19.先生……怖いです
20150521:誤字修正。
20150326:オレオレ系をオラオラ系に変更、他、ちょっと誤字修正。
ガチャリという音が、やけに大きく響いた。ちょっと錆びついてでもいるのか、難くて閉めにくいからと、普段誰も閉めたことのないその内カギが、強く下に押し込められて、しっかりと閉じられてしまった。これで、もう、再びその内カギを押し上げるか、外から鍵を使って開けない限り、ここから出ることはかなわない。
思わず逃げ場を探そうにも、四畳程度の長細いその準備室は、窓すらもない。出口はその扉だけで、そこから逃げられない以上、袋のネズミ……いや、半分以上がスチール棚に占められており、そこからあふれんばかりに絵や彫刻、粘土細工などの作品があふれている状況では、隠れることも暴れることもできないから、もっと状況は悪いと言える。
自分の足に蹴つまづきそうになりながら後ろに下がれば、貴重な絵の具などが収められたガラス戸の棚が背中にぶつかり、もうあとがないことを、その冷たさで知らしめる。
バンッと音を立てて、私の肩の数センチ先についた手に、思わずびくっと体が跳ねる。
「……せ……せんせ……」
「あぁ、今日は、本気で逃がす気、ねぇんだ」
ずいっと体が近づいてきて、吐息もかかりそうな位置から、先生が私の顔を覗き込む。
あまりに近いその距離……背にあるのは棚ながら、なんだかちょっと前の体育倉庫でのことを彷彿としてしまう。さすがに、今回は告白に思いつめての~なんてことはあり得ないだろうが、さすがにこの距離はどうかと思う。
逃げようかとずずっと身を沈め、その脇を抜けてしまおうなどと考えたけれど、先生の手が私の肩をがっしとつかみ、膝の間にねじ込むように乱暴に足を割り込ませる。短くはない膝丈のスカートは、その足に押し上げられ、膝小僧が覗く。
「どうせ、お前のことだから……もう逃げようと考えているんだろう?」
思わず手でスカートを押さえつけ、足をもたげて先生の足の向こうへ持っていこうと思っても、そこまで足を高く上げるには、先生の体が邪魔でできない。いや、よしんばできたとて、さすがにスカートの中が見えてしまうだろうほど足を上げるつもりはない。
脇なり顎なり急所を狙おうかとも思ったけれど、先生の顔を見上げて、思わず握りしめた拳が緩んだ。じっとこちらを見ている眼差し、これが、いつも怖くてしょうがない。でも、うつむくと、もっと距離を詰められてしまいそうで、必死に先生を見つめる。
まっすぐに見下ろしてくる先生の瞳と出会う。心臓が跳ね上がり、どうしようもなく恥ずかしさがこみあげてくる。どうにかして逃げ出したいのに、視線を逸らすことすら怖くて、ただ震えいるばかり。
こんな密着した姿勢で、見つめあうこの状況は、いったい何なんだろうか。いったい今、どんな状況だといえばいいのだろうか。
雨宮先生に、我妻先生の様子がおかしいという話を聞いて、続くテストはボロボロだった。気持ちの切り替えがうまくできず、ついつい我妻先生のことを考えてしまっては、どうしようと思い悩むばかりだった。
帰りも、もちろん早々に帰ろうとは思ったのだけれど、つい、美術準備室に置き去りにしていたスケッチブックのことをふと思いだし、持ち帰りたくなって寄ってしまった。部屋に入ってスケッチブックを手に、人の気配に振り返ったところで、もう遅かった。
先生がそこに立っていて、鍵をかけていた。
今まで、何度放課後の呼び出しをかけられようと、呼び出された場所へは行かず、何度呼び止められようと、素直についてはいかず、なんだかんだと今まで一度も真面目に話をしたことがない。唯一ちゃんと話したのは、学校見学のときに感想を問いかけられた時ぐらいか、たしか、素敵な学校ですねとか、通ってみたいですとか、適当に答えたはずだ。それ以降は、「放課後指導室に来なさい」「はい」以上の会話をした覚えがない。なんのかんのと逃げてきて、授業さえまともに受けたことがない。
「えっ……と……怒っています? あのっ、逃げたこととか……テストの点数……ですか?」
「もちろん、怒っているとも……でも、そんな話じゃあない。何度呼び出しても来ねぇことでも、授業に出ねぇことでも、あからさまに逃げ回るてることでもねぇよ……お前のせいってわけでも、ねぇかもな」
我妻先生の口調は、もっと丁寧というかお堅いというか……こんな砕けたものではなかったはず。だけど、今、なんとも乱暴なその口調は、むしろ先生を魅力的に見せているようにも感じられる。もっと、遠慮しがちだった先生が、オラオラ系というか俺様系というか……強引にこうして身を寄せてくることに、心臓がはしゃぎまくる。
どこまでも生真面目で厳しかった先生の、こんな一面もあるか、そういえば、なじみのバーがあるとかいう話題もあった、カクテル作りも好きらしいし、勉強しか知らない、仕事しかないなんていうわけではない。こういう口調も似あわない人物というわけではないんだと、こじつけかも知れないことを思わず考えてしまう。
「おまえは、どこまで気付いていやがるんだ? 他にも気付いている奴、気付きかけている奴いるようだが、おまえが一番あからさまな動きをしてやがる……何を企んでいるのか、気になってしょうがねぇ」
「なんの……こ……こと……です?」
喉がカラカラに乾いてしょうがない。言葉が喉にひっかかって、きちんと出てこない。
私にではなく、怒っているらしい我妻先生。何かを知りたいようだけど、私に聞くのは間違えていると言わざるをえない。何を企んでるって、平和に暮らすなんてことを一番に企んでいる状態なら、先生が何を心配しているのかは知らないけれど、私が脅威になることなんてありえない。
「なんのことですか、気づいてるって、私は、何も……何もです、わかってませんし、あからさまにって、何もしてませんし、何も企んでいません」
否定の言葉を口にしても、「そうか」と簡単に手を離してくれる様子は一切ない。むしろ、何を言っているんだとばかり、きつく睨みつけてくるばかり。
「大野聡とよろしくやって、そのくせほかの連中はあからさまに避けて逃げて……それで、本当に何もわかっていないというのか? 大野聡が何かの鍵というわけじゃないのか?」
「ほかの連中?」
「俺と……高木遥……違うか? 避けてないと言うのか?」
「……先生と高木さんとの間に、どんな共通点があるっていうんですか?」
「そりゃ、お前が一番わかっているだろう?」
わかりませんとすっとぼけかけて、一瞬、攻略対象であることを、先生自身が知っているんじゃないかと気づき、息をのんだ。知っている……ありえないけれど、もしそうならば、この世界がゲームであることも、理解していることになる。
「出口はどこにある?」
問いかけられたその瞬間、ガタガタガタッとけたたましくドアが鳴った。その勢いは、カギが錆びつくほどに経年劣化しているこのドアならば、壊されかねないと思えるほど。
ため息一つついた我妻先生は、あっさりと私から離れると、鍵を押し上げ、ドアを開けた。
「綾香さん!」
飛び込んできた聡くん、彼とすれ違うようにして、我妻先生はするりとドアから出て行った。とっさにその腕をつかんで引き留めようとした聡くんだけれど、相手が先生だと気が付き、その手を離した。
先生は、そのことにはあえて何も言わず、ちろりとこちらを振り向くと、相変わらずのセリフを吐いた。
「明日の放課後、職員室に来るように」
「……はい」
了承の返事をしたけれど、当然ながら、職員室に行く気などない。
何を知りたいのか、何を知っていると勘違いしたのか、『出口』とは何なのか……わからないけれど、とりあえず、今は、解放されたことに安堵した。
遠くなる先生の足音を聞きながら、ホッと息を吐いた途端、体の力が抜けてしまった。先生に棚に押し付けられた姿勢のまま、身動きできずにいた体が、ずるずると崩れて床に座り込んでしまう。聡くんは、そんな私に駆け寄って、心配そうに私を見るけれど……。
「あ、うん、大丈夫……何でもないの」
明らかに嘘をつく私に、いぶかしむように眉をひそめた。
姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:未遭遇 ・ 清水慶介:生徒会長:未遭遇
大野聡:ちょいワル:ラブラブ恋人 ・ 谷津タケル:後輩:未遭遇 ・ 我妻圭吾:英語教師:監視中?
高木遥:先輩:疑惑 ・ ???:???:未遭遇