第70話 取材釣行(2)
この半年間続けてきた「愛について」シリーズに終止符を打ち、本来の一話完結に戻すことにします。
このシリーズは実は、長編小説を集中して書きたかったものですから、昨年の暮れに書き溜めたものを小出しにしてきたものだったのです。ですから、幸盛にとってはどうしても「手抜き感」が否めず、その罪悪感のようなものを払拭させるために終わらせることにしました。
ところが、肝心のアイディアが浮かびません。そこで、困った時の魚釣りネタ頼み、ということで、昨年の「北斗」12月号以来ぶりに魚釣りに行くことにしました。昨年は九月のハゼ釣りだったのですが、八月中旬の日中の釣りは暑さに耐えかねますので、夜釣りに行くことにしました。
幸盛はウナギ狙いで行くことに決めた。場所は、十五年以上前にウナギをヒョイヒョイ釣り上げたことがある日光川河口の一角だ。ウナギ釣りシーズンから二、三カ月も過ぎているので期待薄だが、何が起きるか分からないのが現今の自然界だし、居着きのクロダイがいるくらいだから居着きのウナギもいるかもしれない、との、そのあわい淡い希望的観測だけで挑戦してみることにした。
家を夕方五時過ぎに出発し、エサに使うカメジャコがエサ屋にあるかどうか心配だったが、特大カメジャコはさすがに置いてなかったが、体長が五センチほどのカメジャコが十匹五百円で売られていたので二十匹を手に入れた。
ところが、昔は堤防道路に車を乗り入れることができたのに何かの工事で通行止めときた。仕方ないので車を乗り捨て、重い荷物を抱えガードレールを二度跨いで四百メートルほど歩き、懐かしいポイントに到着したのは六時過ぎだったので、三本の竿に仕掛けをセットしてもまだ充分に明るかった。
仕掛けは午前中に家で二本針を三セット自作してきた。大きめの釣り針に太めの糸を使ったので万が一大物が食いついてもタモは不用だ。かつてこの場所で座蒲団サイズのエイがかかったので道糸をハサミで切った経験があるが、この大仕掛けなら釣り上げられるかもしれない。
竿が三本で二本針なのでカメジャコは一度に六匹を使う。だから、一時間ごとに交換するとすれば、開始が六時半なので最長でも九時半までの釣りとなる。二匹残る計算になるが、途中で二度くらいはアタリがあるだろうから、その際に竿を上げて生きているカメジャコに交換することになる。
家にいたら冷房が欠かせないが、ここでは海風が心地よかった。乾電池式の蚊取り線香を用意して行ったが、風があるので蚊も寄りつかない。最初の一時間の間に竿先に取り付けた鈴が二度ほどチリッと鳴った。しかし、もしウナギや大きなセイゴならば竿先がグングン引き込まれるはずなので無視した。二本針なので、万一カメジャコがかじられていてもカメジャコはもう一匹あるからだ。
七時半にエサを取り替えるつもりでいたが、あまりにアタリがないので十五分延長して七時四十五分に三本の竿を上げてみた。が、六匹のカメジャコはカニにかじられた様子もなくそのまま針についていた。潮は大潮の翌日の中潮だから動いているので、あの鈴の音は波間に漂う浮遊物が道糸を引っぱり、それが外れた時の音だったのだろう。やっぱりダメか、と悲観的になったが幸盛はあきらめない。気を取り直して生きの良いカメジャコにすべて交換し、携帯電話のアラームを九時にセットした。エサの残りは八匹だ。
ところが、九時にアラームが鳴るまでの間に、鈴は一度としてチリッとも鳴らなかった。ウナギは時節外れで無理だとしても、セイゴならうじゃうじゃいるはずだった。その証拠にシーバス狙いのルアーマンが何人も後方を通り過ぎて行った。太めの仕掛けなので、仮に七十センチのシーバス(セイゴ)がかかっても釣り上げられるはずだ。しかし、そのシーバスも食ってこない。
結局、予定を延長してエサを新しいカメジャコに取り替えるために竿を上げたのは九時半だった。そのうち二匹のカメジャコが生きていたので、四匹だけを取り替えたので残りは四匹だ。アラームは十時半にセットする。
しかし、十時半にアラームが鳴るまでの間に、またしても鈴はチリッとも鳴らない。クソッ、ここにはクロダイもいるはずで、警戒心の強いクロダイはエサを一飲みすることはないまでも一部をくわえて走ることがあるので鈴くらいは鳴らせるはずなのだ。つまり、エサがそのままの形で残っているということは、クロダイもいないということになる。
気を取り直し、二本の竿にカメジャコの残り四匹をつけ替えてアラームを十一時半にセットした。しかし、全然アタリがないのでアラームを十一時四十五分に延長する。その時刻になった。ええい、こうなればあと十五分延長して十二時までやることにする。十二時になった。くそっ、くそっ、くそっ。ここまできたら何か魚が食ってくるまで何時間でも待ち続けてやろうかと投げやりになりかけたがさすがに自重した。日が変わり、午前中に息子夫婦が孫を連れて遊びに来ることになっていたからだ。
はたして、断腸の思いで竿を上げて懐中電灯で照らしてみると、四匹のカメジャコの姿は跡形もなく消え失せ、四本の大きな釣り針がにぶく銀色に輝いていた。