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29.イベント情報

20150520 誤字修正

 イベントは、まだ発生していない。でも、膝の上に横座りして、しっかりと彼の両手で抱きしめられ、間近でじっと見つめられているこの状況。イベントどころか何もかもすっ飛ばして、エンディングでもこなしている気分だ。

 この、胸の高鳴りは何なのだろうか、いけないとわかっているのに、ふわふわと気持が浮つくのを止められない。

「聡くんのだから、口説かないんじゃなかったの?」

悪あがきにもならないけれど、少しでも距離を開けようと、彼の胸に手をやって突っ張る。少し体を引き離すことには成功しても、抱きしめる手を引き剥がすことも、その膝の上から降りることも叶わない。

 いや、もちろん、本気で抵抗すれば逃げられるのだろう。もう、位置情報の固定は行われていないだろうから、下りれるのだろうけど……そこまでしないのは、私の甘さだろうか、それとも狡さだろうか。

「イベントリスト見たら、最終的に振るコースじゃないですか……なら、僕にもチャンスがあるでしょう? それまで待ちますから……事が終わったら、僕のこと思い出してください」

「そんなこと、終わった後に言いなさいよ」

イベントリストまで見れるのなら、今後どんなイベントがあるというのか、詳しく聞いてみたい気がした……けれど、それを追及するよりも、つい、唇突き出して文句を告げてしまう。まるっきり、それでは口説いてくれと言っているようなものではないか……とか思ってしまうが、拗ねたようなその態度を改めるより、俯いて唇噛んだ。

「嫌ではないのでしょう?」

「わかるなら、どうして聞いてくるのよ」

どうせ、好感度が上がっている状況が見えてたり、私の顔がまっかっかになっていたりしているのだろう。

 わかりきったことをそうして問いかけてくる意地悪さ。いっそのこと、黙ってくれていればいいのに、黙って……いや、何を期待しているのか、首を振って気持を振り払った。

「図書館で僕のイベントが見れますよ、いっそ、起こしてみませんか?」

「図書館なんて行かないわ」

「俺も、行きたくなんかないんですけどね……」

「なら……え? ……それは、イベントの強制力?」

自嘲的に笑って言う彼の言葉に、攻略対象者となった彼の苦悩がちらりと覗いた。そうだ、考えてみれば、むしろ彼には選択権がない。勝手に追いかけられて、イベントによって口説いたりひっついたり……むしろ自分の気持ちを無視されまくっているのではないだろうか。

「強制力……そうですね、普通のイベントは、条件さえ合えば誰にでも起こせます。ちなみに、裕司なんて何人の女性と廊下でぶつかっているか、数えましょうか? どこのドジッ子ですかって感じですよ」

「……アドレスも?」

頷いてみせる彼に、あれもイベントだったのかと、いまさらながらに理解した。ぶつかって、大丈夫かと心配されて、名前を名乗って、何かあったらとアドレス渡される……までが、きっと出会いイベントだ。

 つまるところ、彼は廊下でぶつかった子すべてにアドレスを教えるなんていう、ナンパ紛いのことをしているけれど……そこにはなんら彼の意図も好意もないということになる。

「ああいうのだと、まだ楽なんですけどね……僕のみたいに場所固定だと、半ば強制的に行かされますよ。僕が図書館に行かなければ、図書館でのイベントが起きないですから」

「強制的って、どう強要されるの?」

「図書館に行く予定が頭の中に何度も頭に思い浮かんでくる。返さなきゃいけない本だとか、読みたかった本が入荷したかどうかとか……それこそ数分おきに浮かんでくる。現場にたどり着かないかぎり、ずっと、ずっと……発狂しそうになりますよ」

たしかに、イベントは彼がいないと成立しない。だから、システム的には強引に彼を図書館に連れて行きたいのだろう。でも、さっき私が体験したみたいな強制位置移動はあまりにも不自然になる。だからだろう、記憶でつついてイベント現場に行かせようとするのだろう。

「っていうか、今、イレギュラーすぎてこうして出会っている状況なのに、この後改めて出会うなんて、妙な話ですけどね」

「それが条件違反で出会いイベントが起きないとかないの?」

「それが原因になるなら、記憶が上書きされるだけではないですかねぇ」

「記憶……そうか、記憶! 記憶は、書き換えられる。好感度は意味がないし、好意も思考も操れないけれど……」

好きだったんだっていう記憶を植え付けられたら、それはある意味好意を操っていることにはならないのだろうか? もちろん、直接会って、なんか違うなぁなんていう気持ちが湧いてしまったりはあるだろうけど、好きなんだって思い込むことで、そうなる可能性っていうものもあるんじゃないだろうか。

 好きも……操作されてしまう? 記憶の好きに左右されて、気持ちも操作されてしまうんじゃないだろうか。

「僕になびいちゃえば楽ですよ、今すぐ聡との破局イベントのフラグ立ててあげますから。さっさとこっぴどく振っちゃって、僕のものになってください。僕のイベントは、優しいものばかりですよ、聡みたく特殊なもんじゃない……」

「聡くんのイベントは、特別なの?」

「考えてもみてください、あれでは、特定の子に限定されてしまう……まぁ、そもそも、勇者とか冒険者ならともかく、恋愛ゲームは、複数人数でやるものでも、取り合うものでもないでしょう。目の前で他人の恋愛傍観するなんて……これほどつまらないものはないと思いますよ。つまり、恋愛シミュレーションほどMMOに向かないゲームはないんですよ。みんな、自分一人が特別になりたいのに、むしろハーレムなんてものを作りたいぐらいなのに、複数人数で取りあっていてはそれも望めない。だから、ナンパ的というか、ラッキースケベというか、そういうイベントが多いんです。ただ……あの、聡のイベントだけは別です」

ラッキースケベ、そういえば、一度、聡くんの着替えシーンを見たか……つまりは、結構他のキャラとのイベントでは、ああいう感じのイベントや、駿河くんとのイベントのように、ぶつかったりなんだりというのが多いということか……。

 そりゃそうだ、おかしいもの……こちらからアクションかけに行くんでも、おっかけていくんでもなく、攻略相手から惚れてきて追いかけて……最終的に別れるエンド……誰が、そんなイベントやりたがるというんだか。

「あいつのイベントは、そういう、本当に趣味が悪いやつなんです。……だから……僕にしておきましょう? 大事にしますよ、ホント」

「それでなびいたらなびいたで、幻滅するくせに」

「ばれましたか」

本当に趣味が悪い……けど、そういう人だ、彼という人は。誘いかけておいて、誘いに乗ると途端に興味をなくす。散々罠しかけて近づいてくるくせ、その罠にひっかかると呆れ顔を見せてくる。

 『空キス』の中でも、思い切り彼のこと好き好き発言をしていると、他の好感度の高いキャラが絡んできて、破局を迎える。つれないぐらいにしておいて、気持をうまく隠しながら、側にいる……そんな感じの面倒くさい距離感を保っていないと、彼とのエンディングは迎えられない。

 結構色っぽいイベントが多彩なのに、キス一つでもドキドキしていると恥じらって見せるだけで「そんなに僕のこと好きなのに、他の男とも仲良くしてるなんて、サイテーだね」とか言い出してくれたりする。とことん面倒臭い彼の攻略……実は嫌いじゃなかったのがなんとも言えない。

「でも、本当に……聡の話しを聞いて興味を持ってましたし、今、話していて、興味がさらに膨らんだのは確かなんですよ。……なんだったら、ともに現実に戻れたところで、おつきあい~ってんでもいいんですけどね」

現実に……その一言で、思わずくっと笑いが込み上げてきた。そうだ、この人の興味をあっさり消し去る回答が一つあった。今、この、ぴっちぴちの高校生の姿と現実の私では程遠い。

「ちなみに、おいくつ?」

「31です」

「残念ね、私、4歳年上のおばさんよ」

この姿と35歳の私とでは結びつかないだろう。大体、キャラクター作成のとき、確かに自分に姿形をずいぶん似かよらせた気はするが、かなり理想に近い方向に修正が入っている。現実の私は、もちょっと太っているし、体型も崩れているし、肌もぷりぷりしていない。おばさんと自分を称するには、まだちょっと抵抗あるものの、充分おばさんになってしまっている。

 残念ながら、高校生の姿で興味を持ったというのなら、この一言であっさり興味を失うだろう……そう思っていたのだけれど……。

「僕は、かまいませんよ……ちなみに、聡はさらに2つ下ですから、あいつよりかはマシでは?」

いたずらっぽく笑いながら、彼はあっさりおばさんの私を肯定した。

 えっと思わず目を見張り、彼の言葉を問い返してしまいそうになったところで、

「んなわけねぇだろ」

ガラリと扉の開く音と共に、低い低い声が響いた。いつもの彼のものとは違う、怒気を孕んだその声は、まるで獣が唸るかのよう。振り向けば、視線で殺してやろうとでもいように、鋭い目でこちらを睨んでいた。

「そろそろ終わりにしてくれねぇか? ぶっ飛ばしたくてしょうがなくなる」

姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:お助けマン ・ 清水慶介:生徒会長:魔法使い

大野聡:ちょいワル:恋人 ・ 谷津タケル:後輩:未遭遇 ・ 我妻圭吾:英語教師:監視中?

高木遥:先輩:疑惑 ・ ???:監視者:嫌悪

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