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混血の女神  作者: 神岡兵士
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第14話「託された想い」

 

 何とも言い難い邪気が『都』全体から湧き上がっている。

 分厚い雲が陽光を遮り、濃紺な闇が世界を包んでいるようだ。ここだけ、世界から隔離された空間のように感じられる。

 

 荒れ果てた遺跡郡からは生き物の気配が一切感じられない。

 崩れた石材が散乱し、樹木に覆われている。朽ちて崩壊している建造物の隙間には樹木の根っこが入り込んでいるのが目に付く。

 

 いつ魔人が襲ってくるかわからない状況の中、フロラのままで『都』内部を歩くのは非常に危険だ。なので、《彼女》に意識を切り替えて、慎重に進んでいる。

『都』に侵入してから、今だ魔人の姿は確認していない。

 

 何かがおかしい……。《彼女》は妙な違和感を覚えた。オーフィリアの考えることだ。必ず《彼女》が『都』に現れることを読んでいるはず。確実に《彼女》を捕らえるために魔人の大群が待ち構えていると踏んでいただけに、この状況は予想外であった。


『レナちゃんの強さに怖気づいて、隠れてるかもしんないね』


 強気な台詞と裏腹にフロラの声は、不安を色濃く滲ませている。


「実は隠れていると思わせて、タイミングを見計らい奇襲を仕掛けてくるかもな」


 そう口にするも、心の中で絶対にありえない。と否定した。魔人にそこまでの知性など持っているわけがない。魔人は獲物だと認識すると迷わず突進する傾向がある。今回の場合は《彼女》が獲物とするならば、奇襲なんて下手な真似はしない。

 思案顔で、二秒だけ右横のボロボロに崩れた建物を見て視線を元に戻す。


「隠れているのではなく、魔人が一体もいない……のか?」


 もしそうだとすれば、この違和感の理由も頷ける。しかしその展開は明らかにオーフィリア側の不利だ。魔人を倒せる《彼女》でも大群が相手だと苦戦を強いられる。何よりも《彼女》の力を欲するオーフィリアだ。自ら窮地に追い込む愚策など考えない。


 ――考え過ぎか……。と一旦、考え巡らすのを止めようとした時、


『お姉ちゃんがわたしを呼んでいる……』


 フロラが掠れた声を洩らした。


「どこから聞こえるんだ、その声は」


『――あの大きな建物から聞こえる』


 燃えるような視線で《彼女》は『都』の中央にそびえる半球系の形をしたドーム状の建造物を仰ぎ見た。


「あそこか」


 燃え滾る熱い衝動を必死に抑え込んで、《彼女》は思いっきり地を蹴り、建物の入口を目指して走り出した。




 目的地に到着した《彼女》は円柱が立ち並ぶ荘厳な回廊を慎重に進んでいる。魔人がいつ奇襲をかけてくるかわからない今、警戒心を強め、出来るだけ軽率な行動を控える必要がある。更に構造が不明な建物内での戦闘は非常に分が悪い。とは言え、依然として魔人の姿を見かけていないのが現状だ。


 内部に光源は存在しないが、周囲は燭台に灯された火で視界に不自由することはない。

 注意深く回廊の様子を観察してみる。大小様々な石材の破片が散らばり、床や壁には至るところに大穴が開いている。壊れた石の柱が回廊を塞いでいたりするが、僅かな隙間をくぐり抜けて、奥へと進む。

 先に進むにつれて重苦しい空気が濃密になってきている。


《彼女》の直感が正しければ、この先が終着点だ。

 回廊の突き当りには、二枚扉が待ち受けていた。

 扉を隔てた向こう側にアリンダがいる。

《彼女》でさえも、この時点で気配は感じ取れた。


「覚悟はいいか?」


『……大丈夫だよ』


 少しの不安があるのだろう、フロラの返事には間があった。


「いくぞ!」


 気迫を込めた声で言うと、《彼女》は左手を鉄扉にかけた。ゆっくりと力を込めると、《彼女》の倍はある巨大な扉が滑らかに動き始めた。一度動き出すと扉は自動で開いていき、完全に開ききると衝撃音と共に止まった。


 さらけ出した内部は円形型をしており、かなり広く、部屋全体が薄青い光に照らされている。そしてここだけが、外とはまるで別世界だと疑ってしまうほどの圧倒的な造形美に《彼女》は思わずため息をついた。

 クジャクの羽を彷彿させるような華やかさと豪華さを持ち合わせた造りはもはや芸術的価値があると言えよう。

 だが感心している場合ではない。

 一室の中央に白銀の輝きを放つ長剣を携え、仁王立ちしている者がいるからだ。

 一瞬はっとするほどの凄みのある美貌を持つ女性――アリンダが、意思も感情も欠落した瞳で《彼女》をじっと捉えている。


「待ち侘びたよ、エイレナ」


 絡みつくような粘っこさを帯びた声に《彼女》の視線が一層鋭さを増した。アリンダの後ろから声の主が姿を見せた。魔人よりもニンゲンに近い造形で、知性を持ち、言語を扱う謎の多い生き物は唇を大きく歪め、笑っている。


 最愛の姉、アリンダを自身の人形として弄び、ニンゲンの命を愚弄する憎むべき敵――オーフィリアだ。


「私がここに来ると予想でもしていたのか?」


「くふふ、確証はなかったが、君のことだからね。二度に渡るヴァン・アレンの襲撃がワタシの命令だと見透かしていたのなら、確実にこの首を取りに来るはずだと読んでいたからね」


「やはりお前の仕業か。……知っているか? 魔人の襲撃でヴァン・アレンに暮らす尊いニンゲン達の命が全て失われてしまったことを……」


 言葉を切ると《彼女》は右足を前に一歩踏み出し、剣先をオーフィリアに向けた。


「覚えておけ、私の逆鱗に触れた者は跡形もなく消し去ってやる!」


 その叫び声は硬く、怒りを含んでいた。


「くふふふ、最高だ、最高だよ! やはり君はワタシが見込んだだけのことはある。ワタシはね、どうしても『混血』の力を我が物としたいんだよ! 邪魔者がいない今、この最高の舞台で力尽きるまで存分に戦ってくれたまえ!」


 オーフィリアは芝居かかった仕草で両手を大きく広げる。


「……一体何を言っているんだ?」


「君のことだから、とっくに見抜いていると思っていたんだが……。まぁいい、ここに来るまで不自然だと思わなかったのかい? 何故魔人が待ち構えていないのかを」


「そのおかげで余計な体力を消費しなくて済んだが……お前のことだから何か悪巧みでも考えているのだろ?」


「悪巧みとは失礼な言い方をするんだね。ワタシはね、出来るだけ万全な状態で戦いを挑んで欲しかったんだよ。だからね、『都』に棲む魔人をワタシの人形に葬り去ってもらったのさ」


 あまりにも常軌を逸した言葉に《彼女》は絶句するしかなかった。

 数回呼吸を繰り返し、なんとか声を絞り出す。


「……何を企んでいる……?」


「魔人を蹂躙できる力を手中に収めている今、正直奴らなどゴミ同然なんだよ」


「魔人は……お前の部下ではなかったのか?」


「くふふふ、君は何か勘違いをしているようだね。せっかくの機会だし教えておこう。ワタシと奴らは同じ部類には属さない。強いて言うなら、奴らは出来損ないの生物だ」


 謎めいたオーフィリアの台詞に《彼女》は恐怖を感じた。


「出来損ないだと……!?」


「ニンゲンは何も知らなさ過ぎる。自分達が犯した罪を、償わなければならない代償の意味を。くふふふ、いずれわかるだろう、そう遠くない未来ね」


「非常に興味深い話だ。ここで私に始末されたくなければ詳しく話せ」


「残念だが始末されるのは君の方だよ。もう一体の人形を手に入れる絶好の機会を前にして、引き下がるバカがどこにいる。だから世間話はここまでにしよう。くふふ」


 オーフィリアは笑いを収めると、アリンダの耳元に顔を近づけ、「殺れ」と囁いた。

 アリンダは全身のバネを縮めるように、身を低く沈みこませる体勢になると一気に飛び出し、地面をギリギリを滑空するかのように突き進んだ。


《彼女》は右手の剣を横薙に繰り出す。アリンダがその斬撃を受け流し、カウンターで一撃を叩き込もうとする。だが《彼女》の反応も流石の速さだった。無駄のない動作で剣先の軌道を読み取り、体を捻って回避する。


 攻撃を避けたことで、アリンダの懐はがら空きだった。《彼女》は叩きつけるようにして最小限の動きで剣を振りかぶると、アリンダは瞬間的反応で剣を盾にした。互いの剣同士が激しくぶつかり合い、火花が散る。

 金属がぶつかり合うような衝撃音が空間を圧する。

 戦闘が始まってほんの三秒しか経っていないが、アリンダの実力はやはり本物だと認めるしかない。

 僅かな油断が命取りとなってしまう。ましてやアリンダは本気で殺しにかかっている。対して《彼女》は殺すことよりも、相手の無力化を狙っている。命懸けの戦いにおいて、躊躇いのない覚悟は相手を数段も上回る。


 この場合、有利なのはアリンダの方だ。

 軽やかな動作で、剣を弾くと《彼女》は一旦距離を置いた。


「厄介だな……」


『レナちゃん、お姉ちゃんをどうやって止めるの?』


 オーフィリアの操り人形と化しているアリンダを止める為には操り主を仕留めるか、本人を殺すしか方

法がない。


 後者は論外だ。となれば前者しか選択はない。

 オーフィリアを討ち取れば、アリンダの肉体は解放され、無力となる。《彼女》は隙あらば、オーフィリアに狙いを変えようと考えていたのだが、想像を遥かに超えるアリンダの力を前にして、余裕が無くなっている。


「一瞬であったものの、見事な戦いぶりだ。くふふふ、ワタシは幸せ者だよ、姉妹同士の『混血』が繰り広げる死闘を拝めるなんてね」


 陶酔した表情でオーフィリアが言った台詞にフロラは反応した。

 ――姉妹同士の『混血』……? 

 ――つまりそれって……わたしは、お姉ちゃんは『混血』ってこと……なの?

 頭の中が白く溶け落ちるような衝撃が貫いた。


 すると、全身の力が抜け落ちてしまい《彼女》は膝を地面に付けた。まるで自分の意思を逆らうかのように肉体に力が入らない。

 突然の出来事に《彼女》は驚きを隠せずにいる。


「フロラ……何があったんだ?」


 フロラの精神が乱れると、こうして肉体の制御が一時的に失われてしまう。何が原因でこうなってしまったのか確かめるために《彼女》は囁いた。

 返ってきた声は、それはもう絹糸のように細かった。


『教えてよ、お姉ちゃんとわたしって『混血』なの?』


「……」


 凍りつくような沈黙が二人の間に降りた。


「…………それは……」


 なんとか唇を動かすも、何かを思い迷っているかのように噤んでいる。


『黙ってないで答えよ!』


 たまらず声を荒げると、《彼女》は息を吐き、重い口を開いた。


「……黙っていたわけじゃない。いつか、話す機会があれば打ち明けようと思っていたんだ……」


 言葉に偽りはない。本心ではフロラが『混血』であるという真実を告げるチャンスは幾らでもあった。けど、《彼女》は言えなかった。言うことを恐れていたのだ。真実を知ることがどれだけの重荷になるのか、どれだけの重圧に耐えなければならないのか、『混血』ゆえにその過酷さを重々理解しているから。


『いつから気付いていたの……?』


「フロラと初めて会った時から……。『混血』だろうと今の私の魂は剣に憑依しているにしか過ぎない。魂が宿っている剣を握れば誰でも魔人と戦えるわけではないんだ。私はあくまで魂だけの身。肉体そのものが『混血』でなければ、力を存分に発揮することは出来ない……黙ってて、すまない」


『そ、そうだよね……普通に考えればわかることだよね……。ニンゲンが魔人を倒せるわけないのに……。そっか、お姉ちゃんとわたしは同じなんだね』


 混乱が彷徨い過ぎてフロラの意識が遠退きそうになってしまう。一方の《彼女》は掛ける言葉に困っている。


「おいおい、急に動かなくなってどうした? まさか降参ってことはないよね」


 紅の双眸を細めてオーフィリアは観察するかのように《彼女》はじっと見ている。


「独り言を喋っているようだが、誰かと会話をしているのかい?」


「……」


「ふーん、察するに器の持ち主と対話を行っているんだろ? くふふ、『混血』は本当に器用な真似が出来るんだな。ますます君達が欲しくなってきたよ。さて、続きを始めてくれたまえ」


 アリンダが先に動いた。

 まるで爆発するかのように《彼女》目掛けて、勢いよく飛び出した。立ち上がった《彼女》は剣を構えて、アリンダの攻撃に備える。

 右手の長剣が凄まじい速度で突き込まれてくる。アリンダの連続技が開始され、《彼女》は剣を使ってガードに専念した。


《彼女》の積み重ねた戦闘経験からの読みで上下から殺到する攻撃を捌き続ける。しかし肉体の制御が不安定なので、どうしても斬撃をガードし続けるのに限界がある。

 やや《彼女》の動作が鈍くなり始めたところをアリンダは逃さない。

 剣を操るのを止めると、空っぽの左の拳をぐっと握り、《彼女》の――フロラの頬に突き刺した。

 ゴロゴロと地面を数メートル転がり、壁にぶつりかりようやく《彼女》の体が止まった。

 油断していた。何も剣を振るって戦うことが全てではない。

 防戦一方で全く考えていなかった相手の殴打。

 完璧までのクリーンヒットに顔を歪めるしかない。

 高速で繰り出す《アリンダ》の連撃をもう一度、浴びせられてしまうと次ぎは確実にガードが崩されてしまう。


 今回は殴られただけのダメージしかないが、剣撃の威力は相当に大きい。致命傷を負い、最悪、敗北が確定するかもしれない。

 この戦いにおいての敗北はオーフィリアの人形と成り下がり、心も体も永遠に蹂躙されることを意味する。

 だから何が何でも負けるわけにいかない。フロラの為に、ヴァン・アレンの住民の為に。


「エイレナ、君の力はその程度のものなのか? 随分と弱くなったじゃないか。それともアレか、君が寄生する器が貧弱なのか?」


 勘に触るオーフォリアの言い方に《彼女》は鋭利で容赦のない視線を飛ばした。


「くふふふ、そんな顔でワタシを睨んでも無様なだけだよ。かつての強さは今の君には感じられない。これならまだワタシの人形の方が役に立つ」


「アリンダはお前の人形じゃない、一人のニンゲンだ!」


「何を言うかと思えば、くだらないことを。アリンダは従順なワタシの可愛い人形だよ。だが、期待外れの出来だけどね」


「どいうことだ……?」


「くふふふ、アリンダも君同様に地上で多くの魔人を討っていたよ。『混血』だけあって脅威だった。だけどね、アリンダは君と比べると断然に弱く、心が非常に脆かった。おかげでワタシの所有物となったわけだが、これからの先を考えると正直アリンダだけでは心もとなくてね」


 高みの見物をしていたはずのオーフィリアはアリンダの隣りに並ぶと片頬を吊り上げて笑った。


「くふふ、ワタシの目から見てもアリンダはとても美しい女性だ」


 アリンダの顔に向かって、右手を伸ばした。

 黒く長い髪をひと房手に取り、鼻に当てて大きく息を吸い込む。


「死者とは思えないほど、いい香りをする、くふふふ。力が劣っていても殺すには勿体無いだろ?」


「……いい加減にしろよ」


《彼女》の言葉に耳を貸さず、今度はアリンダの顔に右手の指が這い始めた。


「でもねぇ……美しさだけではワタシは満足できない。アリンダに欠けているのは戦う意志だ。アリンダは『混血』として魔人を討つことを使命としていたらしいけど、時に使命というものは脆く、儚く、自分を弱くさせてしまうんだよ。アリンダはニンゲンとして、『混血』としても未熟だったのだよ」


「そこまでにしろ!」


 我慢のならない憤激を抱いた。アリンダという一人のニンゲンの生き方を否定したことをとても許せなかった。

 彼女がどういう覚悟と決意で、使命を果たそうとしたのか、何も知らないくせに……。


「アリンダに対する愚弄だぞ!」


「くははははは!」


 オーフィリアは腹を抱えて哄笑した。


「愚弄か……、弱者を貶して何が悪い! コイツが強ければこうして君達は敵対しなかったはずだ。何もかもコイツが貧弱故の過ちが招き起こしたことなんだよ!」


 甲高い哄笑が耐えがたい怒りとなって《彼女》の全身を貫く。

 すぐにでもこいつの首を切り落してやりたい。

 でも、どうすることも出来ないのが本音だ。

 フロラの意志と同調があってこそ肉体を自在に操れる。

 自分の存在が『混血』だと知り、フロラに大きな混乱が生じている。心の乱れは意志の乱れでもある。

 今、《彼女》が出来ることは戦うことではない。フロラにほんの僅かな希望を与えるだけでいい。


「フロラよく聞くんだ。ヴァン・アレンの住民が守ろうとしていた存在――それは、フロラのことだ」


『えっ……!?』


 突然の《彼女》からの告白にフロラは息を詰まらせた。


「フロラが魔人の手から逃れるために彼らは身を犠牲にした」


『だったら、皆が死んだのってわたしのせいなの?』


「違う! それは違う! 彼らはこうなることを望んでいたんだ。かつて先祖から命を救ってくれた『混血の女神』が新しい命を授かり、地に降り立った時は必ず自分達が命懸けで守るということを。彼らの死は無駄ではない。フロラに世界を救う希望を託したんだ」


 多くのヒトの想いを背負って生きることは相当な覚悟がなければ無理だ。

 計り知れない重圧に精神が押し潰れてしまってもおかしくはない。

 魔人に支配され続ける世界の中で唯一の希望が『混血』だ。

 希望は願い、願いは望み。


『皆がわたしに託した……』


「ここで敗北を喫すれば、彼らの願いは失われてしまう。託された願いを叶えるために私に力を貸してくれ」


 フロラの精神に多大な圧力を掛けてしまうことぐらい承知している。

 戦うことを望んでいない。世界を歩き回りたいと夢見る少女がこれから先に待ち受ける過酷な宿命に耐えるのは困難だろう。


 ただ、それは一人での話。


『――ここで諦めたら皆に顔向けできないよね。願いか……わたしに叶えられるかな』


「フロラ一人では難しい。けれど私達二人なら必ず必ず叶えられる」


 体が朽ち果て、剣に魂を宿した時、《彼女》は半ば託された願いを諦めていた。自由に動かせる肉体を失い、暗闇の穴の底で生き続けることに意味があったのか? 魂を剣に憑依させたことは、もしかすれば間違っていたのかもしれない……。と選択の過ちに悔いていた時もあった。


 五百年もの間、計り知れない絶望の日々を過ごし、ようやく出会えた奇跡。

 この奇跡は偶然ではなく、必然だと《彼女》は感じた。そして《彼女》もまた、この奇跡に自分の全てを賭けて、願いを叶える決心をした。


 魂の鼓動が一気に跳ね上がるのを感じる。心と五感が一体となり、全身に燃え盛るエネルギーが迸る。今まで経験したことのない爆発的な力が体中に漲ると、これまでとは一変《彼女》は蒼色の瞳から圧倒的な気合を迸らせ、ピタリと構えた。


 剣の先をアリンダに向けて半身になったその姿勢は自然体で、どこにも無理な力はかかっていない。

《彼女》の決心をフロラは受け取り、託された願いを叶える覚悟を共に決めたのだ。迷いのない想いが、凄まじい意志力を作り出し、迫力だけで空間を制している。


「いひひひひひひ!」


《彼女》から迸る威圧感にオーフィリアは怯えるどころか、愉快そうに声を出して笑っている。


「素晴らしい……素晴らしいぞ。これが君本来の、いや君達本来の力ということだね。くひひひ、一つの肉体に二つの魂が宿り、互いに共鳴し合っている!」


 異常な興奮に襲われたオーフィリアは狂熱を帯びた声で叫んだ。興奮冷めやらぬ様子でアリンダから距離を取ると、唇が三日月型に裂け、甲高い哄笑を響かせた。


「くはははははははッ! さぁワタシに見せてくれッ! この救いようのない世界に舞い降りた女神の戦いをッ!!」


「首を洗って待ってろ。すぐに終わらせてやるからな」


 凄みのある凛とした声でオーフィリアに告げると、《彼女》はとんっと床を蹴った。

 すると、一瞬で、アリンダの懐に入り、右手を横薙に振る。アリンダの動体視力でさえ、認識ができないほどの瞬間的な移動。反応が遅れてしまい、刀身を受け止めるのがやっとだった。


 戦闘本能を剥き出しに《彼女》は剣を振るい続けた。自分の目にすら、残像によって剣が数十本に見えるほどの連続で腕を回す。


 凄まじい斬撃が飛び交う中、アリンダは反撃のチャンスを作れず、ひたすら剣を捌いている。

 神経が限界まで加速していき、視界が灼熱に覆われる。それでも《彼女》は冷静で、しっかりと意識を保ちながら、魂が共鳴し合うパートナーに叫んだ。


「フロラ、ひと振りひと振りに姉への想いをぶつけろ!」 


 自我の無い人形に変わり果てたとしても《彼女》はアリンダを救う確信を持っていた。

 フロラにだけ届いたアリンダの声は決して幻聴なんかじゃない。辛うじて魂と肉体が細い糸で繋ぎ止められており、僅かにヒトの心を、意思を、ぎりぎり留めている。きっとアリンダは人形と化した自分をフロラに止めて欲しいのだろう。


 そして傀儡から解放されることを強く望んでいる。

 フロラの想いを剣に乗せて、アリンダの心、魂を呼び覚ます。

 必ずアリンダはそれに応えてくれるはずだ。

 なにせ二人は血の繋がった姉妹だから。

 姉妹はヒトが持つべきもっとも重要な感情――愛がある。ヒトの可能性は無限大だ。無限に秘める膨大な力の根源は誰かを守る、支える、そして愛することだ。


 絶対魔人が手に入らない感情を唯一ニンゲンは持っている。それこそがニンゲンの最大の武器だ。暴力で屈服させることが支配ではない。互いに思いやり、心を一つにすることで全く別の世界を作り変えることだって出来る。ニンゲンにはその可能性を十分に秘めている。

 一度は失った魂を今ここで呼び覚ますことで世界を救える証明ができる。

 一閃、一閃、剣を衝突させる度にフロラは心の中で姉の名を繰り返し叫んだ。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


《彼女》は絶叫した。空間を震わす咆哮と共に一本の白き剣を恐るべき速度で撃ち出した。超高速の斬撃が白熱の帯を迸らせる。


《彼女》が繰り出す連撃にアリンダは後退し、次第に攻撃を受け止める力が弱くなってきている。


「これでどうだ!!」


 気合い一閃、会心の一撃を放つ。刀身に込めた最大の攻撃を真正面からアリンダは剣で防ぐも膨大な衝撃が襲いかかり、背後へ大きく吹き飛んだ。


 見物中のオーフィリアの前まで飛ばされ、地面に叩き落とされる。


「全く歯が立たないとは、やはり欠陥品だな」


 蔑むような瞳で倒れ伏すアリンダを見下しながら、オーフィリアは身を屈めた。


「力の差があまりにも広がり過ぎている。使えない道具だ。もう貴様に用は無い」


 口を歪めると、右手でアリンダの髪をぎゅっと引っ張り、


「最後の命令だ。捨て身の覚悟で挑め! 相打ち狙いならエイレナに多少のダメージを負わせることぐらいできるだろう」


 ただ無表情で一切の応答をしないアリンダの上半身を強引に起こすと、オーフィリアは露骨に不快な表情を示した。


「さっさとしろ! 傀儡なら傀儡らしく主を命令を素直に聞け! 大丈夫だ、あの二人がワタシの物になった暁には貴様を解放してやる。と、言っても魂が抜けた肉体が行き着く先に未来はないがな!」


 ひっひっひっと軋るような笑いを上げるオーフィリアに、我慢できないと言った様子で《彼女》が飛びかかろうとする。


 その時だった。


「…………た、し……は、ど……ぐ……な、……い」


 弦を震わすような細い声がアリンダの唇から漏れると、オーフィリアは眉を寄せた。


「ん? ……こいつ、今喋ったのか?」


 アリンダに訝しげる顔を寄せた直後、


「私はお前の道具じゃないのよッ!!」


 激しい叫びが声が鋭く響くや、アリンダは右手に収まる剣をガツッと音を立てて、オーフィリアの胸の中心に深々と貫いた。


「……」


 目を丸くしながらオーフィリアは胸に刺さる剣を見て、次に憎しみを含んだ瞳で睨んでいるアリンダを見た。


「な……ぜ、だ?」


 驚愕からか喘ぐような呼吸をしているオーフィリアにアリンダは憎々しげに言葉を吐いた。


「ヒトの尊厳を……弄んだ気分はどう? 私の使命を……踏みにじんだあなたらしい……最期ね……自分の所業に……後悔……しなさい」


「欠陥品風情がぁぁ!」


 裏返った悲鳴とともにオーフィリアは自ら剣を胸から抜くと、一歩、二歩と後ろの下がり、倒れ込んだ。眼前に展開される光景に《彼女》そしてフロラは互いに唖然となっているしかない。


「くふふふ……。まさか飼い犬に裏切られるとはね……。自分の所業に後悔をしなさい、か……確かにその通りだよ……。魔落ちを望んだ者の最期らしい終わり方だ。ニンゲンを捨て、魂を売った罰だと受け入れるしかないだろう……くふふふ」


 掠れた声で独白を呟いたオーフィリアは、狂気の色が混じった声色で囁いた。


「エイレナ……君は、わかっているだろ……? 世界の最果てが、どれだけのニンゲンに絶望を与えているのかを。あそこでは『混血』など皆無だということを……。しかし今の君なら、以前に比べて期待はもてるだろうね、くふふふ。さて、そろそろワタシは逝くとしよう。あの世で君達の活躍を拝見させてもらおうじゃないか。くふふふ、せいぜい頑張ってくれたまえよ」


 穏やかな、それは魔人ではなく、ニンゲンだった時の面影を残しながら笑うと、手足の先端から緋色の結晶が生えだし、ほんの数秒間で全身を包み、音もなく静かに砂となり、この世から消え去った。




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