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「次の電車は○○線○○行の最終便です」
アナウンスを聞き流しながら、こんな時間に電車に乗るなんて久しぶりだな、と思った。
連休を間近に控えた深夜のホームは、それほど人の姿はなかった。電光掲示板と時計を見ると、最終便の発車まであと1分もない。
到着を告げる耳慣れた音楽が流れ、ホームに電車が駆け込んでくる。扉が開き、車内の人間が入れ替わっていく。僕も流れに乗り、扉のすぐ横に背を預けた。
退院おめでとうございます、と言われたのが先週。職場に復帰したのが3日前だ。まだ慣らしということで、定時に退社したのだが、結局今こうして最終便に乗り込んでいる。
今こうしてここにいるのが、自分でも不思議でたまらない。
最期だと思ったあの夜から、もう既に一月ほど経過していた。
本来ならば、あの夜、正確にはあの朝、僕は全てが終わっている筈だった。
だが、気付けば病院のベッドの上で意識を取り戻していた。
医者によると、もう1時間発見が遅ければ危なかったとのことだ。
誰が発見したかを尋ねると、明け方に通報があり、救急車で駆けつけた隊員が、施錠もされていない部屋で意識を失っている僕を見つけたらしい。だが、通報してきたのが誰なのかは分からないという。医者も僕も首を傾げるばかりだった。
その日以来、僕もそのことをよく考える。あの夜、僕が何をしようとしたかを知る人はいない。誰にも何にも言わなかったのだから。あの封筒も、僕が帰ると、抽斗に鍵がかかったまま読まれている形跡はなかった。
窓も閉めていたし、施錠もしていた。それなのに何故―――。
疑問は尽きないが、心のどこかで「もう済んだこと」と割り切っている自分もいる。このまま日常に帰ってしまえば、やがて疑問も消えてしまうだろう。
発車のベルが鳴る。僕はエレベーターがホームに昇ってきているのを見た。
だが、誰かこの便に乗ろうとしていても、残りの時間では間に合わないだろう。
エレベーターの到着と、扉が閉まるのはほぼ同時だったと思う。僕の視線の先では扉が開き、後ろでは逆に閉まっていた。中から女の子が飛び出してきたが、無情にも電車は動き出してしまった。
恐らく駅まで走って来たであろう女の子は、まだ息を弾ませている。電車は速度を上げ、街灯りを従え、暗闇に向かって走って行った。
僕はホームに飛び降りた姿勢のまま、女の子を見つめた。
女の子は電車が行ってしまったショックと落胆のせいか、口をぽかんと開けている。じっと僕を見据え、その顔が少しずつ笑顔に変わっていく。
僕は最初になんて声をかけようか考えた。
彼女が去って行った電車を一瞥して、またこちらに目を向けた。
はにかんだ彼女の口元が開く。
「明日の朝はゆっくり出来ますから」
了
自分の中で色々条件を決め、実験的に作った作品です。
成功したかどうかはこれからの自分の成長次第なので、今のところ何も言えませんが……。
もし読んで頂いた方の中で、少しでも印象が残ればと思っています。
今後の投稿の予定は今のところ未定ですが、また別の作品に挑戦してみようと思っています。
読んで下さった方、有難うございました。




