夢と希望の歌
「ハーレン・ユクユク・ハイホーロ・ヒーユ!」
国語の授業中、教室内で堂々と歌いだすケンモ。
ケンモはいつも同じ歌ばかり歌っていた。分厚い丸眼鏡の下でギョロつく目をキラキラと輝かせて、笑顔で楽しそうに歌っていた。
ケンモ曰く、部族に古くから伝わる、夢と希望の歌なのだそうだ。何度も叫ぶサビの部分は、全てを肯定的に受け取り、前を向いて、光を目指して歩いて行こうという意味の歌詞であると、ケンモは語っていた。
「ハーレン・ユクユク・ハイホーロ・ヒーユ!」
生徒達が黙々と同じ単語を延々書いている最中、ケンモだけが上機嫌に歌いながらノートに単語を書き綴っていた。
「ハーレン・ユクユク・ハイホーロ・ヒーユ! ハーレン・ユクユク・ハイホーロ・ヒーユ!」
「うっせーよ! ケンモ!」
陰鬱たる作業の中で、一人楽しそうに歌うケンモに、新参の少女が堪えきれなくなって怒鳴った。金髪ツインテールの、小柄で可愛らしい女子生徒だ。名をマリーという。
「おっと、ごめんねえ~。マリーちゃん。ボクチン、この歌で自分を勇気付けているんだよお」
にたにたと笑いながらケンモは答える。
「アッパー系のクスリでもやってんのか、テメーは……」
なおも毒づくマリー。
マリーはこの施設に来てまだ日が浅い。同じクラスで最初に仲良くなったのは、このケンモという男子生徒だったが、ケンモは奇行が多く、マリーはいつも辟易としている。
「他の奴等は、こいつのやかましい歌を何とも思わねーの?」
「無理、もう皆諦めてる」
マリーに問われてそう答えたのは、ここでは最古参最年長の生徒――フルカブだった。
「教官達も誰も注意しないんだよなー。うるさいから何とかしてくれって言ってるのに、放っておけと言われてつっぱねられる」
「ケンモだけは何やっても叱らないとかさあ、成績いいからって特別扱いとか、不公平すぎるぜ」
「ケンモはクスリで元気になってるだけだから、それで大目に見られてるんでしょ」
「あ、そういや俺、今日はまだクスリうたれてないや。教官忘れてるのかね?」
「いいなあ。俺、クスリうたれる度に、体がおしかくなってるぜ……。もうクスリ嫌だよ……」
マリーやフルカブだけでなく、他の生徒達も一斉に喋りだす。
「うるさい! 授業中だぞ! 処分されたいのか!」
黒板に向かって字を書く作業に没頭していた禿頭の中年男が、振り返って怒鳴り、生徒達は一斉に黙る。
「ハーレン・ユクユク・ハイホーロ・ヒーユ!」
しかしケンモだけは依然として歌い続けているし、禿教官も注意しようとはしないのであった。
***
「本っ当、理不尽! 一体どうなってんの? 露骨に差別してるじゃん」
給食の時間、先程の時間の禿の態度を思い出し、マリーはケンモを睨んで不満を口にする。
「ボクチンは頭いいから成績もいいし、教官達から神童って言われているほどだから、特別扱いされるのも仕方無いもんねー」
マリーに向かってケンモは得意満面に言い切ると、缶の中の流動食をすする。他の生徒達も、給食は中に流動食の入った缶を一つ与えられているだけだ。
「ケンモ、そういうこと言うと、嫌いになるよ?」
「えー? 別に人の悪口言ってるわけじゃないし、これくらい自慢させてよー」
「ここでいい成績取ったからどうなるって話だし。自慢になんの?」
マリーは大きく息を吐いた。
自分がこの施設にいるのは、望んだからではない。無理矢理連れてこられたからだ。そんな場所で無理矢理勉強させられ、いい成績を収めたからといって、一体何があるというのだろう。
ここに来て日の浅いマリーは、この全寮制の学校のような施設に関して、知らないことが多い。定期的に飲まされている薬の意味もよくわからない。
「ていうか、マリーちゃんてケンモ君にいつも突っかかってるけど、本当はケンモ君のことが好きなんじゃない?」
「だよねえ、私もそう睨んでる。案外、自分でもそれ気付いて無いとか」
教室の片隅に固まっている女子生徒達が、ケンモとマリーのやりとりを遠巻きに見ながら、ひそひそと噂する。
「マリーちゃんは『青い扉』を知らないのー?」
「立ち入り禁止区域に見える、あの派手な扉?」
ケンモの問いに、マリーが問い返す。
「マリーはまだ知らなかったのか。ある程度の成績を収めると『青い扉』を抜けて卒業して、ここを出て行くことができるって話だ」
ケンモとのマリーのやりとりに、フルカブが口を挟んできた。
施設内の生徒立ち入り禁止区域に、青い扉と呼ばれるものがある。立ち入り禁止区域の廊下の突き当たりにある大きな扉で、鮮やかなブルーで塗られているので、遠くからでも目立つ。
「教官達はそう言っている。でも青い扉を開いて、生徒が卒業している場面を誰も見たことがないってのが、妙な話だな」
意味深な表情で皮肉っぽく言うフルカブの言葉が、マリーは気になった。
「でもでもでもぉ~、実際ここを卒業している生徒は多いよぉ?」
「それはそうだがな」
ケンモの言葉を受けて、フルカブは伏し目になる。マリーは怪訝な目で、何か言いたそうな顔のフルカブを見た。
「ボクチン、早く卒業して故郷に帰って、生まれ変わったボクチンを父ちゃんと母ちゃんに見せてやるんだもんねー」
「生まれ変わったってどういうこと?」
「ボクチン、ここにきてからすごく元気になったからさー」
ここに来る前のケンモは病気か何かだったのかと、勘ぐるマリー。
「楽しみだなー。卒業するの。ボクチンがこのクラスでは一番成績いいから、次に卒業するのは絶対にボクチンだよねー」
「そっか……頑張れよ」
明るい声と顔で語るケンモに、マリーは無理して笑おうとして歪な笑みを作りながら、控えめな声で告げた。
(期待させておいて絶望へと落とす。最悪なやり方だ)
希望に輝くケンモの笑顔を見て、フルカブは声に出さずにそう呟いていた。
***
施設の寮は、部屋こそ男女別々であるが、建物は同じになっている。一つの大部屋に、十人前後が割り当てられている。トイレは部屋の外にある共用のものを使う。
ある日の夜、マリーが部屋を出てトイレへと行く途中、薄暗い廊下の先に複数の人影を見た。
(むっ、あの超猫背の後姿は、間違いなくケンモだ。それに教官が三人も……)
気になって、こっそりと四人の後を尾行するマリー。
しばらく歩くと、驚くことに四人は、立ち入り禁止区域へと入っていった。そして青い扉へと向かっていくではないか。
(嘘だろ……。まさかケンモ、卒業しちゃうの? 私に黙ってこっそりと……)
マリーの胸がズキズキと痛む。
(嫌だ……。離れ離れになるの、嫌だ。しかもお別れの言葉も交わさないで、いきなりいなくなるなんて嫌……)
堪えきれず、マリーは立ち入り禁止区域の中へと足を踏み入れ、駆け出していた。
目の前で、教官の一人が青い扉を開ける。
「待って! 行かないでケンモ!」
マリーの声に反応し、振り返るケンモと、三人の教官達。
月明かりに照らされた青い扉の中を見て、マリーは立ち止まり、そのまま硬直した。
扉の先はさほど広いスペースでもない部屋で、中には数え切れないほどの死体が床を埋め尽くしていた。すでに白骨化したものもあれば、腐敗の途中にあるものも、カラカラに乾燥しているものもある。
「へっ? これは……何?」
ケンモも扉の先を見て唖然とする。
「あーあ、見られちゃった。見なければ、まだここで楽しい学園生活が送れたのに」
教官の一人がマリーに顔を向け、にやにやと笑う。禿頭が月明かりをキラリと反射させる。
「いーけないんだー、いけないんだー。せーんせーに言ってやろー」
「先生は俺達だろー」
まだ二十代そこそこの禿頭教官がおちゃらけてみせ、中年のバーコード禿頭の教官が半笑いで突っこむ。
「ボクチン、ここを卒業して出て行けるんじゃないの? 青い扉は外に繋がってるんじゃなかったの?」
「あれ? まだわかってないの? 君、成績はいいけど馬鹿なんだな」
訝るケンモに、ムーンライト反射禿の教官が、ネチっこい口調でおかしそうに告げた。
「いくらでも大声を出してあの馬鹿な歌を歌っていいぞ。音はほぼ遮断するからね。他の生徒達がいる場所には届かないし、届いた所でここを開けることはできないがな」
「おい、さっさとぶちこんで寝ようぜ」
ニヤニヤ笑いながら、教官達はマリーとケンモの腕を掴み、そのまま引きずるようにして青い扉の中へと連れて行く。
「ちょっ……まさかっ、やめろ! 離せ!」
「はい、教育的指導~」
「ぐふっ」
自分がこれからどうなるのか――教官達が何をしてようとしているのかを悟ったマリーは、懸命に暴れて教官の手を振りほどこうとしたが、教官に腹部を思いっきり蹴られて、動きが止まる。
その間にマリーは青い扉の中へと連れ込まれた。
互いに少し距離を置いた所で、床から伸びた鎖についた足枷をはめられるマリーとケンモ。
「じゃ、達者でな」
教官が扉を閉め、部屋は完全な闇に包まれた。
死体から発せられる悪臭で、マリーは息が詰まりそうになる。
「ねえマリーちゃん、これってどーゆーことぉ?」
未だに事態を理解していないケンモに、マリーは苛立ちを覚えた。
「ようするに閉じ込められたってことよ! 卒業なんてできねーの! ここで死ぬまで放置プレイってこと!」
「うっそだ~」
「じゃあ青の扉の先にあるこの部屋と、この部屋の死体と、今の私達の境遇をどう説明するの?」
笑い飛ばそうとしたケンモであるが、マリーにそこまで説明されてようやく理解し、血の気が引いた。
***
フルカブは知っていた。青い扉の先に卒業など――施設からの解放など無いことを。
体面を維持するため全寮制の学校の振りをした、人体実験場。それがこの施設の正体だ。
国内のあちこちから、身寄りの無い子供や、あるいは親に売られた子供達が、この施設に引き取られて普通に学園生活を送る一方で、様々な薬物を試される。
フルカブが聞いた話によると、この国では今、子供の頃から脳と体を薬でコントロールして、国民全てを優秀な人材へと育成しようという計画が、秘密裏に進められているという。
子供にしか効かない薬の実験には子供が必要であるが故、消費しても構わない子供達を集めた施設が作られた。
実験の結果、死の兆候が見受けられた子供は、成績が上がったということにされる。もしくは最初から致死量の投薬がなされている子供も、成績優秀ということにされる。ケンモの場合は後者であろうとフルカブは判断している。
優秀な成績を収めたらここを卒業という餌をチラつかせて、子供達を大人しくさせて、管理している。薬には軽い暗示作用もあって、それでうまく機能している。
フルカブはそれらを全て知っていた。最古参として、何年も卒業せずここにいられるのは、老化を止める薬品の実験台にされているが故だ。実際の年齢は二十二歳になる。
二ヶ月前、この非人道的な施設の正体を公安警察が突き止めた。彼等は計画を暴露して潰すために、古参のフルカブに目をつけ、教育委員会の視察に変装して施設に入り込み、フルカブと接触した。
彼等はフルカブに可能な限り施設の内部の調査を行わせて、あらゆる情報と証拠を掴んで、さらには証人にもなってもらいたいと伝えた。
フルカブは喜んでそれを引き受け、施設を潰す計画が、外と内から秘密裏に進行していった。
***
無明の闇の中、無為な時間だけが流れていく。
「ハーレン・ユクユク・ハイホーロ・ヒーユ! ハーレン・ユクユク・ハイホーロ・ヒーユ!」
いつもうるさいと思っていたケンモの歌に、マリーの心は慰められていた。一人だったら発狂していたかもしれない。
飢えと乾きもあるが、それよりも先に孤独と闇と絶望の方が、人の心を壊す。
ケンモが歌う、夢と希望の歌。全てを肯定的に受け取り、前を向いて、光を目指して歩いて行こうという歌詞。こんな状況になってなお、それを高らかに歌えるケンモが、とても心強く感じられた。
「ケンモと一緒で良かった……」
力なく微笑みながら、マリーが言う。
「ボクチンもマリーちゃんと一緒で良かったよぉ~。一人ならきっと助けが来るまで、退屈で死んでたよっ」
いつもと変わらぬ元気のいい弾んだ声を出すケンモ。こんな状況でも元気なのは頼もしいが、助けが来るまでという台詞には、少し呆れるマリーであった。
「助けが来ると思うの?」
学校の振りをしたこの施設は、人気の無い森の中に建てられている。表向きは全寮制の学校である。そのうえ自分達がここに閉じ込められている事など、閉じ込めた者達しか知らないというのに、一体誰が助けに来るというのか。
「来るよ。ボクチンの部族の言い伝えによると、フルカブがこっそり秘密警察っぽい人とやりとりしていて、この施設の正体を世間に暴露して、この施設を潰すっていう話を聞いちゃったんだー」
「それ、部族の言い伝えとか関係無くて、ただケンモが立ち聞きしただけって話じゃねーの?」
「うんっ、そうとも言う。だからフルカブと秘密警察っぽい人が、助けにきてくれるって信じようっ」
「それ本当に本当の話? 私を落ち着かせるための作り話とかじゃね?」
「本当だってばー。ボクチンは卒業できるから関係無いと思って、誰にも言わなかったけど、卒業するって話がそもそも嘘だったとは、思わなかったよ。あははは」
「笑いごとじゃねーだろ」
そう言って溜息をつきつつも、マリーの口元にも笑みがこぼれた。完全な絶望ではない。助かる可能性はあると知って、生きる希望が沸いてきた。
***
さらに長い時間が経った。
「ん……あ……」
マリーの精神も大分参ってきたが、それ以上にケンモの様子がおかしかった。口数が少なくなり、歌うこともしない。
「ねえ、ちょっと……ケンモ、大丈夫?」
「ん……あ……」
声をかけても、大抵が変な呻き声を発するだけだ。あんなに元気だったケンモが、自分より先に参ってしまったのかと思い、マリーは恐怖した。
「歌も歌わなくなっちゃってさ……。歌ってよ。また元気に……」
「もう嫌だ……歌いたくない……」
半泣き声で言うケンモに、いよいよこれはヤバいとマリーは思った。
「なら……私が歌うよ。今度は私がケンモを元気づけてあげる。ハーレンっ・ユクユク・ハイホーロぉ・ヒーユ♪」
「やめろよ! そんなくだらない歌、歌うな!」
初めて聞くケンモの怒号に、マリーは凍りつく。
「思い出した……。ボクチンはこの歌が大っ嫌いだったんだよ……。フヒヒヒ……」
今まで一度も発したことの無い暗い声を発して不気味に笑うケンモに、マリーは心底ゾッとした。
「やめてよケンモ……一体どうしちゃったの? いつもの明るいケンモに戻ってよ」
「どうしちゃったって? こっちが……本当のボクチンだよ……。君が見ていたケンモはね、本当のボクチンじゃない」
自虐的な口調でケンモは述懐しだした。
「ボクチンは親に捨てられたんだ……。売られたんだ……。何をやっても駄目な子供だからって……。鬱病で、ヒキコモリで、出来損ない扱いされてっ、部族の恥だと罵られてっ、畜生っ、畜生っ……ううう……」
すすり泣くケンモに、マリーは何と声をかけたらいいかわからなかった。
一方で、マリーは理解した。
ケンモが投薬されていたのは、本当に強烈なアッパー系の薬で、それによって欝を抑えて、明るいケンモを維持していたのだと。そしてその薬が今、切れたのだと。
***
「この間処分した試験体のデータか」
夜――校長室にて、テカテカの脂ぎった禿頭をタオルで執拗に磨きながら、校長は担当の教官が机の上に置いた報告書に目を落とした。
「えーと試験体ナンバー774、ケンモ。重度の鬱病、統合失調症、他様々な精神疾患持ち。薬物で常に躁状態にして対処、か」
「データを見た限り、十分な成果でしょう」
担当の教官がニヤリと笑う。同時に、窓から差し込んだ月明かりが、教官の禿頭に反射して煌く。
「ふむ。つまりこの薬が出回れば、ヒキコモリの子供など、この国からは一人もいなくなるというわけだな。明るい子供だけで我が国は埋め尽くされると。結構、結構。偉大な一つの犠牲によって、この先多くの不幸が回避され、輝かしい未来が――」
校長が禿頭を一層激しくこすり、悦に浸って弁を振るっていたその時――
「大変ですっ、校長! 公安が明日、我が校に強制捜査をするという情報が入りました!」
「なんだとーっ!?」
校長室のドアが開き、血相を変えて入ってきたバーコード頭中年教官の報告を受け、校長は憤怒の形相でタコさながらに頭を真っ赤に染めて怒鳴る。ムーンライト教官はそれとは対照的に、慄然として青い顔になっている。
「粘れ! せめて二日は粘って奴等を踏み込ませるな! その間に証拠の隠滅を図る!」
頭に無数の血管を浮かび上がらせ、校長は毅然とした口調で命じた。
***
暗闇の中でただ時間だけが流れていく最中、マリーとケンモは実感していた。自分達の命が尽きかけていることを。
「爪……伸びてる。ケンモはどう?」
「ん……あ……」
マリーに声をかけられ、ケンモは自分の爪を確認する。言われた通り、こんな極限状況でも爪は伸びているのを確認し、おかしくて笑う。
「うふふふ……爪でも……食えっての?」
「違うよ。いいこと思いついたんだ。まだ動けるうちに、自分の体を爪で引っ掻いて、メッセージを残しておかない?」
「ん……どうしてそんなことを……?」
少し間を置いてから、ケンモは尋ねた。
「もしさ、助けが来て、死体が腐る前にここを開けた人が、私達の死体を見たら……って思って。どうして早く助けてくれなかったんだとか、そんな恨み言でもいからさ……。あはは……馬鹿馬鹿しいとは思うけど」
「ん……面白いよ……それ。死体に刻まれたダイイングメッセージとか、面白い。命がけの悪戯だね……。しかも二人分てのはインパクトある……。やろう」
マリーの提案に乗ったケンモは、早速爪で自分の体に文字を彫りだす。
「うまく書けるといいな……」
微笑みながら呟くと、マリーは最後の力をふりしぼり、丁寧な指使いで自分の体を傷つけていった。
***
その日、施設には大量の警察官達が入り込み、記者達が校門の前を埋め尽くした。
教官達と校長と研究者達が禿頭を並べて連行されていく様を、フルカブは校舎の窓から一瞥する。
彼等の必死の証拠隠滅作業も、実ることは無かった。すでに目ぼしい証拠は全てフルカブが揃えていたからだ。
公安の警察官が青い扉をこじ開けると、果たしてそこには、フルカブの予想通りの光景があった。
ここに連れてこられた子供達の大量の亡骸。ここを出られると欺かれ、死ぬまで閉じ込められることで口封じされた痕跡。
本当に徹底した証拠隠滅を図るなら、薬品で溶かすなり、焼却するなりすればよかったであろうが、そうせずにただ閉じ込めて死においやったのは、自分達で手を汚したくはないという、この施設の管理者達に残された微かな良心の抵抗だったのかもしれないと、フルカブは考える。
「ケンモ……。マリー……」
一番新しい二つの亡骸は、フルカブと同じクラスの生徒二人であった。まだ死んでからそう長い時間を経過していない。
仰向けになったケンモの遺体は、服の胸の部分が大きくはだけ、そこに傷で文字が書かれているのがすぐに確認できた。
『呪てヤル。何もカもうランデヤル。うマレテキたコトマちガイダタ。死ネ、しネ、しネしネしネしネ』
小さな傷で胸にびっしりと書かれていた文字を読み、フルカブは顔をしかめる。
続いてフルカブはマリーの亡骸に目を落とす。こちらも両方の太ももに、傷で文字が彫られていた。
『はーれんゆくゆくはいほーろひーゆ』
マリーの右の太ももには、ケンモがよく歌っていた、夢と希望の歌のサビの部分が書かれていた。全てを肯定し、前を向いて光に向かって歩こうという意味だと、ケンモが言っていたあれだ。
『大好きだよ、ケンモ』
左の太ももに、右よりも丁寧な文字でそう書かれていたのを見て、フルカブは思わず目頭を押さえる。
「助けられなくてごめん……。もっと早くに準備が整えば……」
消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にすると、フルカブは瞑目して両手を合わせた。