38.口説かないで下さいよ
先生とのデートを大野君に見られた。やっぱりねという気持ちと、意外だという相反する気持ち、ない交ぜになってぐちゃぐちゃだ。
現段階で、我妻さんを除いてイベントが一番進んでいるのは、当然ながら大野君なのだろうし、好感度も一番高いのだろう。最近、実験で羽鳥君の好感度をMAXまで上げてみたりしたし、先生攻略過程の報告で連絡を取り合う仲だから、それもありかと思っていたけれど……彼を攻略したことにはならないらしい。もちろん、羽鳥君あたりから連絡を受けて、自発的に来た可能性というのもありえなくはない。でも、おそらくこれが、このイベントの結果なのだろう。
これで、大野君は攻略不可……いや、そもそも、これで噂が広まって、私は退学バッドエンドの予定なんだ。
これで、大野君は私を好きという呪縛から開放される。
なぜなら、大野君が私を好きという気持ちは、作られたものだから……。ふわつく気持ちを記憶に織り込まれ、嘘の記憶にねじ込まれて作られたその気持ちは、このイベントで霧散する。攻略不可になるということは、気持ちが私に傾く可能性なんて、もう欠片もなくなるってことだ。
エンディングを前に、この世界から開放されるその瞬間に、そんな個人的なことを惜しいと考える自分の浅ましさ。これだから、作られた思いといのは最低なんだなと、今更ながらの嫌な気持ちに負けそうになる。
「返事は?」
不意に、見られた事で妙なムードも中断されたと思いきや、現在進行形で私の手を握っていた我妻さんが、そんなことを聞いてきた。
えぇっと、何の話をしていたっけ……思わずエロゲが人類の進化を促進するって話を思い出すのは、なにもあえて鈍いフリしてカマトトぶりっ子したかったわけではない。ただ、それだけインパクトが強かったというだけの話だ。そうだ、このオヤジ……じゃなかった、先生は、さっき結婚がどうのと……。
「いっいやいやいや、なんですか、それ……返事はって……けっ『結婚するか?』ってのですか? 本気なんですか?」
思わずどもってしまいつつに首を振って見せるが、我妻さんはそれを拒否ととるどころか、ずずいっと身を乗り出してくる。
「本気も本気、大真面目だ、なんなら、今すぐ婚姻届を書いてもいいぞ」
真剣な眼差しは、むしろ、イベント中よりも魅力的でドキリとさせる。だけども、もうイベントは終わって、あとはエンディングを待つばかりというところなのだから、そそくさ退散させて欲しいところだ。エンディングその後に、現実に帰れるかもしれない瀬戸際というところで、いったいなにを考えているのか。
大真面目? そんなプロポーズを、こんなほいほいするものか、ってか、なんで今、なんでこのタイミング、なんで……なんでそんな真剣な顔してロポーズの返事待ち姿勢になっているんだ!
外野であるはずの大野君は、いまだそこにいるわけだし、思わず助けを求めようかと顔を向ければ、ギロリこちらを睨みつける視線に、思わず目を逸らしてしまった。
もう、何がなんだかわかりません、ゲームの中に閉じ込められているという事態もわからないというのに、なんでこんなことになっているのか……誰か、助けて下さい。
「あれか? 某雑誌付録の、ピンクのってやつがいいか? 複製なら任せろ」
「あ、いや、そのっ……なんか、複製とか不穏な言葉は突っ込んだほうがいいですか?」
「大丈夫、A3サイズで名前や住所なんかの必要事項がちゃんとあれば、デザインや色は好きなもので提出できる、受理される。結構、婚姻届の書式は自由度が高いんだ。記念にもなるし、複製を取っておいて家に飾るか? 結婚証明書もつけとくか?」
そうなんだ、知らなかった……なんて、思わず彼の口車……なのか? その言葉に聞き入っている場合ではない。こ、断らなきゃ、なんだか結婚が確定してしまう勢いだ。
なんだか、一瞬、ウエディングフォトと一緒に婚姻届や証明書を額縁に入れて、うきうき飾りつけする我妻さんの幻影すら見えた気がする。
「いやいやいや、マジだとは思わなくって……ちょっと、えっと、待って下さい……」
「女はいつもソレだな」
とりあえず我妻さんの手を振り払い、冷静に返答を向けようとするも、そのどちらも中途半端で阻まれてしまう。呆れたようなため息をつきつつも、私の手を離してくれようとしないのは、いったいなんなんだろうか。
「待って下さいの後は、冷静になってって言い出して、あれやこれや言い訳の上、最終的には他にいい人がいるでしょうだ……カッコイイだの素敵だのと人をいい気にさせておいて、結局ソレかよって感じだ」
「そりゃ、突飛すぎますもの」
「時間がないんだよ、俺には。会ってみて、コレいいやと思えば即決してあたりまえだろう」
結婚という一生問題に即決してはいけないと思うのだけれども、確かに結婚はタイミングとも言う、こういうタイミングに乗れないからいき遅れているのだと言われたら何も言い出せない。いや、言われたわけじゃないけれど……。
でも、我妻さんの言葉は、今の状況に対する愚痴ではなく、誰か前歴があるのだろう。確かにカッコイイだの素敵だのと心の中では思っていたものの、本人に言ったことなかったのだから絶対だ。そもそも、まだ「冷静になって」もあれやこれやの言い訳も、言わせて貰っていない。ってか、言ったところで丸め込まれそうな勢いですよ。
「さっ参考程度に……今まで、何人にいきなり結婚持ち出したんですか?」
「ん? お前を入れて3人か」
「……へ、へぇ」
いつもなんていう言葉に、二桁三桁行くかとおもいきや、思いのほか少ない人数。結婚話を本気にしたわけでもないのに、思わず気持ちが浮ついた。それなりに、選んでくれたのかな、なにか、私のなにかを見て、いいなと思ってくれたのかなぁと、ふわふわとした気持ちが浮き立ってしまう。
まったくもって現金な話だが、ちょっとでも本当にその気があって口説いてくれたというなら、嬉しく思ってしまうのは女としてしょうがないことだろう。
「それなりに稼いでいるし、使う時間もねぇから蓄えもそれなりだ。結婚したら、お前を目当てに家に帰る時間も増やす。大型ゲームのクランクアップ後なら、1か月ぐらい休んで旅行だって行けるぞ。どうだ?」
いや、そっちの話も現金なものだが、たしかにこれほどの有料物件もあるまい。年齢的にも稼ぎ的にも悪くなく、なにより顔はもろ好みで、更には情熱的に口説いてくれる。これほどの有料物件を逃すのは、確かに惜しいところだけども……。
「いや、マジに口説きはじめないで下さい」
「食うに困らず、亭主元気で留守がちで、さらには時たま大型旅行だ、これほどいい物件もあるまい」
「自分でそんなん即物な言い方しちゃダメでしょ」
そんな場面じゃないというのに、顔が真っ赤に染まっていくのを自覚しながら、とりあえずなんとか我妻さんの手をはがそうとするも、更にと我妻さんは畳み掛けてくる勢い。
「あっ!」
大野君が思い切り近くで睨みまくっているにも関わらず、無視しまくって口説く我妻さんに、大野くんはさっきより大きな声をあげて、自分の存在をアピールしてくる。それでも、我妻さんはちらりと見てやりもしないのは、いっそ哀れな話だ。
「どうだ? 即決しないか?」
「い、いや……あのっ……だから……」
「俺と、結婚し……」
「あっ! つってんだろうがっ!」
もう我慢できぬとばかりに、大野君は私と我妻さんの間に割り込み、我妻さんを睨みつけた。私の手を握りこむ我妻さんの手の上から、更にがっしと握りこむ大野君の手。さすがにその上で握ったままでいるのは嫌だったのか、どうあがいても引き剥がせなかった我妻さんの手が、やっとはがれた。
思わずその手を引っ込めて、自分の手の中に握りこんでしまうのは、代わりにとばかり大野君の手が触れたせいでもあり、我妻さんの手の強さというか熱というか、そいうものにあてられたせいでもあり……。本音は、その全てから逃げたかった気持ちが一番なのかもしれない。
これが、『私のために争わないで』って事態か? 贅沢もの発言かもしれないが、なんかよくわからんけど、嬉しいとかより前に逃げたいぞ、いたたまれないぞ!
「見てるってのに、なんで、むしろマジになって口説きはじめてるんですか」
「……いや、今しかチャンスがないと思ったら、つい、な」
姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:お助けマン ・ 清水慶介:羽鳥啓太:魔法使い
大野聡:小野竜也:ニセ恋人 ・ 谷津タケル:武田くん:意地悪 ・ 我妻圭吾:我妻圭吾:プロポーズ中?
高木遥:先輩:疑惑 ・ 小野ナツ:小林奈津子:嫌悪




