36.死ぬ気なんてありませんよ
いったい何を目にしたのだろうか? 不自然に途切れた彼の言葉、そしてぴたっと一点を注目して止まっていることに気がついて、思わずその視線の先を探る。
白い壁に何台ものエレベーターが並ぶその向こう、おそらく地下駐車場から上がってきたところなのだろう、我妻さんの姿。気負いのないグレーのスーツ姿で袖口を気にしつつ歩く様は、モデルさんかなにかですかーってなぐらいこの場の雰囲気に嵌っているはいるものの……なんだろう、女子高生を待たせるオヤジと思うとサイテーな感じだ。
そんなバカなことを考えつつに振り返ると、もう、そこにヤツはいなかった。
「逃げたか」
思わず小さく呟いて、ヤツと我妻さんとの力関係を考えてみた。小野くんも羽鳥くんも、はっきり言って我妻さんとは関わりたがらない。プログラマーの主任であり、羽鳥くんが逆らえないのは当然のこと。小野くんは羽鳥くんにもやり込められているレベルだから、当然かな立場は弱々なのだろう。ヤツは、今までちょっかいかけてこなかったことから考えて、更に弱い立場にいるか、もしくは悪巧みでも考えているんじゃないかなぁなんて思えてしまう。
新人プログラマーか、新人営業……ってか、ゲーム業界に詳しくない私には、絵を描く人とシナリオを書く人と、プログラム組む人と……あとは営業以外、どんな人がかかわっているかも分かっていないので、それぐらいしか想像つかない。あれ? 音楽や声優もいるか……あ、その前に、企画というかディレクター? プロデューサー? うーん、まぁ、取り合えず、ヤツが絶対そうでないことだけは確かだろう。
ここにいるのだろうスタッフの中で……というか、私が関わることの出来た人の中で考えるのなら、やはり、我妻さんがトップというところなのだろう。この人をつかむのが一番手っ取り早いのだろうとは思うものの……。
「待たせた」
そう言って私の前に立つ彼を、私にどうこうできるわけなどないと、あっさり諦めてしまいそうになる。
女子高生と先生、そんな立場ではなくとも……アラフォーOLとオヤジプログラマーという、はっきり言って関わりあいになるどころか、すれ違いすらしなさそう……そんな現実の立場に立ち戻ったところで、やっぱり、絶対適わないだろうと感じてしまう。
差し出された手、それにすがるより他ない情けない状況は、もしかしたら、ありえないほどの幸運なのかもしれない。
「先生、ねぇ、先生は、死のうとか考えないんですか?」
美しい夕陽の沈む様が臨めるホテル内のレストラン、ガラス張りの外の景色は本当に美しくて……あぁ、そういえば、何時間夕方なんだろうなんていう、うっかり変な方向に思考が向ってしまう。
まだ、放課後デートの扱いなので、外の景色は夕暮れだけども、先生とキスイベントを発動させようとがんばったあたりから、ずっと、夕陽が沈むのを眺めているような気がする。イベント発動させてから、先生にせまられて、強制的にいくつものイベントクリアさせてって、キスしてのデート中……ずっと、ゆっくりゆっくり沈んでいるはずの夕陽が沈まないのはなんでなんだろう。放課後デートの扱いだからというのはわかるけれど、中々に違和感のある状態だ。
そういえば、そんなことはままあった。お昼の時間が、あれ? こんなに長かったっけ? って思ったり、授業時間がやけに短く感じたり……どうしてこれまでそのことに違和感を感じなかったのか、むしろ不思議に思うぐらいだ。いやな時間が長く感じるならともかくとして、むしろ、この世界では逆、授業や面倒な時間はやけに短く感じられ、友達と話したり遊ぶ時間が長くなる。個人の体感でそうなのだから、実際にはもっとおかしなことになっていたのだろう。
私が現実だからこその面倒さと感じていたのは、他人が共有するからこその面倒さだったのだと今更気づく。つまりは、みんなが一様に短くていい時間帯は短くなる。授業や睡眠時間がその一端だったのだろう。時計は整合性を持って動いており、同じ一時間が伸び縮みしていたから、それに気づいていなかっただけだ。
そして、今、時間の経過がないのは、ここに魔法使いのお師匠様レベルのスペシャリストさんがいるからだ。でも、時間は時間として機能していないのなら、ゲーム中の数ヶ月は、いったいどれぐらいの時間なのだろうか?
シミュレーションゲームで、1日が実時間の1時間で経過する生活体験ゲームがあったが、もしかしたらそれに近いレベルで時間が進んでいたのに、気づいていなかった可能性もある。
今の実時間……聞きたい気持ちもありながら、おそらく目の前の魔法使いさんはすぐに検索してくれるだろうに、知るのが怖かったりもする。それは、夏休みの終わりを目前に、宿題の山を見ないようにしているのと似た、浅はかな思いなのかもしれない。
「まだやりたいことは山ほどあるからな」
不意に、随分と時間差で向けられた答えに、ついと外を向いていた視線を先生へと戻した。時間差があったのは、考え込んでいたわけでも意地悪でもなく、目の前に並べられたご飯のせいらしい。いい匂いが食欲をそそるものの、これもゲームのデータでしかないと思うと残念な感じだ。
フランス料理な感じなのに、オードブルとスープと……と順番に出てくるわけではなく、もう、目の前にはワインと鮭のマリネとコンソメスープとパン、そしてスライスされてソースのかかった鴨肉が並べられている。グラフィックデザイナーが、雑誌か何かを見て丸写ししたような感じがするのは気のせいだろうか。
「なにより、今、俺が死んだら、次回作のプログラムは誰が組むんだ? 俺以外に、こんなどでかいシステムを、二日で仮組みしろなんつぅ仕事がこなせるヤツはいないぞ。誰が『こんな感じでヨロシク』なんつぅ適当な言葉で、ちゃんと商業に叶う代物に仕上げてると思ってんだ」
「こんな状況でも、仕事の心配ですか……って、そうじゃなく、この状況から脱して仕事に戻るため、死ぬという手段をとることは……しなかったんですか?」
なんだこの仕事中毒というか、仕事しかないと言うか……いや、進路指導室での一件を考えると、それだけというわけではないのだろうが……。
思わず押し倒された時のドキドキを思い出してしまいつつ、部屋を借りて朝までいましょうかとか言ったらつれるのか……なんて馬鹿なことが頭の端を掠めた。
そんなこちらの気持ちなど気づきもせず、我妻さんは物騒な問いかけにこちらを見て、真剣な顔で首を振った。
「無理だったな」
そうか、死ぬというのは、さすがにこの人でも無理なのか。
なんだか何でもできてしまいそう……というと言い過ぎかもしれないが、この人ならチャレンジしそうだとか思っていたか、人らしい様子に少しホッとしてしまった。
「……包丁はアラーム音で気が狂いそうになるくせ、擦り傷レベルしか切れない。首吊りはロープがするっと解けるし、屋上からの飛び降りは……精神的にクルから一番オススメしないが、次の瞬間もとの場所に戻ってるぞ。出来ない仕様にはなっている。ってか、できない仕様にしたのは俺だ、でも、わかっていても、チャレンジはした」
「……」
「お前が同じことをして、同じ結果になるかどうかは知らんがな」
そう言いながら、ソースのついたナイフをつっとこちらに向けるのは、それで首をかっきって見せろというつもりなのか……もちろん、それを投げつけてきたりはすることはさすがにない。
「……汚いですよ」
一応、ずれているとは思いつつも注意をすると、ふっとその表情が緩んだ。
「いいじゃないか、とりあえず出口へ向おうとしているんだ、今は、そんな面倒なことしなくとも、まずはこのまま突き進んでいくべきじゃないか?」
「そうですね」
「ってか、今は食事とこのムードに酔おう」
この世界は、歪なネバーランドだったんだろう。夢は夢、もう、目覚めなくてはならないのに、出口を目の前にして、なんだろう、ざわざわとした不安がこみ上げてくる。
姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:お助けマン ・ 清水慶介:羽鳥啓太:魔法使い
大野聡:小野竜也:ニセ恋人 ・ 谷津タケル:武田くん:意地悪 ・ 我妻圭吾:我妻圭吾:デート中
高木遥:先輩:疑惑 ・ 小野ナツ:小林奈津子:嫌悪




