らぶちゃんのできるまで
バイトの時間が迫っているため、
早歩きで家に着いた僕は手袋を取り、ブレザーのポケットから鍵を取り出した。
寒い外の冷気で、ポケットの中にあったとはいえ
すっかり冷えてしまった鉄製の鍵は
手袋で温められていた手にはより一層冷たく感じた。
『ただいまーーー』
ドアを開けるなり、冷たい廊下を歩き
リビングに入ると台所で野菜を切っている母さんがいた。
『おかえりなさい。今日はバイト?』
『バイト! 急いで行く!』
リビングの置き時計を見るなり、
僕は準備をするため、自室へと急いだ。
時刻は18時22分。
家からしらゆりまでは、歩きで約20分かかる。
ちょっと急がないとな と思い、
階段をドタドタと上がって行った。
2階の自室に入るなり、タンスの中からシンプルな白のパーカーとジーパンを取り出した。
さすがに、男の状態で女装をして母さんの前に出るのは、まずい。だからといって、女の子の姿で母さんの前に出るのもまずい。なので、バイトに行くときは男女どちらが着ててもおかしくないようなシンプルな服を着て行っている。
しかし、ウエストが少しきつめのジーパンは、男の状態のぼくには、履くのがやや困難だ。女の子の姿になれば、ウエストも細くなる。そのため、スキニーのウエスト部分も少し細めのジーパンにしたのが、着替える際にいつも時間をとってしまう。なんとか、ジーパンを履き、パーカーに着替えた僕は、携帯をポケットに入れ、台所で料理をしている母さんの背中越しに
『バイト 行ってくる』 と言い、
お母さんの『いってらっしゃーーい』の声を
合図に僕は家を出て、
バイト先 ゆりカフェ『しらゆり』に向かった。
しらゆりは、賑やかな街中にある。
側から見たら、いたって普通のかわいらしいカフェだ。白いビルの4階にあり、ピンクの看板でゆりカフェ しらゆり と白い丸字で書いてある。
ゆりカフェの字は上に小さく書いてあり、
しらゆり の字が大きく目立っている。
この看板に騙され、普通のカフェだと思って
来店してくるお客さんも多い。
受付の女の子が
女の子限定の女の子と会話できるカフェだと説明すると、大抵の女の子が面白そうと言って、そのままカフェの中に入ってくれるのだから、
まあ それはそれで良いのだろう。
エレベーターもあるが、
僕はいつもエレベーターの横の階段を
使っている。薄暗いこの階段は、
今にも幽霊が出そうなくらいだ。
僕は2階と3階の踊り場まで登ると、
スマホで時刻を確認する。
待ち受けの飼い犬のケルベロスが眩しい。
時刻は、18時57分。
ゴールデンタイムまであと3分。
階段を登り降りしてくる足音がないか、
確認しながら
僕はゆっくり深呼吸をした。
暗い階段に ふぅぅぅぅぅ と響いた。
何度か 深呼吸をし、
再度足音に気を配っていると
体が眩い光につつまれた。
来た。ゴールデンタイム!!!
ぱああああああああと眩しい光が消え、
目が慣れて来た頃には
いつもとは大分低い視界が広がっていた。
ふぅぅぅぅぅ と再度深呼吸すれば
白いパーカーの下で形の良い胸が上下に動く。
腰を前後に曲げれば、
茶色く長い髪は肩から流れるように落ちる。
なぜか、いつも姿が変わる前と変わった後は
手軽な準備体操などをしてしまうのだ。
体が軽いことを認識すると僕は
しらゆりに向かうため
4階まで階段を登って行った。
階段を上がる音は
トン トン トン と軽やかで単調な
リズムを刻んでいる。
しらゆりの看板と今日いるゆりっ子を紹介している看板が見えてきた。
ぼくは、自動ドアではなく
自動ドアの脇にある白い鉄のドアを開けた。
ドアを開けると、カフェとは打って変わって
シンプルな事務所が現れる。
どこにでもあるロッカーに、
服屋さんの試着室によく似ている個室の衣装室。
突如、ぼくの体は体当たりされたかのような
衝撃をくらい、後退する。
体当たりしてきたのは、店長ことヒゲちゃんだ。
ヒゲちゃんは、
背もかなり高く、割と顔もカッコイイのに
濃いメイクとオカマキャラが
それらを台無しにしている。
そして、ゆりっ子達をとても可愛がっており、いつも体当たりと言っても過言ではない勢いで抱きついてくる。
『らぶちゃ〜ん♡ 待ってたのよ〜』
『ヒゲちゃん そんなにキツく抱きしめられたら
ぼく苦しいよ〜』
側からみたら、
おっさんが可愛い女の子を抱きしめているという構図だ。しかも、ヒゲちゃんはぼくの頬に
ジョリジョリとヒゲをなすりつけてくる。
本人は、すりすりしているつもりなのだろうが
こちらとしてはヒゲが痛い。
『店長? わたしそろそろ行きますね』
店長は、それを聞きぼくから離れた。
いつも優しい笑みで、ぼくを店長のジョリジョリから救ってくれるのは、シスカちゃんだ。
シスカちゃんっていうくらいだから、
本名はしずかというのだろう。
しかし、彼女とは学校が違うため、
本名は知らなかった。
清楚で聞き上手で褒め上手な彼女は
女の子にも人気だ。
『にも』というくらいだから、
男の子にも人気なのだ。
学校でもかなりモテるのよ!
もちろん! お・と・こ・の・こ によ!
店長が言っていた話だからわからないが、
店長がまるで自分のことのように自慢げに
そう語っていたのを覚えている。
ぼくは、店長のジョリジョリから解放されると、
自分のロッカーからピンクと白のメイド服を取り出した。そしてそれを持って、衣装室に行きカーテンを閉めた。スカートを着るのはもう慣れていた。メイド服なので、パニエを下に履いて
スカートを少しふんわりさせる。
そして、ドロワーズも履いた。
いくら女の子の姿とはいえ、元は男だ。
女の子の下着なんぞ、履いているわけもない。
可愛い女の子のスカートがめくれて、
トランクスを履いていたら
誰だって幻滅するだろう。
ぼくだってそんなの嫌だ。
だから、いつもスカートの下に
ドロワーズを履いている。
着替え終わり、カーテンを開けると
ヒゲちゃんが話し相手がおらず
寂しそうにしていた。
ぼくに気づくとにこっと笑い、
『今日もバッチリね!』と親指を立てて
グッドポーズをしている。
ぼくは、それにつられてにこっと笑い
シンプルな事務所には場違いな
ラブリーなドレッサーの前に座った。
たくさんのメイク道具や
ヘアアイロン、ドライヤーなどがある。
『ヒゲちゃん かみのけお願いします!』
『えぇ 今日も可愛く決めてあげるわ♡』
ヒゲちゃんは、元美容師だ。
ゆりっ子のほとんどはヘアアレンジを
ヒゲちゃんに頼んでいる。
ぼくもそのひとりだ。
ヒゲちゃんは、慣れた手つきでぼくの髪を
クシでとかしていく。
その動作が、男の僕に普通味わえないからか
どこかくすぐったくて気持ちいい。
ぼくが、うっとりしていると
突然 シューーーーーッ! と音が横でした。
髪の毛を固める整髪剤のスプレーだ。
ぼくが、うっとりしている間に
もう完成間近まできていたらしい。
茶髪の髪が高いところで2つに結ばれていて、
毛先がふわふわとウェーブしている。
『ヒゲちゃん ありがとう!』
ぼくは、ヒゲちゃんに礼を言うと
再び自分のロッカーに行き
ハートマークのらぶと書かれたネームプレートを
取り出した。
ネームプレートをメイド服の白いエプロンの
左腰につけた。
これで、
指名率ナンバーワンらぶちゃんの完成だ。
『ヒゲちゃん! 行ってくるね!』
『今日もバッチリよ!
とびっきりの笑顔でね☆ いってらっしゃい!』
ヒゲちゃんのいってらっしゃいは、
いつもゆりっ子達の力になっている。
なんだかんだ、いい上司なんだなあと
思いつちま、
ヒゲちゃんのエールを背中に
ぼくはカフェへと繋がるドアを開けた。
次話から
各女の子のルートに分けて書いていきます。
まずはじめに
ハーフの女の子
白井 由来 から
書いていきます!!