第一話
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四月になってからというもの早朝からウグイスはホケキョと鳴いている。
ある人にとってその鳴き声は春を知らせる便りとなり、またある人にとってはそれはもう素晴らしい……ただの安眠妨害となる。
赤城学園内の中庭でスヤスヤと眠る皆木 新一郎にとってはそのウグイスの鳴き声は後者。
つまり、ただの安眠妨害でしかなかった。
ホーホケキョ。
「……うるせぇなぁ……」
ホーホケキョ。
「……っせぇつってんだろ」
ホーホケキョ。
「だあああ!うるせえっつてんだ……」
新一郎は寝ていたベンチからバッと起き上がり、足元に落ちていた石をウグイスの鳴いている木に向かって投げつけた。
「っろ!」
パカンという石が木に当たった事を知らせる切れのいい音。ウグイスに当たりはしなかったがやつの近くには当たったようだ。一羽の鳥が逃げるようにバタバタと飛び立ってゆく。
「ざまあ見やがれ」
たかが鳥相手に強烈な悪態をつき。不機嫌面で校舎の中へ入っていった。
新一郎が自分の教室。二年二組に入ると親友の鷹野博隆が声をかけてきた。
「オッス、シン。また今年も始まったみたいだな」
「何が?」
新一郎は相変わらず不機嫌面だった。というより春の朝は大体不機嫌だった。理由は当然ウグイスだ。
「ウグイスだよ、ウグイス。お前毎年やってるだろうが。てか鳥相手によくやるよな、ホント」
「別に好きでやってるわけじゃねぇよ」
あのウグイスは毎年春になると新一郎の近くにやって来る。この学園の中庭限定ではなく、新一郎近くに。これまでに三度ほど寝る場所を変えてきたがその度にウグイスは彼の近くにやって来てホーホケキョと鳴いている。
今年も。今日も。
「きっとウグイスもお前の事が好きなんだって」
鷹野が新一郎の肩をポンポンと叩く。
「……他人事だと思いやがって」
鷹野は新一郎の言葉を聞いてか聞かずかヘラヘラと笑いながら肩を叩き続けている。
不意にキーンコーンカーンコーンとホームルーム開始五分前をしらせるチャイムが教室に鳴り響いた。
鷹野は肩を叩くのをピタリと止め、さっと自分の席へ戻って行った。
二学年になって、最初の日ということもあり教室内で立ち歩いている者もチャイムの音を聞くと自分の席に座る。それ故にか教室は静まり返っていた。
そして新一郎は暇であった。一年の時、一緒のクラスだった人も数人いたが、特に仲が良かったわけではなかった。
というよりこのクラスになって友達と呼べるのは鷹野だけではないのだろうか。
新一郎は友人関係は広い方ではない。むしろ、狭い。
元々、明るいとは言い難い性格だし、その上無理に友達を増やしたいとも思わない。 ノリも悪くはないが……それも仲の良い一部の友達に対してだけである。
はっきり言って…………暗い。
鷹野曰く根暗で、陰鬱で、自閉症気味で……目付きが悪い、とのこと。
「あー……。暇だな」
新一郎は目付きが悪かった。普通にしている分には分からないが少し遠いものを見るときなど目を細める。その時、例の目付きが現れる。
それがヤバかった。
やたら細くて、鋭い。 日本刀の切っ先を彷彿とさせるものがあり、その目線は射られた者を戦慄させる。
さながら、銀行強盗の人質になった気分といったところか。
特に何かするわけでもなく、ボーッと校庭を眺める。
そして時計の長針が九時を指そうとする頃、静まり返った教室内の沈黙を破るように一人の男性教師が入ってきた。
「おはよう、諸君!」
やたらと馬鹿デカい声。
張遼だった。
社会科日本史担当。生徒指導部部長にして校内の不良共を震え上がらせる最強にして最凶の教師。
張川遼介(32)通称張遼、その男だった。
張遼は早々に週番に号令をかけさせ、元気よく、
「おはよーございます!」
30過ぎのオヤジとは思えない程ののびのびとした大きな声。
クラス内の生徒が大半引いている。張遼のその大きな声に。
そして張遼の自己紹介が始まった。
「知ってる奴がほとんどだろうが……張川遼介だ。俺がこのクラスの担任だよろしく頼む」
担任という言葉に大半の生徒が少なからずとも嫌な顔をする。無論、張遼は気付いていない。
張遼は悪い教師ではない。むしろ人望もあるし授業も非常に分かりやすい良い教師である。
だけど暑苦しかった。
新一郎は小さく肩を落としたつかの間、
「あとこのクラスもう一人仲間が入ることになった」
放たれる衝撃の一言。
教室内は相変わらずの沈黙を保っている。
「入れ」
響き渡る張遼の声。
開かれる扉。
その扉から出てきたものは…………。
女の子だった。
それもただの女の子ではない。
超絶かわいい美少女だった。
腰まで届く長く透き通った黒髪。陶器のように白い肌。そして小さくもよく整ったきれいな顔。
男子達から沸き上がる大きな歓声。
手を叩き、喜びを露にする者。雄叫びをあげる者。嬉しさのあまりに泣き出す者。
なんなんだコイツ等……。
異常なまでにハイになった男子の中で新一郎は一人、衝撃を受けていた。
その額には脂汗が流れている。
なんでアイツが帰って来てんだ!?
「静かにせんかーっ!」
張遼の怒鳴り声。騒いでいた男子が一瞬で静かになる。
「嬉しいのはわかる、俺も嬉しい。だから静かにしろ。それじゃ瑞木」
張遼の変態的爆弾発言に誰も気付かない。
そして瑞木と呼ばれた少女は黒板に名前を書き、
「えっと、瑞木雪奈です。家庭の事情でこの町引っ越してきました。よろしくお願いします」
一瞬の沈黙の後、男子共の歓声。
ホームルーム終了までその声が止むことはなかった。