28.これが実験結果ですか?
「なんとなぁく、思い出した……そうだ、うん、イベント……ファンイベントだ」
頭の中で迷子になっていた記憶の欠片は、必死に思い出そうとしたせいか、それとも話につられたか、すこしづつ形になっていくよう。
そう、ファンイベント……『空キス』のコスプレしたスタッフや声優さんたちが、舞台で寸劇じみたトークタイムを繰り広げたり、主題歌を歌っている歌手の生演奏なんかがあるファンイベントだ。そう、そこで、権利があたったんだった……何かの……そう、ベータ版の参加権だ。
タイトルは忘れたけれど、MMO……多人数同時参加型オンラインゲームへの発展を前に、このゲームの世界を舞台に、主人公が現れる前の一年間を過ごすことができるというもの……だったはず。
一年間の楽しい時間をお過ごしくださいと言われ……そうだ、ゲーム期間は一年間……つまりは、子どもの頃どころか、一年前すらあり得ない。小さいころからの佐藤綾香の記憶があるけれど……あると思っていたけれど、それは、すべて作られたものということになる。
ゲーム自体は、今年の4月から……なのだろう、つまりは聡くんから押し倒されるちょっと前でしかない。つまりは、まだ、スタートしてから2ヶ月程度しかたっていない。
小さいころの記憶があるとは言っても、それと藤田皐月の小さいころと、ほとんど類似している。本当にあったことかどうか自信がない。魂が私であったから、同じ行動をとているのかとか思っていたけれど、単純に、それが佐藤綾香の過去と誤解した、藤田皐月の過去でしかない可能性が高い。
ならば、私が記憶を取り戻したとか思っている中学生のころも、入学してからの一年間も……私のねつ造でしかないかも知れない。記憶障害……と、清水慶介は言っていたが、私は、半端に失った記憶と、作られた記憶とをミックスする際に、以前、好んで読んでいた乙女ゲームの世界へ転生する系の小説の主人公と、自分とを重ね合わせて妄想していたに過ぎないのかもしれない。
いや、ちょっと待って、ちょっと……我妻先生との出会い……それもまた、私のねつ造? 設定でしかない? いや、いやいや……待って待って、今でもはっきり覚えている、こっちをじっと見ていた先生の眼差し……ふっと、笑ったような気がしたその表情。校内案内と……初めの説明……? そうか、チュートリアルだ。
あぁ、そうか、あれは、チュートリアルだったのか……って、説明要員であった我妻先生は、私たちよりも前に入って、色んな説明をしてくれて……。
「ちょっと待って、NPC……清水慶介、あなたはNPCじゃないのね? 聡くんも……我妻先生も? あとは?」
「詳しく誰がそうなのかはわかりませんし、NPCの連中も、どうにも会話なんか自然すぎて……ただ……そうですね、NPCは結構忘れっぽいというか、ちょっとうつろというか……望んだ受け答えしかしてくれませんよ」
「望んだ……」
おそらくNPCなのだろう、うちの家族との会話をふと思い出した。他愛ない会話、藤田皐月が高校生の頃に繰り返されていた日常。懐かしいばかりのあの光景は……私の望みのままだったのだろう。たとえば、父の浮気とか、母との喧嘩とか、兄の大けがとか……そういうのはない、私が願ってやまない普通の日常しか繰り広げられないのだろう。
考えに没頭しすぎていたか、ふと見ると、彼は気まずそうに頬の辺りを書きながら、言い難そうに口を開いた。
「……ちょっと……はっきりと言えないのですが……僕は、おそらく……プログラマーで……我妻は、主任な気がするなぁ……違うかなぁ……おそらくそのへんかと……。あ、聡は営業マンです。……攻略対象者は、スタッフ側の人間と考えていいと思いますよ」
攻略対象者は全員スタッフ……確かに、参加者が攻略対象になるというのはおかしな話だ。考えてみれば当然だけれども、考えもしなかったそのことに、思わず聡くんの笑顔が脳裏に浮かぶ。スタッフ側で、すべてをわかっていて、私が記憶混乱を起こしているのを笑っていたのだろうか? そんな猜疑心が浮かんでくる。
「プログラマーなの?」
「はい、システムプログラマーですよ。花形とも言えるでしょう? まぁ、実状は、風呂に1週間入れないこともあるし、休みなんてほとんどない、むっさい仕事なんですが……」
「……じゃあ、高校生じゃないんだ」
「あなたも、でしょう?」
「それは言わないで」
くだらない会話で、自分の中に浮かんだ怖い思いを振り払い、笑顔を作るものの、なんだかうまく笑えていない気がする。
いや、そもそも、彼もはっきりと言えないぐらいの状況だ、聡くんもまた記憶障害ですべて忘れてしまっている可能性の方が高いだろう。それを疑うのは、さすがにかわいそうだろう……か? いや、疑問形にする必要もないぐらい、疑うべきではないと思うのに、位置検索できることを隠していたことも手伝って、どうにも疑いが張れない。
「だから、プログラムの欠片を覚えているんです。好感度システムについて……データの取得方法や計算なんかをやってたような気がします。……あと、マップデータ自体はともかく、位置データどりなんかはもう、マンパワーで、プログラマー全員であたってったから……一部バグがとりきれていなくって、めり込む壁や落ちる隙間があるはずですが、リセットできる状況じゃないので、実験はおすすめしませんね」
「い、いらない、そんな情報……」
「ちなみに、位置情報もいじれるんですよ」
いきなり何を言い出すのかと思えば、なにやら計算式をノートに書き込んでいき、それと同時進行で、先ほど同様、呪文のような言葉を口にしていく。その中に織り込まれた、ノートに書かれた数字、私の名前が何度かフルネームで呼ばれ、何事だと思った次の瞬間、目の前が一瞬暗くなった。
瞬きの間ではあるものの、ぐわんとなにかにぶっ叩かれたような気がした。痛くはないけれど、頭がぶんっと振り回され、妙な恐怖感。それが落ち着いた次の瞬間、お尻の下が唐突に柔らかくなり、暖かな温もりが私をゆるく包み込む。何事だと思う間もなく、繰り返した瞬きを受けて、まだ脳がうまく認識していないくせ、はっきりと目前に清水慶介の顔があった。
何事かとか理解する前に、今、自分が、彼の膝の上に横座りし、彼に緩く抱きしめられるような恰好で、彼を見ている状況であることに驚いてのけぞった。
「数値では心も思考も頭脳も変えられない……でも、オブジェクトの位置情報を変更したり、シナリオトリガーにひっかけたりはできるんですよ」
彼の両手は、私を挟んで机の上のノートの上にある。だからだろう、机を含めて囲まれた状況で、逃げ場を失ってしまっている。もちろん、強引に彼のことを押しやれば、逃げられないことなんてないだろう。今だって、抱きしめているというわけではないその手は、押しやればすぐに外れてしまいそうだ。
でも、つい、驚きのあまり身動きできない……いや、本当にそうか? ためしに手を彼の腕に置く、それを引っ張って机から外させ、目の前に空間を作り上げても降りれない。体は自由に動けるはずなのに、両手で机と彼の肩とをつかんで引きはがそうとしても、うまくいかない。
「位置を、移動させないこともできるの?」
「ご名答」
「外して」
私の言葉に応えるように、彼は何やら命令文をつぶやくが、その代わりというように、私の体を抱きしめた。
「僕のことを好きにさせられなくても、僕のイベントは起こせる。イベントの強制力についての実験がてら、一つ二つ、こなしてみますか?」
まるで誘い掛けるように、甘く囁くように、彼は問いかけてくる。でも、そんなもの、受けるわけにはいかない。いくら実験だからといって、それに乗るつもりはさらさらない。
「……遠慮しておくわ」
「そんなこと言わず……」
「そんなの、問題ありまくりじゃない」
「イベントは、たかだかイベントですよ……どういうイベントがあるかは、『空キス』のイベントを参考にしていただければ、だいたい想像つくかと思いますが……」
「なおさら無理よ」
清水慶介のイベントは、ちょっとばかりえっちぃものが多い。いや、他のキャラのがそうでないなんて言えないが、どこか調教じみて、逃げ場をしっかり塞いだ上で、じわじわと追いつめてくるような……そう、まさに今、イベントが起きているのかと錯覚してしまう。
「イベント起きたら、僕に気持ちが傾いちゃいますか?」
ぐっと、彼が私の体を抱く手に力を込めて言った言葉に、私は、どくんと自分の心臓が高く鳴るのを聞いた気がした。
姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:お助けマン ・ 清水慶介:生徒会長:魔法使い
大野聡:ちょいワル:恋人 ・ 谷津タケル:後輩:未遭遇 ・ 我妻圭吾:英語教師:監視中?
高木遥:先輩:疑惑 ・ ???:監視者:嫌悪




