13.休みの日の憂鬱
朝、どうにも早めの時間に目が覚めてしまうものだから、枕元にディスクライトを置いた。目が覚めてすぐに時計を確認して、そのついでにスイッチをつけ、本を読む。少しばかりのんびりとその時間を楽しんだ後、鳴るより少し早くに目覚まし時計のアラームを止め、もそもそと起きだして朝の準備を始めるというのが、最近の日課となっていた。
休みの日も、前世ではあんなに苦手だった早起き習慣のまま起き出し、やっぱりぐだぐだのんびりタイムを過ごしてみるばかり。今日も、予定があるとはいっても、時間に余裕があるものだから、あいも変わらず本を楽しんでから、ベッドから起き出した。
トイレと洗顔を済ませ、兄に「女の子としてどうなんだ?」とか言われつつ、パジャマのままで朝ごはんを食べたら、髪をとかし、乳液をぺちぺちとほほにはたきながら部屋に戻る。
前日に、なんとなし着ようかと思って用意しておいたワンピースは、そういえば、聡くんはフェミニン系の服が好きだったなとか思って片づけ、白いフレアスカートとシャツに淡いピンクのカーティガンを合わせた。小さな花をかたどったネックレスをつけ、髪の毛はこめかみ部分を後ろに結い上げ、小花をちらしたバレッタで止めた。
気合が入っているような、いないような……自分の姿を鏡に映し、やっぱり別の服にしようかと少々悩んでしまいながら、タンスやクローゼットをしばらく行き来して、無駄あがきをあきらめた。
かわいいと言ってもらいたいような、でも、あまり張り切っていると思われたくないような……ちょっと複雑な気持ちにかられつつ時計を見れば、待ち合わせ時間にはまだ早い。10時ぐらいにと言われていたので、移動に余裕を見過ぎたとしても、まだ1時間以上ある。どうしようかと思ってみたものの、やっぱり手が伸びるのは、朝も目を通していた本だった。
ゲームだの小説だの、やっぱりそいった好みは変わらない。ゲームに類似した世界だろうと、むしろゲームの中に入っちゃんだろうと、私が私である以上、変わるわけがなかった。むしろ、前世では一人暮らしで料理や掃除や洗濯に時間を取られてしまっていたが、それを全部母に丸投げできる分、思い切り満喫できてしまっている。
そういえば、ゲーム中では部屋の中をチビキャラで動き回ることもできたけど、本棚や机の前で決定すると勉強が始まるので、本を呼んだことなんてなかったはず。きっと、半分は漫画がつまっているような、現実の私の本棚とは格が違い、参考書やら問題集やら辞書といったものばかりが詰まっているのだろう、さすがヒロインといったところか。
変なことを考えながらページをめくり、パラッという音と共に現れた次のページに、一瞬、フォーカスミスが起きたように、ボケボケの大きな文字が見えた気がした。考え事に没頭していたせいだろか、頭が処理ミスでも起こしたように、妙なテキストが一瞬表示されたような……あぁ、夢の中では文字も読めないとかいう話を聞いたことがあった、私は今、寝ぼけていたのか……いや、これは、そういう部類のものではない。
ドキドキと、胸が苦しいぐらいに心臓の音がうるさく響く。冷や汗が背中をすべり、一瞬の映像だったはずなのに、脳裏に焼き付いた気がする。
見たことがある、あれは……。
「綾香~、今日はお出かけするんじゃなかったの~?」
階段の下から、母の間延びした声が聞こえて、一気に現実に引き戻された。時計を見ると、たしかにそろそろ出かけたほうがいい時間。ごくっと唾をのみこんで、改めて開いたページを見ても、やっぱり普通に文字が読めている。
「……大丈夫、読めてる、うん、ちゃんと、読めてる……さて、行こうっと!」
当たり前なことを呟いて、今感じた違和感を、思い切りカラ元気で振り払った。
忘れておこう、見なかったことにしておこう、あれは考えちゃダメだ、そう思えば思うほど、頭の中に、さっきのボケボケ巨大文字が浮かび上がるよう。とりあえずパタンと本を閉じ、それを枕元に置き去りにして、鞄をつかみ部屋を出て行った。
ドアを閉めた瞬間、なんだか恐ろしいものを閉じ込められた気がして、少しだけホッと息が抜けていき、そのまま座り込んでしまいそうになるけれど……。
「ほら、急ぎなさい、途中まで送っていく?」
母が階段の下から見ていたので、首を振ってそれに応じた。
「大丈夫、まだまだ時間あるから……歩いていくよ。声、かけてくれてありがとう」
礼を言って階段を下りていくと、母はいいのよぉとか気を付けてねとか言って、リビングへと戻って行った。その後ろ姿に行ってきますと声をかけ、私は玄関へ向かい、待ち合わせへと駆け出した。
待ち合わせ場所でもある公園の入り口は、ゲームの中の背景グラフィックそのままなのに、今日の今日まで全く気が付かなかった。というか、まぁ、小学生やそこいらならともかく、公園で遊ぶ年頃でもないのと、バスで二区間分ほど向こうなので、今日まで来たこともなかった。
学校といい、この公園といい、こうまでそのままの光景だと、やっぱり商店街やら遊園地やらも、行けばそのままの光景が見えるのだろうか……聡くんの部屋も、そのままなんだろうか。
「ねぇねぇ、君、暇? 彼氏遅いんじゃない? ねぇ、俺と一緒に遊ぼうよ」
ぼんやり公園の入り口を眺めていると、不意に、見知らぬ男性に声をかけられた。
見上げると、なんともちゃらい男性が、身をかがめるようにして問いかけている。これもまた、デートの待ち合わせではおなじみの、ランダム発生ナンパイベントだ。こんな奴についていく気はさらさらないが、当然ながら何回出現しても仲良くなんかならないし、攻略はできないキャラだ。いつものデートのときより、デート相手の好感度が、ちょっとあげられるサービスみたいなものでしかない。
思わず、ゲームではすぐに相手が割り込んでくるものだからと、思わず聡くんの登場を期待して振り向けば、やはりというべきかそこに聡くんが不機嫌そうに立っていた。
「何か用か?」
まるでかばうように、ずいっと間に割り込んできて、ナンパ男に睨みを利かせる。
ゲームでは、このタイミングでつんつんっと頬や腕をつついたりしたけれど、今やったら、思いっきり空気を読まないバカップルだろう。とはいえ、どう話しかけようと『ここは○○だよ』とか説明を向けてくれるモブと同じく、このナンパ男だって気にしないのかもしれない。
こんなちゃちなかませ犬でしかないモブは、やっぱりモブらしくさっさと引き上げて終わりとなるはず……いや、待てよ、ならば、モブのはずの私は、なんでこんなにも……いや、そもそも、私は本当に私なのか? 私の意志と思っているものは、私の性格、私の生活、私のすべては、本当に私なのか……。
私は……私?
ドキリとした、自分の根底を疑うその気持ちに、一瞬恐怖にとらわれ呆然なる。思わず自分を疑って、でも、考えている自分は、では、何なのだろうかと混乱するばかり。
私は私なりにちゃんと考え、私なりに行動してきたと思っているけれど、もしかしたら、それも、決められたシナリオの一部でしかないかもしれない。そして、誰かがゲームをプレイするための布石として、用意されたキャラクターでしかないのかもしれない。
私という人間なんていはしない、だた、『聡くんをこっぴどく振った、付き合っていた女性』という一文であらわされるそれについて、妄想しているだけに過ぎないのかもしれない。
「綾香さん?」
佐藤綾香なんていう名前はゲームでは登場しなかったし、本人も出てきていないから、その性格もなにもはっきりとはわかりはしない。だから、自分がいままでしてきた行動が、シナリオ通りなのか違うのかも全くわからない。私は、佐藤綾香という高校二年生だと思っているけれど……現世? 前世? 何もかも、すべてがただの妄想でしかないのかもしれない。
いつのまにかナンパ男はいなくなっていたけれど、私は、自分の中に突然浮かんだ考えに囚われて、彼の声さえ聞こえなくなっていた。
姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:未遭遇 ・ 清水慶介:生徒会長:未遭遇
大野聡:ちょいワル:ラブラブ恋人 ・ 谷津タケル:後輩:未遭遇 ・ 我妻圭吾:英語教師:説教待ち?
高木遥:先輩:疑惑 ・ ???:???:未遭遇




