17.真面目に部活です
「佐藤、いるか?」
「あ、我妻先生、佐藤先輩なら、さっき購買に行きましたよ」
「……そうか」
美術室のドアにもたれかかるように、室内を覗き問いかけてきた我妻先生。水をたっぷり入れた水入れを手に、一年生部員がその前に立ち、元気よく返事をする。中に入りたそうに、先生は彼女と入り口との隙間へ身を寄せるも、水がたぷんとゆれるのを見て、押しのけ難いと感じたか、中に入るのはあきらめ帰っていった。
週3回の美術部活動日には、聡くんもバスケ部にきちんと出席するという約束を、なんとかかんとか取り付けた。当然ながら、私も部活に参加するので、必然、学校にいる時間が長くなってくる。そうすると、我妻先生に捕まりそうになるタイミングも多くなり、こうして私を探しに来る姿もあるのだけれど……その度に、逃げ回っていたら、みんなして私をかくまってくれるようになった。
しれっとした顔で、水を半分捨て席に戻る一年生。それを横目に、準備室からこそこそと戻り席につくと、振り返った後輩が、やったねとばかりに親指を立てて見せる。これは、ちょっと先生に悪いのでは……とか思ったりもするのだけれど、まぁ、いっか。
部室に足しげく通うようになって、なにげに美術部の先生も、私と我妻先生の間に立ってくれるようになった。私が我妻先生に呼び止められたところで、「これ、美術室に置いとけ」と荷物をよこしてくるぐらいのことだけど、まぁ、先に荷物を置いて来いと言われれば、当然、置いた後に指導室や職員室に行くわけもなく、きっちり逃げさせてもらうわけです。
こんなにも、何度も何度も指導室行きをすっぽかし、逃げているのに、どうして我妻先生は、あんなにがんばって私を追いかけるのか……ちょっと怖くなってしまう。
「綾香さん、お疲れさまです」
夕刻になると、早々に片づけを済ませてきたらしい聡くんが、息を切らし美術室に飛び込んでくる。シャツは肩にひっかけただけで、ズボンのベルトをガチャガチャあわせながらの姿。部室棟からここまでの直線距離はなんとも短い、どうせ、渡り廊下から靴を放り出して上がってきたのだろう。
「せめてちゃんと服を着て来なさい」
「はーい」
毎度言うのだけれど、改善される様子は全くない。
私がもそもそ片づけをしている横で、ボタンを付けてシャツの端をズボンの中にしまっていくけれど、全くなんともだらしがない姿。まぁ、何気に部員の一部がキランと目を輝かせて、その姿をスケッチしていることは、内緒にしておこう。
胸のポッケにねじ込まれていたネクタイが、きちっと締められたところで、私も片づけを終えてカバンを抱える。そのカバンをすいっと取り上げ、嬉しそうに手を差し出してくるその姿に、どうしよう、照れくさいけどちょっと嬉しいと思ってしまう。
「綾香さん、再来週は中間テストだから、部活は来週から休みっすね?」
手をつないだままで歩く、駐輪場までの帰り道、不意に向けられたその言葉に、あっと思わず声を上げてしまう。
「そっか……そういえばそうね……ってことは、そろそろ私の誕生日だぁ」
「ぶっ、そういうことは早く言って下さいよ」
うっかり忘れていたとこぼした私に、聡くんは、ぎょっとした顔を向けてきた。なにやらポケットの中を探ろうとし、鞄を引き寄せ、頭を抱えた。
何を探そうとしていたのか、私の手を離せばいいのに、離さずいるものだから、探したいものも探し切れず不自由そうだ。
「いやぁ、毎年ゴールデンウィークと中間テストの間のばたばたで忘れちゃうから、うっかりうっかり……それに、もう、この年だとお誕生会もないし、お母さんがケーキを焼いてくれるぐらいで……プレゼントだって小遣いもらってお茶を濁すって感じだし……」
ぐだぐだと言い訳を重ねながら、自分のポケットを探って携帯を取り出す。開いて日付を確認すると、本日が5月20日……私の誕生日の日付だ。
「あ、今日か」
「なんでっすかーっ」
本気でうっかり忘れていたものだから、自分でも、ちょっとびっくりしてしまった。まぁ、きっと母が、ちゃんとケーキを焼いていてくれて、夕飯に私の好物を用意してくれているだろう。つい、今日はエビフライかな、それともハンバーグかな、なんて、ちょっと楽しみで心が弾んでしまう。
彼は、そんな私とは逆に、肩を落としてがっくり顔。別に、そこまで気にする話じゃないと思うのだけれども……どうも、祝いたかったようだ。
ゲーム中では、好感度が高いと、いつのまにか誕生日が知られている。当日夜にいきなり家にやってきて、玄関でプレゼントが渡され、さらっと終わる。わざわざ誕生日を教えるイベントもなければ、言わずにいたせいで、こんなに責められることはない。
「なによ」
「プレゼントの用意とか、一緒に食事とか、サプライズとかとかとか……その他もろもろあるでしょう」
ゲーム中にもらったプレゼントがなんだったか、今一つ思い出せない。プレゼントする側では、選択肢があるし、プレゼントするもので好感度の変動があるものだから、攻略HPまでチェックしたりもしていたけれど……もらう方はテキスト一つで終わるから、印象も薄くなってしまうもの。
「……こないだ、デートで、これ、くれたじゃない」
食後のウィンドウショッピング中、なんとなし目にしたバレッタを、その場で彼が買ってくれた。高価なものではないけれど、楕円の木にかわいらしい花が刻み込まれたそのバレッタは、気に入って今もつけている。それを指で示して見せても、彼の表情は浮かないもの……というか、えーっとばかりに不満顔だ。
「付き合ってはじめての誕生日は、もっと、こう、金かけた記念品とかあげたいじゃないっすか」
まったくどんなロマンチストなんだか……この分だと、付き合った記念日とか、初めてのキス記念日だとか、なんかいろいろ出てきそうだ。はじめてが特別なら、二度目ならバレッタでいいのだろうか? 十年目ならスィートテン……って、それじゃ結婚記念日か。
「そんなに無駄遣いしたいのなら、トロフィーとかメダルとか写真入りの絵皿とか?」
「せ、せめてネックレスにさせてください」
「いらない……普段つけらんないじゃない」
「……時計……とか?」
「私、腕時計嫌いなんだけど」
「そうっすよねぇ、付けてませんもんねぇ……はぁ……」
なにやらすっかり落ち込んでしまったらしき聡くん、女性にプレゼントするならネックレスか時計とでも思っているのだろうか。なんとなし、指輪は、婚約やらなんやらの特別な時とか決めていそうだ。
どうせなら、毎日つける品のほうがいいと思う、その意味では、シャーペンやノートもいいし、せいぜいがとこハンカチか髪飾りだろうに……。
この分だと、来年はサプライズ誕生会なんかやらかしてくれそうだけど……いや、それ以前に、来年はもう別れて、主人公にご執心のずか……そう思った途端、じゃぁまた明日と言うのが、ひどくもったいないような気がした。
もしかしたら、私は、チャンスを思い切り棒に振ってしまったのかもしれない。かといって、ゲームのようにロードするわけにはいかないし、やり直ししたところで、人の感情などない分えげつないこともできるゲームとは違い、現実ではうまく彼が納得するようそそのかすなんてことできないだろうけど……。
そんなできないことよりも、今、なんとかフォローできないものかと考えて……もちろん、せっかく私のためにごはんを作ってくれている母を無視して、一緒に何か食べて帰ろうなんて考えはないのだけれど……
「じゃあ、途中の公園で、ちょっとお茶でもしてく?」
少しでも誕生日に時間を共有しようかと、誘いかけたその言葉は、なんだか妙な感じになってしまい、さらに微妙な空気が漂っただけだった。
姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:未遭遇 ・ 清水慶介:生徒会長:未遭遇
大野聡:ちょいワル:ラブラブ恋人 ・ 谷津タケル:後輩:未遭遇 ・ 我妻圭吾:英語教師:説教待ち?
高木遥:先輩:疑惑 ・ ???:???:未遭遇