頂点に立つ少女
『これより、学内対抗戦、最終試合を始めたいと思います、荒井京子、風蒼龍、所定の位置に付いてください』
赤いジャージを着た少女と、青いチャイナ服を着た少年が向かい合っていた。
闘技場のような場所だった。観客達が席に座り、この二人の一挙手一投足に注目していた。
沸き返るような歓声、蒸し返すような熱気、荒井京子はそれを感じながら、深呼吸した。
円形のフィールドは、観客席に取り囲まれ、地面は柔らかな土に覆われている。
直径四十メートルの円形のフィールド、人間が二人暴れてもおつりが来るくらいな広さだ。
『では、秒読みを開始します、五・・・』
少女はゆっくりと目を閉じた。
『四・・・』
そして、浅く息を吐く。
『三・・・』
会場の熱気や、歓声が完全に意識の外に行き、感じられなくなった。
『二・・・』
少女はゆっくりと目を開ける。
『一・・・』
そして、青いチャイナ服を着た少年を見据えた。
『ゼロ・・・』
直後、少年と少女は、激突した。
お互いに物凄いスピードで、闘技場の中央に向かい、少女が蹴りを見舞う。
少年は、膝を曲げた。
頭を下げその一撃を避けたのだ。
だが、少女はくるりと身体を返し、二度目の蹴りを見舞う。
後ろ回し蹴りだった。
左の足から、右の足に軸を移動させ、とてつもない速さで少年に襲い掛かる。
(避けられない!)
少年はそう悟ると、左手で、その攻撃を受け、あっけなくふっと飛ばされる。
地面を滑り、手を地面につけながらも少年は、少女を見据え続けていた。
対して少女は、あまり蹴りに手ごたえが無かった事を疑問に感じていた。
そして、すぐにピンと来る。
(なかなかやるじゃない)
少年は確かに蹴りを受けた、だが、あえて勢いに逆らわず、吹き飛ばされることで、ダメージを最小限に抑えたのだ。
それに気付いた直後、少年の身体が視界から消えた。
少女は、上空を見る。
そこには、少年がいた。
少年は、頭を縦に振り、空中で一回転する。
そして、京子の真上辺りに来ると、足を身体の前面に突き出し、垂直に落ちてきた。
遠心力と、重力加速度を使った強力無比な一撃。
少女はそれを受け止めた。
片足が地面に付き、衝撃に、腕がびりびりと痺れるが、少女は倒れない。
しばし、二人はその姿勢のまま固まっていた。
少年は足に力を入れ、そのまま少女を押し潰すスクラッパーのように力を入れ続ける、対して、少女は、押し潰されまいと全身に力を入れた。
均衡を破ったのは、少女のほうだった。
ガードしていた腕を外し、少年の懐に潜り込む、少年は、意図せずして、足を振りぬくが、その蹴りには手ごたえがなく、空を切った。
その決定的なタイムラグを逃す少女ではない、拳を振り上げ、少年の顔に向けてストレートを放つ。
少年はその拳を何とか受け止める、だが、両手を使って防いでしまった。
少女の蹴りが襲い掛かり、少年は掴んでいた腕を放し、防御に回した。
だが、元来京子の一撃をまともに喰らえば、ガードをしても大ダメージは避けられない。
しかも、今の無理な体勢のせいで、少年は、先ほどのように攻撃を受け流す術をもたなかった。
人体からでた音とは思えない音が響いた、少年の身体が吹っ飛び、地面を何度もバウンドする。
こううなっては、腕でガードをしたのもあまり意味がなかった。
それでも、少年が起き上がろうとできたのは、さすがと言うべきか。
だが、決着はついていた。
いつの間にか、十数メートルほど吹き飛ばされた少年の上に、少女は馬乗りになっていた。
そして、拳を振り上げ、少年の顔にぶつかる寸前で、止めた。
「降参、する?」
「参った、また強くなったね?荒井さん」
少年は、地面ぺたりと後頭部を投げ出し、大きく息を吐いた。
歓声が上がる、ドッ!会場が沸いた。
「アンタも腕を上げたじゃない?」
「いや、この状況で言われても説得力ないよ?」
少年は、負けたのに清々しそうな顔で、そう言った。
『学内対抗戦、最終試合、優勝者は荒井京子に決定しました』
そんなアナウンスが鳴る。
少女は詰まらなそうにその場を離れた。
京子は、闘技場を抜けると、ロッカールームに入った。
優勝者は京子だ、だが、彼女は満足そうな顔をしていない、むしろ、不満そうにすら見える。
「勝ったんだから嬉しそうな顔したら?」
そんな京子に、話しかける人物が居た。
「綾子・・・」
振り返ると、そこには、親友が居た。
京子の黒の長いストレートヘアとは打って変わって、ショートカットの茶髪で、スレンダーなボディのほどよく筋肉がついた、京子と同じく、赤いジャージを着た少女だった。
「この間から、ずっとそんな調子じゃない?勝っても嬉しそうな顔もしない」
「うん、ごめん・・・」
「謝ることは無いけど・・・って京子?」
京子は謝りながらその場を後にする。
綾子は、それを慌てて追いかけた。
アタシが学内対抗戦で一位になっても、満足できなくなったのは、ついこないだの出来事のせいだ。
アイツが私に見せた別次元の強さは、学園というぬるま湯に浸かって慢心しきっていたアタシに衝撃を与えた。
事の始まりは、強盗の篭城事件に偶然居合わせた事だ。
アイツは、その現場に居た。
事件現場に飛び込もうとした私の前に、アイツは既に動いていた。
「ちょっと、アンタ待ちなさいよ!」
そんなアタシの声が聞こえなかったのか、それとも聞こえていて、聞き流したのかとにかくアイツは私の制止を聞かずに事件現場に入った。
白い髪のひ弱そうな少年、だけど、そいつはその外見に反して、とてつもない中身を持っていた。
篭城事件の犯人は四階に居た。複数犯で、子供を一人、人質に取っている。
追いつけなかった、アイツは、物凄いスピードで駆け抜けていく。
やっと追いついたときには、全て終わっていた。
泣きじゃくる子供を抱きかかえ、その周りに倒れる強盗たちを無表情に見下ろしながら、アイツは立っていた。
このエリアという太平洋上に浮かぶ人工島、その中に建てられた特殊戦闘部隊養成訓練機関『プロファイル』の中で頂点に立つこのアタシが、追いつくことも出来ない、そんな化け物だった。
それを見てから、アタシはどんなに敵を倒しても満足できなくなった。
『プロファイル』の中でやる訓練も、ただの戦いごっこ、そう思えるほどの衝撃を、アイツはアタシに与えた。
そんな風に思いながら、私は学内対抗戦を向かえ、再び頂点に立った。
それでも、アタシは、満足できなかった・・・。