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103・神牙羅との邂逅1

11月17日、ランキング外になったあと一時的にですが、


『日間ファンタジー異世界転生/転移ランキング、84位』

『総合・日間ランキング、297位』


に、再び入ることができました。

現在は、またランキング外ですが、執筆する者として、とても幸せな時間でした。


皆様、本当にありがとうございました。


また本日は、いつもと更新時間が違っていて、申し訳ありません。


それでは、第103話になります。

よろしくお願いします。


※1万文字を超えています。どうか読まれる際は、ご注意くださいね。

「なんや、泣くことあらへんやんか?」


 淡い光をまとう少年ラプトが、苦笑を浮かべた。

 白い手が伸びてきて、濡れた僕の頬を、ゴシゴシと撫でてくれる。


「あ、ありがと、ラプト」

「かめへん」


 そう屈託なく笑う。


 ラプトの見た目は、僕と同じ13歳ぐらいの男の子。


 金髪碧眼。

 絵に描いたような美少年だ。


 喋る時には、関西弁みたいな独特の訛りがあって、笑うと尖った八重歯が覗いていた。


「まずは座ったら?」


 そんな僕らに、ラプトと同じ淡い光をまとう美女レクトアリスが優しく笑って、ソファーを示す。


 僕らと違って、彼女は大人の姿だ。


 見た目は、20歳ぐらい。


 艶やかな紫色のウェーブヘアが、背中まで流れている。


 真紅の瞳は、糸みたいに細めがちで、それは今、僕らの姿を見つめて、まるで弓のように優しく細められていた。


「そうやな」

「うん」


 僕らは、レクトアリスの言葉に頷いて、ソファーに座る。


 2人がいるのは、客間だった。


 ベッドが2つ、あとは、ソファーにテーブル、箪笥ぐらい。ダルディオス将軍宅の客間だけあって、広いし、家具も調度品も、みんな高級そうだ。


 僕が座ったソファーの対面、テーブルを挟んで、向かいのソファーにラプト、レクトアリスが座る。


 まるでスポットライトみたいに、窓からの光が、2人だけを照らす。


 2人は、ジッと僕を見つめた。


(えっと……)


 嬉しさと懐かしさが先走って、つい普通に話してしまった。


 でも、僕は初対面。


 席に着いたら、ちょっと困ってしまった。


「あの、実は僕は……」

「言わんでええ」


 思い切って、謝罪と記憶喪失を打ち明けようとしたら、それを遮るように、ラプトの手のひらがこちらに突き出された。


(え?)


「一目見ただけで、わかっとる。だいぶ、混じっとるな?」

「…………」


 レクトアリスも言う。


「人間たちから、報告もされてるわ。不完全な召喚だったって」

「……うん」


 僕は、うなだれるように頷いた。


 なんだか、2人を裏切ったような気分だった。

 でも、


「それでも、貴方は、私たちの大切な同胞よ」

「そや」


 ラプトとレクトアリスは、真っ直ぐに僕を見つめて、そう言ってくれた。


 あぁ。


『マールの肉体』が、喜んだ。


 踊りだしたいぐらいに、尻尾があったら、千切れるほど左右に振りまくっているほどに。


「ありがとう、2人とも」


 また涙が滲む。

 ラプトが、からかうように笑った。


「その泣き虫なところは、昔から、変わらへんなぁ?」

「あはは」


 僕も笑って、ゴシゴシと両手で目元をこする。


 レクトアリスも、糸みたいな瞳を細めながら、懐かしそうに呟いた。


「見た目も変わらないわ。……私たちの憧れた『ヤーコウルの神狗』、その姿のままだもの」


 え?


(……憧れた?)


 それは、『マールの肉体』にとっても、初耳だったようだ。

 とても驚いている。


 でも、ラプトも頷いた。


「せやな」

「…………」

「自分、知らんかもしれんけど、ワイら『神の眷属』にとって、『ヤーコウルの神狗』たちはヒーローやねん」


 ヒーローって……。

 呆ける僕に、レクトアリスも言った。


「400年前の神魔戦争で、貴方たち7人は、あの恐ろしい『悪魔』たちを咬み殺したわ」

「…………」

「あの、神に等しい力の存在を、よ?」


 その声が、少し震えている。


「『悪魔』の力の強大さに、恐怖に囚われる同胞たちも大勢いた。そんな中、貴方たち『ヤーコウルの神狗』の示した光が、私たち『神の眷属』にとって、どれだけ勇気を与えるものであったか……言葉では、とても説明できないわ」

「ホンマやで」


 2人の視線には、紛れもない尊敬が込められていた。


(……そうなんだ?)


 たかが眷属が、神に等しい悪魔を倒した――それは、とてつもない偉業みたいだ。


 僕自身は、わからない。

『マールの肉体』にも、『ただ仲間と必死に戦っただけ』という感覚しか残っていなかった。


 そんな僕に、2人は、寂しそうに言った。


「だから、300年前の『災厄の戦い』は、とても辛かったわ」

「あぁ」


 300年前。

 それは、悪魔の分裂体が――初めての『闇の子』が、この世界に出現した時のことだろう。


 ドクン


 胸の奥が、痛んだ。


「あん時は、多くの同胞が犠牲になったな」

「えぇ。7人の連携こそが最大の武器だった『ヤーコウルの神狗』……でも、その時は、その動きを相手に封じられて、それで――」


 …………。


(残ったのは、僕1人)


 今度は、泣いてしまわないように、強く目を閉じる。


「――ラプト、レクトアリス」


 ゆっくりと開き、僕の青い瞳が、2人を見つめた。


「この世界では、また、その『災厄の種』が芽吹いたんだ。……どうか、2人の力を貸してもらえないかな?」

「もちろんや」

「えぇ。そのために、私たちはここにいるのだから」


 美しい2人の『神牙羅しんがら』は、笑って、そう頷いてくれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 最初に行うべきは、情報の共有だ。


 僕は、自分が転生してから今日に至るまでを、2人に話してみた。


「ほう? なら自分、今は『マール』いう名前なんか?」

「あ、うん」


 驚くラプトに、僕は頷く。

 そして、気づいた。


(そっか……今の名前は、僕らが勝手につけた名前だっけ)


 正確に言うと、悩んでいた僕の呟きを、イルティミナさんが勘違いして、そのまま名前になったんだ。今更だけど、適当な話だよね? でも今は、そんな『マール』という名前も、意外と気に入っている。


 だけど、記憶を失う前の『神狗』である僕には、当然、別の名前があったんだ。


 僕は、思い切って訊ねた。


「昔の僕は、なんていう名前なの?」


 ラプトが答えた。


「偶然やな。……実は、『マール』や」


 え?


「本当に!?」

「嘘や」

「…………」


 僕の顔を見て、ラプトが大笑いしている。な、なんやねん、もう! 思わず、突っ込みも訛っちゃうよ。


 レクトアリスは、僕ら2人に苦笑して、


「アークイン。――それが、かつての貴方の名前よ?」


 そう教えてくれた。


 アークイン。

 その音の響きに、懐かしさが広がった。


(あぁ、これは本当だ)


 確かめるまでもなく、そうわかった。

 大いなる女神ヤーコウル様に、何度もそう呼ばれて、頭を撫でられていたような感覚が、心の内側から湧き上がってくる。


 アークイン。

 しばらく、口の中で、その名を繰り返す。


 2人は、そんな僕を見つめて、


「で? 自分、どっちにするん?」

「私たちは、貴方を、どちらの名で呼べばいいかしら?」


 そう訊ねられた。


 その瞬間、頭の中に、1人の女性の顔が浮かんだ。


(…………)


 優しい笑顔。


 森で目覚めた僕を、ずっと守ってくれて、今日までそばにいてくれた彼女の姿が、走馬灯のように脳裏を走り抜けた。


 それは、女神ヤーコウル様の思い出よりも、大きな安心と温もりを、僕の中に感じさせる。


(うん、そうだ)


 僕は、2人に答えた。


「アークインは、もういない。ここにいるのは、ただの人であるマールだよ」

「……そうか」

「わかったわ」


 2人は、少し寂しそうに頷いた。


 そして、ラプトが、大きく息を吐く。


「ま、しゃーないな。そんだけ魂が混ざっとったら、もう別人や」

「そうね」


 レクトアリスも、どこか納得したように頷く。


 なんだか、2人に申し訳ない気もした。


(でも、仕方ないよね)


 きっと日本人だった僕と、神狗だったアークインは、一緒に『マール』という1人の存在へと転生したんだ。 


 前に、レクリア王女は、そんな僕を見て、


『ヤーコウルの神狗は、全滅した』


 と評した。

 きっと、それが正しい答えなんだと思う。


 少なくとも『マールの肉体』――神狗アークインは、それで納得してる気がした。


 ラプトは、僕の視線に気づいて、


「なんや、そんな顔するない、マール? だからって、ワイらの自分に対する気持ちに、変わりはあらへんよ」

「そうそう、気にしなくて平気」


 レクトアリスも、そう言ってくれた。


「ありがと」


 僕は、つい笑った。

 2人も笑う。


「礼もいらんて」

「えぇ」


 僕ら3人は、しばらく笑い合ってしまった。


 やがて、ラプトが呟くように言う。


「しかし、マールはもう2度も、『闇の子』と出会っとったんか。よく生きてたのぉ」

「うん。仲間のおかげ」


 僕は、3人の姿を思い出して、答えた。


(特に、キルトさんのおかげかな?)


 あの頼もしい『金印の魔狩人』がいなかったら、僕は、とっくにやられていた気がするよ。


「そう……。人間の中にも、とんでもない強さの変異体がいるものね」

「せやな」


 2人の呟き。


(……?)


 少しだけ、今までと違うような響きに聞こえた。

 気のせい?


 ラプトは、部屋を見回しながら、ぼやくように言う。


「ここのオッサンも、かなり強そうやったけどな。……まったく厄介なこっちゃ」

「厄介?」


 キョトンとする僕。


 レクトアリスが、ソファーの肘かけに体重を預けた。紫の髪を揺らし、しなだれかかる姿は、どこか色っぽい。

 そして、彼女は、赤い唇を開いて、


「私とラプトは、今、この屋敷に軟禁されてるのよ」


 と、退屈そうに呟いた。


(軟禁!?)


 ラプトは、その整った顔の前で、パタパタと手を振った。


「いやいや、出よう思たら、出れるんやけどな。ここの人間の奴ら、みんなして『外は危険や』って、必死に止めよるねん。力尽くで出よ思たら、怪我させてまうやん? 特に、あのオッサンなんか、こっちも加減してる余裕なさそうやし」


 ダルディオス将軍に、力尽くかぁ。


(将軍さんって、キルトさんと同じぐらい強いんだよね?)


 そんな人物相手に押し通れる力が、このラプトという『神牙羅』の少年には、あるということだ。


 そして、同じ力量だろうもう1人――レクトアリスも、唇を尖らせる。


「本当に、馬鹿な連中よ。ここにいれば、安全だとでも思ってるのかしら?」


 ラプトは、肩を竦めた。


「まだ『災厄の種』の恐ろしさが、わかっとらんのやろ」

「気づいた時には、手遅れね」

「せやな」


 …………。


(いや、手遅れになったら、困るんだけど……)


 心の中で、つい突っ込む。


 僕は、今まで感じていた違和感の正体に気づいて、2人に素直に問いかけた。


「もしかして、ラプトもレクトアリスも、人間が嫌い?」


 2人は、僕を見た。


「せやな」

「当たり前よ」


(…………)


 そ、そうなんだ?


 ちょっと呆然として、困ってしまう僕である。

 そんな僕に気づいて、


「マールが平気なんは、きっと記憶がないからやな」

「…………」

「はっきり言っておくわ、アークイン。いえ、マール。『神の眷属』の中で、人間を好いている者は、多分いないわ。300年前の『災厄の種』との戦いで、人間は、それだけのことを私たちにしたもの」


 ラプトとレクトアリスの瞳には、冷たい光が宿っている。

 そして、彼女の美しい声が、


「貴方の仲間である6人の『ヤーコウルの神狗』が死んだのも、本当は人間のせいなのよ?」


 その衝撃の事実を、口にした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 空気の冷えた室内に、ラプトの静かな声が響く。


「ワイらは『神牙羅』や。大いなる神々を守るための、牙ある羅や。それは、決して人間のためと違う」

「…………」


 羅は、薄織物。

 つまり、神を守るころもってことだろう。


「神様がたは、ほんま優しくての。400年前も、愚かな人間たちのために、わざわざ人界に降臨されよった。――ま、それはええ。ワイらは、そんな神様がたが好きで、命がけで尽くしとる。多くの同胞は、魔の勢力によって死んでもうたが、そこに後悔はない」

「そうね」


 レクトアリスも頷いた。


「当時は、私たちも人間が好きだったわ。一緒に笑って、泣いた。短命なその輝きに、憧れた時もあるわ」

「…………」

「でも、300年前は違った」


 底冷えするような、冷たい声。


「あの頃は、タナトス魔法王朝という文明が崩壊して、多くの魔導技術が失われた直後の時代だったわ。繁栄を極めた世界から転落して、生活の水準も大きく落ちていた。その落差によって、人間たちの心が荒んでいたの」


 わかる気がする。


 前世の世界で、突然、文明が崩壊したらどうだろう?


 世界規模の災害。

 どこからも支援がなく、今日食べる物にも困窮するような生活へと変化し、それが続いたとしたら? その人々の心に、きっと余裕なんてないと思う。


 そして、


「そんな時代の中、あの『災厄の種』が芽吹いたの」

「…………」

「私たちが召喚されたのは、そんな時代だったのよ。ラプトも私も、そして、アークインも、嫌なモノをいっぱい見せられたわ」


 その光景を思い出したのか、彼女の美貌が、苦しげに歪んでいる。


 ラプトが、その肩に触れた。

 気づいたレクトアリスも、心を落ち着けようと大きく息を吐く。


 ラプトが言う。


「よく見たんが、魔に苦しめられた人々の、その子孫たちへの虐待や。『魔血の民』いうんか? 今の時代にも、その名残りが残っとるようやが、当時は、もっとエグイ行為が横行しとったわ」


 僕も、つい唇を強く引き結んだ。


「それでもワイらは、時代のせいやと、人々を守ろうとした」

「…………」

「けどな、人間どもは『神が人を守る』のは当たり前やと勘違いしてよった。ワイらの同胞が死ぬのも当たり前、感謝もない。こっちのことを便利な道具程度にしか、思っとらんかったのやろうな」


 ラプトの口調は淡々としていた。

 でも、だからこそ、その内側にある激昂が感じられる。 


「おかげで、戦いでも、碌な連携も取れんかった。――そして最後は、アレや」

「……アレ?」


 聞き返す僕。

 答えたのは、レクトアリス。


「――私たち『神の眷属』を囮にして、『災厄の種』ごと、太古の魔導兵器で砲撃されたの」


 …………。


 声が出なかった。


 ラプトが言う。


「ここから北側に、ロンドネルいう街があるやろ? あのクレーターが、当時の砲撃跡や」


 嘘でしょ!?


(あれ、街が丸ごと入る大きさだよ!?)


 直径10キロはある。

 そんな威力の砲撃を、300年前、『神の眷属』たちは、命がけで守ろうとした人類から、逆に撃ち込まれたというのか。


「多くの同胞が、死んだわ」


 レクトアリスが、僕を見つめた。


「貴方の大切な仲間たち、6人の『ヤーコウルの神狗』も一緒に」

「…………」


 気づいたら、手が震えていた。


 信じていた人々に裏切られ、その爆炎の劫火の中で死んでいく『神の眷属』である仲間たち、その無念を思うと、心が痛くて、苦しくて、まともに呼吸をすることもできなくなる。


 ググッ


 強く、胸を押さえる。


 2人は、僕を見つめている。


 ラプトもレクトアリスも、その地獄の中を、辛うじて生き残った。きっと、当時のアークインも。


(2人が、人間を嫌うのも当たり前だ)


 もしかしたら。


 もしかしたら、アークインも同じで、今回、不完全な召喚だったのも、それを拒みたい彼が『神界の門』である石の台座に、何か仕掛けをしたからなのだろうか?


 この肉体も、人間を憎んでいるのだろうか?


(そうなの、アークイン?)


 答えは、ない。


 代わりに、ラプトが言った。


「おかげで、『災厄の種』も消滅した。……けど正直、ワイらは、もう人間のために戦いたくない」

「…………」


 レクトアリスも言う。


「当時の人間も、そのつもりだったと思うわ。自分たちの生きてる時代さえ、平穏無事ならば、それでいい。あとの時代の人々のことなど、考えもしない。だから神々を、私たちを裏切った」

「…………」


 かもしれない。


 ラプトは、美しい瞳で僕を見つめて、そして問いかけた。


「なぁ、アークイン? いや、マール。……それでも自分は、今も、人間のために戦うんか?」


 レクトアリスも、同じ瞳で、僕を見つめている。 


 …………。


 僕は、まぶたを閉じた。


 色々な感情が、身体中に渦巻いている。


 でも、それが集束した先にあったのは、やっぱり、あの優しい笑顔だった。後ろには、頼もしくて、小生意気な2人の姿もある。

 つい、笑ってしまった。


 僕は、青い瞳を開いた。


「うん、戦う」


 はっきり、そう答えた。


 2人は、驚いた顔をする。


「なんでや?」

「私たちの話に、嘘はないわよ?」


 わかってる。


「嘘だとは思ってないよ。でも僕は、まだ人間が好きなんだ」

「…………」

「…………」

「さっき言ったよね? 森の中で目覚めた僕を、守ってくれた人の話。そして、『闇の子』から守ってくれた人の話。それ以外にも、今日まで、僕が生きるために力を貸してくれた人たちは、みんな人間なんだ」


 僕は、2人の顔を見つめ返した。


「2人は『人間』って、まとめて呼称してるけど、彼らは1つじゃないんだよ」


 語りながら、思い出す。


「いい人もいた、悪い人もいた。同じ人間なのに差別をするし、傷つけもする。だけど、ちゃんと守ろうともする人も、大勢いたんだ。本当に、人それぞれなんだよ」


 自分の右手を見た。


 アークインの右手。

 300年前、人間に裏切られたことのある『神狗』の手。


 でも、さ?


「300年前の人間も、全員、そんな悪い人だけだった? 数は少なくても、僕らを大切に思ってくれた人、本当にいなかった? その酷い裏切りをしたくなかった人たち、絶対に1人もいなかったと、ラプトもレクトアリスも、本気で思ってる?」


 アークイン、君も?


「…………」

「…………」


 2人の『神牙羅』は、黙り込んだ。


 その時、僕はふと思った。


(……もしかしたら、アークインは、だから記憶をなくしたのかもしれない)


 人間を憎んで、それでも信じたくて。


 その葛藤の果てに、記憶全てを失うことで、再び人間たちを守るために戦える自分になろうとしたのかもしれない。

 もちろんこれは、僕の勝手なアークインに対する希望だ。


 2人は、とても苦しそうだった。


「わかっとるんか? 元々、これは『人間と悪魔』の戦いや。神々は、善意と慈悲だけで参戦しとる。本来は、無関係なんやで?」

「一緒に戦っても、感謝されないかもしれないわ。ううん、また当たり前だと思われてるかもしれない。――それでも、貴方は戦うの?」


 僕は、思う。


「なら、なんで2人は今、ここにいるの?」

「…………」

「…………」


 なんで、そんなに苦しそうなの?


 もし、本気で人間のために戦いたくないなら、神界にある召喚の門を閉じておけばよかった。人間に怪我をさせても、力尽くで屋敷を出ればよかった。


(わざわざ残ってまで、そんな顔をしないよね)


 僕は、笑った。


「ラプトもレクトアリスも、本当に優しいよ」

「……阿呆、抜かせ」

「やめてよ」


 2人は呟く。

 そして、僕を見つめ、ようやく苦笑した。


「はぁ、ほんま『ヤーコウルの神狗』には、敵わんわ」

「そうね」


 ラプトが軽い口調で言い、レクトアリスも、美しいウェーブヘアを揺らして、頷いている。

 僕は、首を振った。


「アークインは、記憶喪失に逃げた。君たちの方が、よっぽど強いよ」

「…………」

「…………」


 2人は、困ったように笑うだけで、でも何も答えなかった。


 やがて、ラプトが気を取り直したように、


 パンッ


 自分の膝を、両手で叩いた。


「ま、しゃーない。そこまで言うなら、マールの顔を立てて、今回ばかりはもう1度、戦ってやるとするわ」

「はぁ、仕方ないわね」


 2人は言う。

 僕は、深く頭を下げた。 


「ありがとう、ラプト、レクトアリス」


 優しい笑みが返される。


「こっちこそや」

「そうね。私たちの心を導いてくれて、ありがとう、マール」


 まるで天使の微笑み。


(きっと、この笑顔の方が、本当の2人の姿なんだろうな)


 ふと、そう思った。


 そうして、1人の『神狗』と2人の『神牙羅』は、しばらくの間、お互いの温かな笑顔を交わし合った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 過去について、一応、心の決着をつけた。


 だから僕らは、今度は、未来についてを話し合う。 


「そういえば、ラプト、レクトアリス。近々、この国の人たちと、『神武具』を探しに大迷宮に潜るって話は、聞いてる?」

「あぁ」

「聞いてるわ」


 2人は頷いた。

 そして、ラプトが、とても忌々しそうな顔をする。


「ったく、人間たちがまた、余計な真似をしよったせいでなぁ」


 え?


「どういうこと?」

「どうもこうもあらへん。連中、『神武具』たちを、皆殺しにしよったやないか」


 …………。


(皆殺し?)


 驚く僕に、レクトアリスが思い出した顔をする。


「マールは、記憶がないんだったわね」

「……うん」

「あのね、『神武具』って形は武具だけれど、神気を吸収しながら生きている存在なのよ。だから、400年前も300年前も、私たちが神界に帰還する際には、この世界に造った生命維持装置に繋いで、保管しておいたの」


 ほうほう?


(『神武具』って、生きた武具なんだ?)


 そして、わかった。

 アルン神皇国の人たちは、『神武具』を遺跡から発掘して、国内の神殿に集め、大切に保管していると言っていた。それはつまり、神気を与える生命維持装置から、生きた彼らを切り離す行為で、


「つまり遺跡から出したせいで、『神武具』、死んじゃった?」

「せやねん!」


 怒ったようなラプト。

 レクトアリスも、嘆息している。


「300年前も、ちゃんと説明しといたんだけどね。装置に、注意書きも添えておいたし」

「あ~、そうなんだ?」


 でも口伝や遺跡の文字なんて、比喩表現としか思わないかも。

 だから太古の遺跡で、古代の神器を発見した人は、思わず回収しちゃったのかな?


(それに、もし見つけたのが冒険者なら、そんなお宝を放置なんてしないしね)


 お金のためか、名誉のためか、好奇心のためかはわからない。

 少なくとも、アルン神皇国の人たちも、神殿で大切に保管していたのだから、悪い扱いをしようと思ったわけじゃないんだろう。まさか、本当に生きているとは思わなかったんじゃないかな?


(ごめんね、『神武具』たち)


 見たこともない彼らに、人間代表として、心の中で謝る。


「人間ってのは、ほんま、碌なことせんわ」

「あはは……」


 しかし、故意でないとしても、困ったことだ。


(大迷宮の『神武具』には、どうか、無事に生き残ってて欲しいな)


 そう祈る。


「そうだ。ちょっと、2人に教えて欲しいんだけど」


 僕は、その話に関係しつつも、少し話題を変えた。


「ん?」

「何かしら?」


 キョトンとする2人に、訊ねる。


「その『神武具』にも必要な『神気』って、不完全な僕にもあるのかな? あるなら、その使い方も知りたいんだけど……」


 2人は「あぁ、なるほど」と頷いた。


「マールは、だいぶ混じっとるみたいやしなぁ。――どや、レクトアリス?」

「ちょっと待ってね」


 レクトアリスは、両目を閉じた。


 キュル


 次の瞬間、その白く滑らかな額に、第3の眼球が現れた。わっ!?


 驚く僕を、額の紅い瞳は見つめてくる。


 そして、第3の瞳から放たれる放射状の紅い光が、僕の全身を照らし、上から下までくまなく動いていく。まるでレントゲンか何かの光で、スキャンされている感覚だ。


「驚いたか?」

「うん」


 ラプトが笑い、僕は正直に頷く。


「なんか、格好いいね? 神々しいや」

「あら、ありがと」


 小さく笑う、レクトアリス。

 やがて、第3の瞳が閉じられて、人としての両目を開いた彼女が言った。


「かなり肉体が創り変えられてるわね? 人間にとても近いわ。神気の経絡けいらくが、ほとんど塞がってる。マール、もしかして貴方、これまで人間と同じように、たくさんの死体を食べてきたんじゃない?」


 たくさんの死体。


(それは、まぁ、食事はしてきたけれど、うん)


 戸惑う僕に、ラプトが教えてくれる。


「あのな、マール? ワイら『神の眷属』は、基本的には『神水』しか――人間でいう『癒しの霊水』って神饌しんせんしか、口にせん。それ以外を摂取すると、身体が穢れていってしまうんや」


 そうなの?


 ふとアルドリア大森林・深層部にあった塔で、光る水、『癒しの霊水』が溢れていたのを思い出す。当時の僕は、イルティミナさんと出会うまでは、ずっとそれを口にして、生き延びていたんだ。


(もしかして、そのためだったのか)


 あの塔は、女神ヤーコウルの信者たちが創った、神狗のための塔だ。

 今更ながら、気づく僕である。


「ま、記憶がなかったんや、仕方あらへん」

「そうね」


 2人は、そう言ってくれた。


 そんな2人の『神の眷属』の肉体が、ぼんやり光っているのは、その食事の違いかもしれない。だって、言われてみれば、その輝きは、『癒しの霊水』の光にそっくりだったから。


 僕は、訊ねた。


「じゃあ、もしかして僕は、もう手遅れ?」

「ううん」


 レクトアリスは、首を振る。 


「塞がりかけた経絡を、強引に開けば、また神気が流れるから大丈夫よ。……ただ、とても痛いでしょうけど」

「…………」


 痛いんだ。


(痛いのは、やだなぁ)


 ちょっと遠い目になってしまう僕。


 ラプトが、苦笑する。


「我慢せい。自分、男の子やろ?」

「うん」


 わかってるよ。

 僕はしょんぼり頷き、そんな僕とラプトの様子に、レクトアリスは苦笑する。


 それから僕は、2人に言われるままに、ベッドに横になった。

 両サイドに、ラプトとレクトアリスが立ち、僕の両手をそれぞれに握る。また僕の上では、2人の手が組み合わされていた。 


「これから、私たちの3人の体内に、神気を巡らせるわ。その流れで強引に、貴方の閉じかけた経絡を開く」

「うん」


 僕は頷く。


「かなり痛いで?」

「あんまり脅かさないでよ……」


 でも、ラプトは生真面目な表情だった。


「いや、本気や」

「…………」

「けど、手を離したら、いかん。身体に流し込まれた神気が、別の場所に行ってまう。そうしたら、内臓がやられる。……最悪、ボンッ……や」


 何がボンッ……かは、聞かないでおこう。

 僕は、深呼吸した。


「わかった」

「大丈夫よ。私たちが、絶対に離さないから」


 ギュッ


 しっかりと手を握りしめて、レクトアリスがそう言ってくれた。


「ありがとう。よろしくね」

「えぇ」

「ほなら、始めよか」


 言った途端、ラプトの額から、2本の角が生えた。


 30センチほどの角の内部に、虹のような輝きが灯っている。とても綺麗だ。


 レクトアリスの額にも、再び、第3の瞳が開き、紅く輝いている。


 2人の『神牙羅』。


 その神々しい気配が、より強くなる。


 次の瞬間、


 ドンッ


「!?」


 強い衝撃が、両手から伝わった。


 それが激痛だとは、すぐに気づかなかった。


 ドンッ ドンッ ドンッ


 衝撃は幾度も繰り返されて、少しずつ、指先から手首、手首から肘へと侵食していく。


「あ、あ、あぁああっ、あああああっ!?」


 歯を食い縛ることも、無理だった。


 一度開いた口からは、加減もできない全力の叫びが溢れて、止まらない。叫んでいる自覚も、ほとんどなかった。


 ただ痛い。


 痛くて、痛くて、堪らない。


 必死に手を振りほどこうとした。


「……っ、……っ」

「……っっ」


 2人が何か言っているが、聞こえない。


 そして、手も離れない。


 どうして!?


 痛い、痛い痛い痛い、痛い痛いいたい痛いいたいイタイイタイ痛い痛いいたいイタイ――


 暴れる。


 もがく。


 2人が、全身を使って、それを押さえ込む。


 ブチブチと頭の血管が切れていく気がする。


 灼熱に染まった視界は、四方から段々と暗くなっていく。


(――あ)


 激痛という名の拷問に、意識が殺されそうになった時、ふとその限界の先に、あの人の姿が見えた気がした。


 イルティミナさん。


 瞬間、自分が何のために、ここにいるのか思い出した。


 彼女の方へ、意識を伸ばす。


 限界の先へ。


 この衝撃を受け入れて、より自分の奥深くへと、抵抗もせずに激痛を送り込む。


 パキンッ


 何かが砕けた。


 そう思った瞬間、僕の意識は、この世界から切り離されてしまっていた――。


ご覧いただき、ありがとうございました。


ラプトの訛りに関しては、作者のイメージで適当に書いています。

なので、『日本語に変換すると、こんなニュアンス』という程度に考えて下さると、助かります。


※次回更新は、通常通り、明後日の水曜日0時以降になります。火曜から日付の変わった直後、夜の0時です。

なんだか、ややこしくて申し訳ありません。

次回の更新も、もしよろしければ、よろしくお願いします。

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