21.学園王子様でしたか……
「ねぇ、本当に大丈夫? どっか打った?」
どこからか聞こえてきた少女の声に気を取られた一瞬、本当に身の凍るかと思うほどの恐怖を感じ、その異変を嗅ぎ取ったのか、ぶつかってしまった男の子が問いかけてくる。
覗き込んできたその顔を、まじまじと見て驚いた。彼は、攻略対象の一人、学園王子様とあだ名される優しい駿河裕也その人だ。
眉目秀麗、学力優秀、スポーツ万能、富豪令息……天がえこひいきしまくって、二物も三物も与えまくったとしか思えない。ハーフだったかクォーターだったか、さらさらの天然のブロンドヘアに青い瞳、彫が深く凛々しい顔立ちで、紡ぐ声は何とも言えぬ優しげなもの。物腰柔らかく上品で、だれにでも分け隔てなく優しい彼は、学園でも当然のごとく人気者で、バラの会とかなんとかいうファンクラブまでできているらしい。
ゲームでは、初めから主人公を気にかけてくれ、なにくれとなく助けてくれる。でも、ファンクラブメンバーからの妨害やイジメが酷く、好感度があがればあがるほど、むしろ二人きりや甘いシーンなどよりも、ライバルたちとの攻防がひどくなってくる。彼からの呼び出しだと偽られ、やってきた空き教室に閉じ込められたり……水をかけられたりすっころばされたり物を隠されたり……本当にかなり手ひどくやられるんだ。もちろん、その後、彼に助けてもらっての甘やかなイベントシーンがあったりするのだけれど、それを差っ引いてもちょっと酷過ぎないかと思うほどだ。デートの途中で彼を騙して引っ張って行かれた時は、いくらなんでもこれはないと思ったものだ。
ファンクラブたちの妨害を乗り越え、この王子様と結ばれれば、まるでお城のような彼のお屋敷でプロポーズされる。シンデレラにでもなった感じの、幸せなエンディングが待っているのだけれど……。ずぶ濡れの主人公をマイフェアレディなみに飾り立てたり、ファンクラブのいじめから助けてお姫様抱っこで教室に戻るシーンとか、ちょっとうれしいシーンもあったりするのだけれど、あのファンクラブが怖くて、トゥルーエンドを迎えたら、グッドエンドやバッドエンド目当てでプレイしなおす気になれなかった。
それほどファンクラブが怖かったというよりも、テゥルーでここまで大変なら、グッドはともかくバッドはどれほどなのかと怯えたことよりも、彼にそれほど興味がわかなかったとしか言えない。元より、王道王子様過ぎて、私はそれほど好きではなかった。人の好みというだけだけども、私は、王子様より聡くんに傾倒していた。
とはいえ、さすがにこの至近距離、たくましい腕に支えられ、その温もりを全身で感じている状況で見つめられれば、はしゃぐ心臓の音はうるさいほど。紅潮した頬が何とも熱く、恥ずかしさから逃げ出したい。けれど、それすらもうまくいかぬ状態。
聡くんもそうだけど……彼も一歳年下のはずなのに、そんな感じは全くなくて、むしろ、彼らの方が頼りがいもあり、しっかりしてそうだ。
「だ、だ……大丈夫……です」
ずいぶんと間抜けな話だろう、今更ながらに震えた声をこぼすと、ホッとしたように彼が手を緩めてくれる。そっと私を床に下ろして、立つのを助けてくれた。
「本当に? どこも痛いところはない?」
更にと問いを重ねつつ、彼は私の手を離してくれる。やっと解放されたというよりも、そっと離れていくそのぬくもりが、ちょっと惜しく感じてしまう。
思わず、彼の言葉に首を振るも、そもそもぶつかった原因が自分にあることにはたと気づいて、思わずあわてた。
「ありがとう……というか、ごめんなさい、私が悪かったのに……あのっ、本当に、なんにもありません」
「そう、よかった」
ほっとしたように向けられたその笑顔、さすがの王子様スマイルは、ゲーム中ではないはずなのに、キラキラと効果が付いていそうなぐらい。いや、本当に、ゲーム中ではないのだろうか……思わずそんなことが頭の端をかすめる。そうだ、そもそもこんなに顔の整った少年が、そうそういるとは思えない。これほど完璧人間がいるというあたり、現実ではありえない……。
聡くんだって我妻先生だって高木遥だって、結構イケメンなことを考えれば、それだけで現実ではありえないことがわかるというもの。そうだ、はじめっから現実っぽくないんじゃないか。そんなことを考えて、思わず小さく苦笑した。
「どうしたの? かなり慌ててたみたいだし……美術室で、何かあった?」
私の様子から、美術室で何かあったと考えたのか、彼は、開いたままのドアの向こう、美術室の中をひょいと除いた。そこには、困ったような顔して立ち尽くしている聡くんがいて、彼は、私をかばうように間に立ちふさがった。キッと睨みつけるその様子は、どうも、聡くんが私に何かして、逃げているところだったのだろうと誤解したらしい。
「あ、いや、聡くんがどうとかいうんじゃないの。彼は、関係ない……の……なんでもないから、本当に、大丈夫」
言わなければつかみかかりそうなその勢い、見ず知らずの上級生でも、困っていたらほっとけないというのは、王子様キャラの特性なのだろうか?
とりあえず、私の言葉に振り返り、もう一度彼を見て、彼が苦笑をしているのをいぶかしむように睨むが、それ以上何かしようという様子はない。
「いや、本当……っていうか、聡くん、その顔怖いから疑われるんだよ」
「顔は変えられないっすよ」
「表情の問題だって」
軽口叩いて見せれば、少しは納得したらしい。彼はその表情を緩ませて、こちらに向き直った。
「先輩……ですよね、えぇっと、お名前お聞きしても?」
「え? ……あ、佐藤綾香だけど」
「佐藤先輩、俺、駿河裕也って言います。まぁ、今回は誤解みたいだけど……何か困ったことがあるなら、お助けしますよ」
知ってるよ、あなたのフルネームどころか、簡単なプロフィールまで、こっちは知ってますともなんてこと、口が裂けても言えない。
にしても、助けた子全員の名前を憶えて、そんなことを言っているんだろうか、ちょっと恐れ入ってしまう。それとも、私の態度が怯えぶりが、あまりにもおかしいと判断されたのだろうか……。
「どこのヒーローですか?」
「え? ヒーローじゃないですけど……まぁ、呼んでくれたら、ピンチに駆けつけましょう」
そう言いながら、彼は携帯をかざして見せる。連絡先を取り交わそうというのか……にしても、彼にしてもスマホではなく携帯電話なところが、ちょっと笑ってしまう。
「そう、じゃ、お言葉に甘えようかな」
はいっとばかりに彼に自分の携帯を渡すと、きょとんとした顔、しょうがないとばかりに聡くんが私の携帯電話を開き、赤外線通信の準備を始めた。
「……その無防備っぷり、なおしたほうがいいですよ」
「だって、赤外線通信とかデータ交換って、いまいちよくわからないんだもん」
「俺以外のアドレスを全部ロックして、俺にしか繋がらなくしたり……通話履歴やメール履歴を、すべて俺のとこに飛ばすようにすることだってできるんですよ」
「大野、それはただの犯罪だ」
素直に聡くんと私の携帯と駿河くんの携帯とでアドレスのやり取りをしていた駿河くんが、聞き捨てならないとばかりに突っ込みを入れて、私の携帯を聡くんから奪い取ろうとする。それをひょいと避けながら、登録を終了させたらしき聡くんは、携帯を私に投げ返してきた。
「本当にやりゃしねぇよ……ってか、駿河、そっちより綾香さんの無防備さを注意してくれよ」
「あ、そうですね……そうですよ、佐藤先輩、こいついくらでもそういうことしますよ」
「そういう方向で注意すんじゃねぇ」
なんで俺がやるって方向で話を進めるんだよとかぼやいて、聡くんは駿河くんを軽く小突いた。
あぁそうか、この二人、仲が良かったんだっけ……ってか、この二人と生徒会長、三人幼馴染の設定だったはず。三人仲が良くて、同時攻略するといろいろ弊害が出ておもしろかったのだけれども……まぁ、今はそんなこと、意味ないか……。
「まぁ、佐藤先輩、本当に、なんかあったら言ってくださいね」
姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:お助けマン ・ 清水慶介:生徒会長:未遭遇
大野聡:ちょいワル:??? ・ 谷津タケル:後輩:未遭遇 ・ 我妻圭吾:英語教師:監視中?
高木遥:先輩:疑惑 ・ ???:???:嫌悪?




