表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/40

1.押し倒されました

20150210 後書きと名前のふりがな付け。

20150212 誤字修正

 急速に反転する景色、重力に後ろから引っ張られ、手はいたずらに空をつかむ。不覚悟に訪れた落下の恐怖、着地点の見えぬ恐ろしさから、身を強張らせ、硬く目をつぶった。

 ぼふっという音とともに、舞い上がるホコリと土煙。

 背にぶつかったのは、体育倉庫にいつも広げっぱなしの厚手のマット。柔らかく受け止めてくれたのは嬉しいけれど、陸上部が棒高跳びなどで使うそれは、厚さが私の膝ほどもあって、マットからこぼれた足が地面につかない。

 思わず足をばたつかせ、起き上がろうと身をよじると、両肩に大きな手が添えられ、体がマットに縫いとめられた。

 見上げれば、覆いかぶさる後輩クン。

 まだ、どこかあどけなさを残す少年ではありながら、精悍なその顔に浮かぶ、切羽詰ったような焦りの表情。いつもの、どこか斜に構えたような態度は欠片もなく、荒い息をつきながら、私を見つめる熱い眼差し。あまりに近いその距離に、思わずヒュッと息を吸いこみ、共に飲んだホコリにむせこんだ。

 両手が自由であるとはいえ、私より一回りは大きなその体、押しのけ起き上がれるわけもない。マットに乗り上げた彼の片膝は、私のスカートの上に乗せられ、逃すまじとしている。

 絶体絶命のピーンチってほどではないが、貞操は風前のともしびといったところか。

 彼の向こう、体育倉庫の小さな格子窓からは、きれいな青空が覗き、側を通る人の声も聞こえてくる。大声を出せば助けも来るだろうが、人の噂というのが怖いし、それで無事と言えるわけもない。なにより、彼が停学なり退学なりの処分を受けることになるだろう。それはちょっとなぁ……と思うのは、甘過ぎるのだろうか。

 どのみち、普段土足で上がるようなマットの上で、初体験なんていうのは御免こうむる。なにより、真っ最中に誰か来たらどうするんだ、覗き見されたりというのは当然ながら嫌ですとも。

 さて、穏便に上から退いてもらうには、どうしたものか……。

 こんな切迫した事態に、そんなことをのんきに考えていられる余裕があるのは、私に、前世の記憶があるせいかもしれない。


 前世の記憶があると言っても、生まれてすぐからあったわけではない。むしろ思い出すまでは、ちょっと物覚えが悪いぐらいの、普通と変わらぬ子供でしかなかった。今思えば、知らぬ記憶にキャパを持っていかれていたのかもしれないけれど……物分りがよく素直だけど忘れっぽいという評価が、いつもついてまわっていた。

 前世の記憶がよみがえったのは、中学三年の夏だった。

 進路を決めかね、高校のパンフレットを集めていたときのこと、不意に目に入った写真から目が話せなくなった。

 校門から校舎をとらえたその写真、赤いレンガの敷き詰められた通路、そのサイドを彩る花壇、三角を描くように尖った屋根の昇降口の、真ん中には金縁の丸い時計。春風学園というその名前を含め、なんだか酷く見覚えがあるような気がして……。

「これ、空キスじゃん……」

ぽろりこぼした自分こそが、一瞬、何を言っているんだと戸惑った。

 でもその瞬間、前世のことを全て……ではないが、一気に思い出していた。

 前世の私は、35歳独身で、ゲーム好きのネット中毒。彼氏など皆無で二次元萌え、辛うじて腐でもニートでもないものの、仕事をする理由が新しいゲームを買うためというダメ人間であった。

 死んだ理由はわからない……というか、なんだか35歳の夏あたりから、記憶がふわっとして途切れがちになっている。もしかしたら、重い病気にかかり、苦しい病気の記憶を忘れたくて、発病したあたりからの記憶が欠けているのかもしれない。

 その頃の知識というか、前世の学校での授業などを思い出し、一瞬、これで受験は楽勝か? とか思ったものの、肝心の方程式の一つも思い出せず、英語なんて壊滅的だったものだから、何の足しにもなりはしない。残念ながら、学力チートは無理だったようだ。

 衝撃的な事件や事故、恐ろしい体験などもなく、まるで目が覚めるみたいにすっと頭の中によみがえった昔の私の情報は、今の私とそう変わらず、成長しな……いや、その……まぁ、そんなもんなんだなぁなんていう、困った感情で収めておいた。

 地理もかなり苦手だったとはいえ、地球や日本や関東、それ以外の地名も思い出すかぎりは符号すると確認できたけど、肝心の近所の地名や学校の住所に覚えがない。そう、春空町なんていう町は、関東にはなかった……はず……自信は全くないけれど……。そして、春風学園なんていう学校もまた、なかった……はず。

 もちろん、学校名が同じだからといって、校門からの光景が同じだからって、ゲームの世界に入っちゃいました~なんてこともないだろう……大体、私はこの年まできっちり普通に生きてきたわけだし、家族だって健在だ。どちらかというと、パラレルワールドかなんかのような、ちょっと前世とは異なる日本、たまたまゲームの中の世界と類似したところに生まれてきたというところか……と……適当に考察してみておいた。

 だから、全く同じなんていうことはありえないと思いつつ、実際に学校見学に行ってみて驚いた。

 校門からの光景はもとより、廊下や教室、中庭に屋上に体育館、全てがゲーム中の背景グラフィックにあった通りであり、なんだか妙な懐かしさのようなものを感じてしまう。しかも、見知った先生の姿もあって、同姓同名で英語教師というあたりまで符号していては、他の攻略相手もいるのではないかと調べたくなってくる。

 何より、どんな趣味だよと突っ込んでみたくなるような、かわいらしい制服には覚えがあった。黒いジャケットと赤いチェックのスカートという組み合わせもどうかと思うが、ジャケットの襟や袖の折り返しには、スカートと同じ赤いチェックが覗いている。そして、学年カラーに合わせた、赤・青・黄色の大きなリボンが胸元に結ばれ、ブラウスの襟や袖にはフリルがあしらわれ、赤いチェックのスカートの縁にも同様のフリルが縫い付けられている。ここまでかわいこぶった制服は、ゲームの中ぐらいでしかありえないだろう。

 そう、ゲームの世界観そのままの光景が、そこにリアルに存在していた。


 前世でプレイした、女性向け学園恋愛シミュレーションゲーム「青空の贈り物~キスから始まる物語~」は、資料やグッズはもちろん、薄い本の部類までも買いあさるぐらいはまった代物。

 二年生の一学期はじめに編入してきた主人公は、来て早々貧血を起こし、目覚めた時に突然のキス。でも、その相手がわからず、その時に保健室にいた三人の候補者を追いかけ始めるというストーリーなんだけど……その攻略対象の一人にはまって、何度も何度もプレイした。セリフの一言一句までは覚えていないけど、大体のストーリーは覚えている。

 でも、必死にゲームの中の情報を思い出してみても、私の名前……佐藤綾香さとうあやかという名前はなかったはず。ヒロインの名前は可変だったけど、両親が海外出張だのなんだので寮生活していたから、うちの両親にその気配がないあたり、ヒロインである可能性もない。どうやら私は、ただのモブの1人らしい。

 ヒロインの名前は、デフォルトのままなら姫崎凛ひめさきりんだったはず。そして、メインの攻略相手は、学園王子様とあだ名される優しい駿河裕也するがゆうや、クールな生徒会長の清水慶介しみずけいすけ、ぶっきらぼうで女嫌いの大野聡おおのさとしの3人。そして、かわいい元気っ子後輩の谷津やつタケル、かなり厳しい英語教師の我妻圭吾あがつまけいご先生、隠しキャラの高木遥たかぎはるか先輩の六人だったはず。


 そして、こうして目の前にいるのは、私が前世にゲームの中で一番追いかけまわした、大野聡その人だった。

姫崎凛?:ヒロイン:未遭遇 ・ 駿河裕司:学園王子様:未遭遇 ・ 清水慶介:生徒会長:未遭遇

大野聡:ちょいワル:好感度MAX ・ 谷津タケル:後輩:未遭遇 ・ 我妻圭吾:英語教師:???

高木遥:先輩:??? ・ ???:???:未遭遇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ