107・神帝都アスティリオの観光2
第107話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
多くの参拝客と一緒に、僕らはフレデリカさんを先頭に、荘厳なアルゼウス大神殿へと入っていく。
(おぉ?)
すぐ正面に、巨大な像があった。
シュムリア王城前の広場にあった女神シュリアン様の像と同じぐらいの大きさの像が、神殿内に厳かに立っている。
正義の神アルゼウス。
筋骨隆々の逞しい男神だ。
手には、翼を生やした槍を持っている。どことなく、イルティミナさんの槍に似ている気がした。
「恐らく、私の槍を作った400年前のタナトス人の魔法鍛冶師は、このアルゼウスの槍を模して『白翼の槍』を作製したのだと思いますよ」
「なるほど、そうなんだ」
400年前の神魔戦争。
その時代から存在するイルティミナさんの白い槍は、改めて、凄い品なんだなと思い知らされた。
そうして僕らは、他の観光客、参拝客の流れに乗って、神殿内を歩いていく。
途中には、歴史を辿る絵画の並んだ回廊もあった。
古代タナトス王朝の繁栄。
次元を超えて現れる、恐ろしい悪魔たち。
降臨する神々。
勇壮なる神魔戦争。
その終焉とタナトス文明の崩壊。
小国アルンの誕生。
戦国の時代における、初代アルン皇帝の活躍から、現在のアルン神皇国になるまでの過程。
そして誕生した世界一の大国、アルン神皇国。
――真に迫る、見事な絵画ばかりだった。
「……凄いね」
「はい」
「そうね……」
僕とイルティミナさん、ソルティスの3人は、その巨大な絵画たちの美しさと迫力に、思わず魅入られてしまっていた。
(あれ?)
ふと気づいたら、近くにフレデリカさんがいない。
いや、奥の方で、年配の神殿関係者らしい人と何かを話している姿があった。
すぐに戻ってきて、
「特別に『神武具』の拝観許可を得た。――こっちだ」
そう告げると、僕らを案内して、アルゼウス大神殿の奥へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
大神殿の神官さんに先導されて、僕ら4人は、関係者以外は立ち入り禁止となっている地下への階段を下りていく。
やがて、通路を抜け、その先にある一室へと通された。
石造りの広い部屋。
その壁に、赤錆に覆われた巨大な金属片が7つ、飾られていた。
(これが、『神武具』……?)
ちょっと戸惑った。
それぞれ形の違う7つの金属片は、武具という名とは裏腹に、剣や槍、盾や鎧などのような形はしていなかった。1辺が1メードほどの三角形だったり、長さ2メードほどの細長い金属板だったり、それが螺旋を描いた形状だったりしている。
しかも、全てが錆びていた。
イルティミナさんの美貌が、怪訝そうにしかめられる。
「これが、本当に『神武具』なのですか?」
「あぁ、そうだ」
頷くフレデリカさん。
手袋に包まれた彼女の指が、金属片の下にある小さなプレートを指差す。
○○○○○
公歴728年。
デグラル領、プエリス山脈の森林奥地の遺跡。
冒険者ラドル・カーマイン。
現地住民の伝承より、森林の遺跡を発見。
遺跡の最深部にある一室にて、これを入手。
同年9月、アルゼウス大神殿に寄贈、当神庫に保管される。
○○○○○
そこには、発見された年月、遺跡の場所、発見者の名前と、発見から保管までの略歴などが書かれていた。
プレートは、それぞれの金属片の下に、ちゃんと7つある。
なるほど。
これらを読む限り、確かに本物っぽいけど。
「ふ~ん? ……でも、なんか、ガラクタみたいね」
ポツリ、本音をこぼす少女。
あ……案内してくれた神官さん、笑顔なのに、額に青筋が……。
フレデリカさんが苦笑する。
「2人の『神牙羅』たちの話によれば、この『神武具』たちは、もう死んでしまっているそうだからな」
「話によらなくても、死んでるように見えるわ」
うん、赤錆だらけだもん。
僕は、なんとなく、目の前にある金属片へと手を伸ばした。
「あ、触れるのは……」
「いや、彼はいいんだ」
神官さんが慌てて止めようとするのを、フレデリカさんが手をかざして制止する。
(…………)
せっかくなので、本当に触った。
ピトッ
ザラザラした錆の感触。
でも、触れている僕の胸の中に、不思議な感慨があった。懐かしいような、寂しいような感覚――多分、神狗アークインの感情だ。
(やっぱり、本物なんだね?)
『神気』によって、凄い力を発動させるという『神武具』。
「ちょっと、やってみるか」
呟き、僕は、体内にある『神気の蛇口』を開く。
ギュオオ……
溶岩のような力が全身に溢れ、犬耳と尻尾が生えてくる。
「はあっ? み、耳と尻尾が!?」
見ていた神官さんが、とても驚いた。
それを無視して、僕は、魔力を扱う時の要領で、体内に溢れる神気を、手のひらから、触れている赤錆だらけの金属片へと流し込む。
パキッ パキキッ
突然、赤錆が剥がれ落ち、美しい地金が姿を現した。
虹色の光沢。
とても美しく、神秘的な輝きだ。
「おぉ!」
フレデリカさんが声をあげる。
イルティミナさんとソルティスも、その美しい金属部を凝視していた。
ただ1人、神官さんだけは「な、ななな……っ?」と腰を抜かして、尻餅をついていたけれど。
ギュオオ……
流される神気に反応して、表面には、光の波紋たちが広がる。
でも、
(……駄目、だね?)
僕は、すぐに悟った。
神気を注いでいるけれど、まるで穴の開いた鍋底のように、それが金属片の中に溜まらず、どこかに流れ出ている感覚があった。
注入をやめ、手を離す。
光の波紋が、ゆっくりと消えていった。
そしてすぐに、虹色の光沢を放っていた表面は、鉛色に変色し、その上を赤錆が侵食するように覆っていく。
「あぁ……」
フレデリカさんは、落胆したように息を吐いた。
「…………」
「…………」
イルティミナさんとソルティスは、正しい実験結果を見届けたような顔である。
神官さんは、放心している。
犬耳と尻尾を消した僕に、イルティミナさんが声をかけてくる。
「やはり駄目でしたか?」
「うん」
僕は、大きく息を吐いた。
「ラプトとレクトアリスが教えてくれた通り、やっぱり死んでるみたいだ」
「そうですか」
寂しそうに答えた僕の頭を、イルティミナさんの白い手が、労うように撫でてくれる。
「仕方がありませんね。――お疲れ様でした、マール」
「……うん、ありがとう」
その温もりの心地好さに、目を閉じる。
コンコン
ソルティスが、錆びた金属片を、裏拳で軽く叩く。
「7つもあるのに、なんだか勿体ないわね」
「そうだね」
僕も改めて、室内を見回した。
壁に飾られた、7つの赤錆だらけの金属片たち。
アルゼウス大神殿の地下に造られたこの部屋は、死んでしまった『神武具』たちを安置するお墓のようだった。大いなる神を祀った神殿で眠れることは、無情な死を迎えた『神武具』たちにとって、せめてもの救いであって欲しい。
(…………)
僕は無言で、手を合わせた。
それを見て、イルティミナさんとソルティスも同じようにしてくれる。フレデリカさんは、目を閉じて、胸に手を当てている――どうやら、アルン式のやり方のようだ。
神官さんは、ただただ戸惑っていた。
やがて、僕らは地下を去ると、地上部分をもう少しだけ観光して、それから、アルゼウス大神殿をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
その後の僕らは、神帝都アスティリオの市街地も、馬車を下りて散策してみた。
「どのお店も自由に入れるのって、なんか新鮮ね」
色んな店先を眺めながら、ソルティスはそんなことを言う。
(あぁ、そっか)
シュムリアの王都ムーリアでは、魔血入店お断りのお店もあった。彼女たちは、今まで、そういう店選びでも気を遣わなければいけなかったんだ。
その事実に、今更気づく自分が、とても馬鹿だと思った。
でも、今のソルティスが明るい笑顔なのが、僕は、やっぱり嬉しかった。
イルティミナさんも同じなのか、いつもより優しい眼差しで、妹の姿を眺めている。
案内するフレデリカさんも、ちょっと満足そうだ。
そうして街を散策することしばらく、不意に、ソルティスは唸るように呟いた。
「う~ん……でも、この街の物価って、本当に高いのね?」
「うん、そうだね」
僕も頷いた。
色んなお店を覗いてきたけれど、シュムリアの王都ムーリアと比べて、日用品だけでも2倍近く、嗜好品に至っては3倍以上もする値札が付いていた。
(確かに、差別はないけれど……)
ここで暮らせる『魔血の民』は、本当に選ばれた一部のみだと思えた。
「一応、物価を押さえる政策も、施行しているんだが……」
なかなか成果が出ない、と、フレデリカさんが苦しそうに教えてくれた。
(そうなんだ?)
みんなが住みたがるからこそ、その奪い合いで、逆に、みんなが住めない環境になってしまうのかな。
難しい問題だ。
「マールなんか、ここで暮らしたら、借金だらけになりそうね?」
「……うぅ、否定できない」
からかうソルティスに、すでに借金がある僕は、頷くしかなかった。
「大丈夫ですよ? その時は、私がマールを養ってあげますから」
「…………」
「…………」
胸を張って言う、過保護なお姉さん。
ソルティスとフレデリカさんが、ちょっと引いていた。
僕は苦笑する。
「あ、ありがと、イルティミナさん」
「いいえ」
僕のお礼に、彼女は優雅に微笑むのだった。
そうこうしながら、僕ら4人は、アルンの人々の中を縫いつつ、お店の並んだ通りを歩いていく。
やがて、僕はふと、1つの建物に目が向いた。
「あ。もしかして、あれって冒険者ギルド?」
「え?」
「どこどこ?」
姉妹も、僕の視線を追いかける。
僕の指差した先には、武装した冒険者たちが出入りしている、なかなか立派な建物があった。
フレデリカさんが頷いた。
「そうだな。このアスティリオを拠点にした冒険者ギルドは、いくつか存在している。あれも、その1つだ」
「ふぅん、そうなんだ?」
見れば、ギルドの近くには、武器や防具のお店も並んでいる。
(やっぱり、需要があるんだろうね)
アルン神皇国では、どんな武器や防具が売っているのか興味があったので、僕らはちょっとだけ店内に入ってみた。
「へ~?」
「なるほど。やはり、シュムリアの武具とは少し違いますね」
「なんか、面白いわ~」
店内を眺めたら、思わず、そんな感想が出た。
あのトリガーを引いて炎の剣になる武器が、普通に売られていた。
他にも、火炎弾を発射する砲口が内蔵された手甲や、上下左右に延伸して大きさが数倍になる盾などなど、どうやらアルン神皇国では、技術に物を言わせた可変式の武具が多いようだった。
もちろん、シュムリア王国で見るような、普通の武具も置いてある。
(でも、やっぱり値段が高いけどね)
シュムリアで同じ武具を大量に仕入れて、こっちで売ったら大儲けできる気がしてしまった。いや、でも輸送費もかかるし、税金とかも凄く高そうだから、やっぱり無理かな?
そんなことを考えつつ、眺めていると、
「そういえば、マールの鎧には、傷がありましたね? こちらで修理の依頼をしてみますか?」
とイルティミナさんに訊ねられた。
確かに、僕の鎧には、精霊である『白銀の狼』との戦いでつけられた3本の爪跡が残っている。
でも、強度的には問題ないと、キルトさんには保証された。
それに修理をするにしても、あの鎧は、希少金属の妖精鉄でできているので、腕のある鍛冶師にしかお願いできないし、材料費も料金も高くなる。何よりあの傷は、僕が『白銀の手甲』に宿った精霊に認められた時の、記念の傷だ。
だから、僕は、首を横に振る。
「ううん、修理しないよ」
「よろしいのですか?」
「うん。……それにさ? 傷のある鎧の方が、なんか冒険者っぽくて格好良くない?」
3人は、呆気に取られた。
すぐにプッと吹き出して、
「なるほど。確かにそうかもしれませんね?」
「でしょ?」
「マールらしいわ」
「ふ~む。マール殿は、実に独特な感性をお持ちのようだ」
僕らは人目も気にせず、ついつい一緒になって、大笑いしてしまった。
その後は、他の店に立ち寄ったり、レストランで食事をしたりしてから、僕らは夕暮れを迎えた神帝都アスティリオの広い車道を馬車に乗って、あのダルディオス将軍の屋敷に向かって帰るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
屋敷に着くと、門の中から出てきた何台もの馬車や竜車とすれ違った。
(……キルトさんに会いに来た、有力貴族さんたちかな?)
玄関に到着した今も、僕らの馬車と入れ違うように、1台の高級そうな馬車が去っていく。
玄関前には、見送りなのか、キルトさんとダルディオス将軍が立っていて、その後ろに並んだメイドさんや執事さんが、去っていく馬車に向かって頭を下げていた。
「おぅ、帰ったの、マール」
「うん、ただいま」
馬車を下りた僕に、キルトさんが笑いかけてくる。
将軍さんも、帰ってきた娘に「フィディ!」と抱きつこうとして、頭部にゴキッと、彼女の肘を食らっている。うわぁ、とっても痛そう……。
呆気に取られる僕と美人姉妹に、キルトさんは苦笑する。
それから、気を取り直したように、
「アスティリオの観光は、どうじゃった? 楽しめたか?」
「うん!」
僕は、大きく頷いた。
『魔血の民』への差別がない街。
物価は高いけれど、その在り方には、将来への希望が感じられた。
姉妹も似た表情だ。
「そうか」
クシャクシャ
キルトさんは笑って、僕の頭を撫でてくれた。
ちょっと気持ちいい。
「キルトの方は、大変だったようですね?」
イルティミナさんは、彼女の服装を見ながら、そんなことを言う。
実はキルトさん、ドレス姿だった。
シュムリア国王の生誕祭で着たような華やかなパーティードレスではなく、シックで落ち着いた黒いドレス。身体にフィットしているので、キルトさんのスタイルの良さがはっきりとわかる衣装だった。
(そりゃ、貴族さんに会うんだもんね)
シュムリアの使者として、色々と交渉事もあっただろう。
一国の代表として、いつものラフな格好で、相手に舐められるわけにはいかないのだ。
「あまり、そう見るな」
僕らの視線に、キルトさんは、少し恥ずかしそう。
「キルトさん、とっても似合ってるよ?」
「はい」
「うん、いいと思うわ」
素直に賞賛すると、彼女は唇を歪ませる。髪飾りを外して、せっかく整えていた綺麗な銀髪を、乱暴に崩してしまった。
「……世辞は良いというのに」
ブツブツ
呟く頬は、ちょっと赤い。
キルトさんは、こういうところで、ちょっと照れ屋さんなんだ。
僕らは、なんだか心がほっこりしたよ。
でも、気疲れしているのは、本当みたいだ。なんだか重そうな雰囲気が、全身から少し漏れている。
「大丈夫? 何にしても、お疲れ様。少し休んだ方がいいよ?」
「ふむ」
僕の提案に、彼女は少し考えて、
「いや、休むよりも、剣を振って気晴らしをしたいの」
「そう?」
さすが戦士だ。
(僕とは、考え方が違うなぁ)
彼女は笑いながら、そんな僕を、黄金の瞳で見つめてくる。
「それに、確認しておきたいこともある。――マールよ、今から稽古せぬか?」
「今から?」
少し驚いたけど、今日は観光しただけだから、体力も余っている。
「うん、いいよ」
「そうか」
彼女も頷いた。
「では今日は、あの耳と尻尾を生やした姿となれ。今後の稽古のためにも、そなたの今の全力を、しっかりと把握しておきたいのじゃ」
あの姿で、全力で?
その言葉には、イルティミナさんを始め、ソルティス、フレデリカさん、将軍さんも興味が湧いたようだ。
「その稽古、私たちも見学していいですか?」
キルトさんは頷いた。
「わらわは構わんぞ。――マールはどうじゃ?」
「別にいいけど……」
ちょっと恥ずかしいけれど、構わないだろう。
僕らが了承すると、ダルディオス将軍が武人らしい顔で快活に笑って、
「がっはっは! それなら、屋敷の中庭に稽古場があるぞ! 2人とも、そこを使ってくれ」
そう提案してくれた。
ありがたくそれを受け入れて、そうして僕は、本来の『神狗』としての力で、初めて、この人類最強の1人である『金印の魔狩人』に挑むこととなった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




