勝っても負けても
執筆日:2015年12月3日
お題 :裏切りの儀式
横断歩道で難儀していた年寄りについ手を貸しているところを、葵に見られていた。
その上、翌日にはさっそく弄られた。
「普段は悪ぶっていても、ああいうときには地が出ちゃうんですなぁ」
「うるさい……」
お歳寄りに手を貸してしまった赤井は、葵の実家である武道館の隅にうずくまって、彼女のニヤニヤ笑いの波動から身を守っていた。しかし、効果の程は薄そうである。
「髪まっキンキンにしたって、ピアスいくつも空けたって、君の本性は困ってる人をほうっておけない正義の味方なんだから。あたしが一番よく知ってんだ」
「うっさい! 道場やめる! 帰る!」
「辞めたきゃウチの化け物に勝ってからにしなよ」
葵の言う化け物とは彼女の父親のことである。
赤井は幼少の頃からこの道場に通っているが、年頃になって反骨精神が育ってくると、「こんな道場やめてやらあ!」というのが口癖になっていた。
葵も言ったとおり、その言葉が果たされることはない。赤井に尋常ならざる期待を寄せる化け物親父が、その願望の前に絶壁となって立ちふさがっているからだ。
葵の親父の強さといったらない。道場の師範にして赤井の師匠でもあるから当然といえば当然だが、それにしたって親父は次元が違うところにいる。武勇伝のひとつに、昔遭遇した強盗が放った鉄砲の弾を素手で掴んだとかいうのがある。さすがに嘘だと赤井は見抜いていたが、あながち嘘でもないのかもしれないと思えてくるのがその男の恐ろしさであった。
「ねーおとーさーん。赤井くんがまた挑戦するってー」
「おっ待てぃ、何を言いやがる」
止めようと立ち上がったときには既に遅く、赤井は親父と拳を合わせることとなる。
が、意外にも今回は善戦だった。数分後には畳の上に寝ていたが。
「君が心を入れ替えて道場を継ぐと言う日が来るまで、わしは負けんぞ」
「もおお父さんてばっ」
「誰が継ぐか……」
とんでもない親子の計略にはまりつつあるわが身を憂い、赤井は涙をこぼすのだった。




