嘘をつく色
執筆日:2015年12月8日
お題 :正しい軽犯罪
学校からの帰り道。南は、車に轢かれた犬を見た。
動物の轢死体は、そう珍しいものではない。広い国道へ繋がる道だから、二車線で狭いわりに交通量が多く、山にも近いから野生動物もよくつぶれている。南にとって、わりとよくある日常の一かけらである。
普段なら、「ああ、まただ」と「かわいそう」という短い感想をともなって、見て見ぬフリをして終わり。翌朝、また学校へ向かう頃にはもう死体は片付けられて、血の跡だけが事故の証として残っている。それも、数日のうちに消えてしまうけれど。
しかし南は、今回だけは、その潰れた犬がつけている首輪に目を奪われた。
「……亜季ちゃん家の……」
近所に住む、北山亜季が大事に飼っていた犬だった。
家の近くにある公園まで来ると、薄暗い夕暮れの中、ひとりでブランコに乗っている小学生の女の子を見つけた。
さっきの犬の飼い主の、亜季だった。
ブランコに座って、犬のリードを握り締めたまま動かない。時折、肩が震えているのが分かった。その様子を見て、南は、なんとなく経緯を察した。
亜季は、南には気づいていない。そのまま無視して通り過ぎるか、声をかけるか、南は迷った。
(……私が何かできるわけじゃないし……)
死んだ犬が戻るわけでもない。かける言葉は、残酷なまでに見つからなかった。
そのまま南は、公園を通り過ぎた。
「チロ、一緒じゃないの?」
問いかける声に、亜季は泣き顔を上げた。そこには、南の心配そうな顔があった。
亜季は首を横に振って、
「……お散歩してたら、リードが外れちゃったの」
ちぎれたリードを強く握って、涙声で答えた。
「チロ、どこかにいっちゃった」
「そっか」
南は何故か少しだけ、ほっとしたような顔をした。そうして、泣きじゃくる亜季の目の前にしゃがみこんで、頭の上にやさしく手を置いた。
「お姉ちゃん、さっきチロを見たよ」
「え……!」
亜季の表情は途端に明るくなった。
「どこで見たの?」
「うーん、それがね」
南はわざとらしく腕組みをして、うんうんと充分に悩んでから、
「いや、私もね、『こんなところにひとりでどうしたの。亜季ちゃん心配してるから帰りなさい』って言ったんだけど、チロったら、『パスポートの有効期限が過ぎそうだから、一旦犬の国に帰ります』……なんて言い出してさ。いきなりチロが喋ったときはびっくりしたわ。うん」
「ぱす、ぽーと?」
「そうそう。犬にもそゆのが必要なんだって。人間と暮らすためにはさ。いやーびっくりした。犬の世界も進んでるのね。それで、急に期限のことを思い出したから、お散歩中に慌てて走り出したら、リードが切れちゃったんだって。亜季ちゃんに悪いことしたな、って反省してたよ」
「チロ……チロはどこにいるの? もう、犬の国に帰っちゃったの?」
「相当あわててたからね。だから、チロの代わりに、亜季ちゃんによろしくって。しばらく帰ってこれないけど、ごめんねって」
「そう、なんだぁ……」
亜季は少しほっとして、長いため息をついた。
「チロ、あたしを嫌いになって、逃げちゃったんじゃないんだね」
「うん。いつも仲良くお散歩してたじゃない。そんなことないよ。まったく、チロはあわてんぼだね。帰ってきたら、ちょっと叱ったほうがいいかもしれない」
「そんなことしないよ。チロの好きなほねつき肉用意して、おかえりってしてあげなきゃ。あと、喋れるんなら、いっぱいお話したい」
「うん。そうだね」
南はやんわりと微笑んだ。そこにどこか悲しい色が混じっていたが、まだ幼い亜季には、それがどんな感情によって浮かんだものまでかは分からなかった。
「さて、送っていくよ。亜季ちゃんのお父さんとお母さんにも、チロのことを説明しなきゃ」
南の声は、少し震えていた。
「南おねえちゃん?」
それだけは、亜季にもわかったのだった。




