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通夜に蠢く

執筆日:2015年12月5日

お題 :宿命の伝承

 花の匂いが、やけに強く香る。曽祖父の通夜には、大勢の人たちが焼香をあげに来ていた。

 美紅には曽祖父との思い出があまりない。彼女が物心つく頃には既に痴呆が始まっていたし、会った回数も少ない。そういえば、私には曾お祖父さんがいたな――という程度の認識しかない相手だった。それでも、百歳を超えていた曽祖父は立派な大往生である。

 まだ新品の匂いがする学校の制服姿で、仕切り戸を取り払った広間に正座し、来る人来る人のおじぎに合わせて頭を下げる。あくびが出そうになるのをなんとかこらえ、正座を隠れて崩し、痺れた足をさする。

(いつまで続くんだろう……)

 坊さんの読経が眠気を誘う。退屈でしかたがない。

 曽祖父の家はたいそうなお金持ちのようで、美紅を含む親族の多いこと。今いる広間だって、まるで旅館の宴会場のように広々としている。お棺の奥にある祭壇も立派で、遺影が大きい。遺影の中の曽祖父は、笑うでもなく、悲しむでもなく、ただただ無表情で、それがどこか不気味にも見える。

(……ふつう、遺影はこういうものよね……)

 しかし、曽祖父の表情には、何か暗いものを感じずにはいられなかった。


 坊さんや焼香の弔辞客が引き払った後、親族のみの通夜になった。今夜はお棺の前にある蝋燭の火が消えないよう、親族が番をする。まだまだ若い美紅にその役目が振られることはなかったが、寝る前に母と一緒にその輪の中に入ることになり、あまり興味もない話を、聞くともなしに語られた。

「家族には苦労かけたが、ここらじゃちょっとした有名人だったっけな」

「祖父さん、戦争中はえらい活躍をしたもんだ」

「山の上の神社を建てるとき、そこに祀る神さんを連れてきたんだと」

「校長時代は子供にも親御さんにも好かれた、いい人だったんだがなぁ」

 時折でてくる突飛な話から和やかな逸話まで。曽祖父の知らなかった過去が断片的にも見えてくる。が、次第に睡魔に襲われつつあった美紅は、耳から入ってくる会話のほとんどをすぐに忘れてしまっていた。

「美紅ちゃん、そろそろ寝ようか」

 母に連れられ、美紅は広い屋敷の客間で布団にもぐりこんだ。

 普段とは違う布団の匂いや、部屋の天井。どこか落ち着かない環境に少しだけ目が冴えてしまったが、すぐにまた睡魔に絡まれて、美紅はいつの間にか寝入ってしまった。


「あの子はどうだ」

「いいんじゃないか」

 美紅が寝入った後、蝋燭の番を続ける年老いた男たちは、声をひそめて何か頷きあっていた。

「祖父さんの後には生まれなかった後釜だ。まさかあんな薄い血筋のもとに生まれるなんてなぁ」

「血の濃い薄いは関係ねぇべ」

「まあいい。これで一族も安泰だ」

「あの子でいいじゃろ、なあ」

 白髪の老人が祭壇に向かってしわがれた声をかけると、曽祖父の遺影の前で、蝋燭の火がゆらりと大蛇の影のように蠢いた。

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