119・死闘、門番の騎士像2
第119話になります。
よろしくお願いします。
――僕とソルティスの加勢により、戦局は一気に傾いていった。
「精霊さん!」
僕は、一番近くにいた『白銀の狼』の元へと走る。
その紅い瞳が、こちらの接近を認めた瞬間、驚くべきことに彼は、真正面から相対する騎士像へと飛びかかった。
ガシュッ
騎士像の剣は、当然のようにカウンターで白銀の胸部を貫く。
(せ、精霊さん!?)
けれど、雄々しくも美しい精霊獣は、その負傷を意に介さず、自分を貫いた剣を持つ騎士像の右手に噛みつきながら、突進の勢いのままに体当たりを敢行する。
ガガァアン
精霊の体長は3メード。
その体格差によって、人間サイズの騎士像は簡単に床に組み伏せられる。
床に衝突して、火花が散った。
ガキッ ギギィイ
騎士像も凄まじい力で『白銀の狼』をどかそうとするけれど、恐るべき大地の精霊獣は、剣を持つ騎士像の右手を拘束したまま、決して離れない。
その美しい眼光が僕を見る。
「!」
理解した僕は、走りながら『妖精の剣』を逆手に持ち替える。
騎士像の兜、その視界を確保するためのスリットの奥には、赤い光が灯っている――地面に仰向けに倒され、無防備に晒されたそこへ、僕は全体重をかけて『妖精の剣』を突き立てた。
ガシュッ
重く、確かな手応え。
その瞬間、騎士像は1度、その巨体を大きく跳ねさせた。そして、すぐに動かなくなる。
兜の奥の赤い光も消えた。
ズズズッ
『白銀の狼』は、胸部に刺さった剣を引き抜きながら、ようやく離れた。
その巨体が、ふらつく。
「せ、精霊さん!」
慌てて駆け寄る。
けれど、気高くも美しい精霊獣は、四肢を踏ん張り、僕を見据えて笑った。
コツッ
その大きな額を、僕の胸に押し当てる。
「…………」
僕は、万感の想いを込めて、その冷たい鉱石でできた頭を撫でた。
『白銀の狼』は、気持ち良さそうに目を閉じて、やがて、その全身を光らせると、僕の左腕にある『白銀の手甲』の魔法石の中へと吸い込まれていった。
「……ありがとう、精霊さん」
僕は、感謝を口にする。
ジジジ……ッ
それに応えるように、精霊のかすかな音色が魔法石から響き、僕の鼓膜を震わせた。
◇◇◇◇◇◇◇
一方、ソルティスは、3人の『光る女』と共に、ダルディオス家の父娘の元へと駆けていた。
ダルディオス将軍は、正面から騎士像と剣を交わし合い、その後方にいるフレデリカさんが『炎の矢』を射続けている。
ソルティスは右手を向け、
「あの2人に加勢しなさい!」
少女の声に応じて、彼女に付き従っていた3人の『槍を手にした光の女』たちが飛翔していく。
ヴォン
騎士像の兜の奥にある赤い眼光が動き、新手に気づいた。
瞬間、
「よそ見とは、余裕ではないか!?」
叫んだ将軍さんの『炎の剣』が、騎士像の剣を大きく弾く。
持ち上がった騎士の右手に、
ヒュオッ ドパァアン
『炎の矢』が命中し、爆発を起こす。
その威力に押されて剣を手放し、たたらを踏んだ騎士像――そこに『光る女』たちの3本の槍の刃が襲いかかった。
ガシュッ ザキュッ ガギィン
両腕が斬られ、右膝が切断される。
堪らず片膝をついた騎士像の前で、ダルディオス将軍は、上段に構えていた『炎の剣』を振り下ろした。
ヒュコン
剣閃が閃き、騎士像の頭部が十字に切断された。
赤い眼光が、消える。
ガラッ ガガァン
力を失った巨体が、白い床へと崩れ落ちた。
それを見届け、
「ふぅぅ」
ダルディオス将軍は、熱気に満ちた肉体から大きく呼気を吐きだした。
そうして、娘と少女を見返すと、
グッ
彼は大きな拳を握り、それを突き出しながら、勝利の笑みを見せつけた。
◇◇◇◇◇◇◇
最後は、イルティミナさんだった。
けれど、僕らが加勢に向かおうとした時には、もう決着がついていた。
神速で交わされた剣と槍の応酬。
その激しいぶつかり合いに、騎士像の手にしていた剣は耐え切れず、先に砕けてしまったのだ。
「シィッ」
カッ カッ
直後、騎士像の両腕が切断される。
同時に、騎士像は後方へと跳躍し、そのまま背中の翼を開いて、上空へと逃れようとした。
それは、僕らにだったら有効な手。
でも、イルティミナさん相手には、とてつもない悪手だった。
遠距離攻撃が得意な『銀印の魔狩人』は、ほとんどノータイムで、白い槍の投擲を完了していた。
ドパァアン
直撃し、翼が砕け散る。
落下する騎士像に対して、イルティミナさんはそちら目がけて跳躍し、空中で戻ってきた白い槍を手にすると、
ヒュコン
華麗に回転しながら一閃し、白い床へと着地する。
ガガァアン
頭部を破壊された、翼の折れた騎士像が落下し、激しい土煙をあげる。
「…………」
「…………」
「…………」
加勢しようとしていた僕らは、思わず足を止めて、その衝撃的な結果を見つめてしまった。
「イ、イルナ姉、あんなに凄かったっけ?」
ソルティスが呟く。
(うん……本当に強い)
たった1人で、無傷であの強敵を倒していた。
冗談ではなく、彼女はもう、キルトさんに近いレベルにまで達していた。
長く美しい髪をたなびかせ、彼女は、大きく息を吐く。
そして、こちらに気づき、
「あ……、マール!」
険しかった表情を綻ばせると、一目散に駆け寄ってきてくれるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
6体の『2枚の翼を生やした騎士像』は、全滅させた。
でも、安心はできない。
僕ら5人の前には、『神術』によって半球状に展開される赤い魔法結界があった。この中では、キルトさんとラプト、そして『4枚の翼を生やした騎士像』が今も戦っているのだ。
(…………)
あの巨大な騎士像の凄まじい『圧』を思い出す。
背筋が震える。
恐らく、僕らの戦った6体の騎士像全てよりも、あの1体の方が強いと思えた。
仮にもし……もし、キルトさんが負けたら、あの1体の騎士像によって、僕らは全滅させられる……そんな予感がある。
「…………」
「…………」
「…………」
結界の前では、両目を閉じ、額にある第3の目を輝かせる美女、レクトアリスが、結界維持のために両手をかざしながら集中している。
パシュッ パシュシュッ
時折、結界の赤い光が強くなる。
結界に衝撃を与えるほど、内部で凄まじい攻防が行われているのだ。そのたびに、端正なレクトアリスの美貌が、苦しげにしかめられた。
「……キルトさん」
「…………」
ギュッ
イルティミナさんと手を繋ぎながら、僕は、その結界を見つめ続けた。
それから、15分ほどが過ぎた。
突然、レクトアリスが両の瞳を見開き、
「……くっ!」
小さな呻きをこぼし、白い歯を食い縛った。
直後、その半球状の赤い魔法結界が、凄まじい光を放ち、内側から膨張するように膨れ上がる。
ガシャアアン
巨大な『何か』が結界の天井を突き破り、ガラスが砕けるように結界全体が弾け飛ぶ。
「う、わっ!?」
「マール!」
吹き飛ばされるような突風が荒れ狂う。
僕とソルティスは、イルティミナさんにしがみつき、彼女は僕らを抱え込みながら、必死に足を踏ん張っている。間近にいたレクトアリスは吹き飛ばされて、ダルディオス将軍がその身体を受け止め、その背中側で、フレデリカさんも姿勢を低くしながら、その風圧に耐えていた。
やがて、風が止む。
赤い光の破片が舞い散る中、
ガギャアアン
上空に飛んでいた『何か』が地面へと墜落し、激しい火花と共に金属音を響かせる。
反射的に、僕ら5人は、武器を構えた。
それは、『4枚の翼を生やした騎士像』の残骸だった。
手足がひしゃげ、鎧が凹み、頭部には深い裂傷が刻まれている。その全身が巨大な万力に潰されたように、あちこちが陥没し、捻じれていた。
そして、
「落ち着け! 自分の勝ちや! もう終わったんや!」
「ふっ……ふーっ!」
結界のあった中心部には、『雷の大剣』を片手にしたキルトさんと、その背中側から抱きついて、羽交い絞めにしている少年ラプトの姿があった。
(……キ、キルトさん?)
彼女は、ボロボロだった。
全身が傷だらけで、左肩は折れているのか、腕がダラリと下がっている。
黒い鎧は、ほぼ全てが壊れていて、一部、留め具だけが残っている。左足首から先は、可笑しな方向に曲がっていた。豊かな銀髪は、血を吸って肌に張りつき、今もなお、彼女の足元には赤い血だまりが広がっている。
「ふっ! かはーっ!」
その美貌は、獣のように凶暴だった。
黄金の瞳は、瞳孔が開ききり、開いた唇からは、唾液と血液、荒く熱い息が吐き出されている。
――凶戦士。
そんな単語が頭に浮かぶ。
あまりの彼女の状態に、僕らはしばらく言葉が出なかった。
あの逃げ場のない赤い結界の中で、いったいどれほどの死闘があったのか、今の彼女の状態から、それは想像を絶するものだったと推察することしかできない。
ズリ ズリリ
彼女は今なお、停止している巨大な騎士像に向かって、折れた足を引きずりながら接近している。
「止まれ、止まれや! 阿呆!」
叫ぶラプトの声も聞こえていない。
そんなラプト自身も、右腕が折れているようだった。
歩くたびに、キルトさんの全身の傷から、血が溢れる。
それでも、その凄まじい闘争本能は、今も戦いが終わったことを理解せず、巨大な騎士像へと足を歩ませている。
「っっっ」
僕は、彼女の元へ走った。
気づいたラプトが、焦ったように言う。
「あかん、近づくな! 今のコイツは、もう敵味方の区別がついてへん!」
(…………)
それでも、僕の足は止まらなかった。
イルティミナさんが僕を止めようと白い手を伸ばしかけ、
「……マール」
けれど、途中でそれは戻された。
僕は、キルトさんの進路を遮るように、その正面に立つ。
邪魔者を振り払うように、彼女は、『雷の大剣』を片手で振り上げ、
「キルトさん!」
僕は、そんな彼女に躊躇なく抱きついた。
ギュウウッ
力いっぱい抱きしめながら、その顔を、瞳を見つめる。
「キルトさん、もう終わったんだ。キルトさんの勝ちだよ?」
「…………」
「もう大丈夫、大丈夫だから」
彼女の動きが止まった。
血に染まった、傷だらけの美貌がこちらを向く。
「……マール?」
ポツリと呟く。
ラプトが驚いた顔で、正気を取り戻したキルトさんと僕を見つめ、拘束していた腕を離した。
僕は、黄金色の瞳を見つめながら、大きく頷く。
「うん」
「……そうか。……終わったのか」
彼女は、夢を見ているような口調で呟いた。
ゴトォン
その手から、『雷の大剣』がこぼれて、白い床に落ちる。
直後、まるで糸が切れた人形のように、キルトさんの身体から力が抜けて、小さな僕の身体へと倒れ込んできた。
必死に支える。
(キルトさん……)
抱きしめる身体は、本当に小柄な女性のものだ。
ギュウウッ
強く抱きしめる。
「キルト」
「キルトぉ!」
イルティミナさんとソルティスも、すぐに駆け寄ってきてくれた。
気を失った彼女の身体を支えていると、触れ合う部分から、その鼓動が伝わってくる。
それは力強くて、優しくて、
「お疲れ様……ありがとう、キルトさん」
僕は、すでに聞こえていない彼女の耳元で、小さくそう囁いた。
◇◇◇◇◇◇◇
負傷したキルトさんだけでなく、何人かの消耗が激しかったので、僕らはここで休憩のため、キャンプを張ることにした。
戦闘終了より、30分ほどして、
「……む? ここは?」
天幕内で横になっていたキルトさんが、目を覚ました。
「おはよう、キルトさん」
「……マール」
そばで見守っていた僕に、彼女は驚いた顔をする。
銀色の髪を毛布に広げたまま、キルトさんは、ボーっとしたように天幕の天井を見上げ、やがて、ハッとしたように上体を跳ね起こした。
「状況は!? あのデカブツはどうした!?」
わっ?
おでこがぶつかりそうになって、僕は仰け反る。
「お、落ち着いて。大丈夫、キルトさんがもう倒したよ?」
「……わらわが?」
キョトンとした顔。
(あれ?)
「もしかして、キルトさん、覚えてないの?」
「う、うむ」
顔を近づけ、マジマジとその目を覗き込むと、彼女はちょっと慌てたように顔を離す。
そっか。
でも、あの時の姿を思い出せば、仕方がないのかもしれない。
(本当に、バーサーク状態だったもんね)
無我夢中だったとはいえ、我ながら良く近づけたもんだ、うん。
そして、あの赤い魔法結界の中で起きたことを、あのあと、僕らは全員、ラプトから教えられていた。
まず、
『――鬼神剣・絶斬で、一気に片を付ける』
このキルトさんの目論見は、失敗に終わった。
ラプトが必死に隙を作り、キルトさんが放った絶対の一撃は、けれど、『4枚の翼を生やした騎士像』も似たような光の剣を放って、なんと相殺されたそうだ。
この時点で、僕らは唖然。
(あの、とんでも攻撃に匹敵する技って、嘘でしょう?)
あの騎士像は、もしかしたら、キルトさんより格上の存在だったのかもしれない。
そこからは、死闘だったそうだ。
単純な、剣技のみの応酬。
そして、肉体防御力、耐久力ならば、人間であるキルトさんが圧倒的に不利だった。
けれど、騎士像の致命的な一撃から、ラプトが、何度も身を挺して庇うことで、『金印の魔狩人』は傷だらけになりながらも、己の持てる全力を駆使して、なんとか騎士像と互角に戦えたのだそうだ。
(…………)
檻に閉じ込められた普通の人が、鉄棒一本渡されて、巨大な熊と戦わされてる感じかな?
……本当に絶望しかない。
それでも、彼女は勝った。
ラプト自身、何度も敗北を覚悟したという状況で、けれどキルトさんは決して諦めず、最後には勝利をもぎ取ったのだ。
彼女が負けていれば、恐らく、僕らは全滅していた。
――まさに、人類の希望。
僕ら『神の眷属』ではなく、キルト・アマンデスという人物こそがそうなのではないかと、僕なんかは思ってしまうのだ。
説明を終えた僕は、改めて、彼女の顔を見つめる。
「本当に、キルトさんって凄いよ」
「う、うむ、そうか」
興奮と憧憬の込められた僕の視線に、キルトさんは、なんだか気恥ずかしそうな様子だった。
キラキラした視線から逃れるように、彼女は周囲を見回して、
「……イルナとソルは、どうした?」
と聞いた。
ここには、僕ら2人だけだった。
「隣の天幕にいるよ」
僕は答える。
実は、キルトさんの傷を回復魔法で治した時点で、ソルティスの魔力残量は、かなり少なくなっていた。
彼女は今は、魔力回復用のキュレネ花の蜜を服用し、隣の天幕で横になって休んでいる。別の天幕なのは、キルトさんがそばにいると、優しい彼女は、その容体を気にしすぎてしまうためだった。
今は、姉のイルティミナさんが付き添っている。
ちなみに、激戦を終えたラプト、第3の目を使い続けたレクトアリスもそこそこ消耗が激しくて、『癒しの霊水』を服用して、また別の天幕で休んでいた。
見張りは、無傷だったダルディオス将軍とフレデリカさんがしてくれている。
状況を教えられて、
「そうか」
キルトさんは、短く息を吐いた。
「まだ12階層に来たばかりで、なかなかの消耗じゃの」
「うん」
僕は頷き、
「でも、みんな、生きてる」
「…………」
「これから先も、みんなで生き残るために、今は、キルトさんもゆっくり休んでよ」
彼女は、僕を見る。
そして苦笑した。
「なかなか言うようになったの、マール」
「そう?」
「うむ。……しかし、その通りじゃな」
弟子に教えられた師匠の顔で、彼女は、毛布の上へ再び横になった。
そのまま天井を見ながら、
「これまで魔物を追って、ダンジョンに潜ったことは何度かある。しかし、これほどの規模の迷宮は、初めてじゃ」
「…………」
「やはり、休める時に休まねばの」
長い息を吐く。
そして、
「……ここは魔物の数、そして、強さが違いすぎる」
と呟いた。
(うん、骸骨王に不死オーガ、メデューサ、そして、あの『翼の騎士像』たち……確かに、みんな異常だよ)
僕は、無言で頷いた。
キルトさんは、銀色の前髪を片手でかき上げて、
「わらわたちは、先行したアルン騎士たちのように階層を制圧する必要はない。これから先は、少数の強みを生かして、先の階層へと強行する必要もあろう」
「…………」
「そして、なんとしても最下層に辿り着かねばな」
そう笑った。
それから、落ち着いた声で言う。
「3時間後に、ここを発つぞ」
3時間?
(休憩は、それだけ?)
「騎士像たちを倒したとはいえ、ここが安全という保証もないからの」
「……うん」
僕は、頷いた。
(……もしも新手の魔物たちがやって来たら、大変だもんね)
消耗戦になったら、僕らに勝ち目はないんだ。
辛い行軍だけど、やるしかない。
覚悟を決める僕の顔を、ふと気づいたら、キルトさんが優しい瞳で見上げていた。
「マール」
チョイチョイ
手招きされた。
(ん?)
四つん這いで近づくと、そんな僕の首へと、彼女の白い腕が巻きついてくる。……へ?
ギュムッ
そのまま、横になっているキルトさんに、抱きすくめられた。
「ち、ちょっとキルトさん?」
「まぁ、良いではないか」
僕を背中側から抱きしめ、髪に顔を押し当てるようにしながら、彼女は笑う。
せ、背中に当たってるよ?
イルティミナさんとはまた違う、2つの膨らみの弾力の強さに、ちょっと鼓動が速くなる。甘酸っぱいような匂いは、彼女の汗の匂いだろうか? なんだか、食欲がそそられるような不思議な感じ。
キルトさんはからかうように、
「いつもイルナにされているのであろ? たまには、わらわの抱き枕になるのも良いではないか」
「う、うん。……まぁいいけど」
病み上がりの彼女の願いを無碍にするのも、なんだか心苦しかった。
(まぁ、いつものことだしね)
僕はもう、達観である。
「すまんな」
「ううん」
スリスリ
頬を擦りつけられながら、僕は目を閉じる。
3時間の休憩。
僕も、少しでも回復しておこう。
「おやすみ、キルトさん」
「うむ。おやすみじゃ、マール」
柔らかな彼女の声が、耳に心地好い。
僕も疲れていたのだろうか? 気がついたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
――ふと目が覚める。
(おや?)
顔の前に、イルティミナさんの大きな胸元があった。見上げれば、まぶたを閉じた美貌が、すぐそこにあった。
背中側からは、キルトさんに抱きしめられたままである。
2人とも、眠っている。
どうやら、こちらの天幕に戻ってきたイルティミナさんにも、抱き枕にされてしまったようだ。
前後から挟まれて、ちょっと暑い。
(まぁ、いいか)
小さく苦笑して、またまぶたを閉じる。
母親に抱かれて眠る子犬のように、深い安心感に包まれて、僕は、穏やかな3時間の安らぎをむさぼった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
年内の更新は、これで最後になります。
『転生マールの冒険記』を読んで下さった皆さん、今年は、本当にありがとうございました。
皆さんのブクマや評価、感想に支えられた1年(およそ7ヶ月半)でした。
また来年も、精一杯がんばろうと思います。
もしよろしければ、どうか皆さん、これからもマールたちの物語を見守ってやってくださいね。
寒い時期ですので、どうか体調にはお気をつけて。
皆さん、良い年末年始をお迎えください。
それでは、また来年です!
※次回更新は、2019年1月7日、月曜日を予定しております。また来年も、よろしくお願いします。




