少女の心労
京子は、訓練生用の寮の自分の部屋に入った。
「お帰り、京子、遅かったね?」
ルームメイトの綾子が先に帰っていた。
彼女は、ニ段ベッドの上のほうに座っていた。
「綾子、私すぐにまた出るから」
京子は、セーラー服を脱ぎベッドに投げ出し、下着姿になった。
「京子・・・、私しか見てないから良いけどさ・・・」
「ん?ああ、ごめん・・・」
いきなり下着姿になった京子をたしなめた綾子に、彼女は気の入っていない返事をした。
綾子はため息をついた。
このところずっとそうだ。京子はこの間から、何を話しても上の空。
最初は、対抗戦の緊張からあんな状態になったのだと思っていた。
だが、対抗戦が終わっても、この状態が続いている。
「私には、話してくれないんだ・・・」
「え?何を?」
京子は沈んだ声で聞く。
「いや、何でもない・・・」
綾子には、自分から聞いてみる勇気はなかった。
何故だか、聞いてはいけない、そんな気がするのだ。
綾子は、勇気の出せない自分を心の中で毒づき、また、話してくれない京子に憤った。
台所や、ベッドが配置された、学生寮にしては広い部屋は薄暗く、そろそろ電気をつけなければならない、綾子はそう思い、ベッドから立ち上がり、電灯のスイッチを入れるために、中央に置いてあるテーブルの上の携帯電話を取った。
部屋の殆どの機能は、携帯電話と連動している。
ドアのロック、電灯のオンオフ、バスルームのお湯出しまで、全て、携帯からのシグナルで操ることが出来る。
一応、全て手動で動かせるが、携帯電話があれば動くことなく、大体のことが出来るのだ。
その機能を使って、綾子は部屋の電灯をつけた。
「何でも便利になるのって、人間を堕落させるわね」
そう言いつつも、それにどっぷり漬かっている自分にも綾子は気付いている。
結局は、便利か便利でないか、それがキーポイントなのだ。
人間の価値基準とはそんなものだ。
そうこうしている内に、京子は着替えを済ませ、対抗戦のときのジャージ姿になる。
「じゃあ、行ってくる」
その言葉は、綾子に向けたものではない。
ベッドの枕の脇に置いてある写真。
それには、少女と、その家族が写っている。
小さい頃の京子と、その家族が・・・。
綾子は無言で、写真に向けてそう言った京子を見ていた。
「綾子も、行って来るね」
「ああ、うん、行ってらっしゃい」
京子は、部屋を後にする。
「私じゃ、役不足なのかな・・・。京子の心配なんて・・・」
綾子は、京子が出て行った扉に背を向け、もたれかかった。