表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

1

「終電行っちゃいましたね」

 自分でも意外な行動だった。遠ざかる終電を見つめる女の子に、気が付けば僕は声をかけていた。

「あ、そうですね……」

 女の子は僕の顔をちらと見て、再び遠ざかる電車のランプを見て呟いた。

「参ったな。明日も朝早いんだけど」

「………」

 単に僕の独り言だと判断したのか、今度は反応しなかった。僕は気にする風でもなく、今度はちゃんと女の子に話しかけた。

「タクシーが使えるほどお金もないし……。

 お金持ってます? 僕は全然ですが」

「あ、いえ。私もあまり……」

「もうバスもないし、ほんとに参ったな」

「あ、あの……」

 女の子の方から僕に話しかけてきた。

「ここから南町までは歩いたらどれくらいかかるでしょうか?」

 コミュニケーションが成立したかな、とここにきて僕はやっと溜飲が下がった。

「南町? 歩いたら一時間半くらいはかかるんじゃないかな」

「そうですか……」

 女の子が再び電車が去って行った方に目を向ける。僕も彼女の目線を追った。

追った先に、街灯りを従えるようにして延びた線路が彼方まで続いている。


 西暦2101年。22世紀を迎えた最初の年、都市部の多くの路線は高架化或いは地下化するように整備され、地面を直接走る路線は年々減っていた。

都心まで直接つないでいるこの路線も例外ではなく、眼下にはもっぱら夜にしか開いていない店の看板と街灯が、整然とした星の並びのように四方に広がっている。その街灯りを分断しながら、都心部へ、そして郊外へと、闇に飲まれ黒く染まった線路が延びる。

地上約100メートル、街に浮かぶようにして建てられたホームからは、常に1千メートル超の摩天楼が望める。

 今、無情にも発車してしまった列車は、郊外へと帰るための最終便だった。それを恨めしく眺めているのは、僕以外には女の子と会社帰りと思わしきスーツの男性が二人。

 ホームの端から、帽子を目深にかぶった駅員が敬礼を解き、こちらに歩いてきていた。

「南町ってことは、南駅まで?」

「え? あ、はいそうです」

 僕は時計を見上げた。始発までは4時間半というところだろうか。

「明日の朝は早いんですか?」

 僕は三度訪ねた。

「え……っと、まあまあってとこです」

 ある程度は警戒心も解けたのか、女の子は少し困った顔で僕に答えた。

「用事で、朝一にはそこに行きたくて」

「朝一? それじゃあ家はこの辺に?」

 わざわざこんな時間に出なくとも、それこそ始発まで家に居ればいいのではないのか。

 そう口にしそうになったが、

「家も南町です。その、用事のある場所も家の近所なので」

 ということらしかった。

「始発まではまだ4時間半はありますね。それまで時間を潰すんですか? それともやはり歩いて南町まで?」

 歩いて帰るとなると、僕も方向は一緒だ。

 女の子は時計を睨んで暫し考える仕草を見せた。

「歩いて行こうと思います」

 少しでも家で休みたいし、と女の子は付け加えた。それなら、と今度は僕が続けた。

「少し大変ですが、歩くのなら近道があります。僕もそれを使おうと思うのですが、よければ案内しますよ?」

「本当ですかっ?」

 女の子は驚いたように大きな声を上げた。

「ええ。貴女さえよければ」

 こんな1日の最後くらい、誰かに親切にしたかった。そうすれば、この悪戯心も少しくらい許されるだろう。

思い返せば、それが彼女に声をかけた理由かもしれなかった。


「あの、近道って……?」

「簡単な一本道があるんですよ」

 少しだけ危ないですが、と付け加え、僕は駅員がどこにいるか確認した。さっきの駅員にスーツの男達が何やら突っかかっている。

もしかすると彼等は酒が入っているのかもしれない。ここからははっきり聞こえないが、無駄に声の強弱が激しい。駅員も困ったように対応しながらも、こちらを見てきた。

「駅舎を閉めますので、申し訳ありませんが退去願います」

 駅員はそう言うと、男達をその場に残し、事務室の中の誰かと話し始めた。

「行くなら今ですね」

 僕は駅員の方を注視しながら言った。

「え?」

 当然の反応だ。だが、僕もぐずぐずしているつもりはない。

「高いところは平気ですか?」

 今度は顔を見ての問いかけ。女の子はそれが何を意味するのか分かったようだった。

「まさか……」

「嫌なら残っていて結構ですよ。僕は一人でも行きますので」

 再度駅員の姿を確認する。男達と話すのに必死でこちらには背を向けていた。

 僕は素早くホームから飛び降り、線路の中へと降り立った。

 中腰で女の子を窺うと、僕の顔と駅員の方を交互に見比べおたおたしている。きっと今の彼女は、僕と一緒に行くべきか、それとも止めるべきか、それを悩んでいるのだろう。

 我ながら失礼だなと思いつつ、僕には彼女の慌てた表情が妙に可笑しく見えた。

「ま、待ってくださいっ」

 女の子は僕と一緒に行くことを決めたようで、徐に体を屈め、片足ずつ線路へと足を下し始めた。

 かたん、と軽く鉄を叩く音がする。無事にレールの間に着地したようだ。

 ホームの高さは目算で約1.5メートル。彼女の頭頂部がギリギリホームから出ていた。

「少し屈んだ方がいいですよ。万一見つかっても困りますしね」

「あ、はい」

 女の子は猫背になって、僕へ近付いてくる。

「それじゃあ、行きましょうか」

 僕は微笑みかけた。対する女の子の表情は、なおも困惑気味だ。多分、悪いことをしてしまっているという自覚があるのだろう。それでも黙って頷き、僕の後を歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ