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30.現実とゲームの狭間

20150520 誤字修正


 人の膝の上で口説かれているその真っ最中、なんとも恐ろしい眼差しを向けてくる聡くん。すわ、修羅場……とか思いつつ、頭の端ではついつい、これこそ清水慶介のイベントだよなぁなんて思いも沸いていたりする。

 まぁ、もちろん、実際にはイベントが起きている風ではないし、これで二人とも攻略不可状態になっているわけじゃないだろうし、好感度ゼロで今後の接触が断たれるなんていう、単純な話にはならないだろう。いやまぁ、それを望んでいるわけではないので、いいのだけれど……。

「……何、やってんですか」

あまりにびっくりしていたこともあり、近づいてくるのをぼうっと待っていると、聡くんは、私の腕を引き、清水慶介の膝の上から引きずり下ろした。思わずたたらを踏んだ私の体を受け止めて、痛いほど強く抱きしめる。その力強さと温もりとに、思わずホッとしてしまうというのは間抜けだろうか。

 取り上げられた清水慶介はといえば、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ているだけで、修羅場らしい修羅場にはなりはしない。

「えぇっと……浮気?」

気が抜けたせいもあるのだけれど、思わず一番客観的にわかりやすい言葉かと言ってみると、聡くんも清水慶介も、一瞬その表情を凍りつかせ、次の瞬間、一緒になって噴き出した。

「ぶっ、言います? 普通」

「綾香さん……全く……」

二人にあきれ顔を向けられるけれど、罪悪感も手伝って、それが一番らしい答えだと思ったのだからしょうがない。

 お膝抱っこされていて、何でもないなんていうのはあり得ないし、彼に無理やりやらされたというには、自由にさせ過ぎていたというか……。本当は、途中で気づいていた、彼は、やっぱり清水慶介なのだと。口説きながら、好意らしきものを向けながら、彼はそんな単純な男ではなくって、こちらの反応を見ていただけ……私が聡くんにふさわしいのかどうかをチェックしていたに過ぎない。

 私がドキドキしてしまったのは事実だし、彼もまた本気なら、傾きかねない気持ちではあったけれど……でも、気づいてしまったのだからしょうがない。

 女の勘と言ってしまえればかっこいいのだけれど、彼の眼差しが恋する男のそれに見えなかったなんていうあやふやなものでもなんでもなく……もっともっと単純なこと。あれだけ接近しておきながら、反応していなかったからだ。何が、なんていうのは言えない、アレですよアレ。そんな身も蓋もないこと言うのもなんだけど、惚れた女性を膝の上に抱き込んで、口説きながらにそれは普通ないだろう。あれっと思って、そうだ、こいつは清水慶介だという結論に至るあたり……なんとうか……しょうがないでしょ。

 まぁ、ひとしきり笑ったらしき二人の表情が、先ほどの修羅場とは程遠くなっているあたり、これでよかったと言えようか。

 でも、私も、これで終わらせようなんて思って意はいない。

「ねぇ、正直なところ、聡くんはどこまでわかっているの?」

問いかけながら、気持ちと一緒に腕の力も抜けきった聡くんの腕から抜け出し、とりあえず、清水慶介の正面の椅子を引き、そこに座った。逃げる私の方へ、一瞬腕をはせた聡くんだったけど、とりあえず、捕まえることはせず、清水慶介の前に立ったまま、私の方へと顔を向けた。

「こいつ、営業ですよ、無理無理」

清水慶介は、ニヤニヤ笑いを収めもせぬまま、茶化すように手を振り否定を向けてくる。

「営業でも何でも、プログラマーでも、同じ会社なんだし……事前説明とかもあったでしょう? ってか、記憶障害しちゃってても、わかることが……イベント時の違和感とか、行動制限とか、攻略対象者側にはいろいろあるんじゃないの?」

「……そっすねぇ」

「わかってないですって、こいつ、単細胞だし」

「単細胞だからこそ、あれ? って思うんじゃないの?」

「単細胞は否定してくれ」

いちいちいちいち茶々入れてくるのがうるさいなぁなんて思いつつ、ここで話し始めた私が悪いのだからしょうがない。というか、聡くんと2人きりになってからでもよかったっちゃぁよかったんだけど、絶対、私のつっこみ不足が出てくるだろうし、清水慶介の知識を借りたいところもあるだろうからと、この場で追及することにした。

 というか……2人っきりの場で追及したところで、雰囲気に流されちゃいそうな自分の弱さが、本当は一番怖い。少なくとも、人目がある状態で、ほいほい流されることもなかろうかという、自分への予防線に他ならない。

「本当に、違和感を感じなかった? 例えば、初めての出会い……あの日以前、本当に私を追いかけていた? 本当に私のことを知っていた?」

「何のことっすか?」

「……聡くん、わかっていて言ってない?」

「わかんねぇです……わっわかりません。何を言わせたいのかわかりませんが、俺、本当に、綾香さんのこと……」

すっとぼけている風でもなく、真摯に向けてくる感情。でも、さすがにすぐ側にギャラリーがいる状態で、好きだのなんだのと言うことはできなかったか、なんか中途半端に言葉を止めて、忌々しげに清水慶介を睨みつける。

 思わずホッとしつつ、ちょっとだけ、言われなかったセリフのことを残念にも思ってしまうのは、本当に身勝手なことだ。

「違和感は、いろいろありありなのよ。どうしてあんなにタイミングよく、体育倉庫にいたのか……ってか、部活中にあそこ必要ないでしょ? バスケ部員なんだから。部活に使うものは、体育館の中の倉庫にあるでしょう? 外の倉庫は、それこそ杏奈みたく、陸上部とかそういうののための場所で……」

「まぁ、僕と同じ待ち伏せ式のイベントでしょうね。聡、体育倉庫に何か取りに行かなきゃって思って、体育倉庫についたところで、何探しに来たかわかんなかったんじゃねぇの? たぶん、綾香さんが来なかったら、お前、その次の日も、同じぐらいの時間に行ってたんだろうよ、ばったり誰かに会うまでな……」

「……体育倉庫か……」

どうしてだろうか……私の指摘に、だけど聡くんは、どこかホッとしたような顔。どうやら、私が指摘する内容は、別のことと怯えていたよう。というか、何を指摘されたくなかったのか、何を言われると思っていたのか……。

 気にはなるけれど、わけのわからないところを、今追及しているあたりをほったらかして追及するわけにはいかなくて、とりあえず、話を続けることにした。

「あまりにタイミングよかったから、あなたが私の居場所を探っていたかとか思ったんだけど……違うわね。大体、私、玄関まで一度靴を取りに戻ったりして、まっすぐあそこへ行ったんじゃないし、現在地が分かっても、私がどこをどう歩いてどう移動していくかまでは、わからないでしょう?」

「わかりませんねぇ、僕でも、思考の先、行く先までは検索できません」

「あなたは、イベントのためにそこにいて、イベントを発動させる人を待ってた……違う?」

聡くんが口ごもる代わりに、清水慶介の方が饒舌に解説してくれる。聡くんはといえば、なにやら考え込むように額を押さえたまま、うなっているばかり。むしろ、清水慶介より、何も知らないでいた聡くんのほうが、違和感を感じそうなものなのに、今まで親のこと以外では感じなかったのだろうか?

「ってか、老人ホームも……私、多分、行ってない……あれは……だって、一年前なんてないんだから……なのに、話している最中、いきなり『そうだ、行ったな』って思ったあれは……イベント補正なのね?」

「なるほど、シナリオを実行のための過去設定のインプットですか」

「気持ちや思考は変えられない。だけど、記憶は塗り替えられる……だって、私は、佐藤綾香だって思い込んでたもの。そういう記憶があるから……インプットされていたからだわ。つまりは、あなたが私を好きなのだって、インプットされたデータがあったから。あなたは、私じゃなくってもよかったのでしょう?」

「なんか、酷いっすね」

イベントが始まるまで、私のことなんて、本当は眼中になかったんだろう。イベントが起きて、私が好きだっていう記憶を押し付けられた。

 あなたは、私を好きなんかじゃない。

 そう、私に一目惚れでもして、おじいちゃんの話を聞いたり追い回したりしてみたけど、会えなかった、だから恋心が募っていた……なんていう記憶を、イベント発生時にインプットさせられただけ。もしも通りかかったのが私ではなかったら、きっと、その子を好きになっていたんだろう。

 そこに、本当の感情なんてものは付随していない。ただの思い込みで、誤解で……ただの偽物でしかない。

 そして、相手は誰でもよかった。私じゃなくってよかった、むしろ私じゃないほうがよかった。そうしたら、もっとすんなり恋人二なって、ラブラブして、そのうえでこっぴどく振られて……。

「でも事実だわ、私じゃなけりゃ……もっときっと……普通だったのよ」

姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:お助けマン ・ 清水慶介:生徒会長:魔法使い

大野聡:ちょいワル:ニセ恋人 ・ 谷津タケル:後輩:未遭遇 ・ 我妻圭吾:英語教師:監視中?

高木遥:先輩:疑惑 ・ ???:監視者:嫌悪

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