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7.睦言メールですよ

「ただいまぁ」

なんだかよくわからない会話を繰り広げているうちに、私の家に到着してしまった。途中別れることもなかった事実に、もしかしたら、もともとここまで送るつもりだった? それとも私の家を確認するつもりだった? とか考えてしまうも、おずおずとばかりに連絡先を交換してくださいと言われて、ただ単に、願い出るタイミングを計りかねていたのだろうと理解した。

 赤外線通信なんて、久方ぶりにやったものだから、手間取っているうちに携帯を取り上げられ、登録をしてくれたのはいいが、備考に『彼氏』なんて入れられてしまった。あとで『かわいい年下の男の子』とでも書き換えておこうか。いや、まったくもって意味などないけれど……。

「おかえりぃ、今日は、ポテトサラダ作るから、手伝って~」

キッチンから聞こえてくる母の声、どうやら、さっきまで玄関先でごちゃごちゃやっていたことは、聞かれていなかったらしい。もし聞こえてでもいようものなら、野次馬根性丸出しの顔で問い詰めてきたことだろう。

「は~い」

ほっとしながら、間延びした返事を向け、階段を駆け上る。自室のドアを開いて荷物を放り込むと、電気をつけて、携帯を充電スタンドに立てた。

 制服を脱ぎ散らかして、タンスから部屋着を取り出そうとしていると、携帯が「メールが来たよ」とはしゃいだ声を上げてくる。誰からだろうと覗いてみれば、つい今しがた別れたばかりの聡くんの名前が、サブウインドウに表示されている。

「なんだなんだ?」

とりあえずズボンだけ履いて、携帯を開けば、メール受信のアイコンが表示されている。

『今日はありがとうございます。うれしくて、どうにかなっちまいそうです。』

開いた途端にその言葉、思わずうわっとか声を上げ、ぱたんと携帯を閉じてしまったのはしょうがないことだろう。なんだろう、その甘ったるさというか、なんというか……気恥ずかしくてたまらない。

 閉じたままのカーテン越し、ちろっと外を覗いてみれば、自転車にまたがったままの聡くんが、携帯をじっと見つめていた。

 あ~ぁ、あれは返事待ちの姿勢かな……さすがに、自室の電気がついた状態で、そのまま放置もないだろうと、しょうがない、改めて携帯を開く。

『はしゃぐな、何かしてあげよなんっつうかわいいことは、考えてないからね。手作り弁当とかかわいい手作りマスコットとか、期待するんじゃないわよ』

とか送ってやると、すぐさま……それこそ、待ち構えていたかのように、携帯をスタンドに戻した途端に返事が返った。

『はしゃぎますよ、どれだけ待ったと思ってるんですか。変な期待は、してませんけど、別の期待はしているかも』

どんだけ素早い返事だよと、心の中で呟きながら、ついつい、『期待』の文字を指ではじく。十代の男の子が考えることなんて、わからなくもないけれど、まぁ、その期待にも応える気なんてさらさらない。無駄だよ”性”少年なんて返したいところだけれど、いくらなんでもそれは酷いかと、自粛しておくことにした。

『はいはい、私はポテトサラダつくってくるから、また明日ね』

ぶった切るつもりで返事をすると、またしてもすぐに返事が返ってきた。

『俺も食べたいです』

うちの母に言ったら、喜んで引っ張り込んでしまいそうだけれど、とりあえずその返事は無視しておくことにした。

 メールの返事もしないまま、放置で部屋の電気を消すと、階段を下りながらTシャツを着こむ。その姿を父に見られ、あきれた顔でため息をつかれてしまった。

 大丈夫、あなたの娘は一応告白されたりなんかしてるから、女として見られてるからーっと、無意味に反抗してみたいところだけれども、言うと変な方向に話が進みそうなので、ぐっと我慢しておくことにした。

 リビングに入ると、兄が床に座り込んでテレビを見ている。ソファには、父が座って新聞を広げている。キッチンでは母がパタパタと調理中で、なんだろう、なんだか、懐かしいような、涙が出てくるような、妙な幸福感に胸が熱くなる。あぁ、いつもの状況だと思いながら、かけがえのない幸せな光景にも見えて、涙がこぼれそうになってくる。

 幸せだなぁ……よかった、あったかい。

 そうでない状況、だれもいないリビングなんて、見たことがないのに、生まれてからずっと、私はこんな状況を見ていたはずなのに、思わずそんなことを考えて、あわてて頭を振り立てた。

 前世の記憶のせいだろうか、時たま、妙な混乱というか、妙な感覚を覚えてしまう。怖いような、さびしいような、そんな気持ちがにじんでしまうのは、なんでだろうか。でも、それを追及してはいけないような気がして、ぐっと飲み込み勤めて笑顔をその顔に浮かべた。

「なんだよ、綾香、変な顔して」

兄がそんな声をかけながら、マンガ本を放ってくる。どうやら、本日発売のものを、早々に買って早々に読み終えたところらしい。いつものことながら、自分が買わずに済んでラッキーなんて、マンガをぱらぱら開いて眺め、ひとまず棚に放置した。

「サンキュ……だけど、変な顔はうっさいよ」

その背中を軽く蹴飛ばし、なんだよなんて言葉に舌を出して見せるのもいつものこと。

 あきれ顔の父を尻目にキッチンに入れば、母がさっそくと輪切りにしたキュウリを差し出してくる。いつものことながら、料理が下手ではないのに手際がよくない母は、既にじゃがいもといちょう切りにした人参と、マヨネーズをあえた後になってキュウリの輪切りの用意を始めたらしい。コンロには、なぜだか味噌だけ溶かした鍋が、豆腐やネギを待っている。炊飯器のスイッチは入っているし、鮭が焼きあがっているのはいいが、なんだか手順がひっちゃかめっちゃかだ。

 そんな母に習った私も、きっと、自分でやるときには同じようにひっちゃかめっちゃかになるんだろうなぁなんて、思わず苦笑を浮かべながら、キュウリを塩もみした。

 あぁ、なんて幸せなんだろう、あぁ、なんて……なんて……頭の奥で、妙な考えが繰り返し繰り返し囁いてくる。鼻の奥がつんっとなってきたような気がして、必死にその考えを振り払った。

「どうしたの?」

私の様子がおかしいと感じたか、母が小首を傾げて問いかけてくる。そりゃそうだ、キュウリをもみながら、何の感傷に浸っているんだか……。

「……ん……いやぁ、友人が変なメールよこしてきてさぁ……」

「どんな?」

「私のポテトサラダ食べたいって」

「持っていけばいいじゃない、明日のお弁当に入れる?」

「ヤダ、持ってったら、分けてあげなきゃダメじゃない」

「それぐらいあげなさいよ、なんだったら、おっきいタッパーにたっぷりもってく?」

「それこそ嫌だ!」

「そんなことしたら、イモねーちゃんって言われるぜ」

リビングから、兄がちゃちゃを入れてきて、母がポテトの栄養がどうの、サラダは女の子のパートナーだのとかのたまっていた。

 あぁ、本当に、なんて幸せなんだろう……。


 夕食とお風呂を終えて部屋に戻ると、携帯に新たなメールが送られてきているようだった。

 部屋の明かりもつけずに携帯を開くと、まぶしい光が目を射抜く。思わず目を閉じて、瞬き何度か繰り返してそれに馴らせば、来たばかりのメールを開く。

『ダメですか? 本当に、食べたいです。別に、ポテトサラダじゃなくても……って言ったら、さっきお弁当期待すんなって言っただろうって、言われちゃいますかね。まぁ、期待なんてしませんよ、側に行けるだけで十分ですから。』

暗闇の中、まだしつこくポテトサラダを欲しがる彼のメールを見て、思わず笑ってしまった。

 本当に、側にいられるだけで十分だ。何を期待しているのか、何を不安がってしまうのか、自分で自分がわからない。でもその感情を掘り下げてしまうのはもっと怖くて、その気持ちを無視して、彼への返事を打ち込んだ。

『そんなに欲しいなら、今日の残りを、全部タッパーに詰めてってあげるわよ、ただし、残したら許さないわよ、絶対途中で飽きるから』

これは期待に応えることになるのだろうか、それともイジメになるのだろうか、ともかく、明日、忘れずに持って行かなきゃと携帯にメモしておいて、さっさとベッドの中にもぐりこんだ。

姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:未遭遇 ・ 清水慶介:生徒会長:未遭遇

大野聡:ちょいワル:好感度MAX ・ 谷津タケル:後輩:未遭遇 ・ 我妻圭吾:英語教師:???

高木遥:先輩:興味? ・ ???:???:未遭遇

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