旅の理由はそんなもの
執筆日:2015年12月4日
お題 :反逆の旅行
仕事から帰ると、玄関に旦那が脱ぎ散らかした靴下が落ちていた。
「……」
現在、午後九時。肩からずり落ちかけたバッグをかけ直しながら、宮子は落ちている靴下をひったくるようにして拾い上げ、廊下から見える脱衣場の籠へオーバスローする。そのままドスドスと足音高らかに、リビングへと突入した。
「ただいま」
「あっはっはっは。あ、おかえり」
ソファにランニングシャツ姿で寝転がり、お笑い番組を見ていた旦那が宮子を見上げると、彼は「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。
「鬼かと思った。すげえ怖い顔」
「そう見えるか」
だらしない旦那の姿に辟易しつつ、宮子はリビングとはカウンターで仕切られたキッチンに回り、途中で寄ってきたスーパーの買い物袋を置いた。彼女の聖域であるキッチンに入ると、どっと疲れが押し寄せてきて、は~~~~と長いため息が出た。
「今日もがんばった。あたし」
袋から医薬部外品の栄養剤を取り出しては一息にあおり、喉を通り抜ける甘さに体が震えた。
「まだ明日がある」
カレンダーを睨み付け、今日がまだ木曜であることを確認し、宮子は夕食の準備にとりかかった。
「あ、俺ごはんいらないわ。食ってきた」
「は? なんでそういうことすんの。夕食の材料買って来ちゃったじゃん。連絡いれてよ」
「別にいいでしょ、晩飯くらい。ぷふふ」
旦那は再びテレビに向き直り、たいして面白くもない芸人のコントに吹き出している。
おかしい、と彼女は思った。旦那に支給した小遣いの残高はそろそろ底をつくはずである。優雅に外食をする余裕などないはずだ。いったいどこから捻出したのだろう。節約にこだわり始めたのだろうか。
「ああ、奢ってもらっちゃった」
まるで宮子の思考を呼んだかの如く、旦那はそう付け加えた。てへ、と舌を出す仕草が気持ち悪い。
「またあなたはそういうことを。誰におごってもらった?」
「加藤くん」
「後輩じゃねーか!」
宮子は激怒した。
必ずこの厚顔無恥の怠慢成就な夫をこらしめなければならぬと決意した。
「そんなに怒るなよう」
決意した。
「ねえ」
「うん?」
それから寝る頃になって、旦那と同じ布団にもぐりこみながら、宮子は言った。
「あたし、土日ちょっと出かけるから」
「どこへ?」
「たび」
「タビ」
「知らない風に吹かれてくる」
それは、すごく詩的な家出宣言であった。無論、隣の馬鹿に気づかせないための素敵表現である。
「いいね。いってらっしゃい……ふわわ」
あくびをかみ殺しながら旦那は言って、寝返りを打った。
旦那の寝付く寸前の顔を見ながら、宮子も目を閉じた。
「あたしがいなくて困れ」
囁くように言うと、宮子にも強烈な睡魔が訪れたのだった。




