話があるの
訓練機関『プロファイル』は、太平洋上に浮かぶ人工島、科学都市『エリア』にある機関だ。
プロファイルの目的はただ一つ、軍事国家という形態をとっている『エリア』に訓練を受けた兵士を送り込むことだ。
しかし、ただの兵士ではない、彼らは、ハイマネティックゲノムという細胞を身体に移植されている、それによって身体能力が格段に上がった兵士だ。
ただ、この細胞に適合する人間と、しない人間がいる。
この訓練機関に所属する資格はただ一つ、ハイマネティックゲノムに適合していること・・・。
選び抜かれた精鋭達は、今日も、力を研磨すべく、トレーニングに勤しんでいた。
「ねえ、あれ、風蒼龍くんじゃない?学内対抗戦二位の」
トレーニングに勤しむ少女達が、青いチャイナ服の少年を見つけて、ひそひそと話していた。
風蒼龍、この訓練機関でも指折りの精鋭だ。
東洋人らしく、彫りの浅い顔をしているものの、十分に整った顔立ちをしているので、女子訓練生の中でも、人気が高い。
ちなみに、ここは訓練機関と銘打っているものの、実質、学園としての性格が強い。
よって、この訓練機関は俗称として、兵士養成学園とも呼ばれている。
この訓練機関の様相も、訓練機関というよりは、学校といった感じだ。
とはいえ、構内にはトレーニング用の設備が多く置いてあり、内部はどこかのトレーンニング施設のようだ。そのトレーニング設備を使用したり、休憩したり、組み手のようなことをやっている人間ばかりだった。
さて、今注目を集めている蒼龍に近付いていく少年がいた。
歳は蒼龍とそう変わらないであろう、短髪をオールバックにした、背の高い少年。
「やあ、ジャック」
蒼龍は、近付いてくるオールバックの青年を見て言った。
「押忍、アニキ!対抗戦二位、おめでとうございました!」
「有難う、荒井さんには勝てなかったけど・・・」
「いえ、別にそのような意味で言ったのではなく、単純に祝福を言っておきたかっただけで・・・」
「分かってるさ」
恐縮したジャックに、蒼龍はひらひらと手を振って心配ないと、言外に言った。
「それにしても、入隊たったの二ヶ月でここまで登りつめたのは初めてのことじゃないでしょうか?」
「いや、荒井さんは、一ヶ月で一位になったからね、初めてって訳じゃないさ」
「あ・・・」
「あ、いや、別に卑屈になって言ったわけじゃないんだ、事実としてさ・・・」
更に恐縮してしまったジャックの様子に気付き、慌てて蒼龍は弁解(?)をする。
そう、事実として、だ。
事実、蒼龍の成長は目覚しい、だが、荒井京子のそれは更にそれを上回る。
それだけの事、蒼龍は冷静にそう分析していた。
「ですが、アニキなら一ヵ月後の対抗戦できっと一位になれますよ!」
それは、荒井京子にリベンジをはかるということだ。そう簡単なことではない。
「まあ、頑張るよ」
どっちつかずの蒼龍の返答、だが、ジャックはそれについては追求しなかった。
「それはそうと、アニキは『フェイスチーム』には入るんですかい?」
「『フェイスチーム』、か、学内対抗戦で上位に入ったものに与えられる特権で、暴走した訓練生を取り締まる、言わば風紀委員か・・・。あんまり興味ないんだけど・・・」
「そんな!『フェイスチーム』に入ればあらゆる特権が与えれるんですよ?
アニキの名声を更に広めるチャンスなんですよ?」
「名声って・・・」
オーバーなジャックの表現に、蒼龍は苦笑いした。
「大袈裟でも何でもないです!この機関内では、最近、犯罪を犯す訓練生も増えています。
それに応じて、『フェイスチーム』の特権も更に強くなっているんですよ?
それに、荒井京子も『フェイスチーム』に所属しています。彼女の弱点を知るためにも、フェイスチームで治安維持をするのは決して悪くないと思いますよ?」
「そうかな・・・」
「そうです!俺は断固、アニキが『フェイスチーム』に入る事を勧めます!」
ものすごい勢いでまくし立てるジャックに押され気味に、蒼龍は後ず去った。
「いや、そんなに『フェイスチーム』に特権が集中しているとは知らなかったな・・・」
後ず去りながらそう言う蒼龍に、やっと落ち着きを取り戻したのか、ジャックは咳払いして、気持ちを落ち着け、再び蒼龍を見詰める。
「とりあえず、通達がその内来るはずですその時に必ず『フェイスチーム』に入ると申告して下さい!」
「分かった、そんなに言うなら、入ってみるよ」
渋々と、とは行かないまでも、やや遺憾が残る表情で、蒼龍は承諾する。
「何話してんの、あんた達?」
そんな中、声の方向を見たジャックの顔が引きつった。
「あ、荒井さん」
怪訝な表情で振り返った蒼龍はその声の主の名を呼んだ。
ジャックのこの反応は、恐らく、決勝で蒼龍を倒した荒井に反感と、言うほどではないが、いい感情を持っていなかったのが原因だろう。
そう思いながら、蒼龍はセーラー服を着た喧嘩っ早そうな瞳の少女を見る。
「蒼龍、あんたに話があるんだけど?」
「え?」
蒼龍ばかりでない、ジャックは勿論、聞き耳を立てていたその場に居た全員がそう言った。
「何々?第一位が第二位に告白?」「お似合いだけど・・・」「クイーンがキングに告白かー」
この時のキングとは当然蒼龍のこと、クイーンとは京子のこと、それはさておき、ひそひそとそんな風に噂話をする訓練生達に京子は一瞥し黙らせると。
「ついてきて」
「は、はい!」
思わず敬礼をする蒼龍、京子は踵を返し、無言で歩いていく。
その場の全員が硬直していた。
一拍遅れて、蒼龍が京子の背中を追いかける。