102・アルンの将軍
11月16日のお昼頃、『日間ファンタジー異世界転生/転移ランキング』にて、91位にランクインしていました。
皆さん、ありがとうございます。
現在は、すでにランキング外ですが、ランキングに乗せて頂いたお礼と日頃からの感謝も込めて、急遽、第102話を更新することにしました。(ストックのことは、忘れます……)
これがお礼になるのかはわかりませんが、少しでも楽しんで頂けたなら、幸いです。
それでは、第102話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
離宮から皇帝城へと戻った僕ら4人は、長い渡り廊下の先で、あの男装の麗人に出迎えられた。
「――待っていたぞ、マール殿」
あの第7騎士隊長のフレデリカさんだ。
「どうしたの?」
「貴殿らを、ダルディオス将軍の邸宅までお連れするよう、命令があった。これより私が案内する」
あ、なるほど。
彼女は、その将軍の娘さんだった。
颯爽と歩きだす背中を、僕らは追いかける。
歩きながら、フレデリカさんは問う。
「謁見は、無事、終わったのか?」
「うん」
僕は頷いた。
「皇帝さん、素敵な人だったよ」
「そうか!」
途端、いつも生真面目そうな顔が、喜色に輝いた。え?
「そうだろう、そうだろう。陛下は素晴らしいお方だ! 時折、練兵場にも顔を出し、我らのような一兵卒にも、労いの言葉をかけてくださる。アルンの騎士は皆、あの方のためならば、命さえ惜しくはないと思っているのだ!」
「…………」
興奮に頬を赤らめ、何度も頷くフレデリカさん。
僕ら4人は、呆気に取られた。
(こ、これが、皇帝のカリスマって奴かな?)
心の中で、苦笑する。
ソルティスは、ボソボソと呟く。
「……私は、ちょっと苦手だったけどなぁ」
「ん、何か言ったか?」
ブンブン
即座の首振り少女。
(……ソルティスって、意外と人見知りなのかも)
謁見では一言も喋らなかったし、初対面の目上の人には、まず自分から話しかけることもない。優しくされると、逆に警戒する。懐に入ってしまえば、凄く優しい子だけど、そこまでの距離が大変そうだと思った。
ま、そこが、ソルティスの可愛いとこだけど。
そんなことを思っていると、フレデリカさんの碧の瞳が、僕を見ていた。
(?)
いや、正確には、見ているのは僕とイルティミナさんの繋がれた手だ。
「……貴殿らは、人前でも、いつもそうなのか?」
「え?」
「それが何か?」
澄まして答える、イルティミナさん。
なぜか、質問したフレデリカさんの方が、慌てた。
「い、いや、恥ずかしくはないのかと……」
「大切な人と手を繋ぐことの、いったい何が恥ずかしいのです?」
「…………」
沈黙のフレデリカさん。
「私は、マールを大切に思っています。マールも私を、大切に思ってくれているでしょう。その結果として、私たちは手を繋いでいる。――そこに、何か問題があるのでしょうか?」
「い、いや、問題はないが」
「ならば、良いではありませんか」
きっぱり言い切る、お姉さん。
そして、
「ま、まぁ、仲が良いのは、悪いことではないな、うん」
と、フレデリカさんは、視線を逸らして呟いた。
それを聞いたイルティミナさんは、「でしょう?」と、なぜか勝者の表情である。
(???)
意味がわからない。
僕は、空いている自分の左手を見つめた。
(もしかして……)
「フレデリカさんも、手を繋ぎたかったの?」
そう言いながら、フレデリカさんの白い手袋に包まれた右手を、左手でギュッと握ってみる。
「!?」
突然のことに、彼女は硬直した。
あれ?
(違ったかな?)
「い、いけません、マール!」
慌てたようなイルティミナさんに、強引に、フレデリカさんと繋いだ手を剥がされた。そのまま、身体の位置を入れ替えられ、繋ぐ手も逆にされ、フレデリカさんから遠い位置へと追いやられる。
困惑する僕。
後ろにいるキルトさんは、声を殺して笑っているし、ソルティスは呆れ顔だった。
イルティミナさんは、とても複雑そうな表情で、僕を睨む。
(え~と?)
「……ごめんなさい?」
一応、謝る。
彼女は、しばらく僕の顔を見つめ、やがて、「……もう」とため息をこぼした。
フレデリカさんは、僕の握った右手を見つめている。
フルフル
何かを振り払うように、強く首を振った。
「む、無駄話をしている場合ではないな。さ、さぁ、行こう!」
そう宣言して歩きだす。
なんか頬が赤いし、さっきまでと比べて、歩き方がギクシャクしてるけど、なぜだろう?
(まぁ、いいか)
細かいことを考えるより、今はダルディオス将軍の家で、2人の『神の眷属』に会うのが優先だ。
人形みたいな歩き方をする女黒騎士さんと一緒に、僕ら4人は、勇壮なるアルンの皇帝城をあとにするのだった――。
◇◇◇◇◇◇◇
3人のシュムリア騎士さんとも合流し、僕らは、騎竜車で出発する。
フレデリカさんは、黒鎧をまとった2足竜に跨り、この騎竜車を先導するために、前方を走っていた。
(ここが、神帝都アスティリオの中なんだ?)
窓から見えるのは、城下町。
神帝都アスティリオの城壁は、3つある。
その内、1つ目の城壁の内側、最もお城に近い区画は、貴族などの上流階級の人々が暮らす高級住宅地に当たるそうだ。
もちろん、ダルディオス将軍の邸宅もここにある。
「……立派だなぁ」
思わず、呟いた。
今まで見てきた辺境とは、天と地の差。
建ち並ぶ屋敷は、皆、見事な豪邸ばかりだ。
街の景観も美しいし、道も広く、清潔だ。
歩いている人たちも、どこか気品があり、走る馬車や竜車も高級そうだった。
軍事用の無骨な騎竜車は、どこか場違いな印象だ。
「む、見えてきたぞ」
かつて将軍宅を訪れたことのあるキルトさんが、窓の外を見て、呟いた。
僕らも、窓に注目する。
(わ、大きい!?)
ここら一帯でも、一番大きく立派な建物だった。
庭園も広くて、門番の立つ門を抜けてから、屋敷の玄関まで辿り着くまでに、50メードぐらいはある。途中には、噴水もあった。
「我が家が、みすぼらしく思えますね……」
イルティミナさん、ちょっと悲しそうに呟いた。
そう?
「僕は、あの家、好きだけど」
「ありがとう、マール」
頭を撫でられた。
えへへ。
そうして僕らは、屋敷の玄関前で、騎竜車を下りる。
そこには、熊みたいな大男が立っていた。
「おぉ、フィディ! よく帰った!」
「むぐっ、ち、父上?」
先に到着していたフレデリカさんが、猛烈なベアハッグをされている。
(うわぁ!?)
僕とイルティミナさん、ソルティスの目が、点になる。
キルトさんが、苦笑しながら言った。
「あれが、アルン神皇国、最強の将軍アドバルト・ダルディオスじゃ。……まぁ、かなりの親バカそうじゃな」
「…………」
「…………」
「…………」
そ、そうなんだ。
呆気に取られる僕らの前で、フレデリカさんの肘打ちをこめかみに喰らい、ようやく娘を解放するダルディオス将軍。でも、打撃を食らった部分を押さえながらも、「強くなったな、フィディ!」と嬉しそうだ。
ダルディオス将軍の見た目は、50代ぐらい。
たっぷりした髭を蓄えて、身長は2メードを越えている。
筋骨隆々だ。
短めの白髪は、オールバックにされていて、眼光の鋭い瞳は、フレデリカさんと同じ碧色。
高い鼻梁には、横一文字に傷が走っている。
いや、よく見たら、二の腕や太い首など剥き出しの部分には、無数の傷跡が残っていた。
まさに武人。
その逞しい腕から逃れたフレデリカさんは、乱れた軍服を整えつつ、
「父上、今日の私は、任務で参ったのです。別に、父上に会いに来たのではありません!」
「ぐふっ」
あ……最強の将軍さんが、よろめいた。
(お、面白い人だなぁ)
なんだか、コントを見てるみたいだ。
キルトさんが苦笑しながら、前に出る。
「久しいな、将軍?」
「むっ? おぉ、来たのか、鬼娘よ!」
将軍は笑いながら、キルトさんに近づいて、
バチィイン
巨大な拳を霞むような速さで顔面に叩きつけようとして、直前で、彼女の手がそれを受け止めていた。
衝撃波の風が、僕らの頬を叩く。
(…………)
みんな、呆然。
キルトさんが、ここに来てから、もう何度目かの苦笑を浮かべた。
「手荒い歓迎じゃの?」
「くははっ、さすがに衰えてはおらんな、鬼娘」
嬉しそうな将軍様。
どうやら、彼なりの挨拶のようだ。
(でも、僕がされたら、顔面が潰れて死んでるよ?)
ちょっと、冷や汗がこぼれる。
ダルディオス将軍は、1歩下がって、僕ら全員を見回した。
「陛下より、話は賜っておる! 皆、よく来てくれた! シュムリアよりの道中、これまで大変だったであろう? しかし、アルンに滞在中は、このワシの屋敷を自由に使ってくれて構わん。ゆっくりと、その心身を休ませてやってくれ。なぁに、遠慮は要らんぞ? がっはっは!」
野太くて、通りの良い声。
熊みたいなのに、子供みたいな笑顔で、彼はそう言ってくれた。
キルトさんは笑い、フレデリカさんは嘆息する。
残った僕らは、ついつい、お互いの顔を見合わせてしまった。
と、将軍の視線が、僕に向いた。
「ふむ? 貴殿が『神狗』殿か」
「――――」
瞬間、ブワッと全身の毛が逆立った。
ヒュッ
反射的に下がりながら、妖精の剣を抜いていた。
あ……。
全員、驚いたように僕を見ている。
慌てて、鞘に剣を納めた。
「ご、ごめんなさい!」
ダルディオス将軍に、深く頭を下げる。
彼は笑った。
「いや、構わん。実にいい反応であった」
「…………」
自分でも、びっくりした。
鋭い眼光と目が合った瞬間、衝撃波みたいな物凄い『圧』を感じたんだ。
オーガや赤牙竜?
いや、もしかしたら、本気のキルトさんと同じぐらいの圧力だった。
フレデリカさんとのやり取りや、拳をあっさり防いだキルトさんの強さに、勘違いしてしまうところだったけれど、この人物は間違いなく、世界最大の国、アルン神皇国に君臨する最強の将軍様なんだ。
殺意が向けられたわけじゃない。
(ただ、目が合っただけなのに……)
僕は、震えている自分の右手を強く握って、それを抑え込む。
「すーはー」
深呼吸。
よし、落ち着いた。落ち着いたことにしよう。
「だ、大丈夫か、マール殿?」
フレデリカさんが、心配そうに僕に近寄り、それから父を非難するように睨んだ。
将軍は、肩を竦める。
「ワシは、何もしておらんぞ」
「本当か?」
「ああ。むしろ、目が合っただけで、ワシの強さの深奥を見抜いた『神狗』殿の目の良さだ。実に、いい目をしておるな」
そう笑った。
(…………)
意味は、よくわからない。
でも、将軍が何もしていないことも、悪意がなかったこともわかっている。
そしてダルディオス将軍は、もう1度、僕を見つめた。
備えていたので、今度は、僕も大丈夫。
彼は、大きく頷いた。
「さて、『神狗』殿? 実は我が家には、貴殿の他にもう2人、『神牙羅』と名乗られる神界よりの来訪者殿がおられる。――貴殿には、まず、その者らと会ってもらいたい」
うん。
僕は、そのために、遠いシュムリア王国から、ここまで来たんだ。
こちらも頷いた。
「はい、僕もそれを望んでいます」
「結構」
将軍の視線は、他の一同へ向く。
「屋敷にいる2人の『神牙羅』殿は、こちらの『神狗』殿1人との対面を望んでおられる。それが終わるまで、ご一同は我が屋敷にて、ゆるりと休まれるがよろしかろう」
野太い声で、そう高らかに宣言した。
◇◇◇◇◇◇◇
「本当に1人で大丈夫なのですか、マール?」
ダルディオス将軍の屋敷に入った僕らは、そこで僕だけ別れて、2人の『神の眷属』がいる部屋へと案内されることになった。
でも、その屋敷の廊下で、そんな僕の前に膝をついて、イルティミナさんが心配そうな顔をしている。
僕は、彼女を安心させようと笑って、答えた。
「うん、大丈夫」
「ですが……せめて、私だけでも同行した方が」
中学校の入試面接に、一緒について行こうとする親の心境なのかな?
(これじゃ、将軍さんを笑えないね?)
嬉しいけど困ってしまう僕の耳に、呆れたようなソルティスの声が聞こえた。
「イルナ姉、いい加減にしなさいよ」
「ソル……」
「相手は、マールと同じ『神の眷属』なんでしょ? 別に、取って食われるわけじゃないんだから」
妹に言われて、それでも彼女は「ですが」と呟く。
キルトさんも言う。
「マールを信じてやれ」
「…………」
「そのまま、神の国に行ってしまうわけでもない。話が終われば、すぐに、そなたの下に帰って来よう」
…………。
もしかしてイルティミナさんは、他の『神の眷属』と会った僕が、そのまま自分のそばを離れていってしまうと不安だったのだろうか。『神の眷属』の一員として、去っていってしまうと思ったのだろうか。
イルティミナさんが、僕を見る。
僕は、はっきり言った。
「必ず、イルティミナさんのところに戻ってくるから」
「……はい」
彼女は頷いた。
少し離れた場所に立っていたダルディオス将軍が、声をかけてくる。
「話は終わったか?」
「うん」
僕は頷き、彼に近寄る。
「では、参ろうか。こちらだ」
こちらに背を向け、廊下の奥へズンズンと歩きだす。
身体が大きいので、大股だ。
僕は慌てて、早歩きに追いかけていく。
「マール!」
不安そうな声が背中にぶつかる。
振り返る。
僕の大事な3人の仲間が、そこにいる。
キルトさんは、信頼している顔で僕を見ている。
ソルティスは、ちょっと仏頂面だ。
イルティミナさんは、やっぱり心配そうで、お腹の上辺りで両手を強く握り合わせながら、僕を見つめていた。
僕は、笑った。
「ちょっと、いってくるね」
そして前を向き、ダルディオス将軍の大きな背中を追いかけた。
――長い廊下だ。
ここには、使用人もいっぱいいると思うんだけど、すれ違う人は誰もいない。
僕らの足音だけが響いている。
僕は、ふと将軍の背中に訊ねた。
「ここの2人は、どんな人なの?」
「……ふむ。……正直、捉えどころのない者たち、だな」
そう答えた。
「会話をし、意思の疎通もできる。しかし、こちらを見ている気がせん。まるで人形と話している感覚だ」
「…………」
「貴殿とは、だいぶ違うように感じるぞ」
そうなんだ。
(そういえば、フレデリカさんも似たようなこと、言っていたっけ)
人形みたい、か。
もしかして、僕は不完全だから、その2人とは違う雰囲気なのかな。
もし完全だったら、僕は……?
そんなことを思っていたら、将軍の背中が止まった。おっと? ぶつかりそうになり、慌てて、足を止める。
廊下の突き当り、彼の前には、1つの扉があった。
「ここだ」
「…………」
彼は、こちらを振り返った。
「では、あとは『神狗』殿に任せよう」
「はい」
僕は頷く。
その頭を、大きな手がクシャクシャと撫でた。うわ?
そして、将軍は、悪戯っぽく笑って、
「内緒じゃが、ワシは、中の2人より、そなたの方が好ましく思っておるぞ?」
「…………」
「じゃあの、がっはっは」
ポムポム
頭を叩かれ、そしてダルディオス将軍は、大股の歩きで廊下を去っていった。
しばらく呆気に取られた。
「…………」
苦笑する。
でも、おかげで緊張がほぐされた。
(ありがとう、将軍さん)
心の中でお礼を言って、僕は、目の前の扉に向き直る。
一度、深呼吸をしてから、
コンコン
扉をノックした。
5秒ほどの沈黙が、無人の廊下を流れていき、
「――どうぞ」
まだ若い、いや、幼いといえる少年の声が聞こえた。
(綺麗な声だな)
そう思った。
僕は、ドアノブを回して、部屋の中へと入る。
「――――」
目が眩んだ。
逆光の中に、2人の人影が立っている――最初は、そう思った。
でも、違った。
光は、その人影自身が放っていたんだ。
「よう来たの、ヤーコウルの神狗」
小柄な光の少年が、そう笑った。
「待っていたわ、ずっと、ずっと」
美しい女の人が、そう優しく微笑んだ。
2人の『神牙羅』。
少年の名は、ラプト。
美しい女性の名は、レクトアリス。
フレデリカさんに教えられたこと、でも、そのことを僕は――僕の宿る『マールの肉体』は、すでに知っていたようだ。
2人の姿を見た途端、
(あ、あぁぁ……)
懐かしさが、嬉しさが、胸の奥から湧き上がって、止まらなくなっている。
ポタ ポタタ
頬から、涙がこぼれた。
生きていてくれた、懐かしい400年前の戦友たち。
僕の口が、勝手に動いた。
「――僕も会えて嬉しいよ、ラプト、レクトアリス」
泣きじゃくる僕を、彼らは、とても優しい眼差しで見つめてくれている。
遥かなる時の果ての再会。
湧き上がる心。
(あぁ、そうなんだね?)
ようやく自覚する。
きっと僕は、自分が本当に『神の眷属』の一員であるのだと、この時、初めて、強く意識したんだ――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
ランキング入りによって、多くの読者様に読んで頂けたことは、執筆する者として本当に幸せでした。
皆さん、本当にありがとうございました。
※次回更新は、明後日の月曜になります。いつもは0時過ぎの更新ですが、来週は所用がありまして、日中の更新になると思います。遅くとも夕方までには更新します。
いつもと時間が違い、申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします。




