容体を気にしすぎてしまうためだった。


 今は、姉のイルティミナさんが付き添っている。


 ちなみに、激戦を終えたラプト、第3の目を使い続けたレクトアリスもそこそこ消耗が激しくて、『癒しの霊水』を服用して、また別の天幕で休んでいた。


 見張りは、無傷だったダルディオス将軍とフレデリカさんがしてくれている。


 状況を教えられて、


「そうか」


 キルトさんは、短く息を吐いた。


「まだ12階層に来たばかりで、なかなかの消耗じゃの」

「うん」


 僕は頷き、


「でも、みんな、生きてる」

「…………」

「これから先も、みんなで生き残るために、今は、キルトさんもゆっくり休んでよ」

 

 彼女は、僕を見る。


 そして苦笑した。


「なかなか言うようになったの、マール」

「そう?」

「うむ。……しかし、その通りじゃな」


 弟子に教えられた師匠の顔で、彼女は、毛布の上へ再び横になった。

 そのまま天井を見ながら、


「これまで魔物を追って、ダンジョンに潜ったことは何度かある。しかし、これほどの規模の迷宮は、初めてじゃ」

「…………」

「やはり、休める時に休まねばの」


 長い息を吐く。

 そして、


「……ここは魔物の数、そして、強さが違いすぎる」


 と呟いた。


(うん、骸骨王に不死オーガ、メデューサ、そして、あの『翼の騎士像』たち……確かに、みんな異常だよ)


 僕は、無言で頷いた。


 キルトさんは、銀色の前髪を片手でかき上げて、


「わらわたちは、先行したアルン騎士たちのように階層を制圧する必要はない。これから先は、少数の強みを生かして、先の階層へと強行する必要もあろう」

「…………」

「そして、なんとしても最下層に辿り着かねばな」


 そう笑った。


 それから、落ち着いた声で言う。


「3時間後に、ここを発つぞ」


 3時間?


(休憩は、それだけ?)


「騎士像たちを倒したとはいえ、ここが安全という保証もないからの」

「……うん」


 僕は、頷いた。


(……もしも新手の魔物たちがやって来たら、大変だもんね)


 消耗戦になったら、僕らに勝ち目はないんだ。

 辛い行軍だけど、やるしかない。


 覚悟を決める僕の顔を、ふと気づいたら、キルトさんが優しい瞳で見上げていた。


「マール」


 チョイチョイ


 手招きされた。


(ん?)


 四つん這いで近づくと、そんな僕の首へと、彼女の白い腕が巻きついてくる。……へ?


 ギュムッ


 そのまま、横になっているキルトさんに、抱きすくめられた。


「ち、ちょっとキルトさん?」

「まぁ、良いではないか」


 僕を背中側から抱きしめ、髪に顔を押し当てるようにしながら、彼女は笑う。


 せ、背中に当たってるよ?


 イルティミナさんとはまた違う、2つの膨らみの弾力の強さに、ちょっと鼓動が速くなる。甘酸っぱいような匂いは、彼女の汗の匂いだろうか? なんだか、食欲がそそられるような不思議な感じ。


 キルトさんはからかうように、


「いつもイルナにされているのであろ? たまには、わらわの抱き枕になるのも良いではないか」

「う、うん。……まぁいいけど」


 病み上がりの彼女の願いを無碍にするのも、なんだか心苦しかった。


(まぁ、いつものことだしね)


 僕はもう、達観である。


「すまんな」

「ううん」


 スリスリ


 頬を擦りつけられながら、僕は目を閉じる。


 3時間の休憩。


 僕も、少しでも回復しておこう。


「おやすみ、キルトさん」

「うむ。おやすみじゃ、マール」


 柔らかな彼女の声が、耳に心地好い。


 僕も疲れていたのだろうか? 気がついたら、いつの間にか眠りに落ちていた。


 ――ふと目が覚める。


(おや?)


 顔の前に、イルティミナさんの大きな胸元があった。見上げれば、まぶたを閉じた美貌が、すぐそこにあった。


 背中側からは、キルトさんに抱きしめられたままである。


 2人とも、眠っている。


 どうやら、こちらの天幕に戻ってきたイルティミナさんにも、抱き枕にされてしまったようだ。

 前後から挟まれて、ちょっと暑い。


(まぁ、いいか)


 小さく苦笑して、またまぶたを閉じる。


 母親に抱かれて眠る子犬のように、深い安心感に包まれて、僕は、穏やかな3時間の安らぎをむさぼった――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


年内の更新は、これで最後になります。

『転生マールの冒険記』を読んで下さった皆さん、今年は、本当にありがとうございました。


皆さんのブクマや評価、感想に支えられた1年(およそ7ヶ月半)でした。


また来年も、精一杯がんばろうと思います。

もしよろしければ、どうか皆さん、これからもマールたちの物語を見守ってやってくださいね。


寒い時期ですので、どうか体調にはお気をつけて。

皆さん、良い年末年始をお迎えください。


それでは、また来年です!



※次回更新は、2019年1月7日、月曜日を予定しております。また来年も、よろしくお願いします。

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