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文野幸子と夏合宿

執筆日:2015年12月14日

お題 :セクシーな小説合宿

 石塚は頭を抱えた。

「合宿中の二泊三日の間に、石塚くんには恋愛小説を書いてもらいます」

「恋……愛……」

 それは石塚が最も苦手とするジャンルであり、副部長で先輩である文野幸子女史が最も好物とするものであった。

 文芸部の夏合宿は、幸子の親戚だという寺で行われていた。県外、しかも海辺の町と聞いて浮かれていた石塚に課せられたお題は、その浮かれポンチな頭に冷水を浴びせられたようなものだった。

「それまでは一切の行楽を禁じます」

「先輩の悪行小説ならばいくらでも書ける気がする」

「最終的に恋愛になればそれでもオーケー」

 幸子は石塚よりも小柄な体で精一杯威張り上げ、他の部員たちにも過酷な試練を落としていった。


「恋愛小説……恋愛……れんあいってなんだ……」

「お前なんかまだいいぞ」

 うんうんと悩む石塚の隣で、加藤が既に脱水症状を起こしたような、げっそりした顔で言った。

「俺なんてスプラッタ小説だとさ……」

 加藤はいつも、夢と幻想に満たされた童話のような物語を書く。石塚は、疲れたときに彼の小説を読むのが好きだった。

「なんて残酷な」

「この合宿が既にスプラッタだ」

 さて、この愛すべき小説合宿を地獄に変えた文野幸子はというと、すでに部長からのお題を終えて、浜へと繰り出しているらしい。他、数名の女子部員もそちらへ向かったとのこと。むろん、あのスタイル抜群の部長も。

 男子部員は石塚と加藤の二人だけである。寺の一室に取り残された思春期男子の雑念は、真夏の熱気にぐらぐらと茹だっていき、もはや意識は小説になど向かない。

 いや、向いていた。

「俺たちはいったい何をしてるんだ……海では女子たちがキャッキャウフフとマーメイドっているのに……」

 加藤はものすごい勢いでペンを走らせ、海辺のマーメイドたちが小麦色の肌を海水に濡らして輝かせ、どことなく扇情的に遊ぶ様を描写し続けていた。

「落ち着くんだ、加藤くん。君の物語はいつももっとキラキラしてファンシーだった。マーメイドだけだ、いつもの君要素は」

「そういうお前は」

 石塚は石塚で、直球を書きなぐっている。幸子や部長をはじめとする女子部員たちがどのような水着で海遊びに興じているのか、妄想に妄想を重ねた、嫌にリアルでいてどことなくフェティシズムに溢れた一大叙事詩が出来上がりつつある。

「部長のビキニは白だろう」

「いや黒だ。黒光りしている」

「幸子先輩がスク水なのは激しく同意」

「小さいから描写しがいがなくないか」

「いや先輩は間接がいいぞ。知らないのか加藤」

「お前はいつも何を見ているんだ。でもわかる」

「膝小僧とかたまらん」

「酒が欲しい」

 妄想に精を出す男子たちを、いつの間にか戻ってきた幸子が汚いものを見る目で見ていた。

「課題はおわらんね」

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