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B面 偽物と本物

「ふんだ。クラッキングされて気づかない方が悪いんだもん。須藤のおじいちゃんがそういってたもん」



「それとこれは別! おとーさんのお仕事の邪魔はしちゃダメっていったばっかでしょ!」



「だっておとーさんちょっとしか遊んでくれないんだもん。お仕事ばかりだし、地球のことばっかだもん」



 俺の膝の上ですねてる我が娘さんに、ガチ切れ中の相棒兼うちの嫁さん。

 生身と機械。銀色と金属色。

 違いはあれ二人の頭上でウサミミが激しく揺れているあたり、どちらもヒートアップしているのは間違いない。

 うむ。これで現在位置が我が家の居間だってなら、当家じゃよくある光景だなと笑えるんだが……こいつらPCO緊急事態対策会議中だって判ってるんだろうか。

 ずらりと雁首を揃えたPCO裏事情関係者からのリアル、仮想ウィンドウ越しの目線が実に痛い。

 こうなる前にもっと娘に構ってやれ。

 異口同音ならぬ異眼同視な目線には、返す言葉は無しだ。

 俺的には、愛娘に最大限の時間を割いているつもりだったんだが、娘様は全然遊んでくれないと不満だらけだったご様子。

 全面的に俺が悪いんだが、それでも言わせてもらえるなら、私生活無視な俺の社畜根性というか、実に嫌なブラック慣れな原因の大半は、社長や佐伯さんあんたらの所為だ。 

 会社の命運と、VRMMO業界の新しき船出、んでもってついでに地球救済な色々な物を掛けて作り上げた新世代型VRMMO『Planetreconstruction Company Online』

 通称PCOのオープンβテストは、定番の同時接続負荷テストやら、新規ギミックであるシナリオ自動生成プログラムテスト等々。

 多少の問題はあったが、概ねスケジュール通りに進められていたのだが、それも先ほどまでの話。

 エリスが仕掛けた、AIレベル強制変更プログラムは、実に効果的にプレイヤー潰しを実行してくれやがった。

 βテスト中に積み上げられたプレイヤー達の戦略、戦術が物の見事に覆されて、正式オープン前の攻略サイトやら交流サイトは現在進行形で阿鼻叫喚状態とのこと。 

 だが安心しろプレイヤー諸君。阿鼻叫喚はこっちもだ。

 PCOの裏目的は、銀河文明の統治機関である星系連合に、PCOを通して地球人は星間文明種族とほとんど変わらない知性、精神性を有す事を証明する事。

 そのPCOの難易度が、エリスが原因で全エリアのNPCAIがノーマルモードから、一部限定区域や、特定NPCに使うつもりだったハードモードに移行している。

 しかも質が悪い事に、この難易度書き換えプログラムは、自動増殖型のウィルスプログラムで、ノーマルに設定変更しても、すぐにハードモードに強制変更されてしまう。

 佐伯さんの見積もりでは完全除去には、システムを止めて数週間はかかるとの事。

 遅延させている地球時間においてはPCO正式オープン前日だってのに、不具合発生で一月近く延期ってのは幸先が悪すぎる。

 さらにいえば宇宙側の方も切羽詰まっていて、地球時間で一月も伸びるのを待っている余裕は無いってのが実に笑えん。

 かといってハードモードのままだと、うちのギルドを含めた一部の廃神連中には丁度いいかもしれないが、俺の本命である清吾さんちの娘さんコンビみたいな初心者連中には少し荷が重い。

 クソ難易度のクソゲー扱いされて、プレイヤー激減とでもなったら目も当てられない。

 本当に嫌な攻撃を仕掛けてくる辺り、さすが俺の娘だと変に感心するが、口に出したらアリスの怒りがこっちに来そうなので、心の中に留めておく。

 まぁ、とりあえずはだ……



「親父さん。人んちの娘に何を教えてるんですか」



 俺の横で暢気に茶を啜ってるはげ親……もとい須藤の親父さんへ、父親としてのクレームを一本入れておく。 

 魔法使い級プログラマな須藤の親父さん直伝のクラック技術を身につけたエリスの将来が、そこはかとなく心配になる。

 クラック対象である俺の本来の所属先ホワイトソフトウェアのメインシステムの基礎部分は親父さん作。

 設計者から見れば穴の1つや2つは余裕だろう。

 エリスに好き放題に侵入されているのだから、今回の件だけで無く特定人物(美月さん&麻紀さんコンビ)にむけたトラップの山が眠っていそうな予感がひしひしとする。

 エリスが目の敵にしているのが、俺が目にかけているあの子らなんだから、難儀な話だ。

   

 

「なに言ってやがる。お前が放置しすぎたのが原因だろうが、ちゃんと遊んでやるときは遊んで、叱るときは叱れ。自分の都合の良い時だけ構ってやるのはペットと変わらねぇぞ」



 おうふ。正論すぎる。

 親父さんが湯飲みを置いてジト目で俺を睨む。

 ……ふむ。親父さんのごもっともな説教に周囲からの目がさらに痛くなる。

   


「あー。一応これでも精一杯の」



「お前な。仕事場にエリ坊を連れ込んで、それで満足させてたとか思うなら逆効果だからな。回線確保に利用されてただけだぞ」



 ……なるほど。侵入経路はあの時か。

 現状創天と地球側との回線は、あっちからこっちはまだ良いが、こっちからあっちは技術流入や情報漏洩を嫌う星系連合によって、かなり限定されている。

 エリスがここまでばれずにあちらに仕込むには、どうやっても地球側へと情報送信する回線が必要となる。 

 そしてその情報回線とは……



『あー! 私が出汁にさあいたっ!?』



 地球側の通信交換オペレーターの大磯さんが、親父さんの指摘ではっと気づいて立ち上がろうとし、そしてテーブルで足を強打したのか涙目のまま撃沈される。

 さすが我が社の誇る高性能どじっ子。一瞬で気づいて、こういう場面でもしっかり決めてくる。



「あたしよりおとーさんと仲良く話してる大磯ちゃん嫌いだもん」



 そして地球嫌い、地球人嫌いを公言するうちの娘さんは、べーと舌を出して挑発している。

 死んでこっちに来た地球人は別に良いらしいが、あちらに、本来の意味での地球に住む人は嫌いなのはまだ救いだろうか。

 この調子では、うちの両親と姉貴夫婦。そして俺の姪にしてエリスの従姉妹と面会させられるのは何時になるのやら。

 アリスに愛想を尽かされる前に結婚しろや、早く孫を抱かせろ。弟、妹分が欲しい等。

 過去の所行のせいとはいえ、このままじゃ一生結婚できないやら、ここが最後のチャンスと家族に思われてる俺って一体……。

 もうとっくにそのラインは越えてるが、それを告白したときには、家族会議からの姉貴説教コンボが確定してるんで、非常に憂鬱だ。



「エーリースー! いい加減にしないとご飯はしばらくあたしの創作料理だけの刑にするわよ!」



 反省の色を見せないエリスに怒りの矛をさらに尖らせたアリスが、世にも恐ろしい事を言いやがる。

 だがアリス。それが罰ゲームだと判ってるなら、もうちょっとマシな発想してくれ。  少なくとも焼き魚とあんこを組合わせるな。たい焼きにヒントを得るな。

 しかもそれ自動的に俺も付き合うコース確定だ。可愛い娘だけにそんな苦難を歩ませられるわけが無い。

 しゃーない。こうなりゃ…………



「リルさん。シークレットモード。全回線を最大機密モードに」



『了解致しました。全回線最大機密モードに移行致します』



 俺の指示でリルさんが即時に回線のセキュリティレベルを最大まで上げる。

 グレーゾーン全開の搦め手でいくしか無い。



「社長。佐伯さん。元数値のデータをリルさんの方に保管してあるので、そちらも利用してワールド2面で行けませんか? 参加人数が想定外に多かったので、サーバを緊急増設して、通常ワールドと、難易度アップワールドに分けますという感じで」



 無論緊急増設なんぞ一日、二日でできる訳も無い。

 とりあえずはした事にしておきリルさんに代理をしてもらっている間に、地球側で別サーバを揃える。

 辻褄合わせは、リルさんにちょっちょいと帳簿やら記録、記憶を弄ってもらって、前後の矛盾を誤魔化す。

 科学レベルが桁違いだからこそ行える力技で、いわゆるチートコードみたいなもんだが、あまりやり過ぎると星連が五月蠅いのでそうそう使えない奥の手だ。

 具体的には今の政治力じゃ3、4回が限度だろう。

 それ以上となると色々とつけ込まれる事になる。



『出来無くは無いけど、互換性はどうするんだい? ワールド事の状況が大きく変化する事になるよ。プレイヤーデータを別個にするのかい?』    



 PCOの売りはプレイヤーの行動によってNPCも影響を受け、管理側やプレイヤーも想定していないシナリオの無いストーリー展開を見せるMMO。

 元が同じデータでも、プレイヤーやその行動が違えば、ゲーム内勢力図や情勢は大きく異なる事になる。

 その差異をどうするかってのは当然の指摘だ。



「別個じゃなくて出来れば統一で。整合性はメインシナリオで上手い事にいけませんか? 平行宇宙とか別宇宙とか」



 ワールド事にキャラを別にすると、どうしても放置キャラが出たり、ワールド事のプレイヤーの分断が起きる。

 出来たら1つの世界で大勢のプレイヤーっていうのが理想だ。



『あぁそれなら、新規クエストにボスとフィールドを作ろうか。平行宇宙への扉として、特異跳躍点を設定して、そこを突破したら別の宇宙に到達できるって感じで。低レベルプレイヤーでも高レベルプレイヤーでも移動可能で楽しめるように、艦隊規模事に難易度を変更する形だね。初心者、ベテランの棲み分けやらが可能になるからありだね』

 


 俺の無茶な提案に、お気楽極楽な顔で社長が即座に反応し策を提示する。

 しかしそれがまた無茶な案だ。

 地球時間では明日オープン。それなのに新規ギミック、フィールドを投入しようとするんだから。

 だがその無茶が可能になる。

 我が社の最大戦力である須藤の親父さんは、今現在こちら側、宇宙側にいるからだ。

 そして地球では明日でも、宇宙では1週間の時間がある。



『いやー親父さんが心臓麻痺でぽっくり逝ったときはまいったけど、こういうときは助かるね。親父さんそっちで頼むよ』



「人が死んだのを嬉しそうに言うんじゃねぇよ。ったく、おっちんでからもこき使われるなんて夢にも思わなかったぞ」



 軽く言ってのける社長の言葉に、須藤の親父さんは嫌そうに顔をしかめる。

 だがそういう親父さんはワーカーホリックな社畜の鏡にして仕事人間。

 無理な納期やら仕様のほうが燃える事はうちの社員なら先刻承知だ。



「佐伯。こっちでメインフィールドは組むから、クエスト受諾画面は流用して準備しておけ。三崎。艦船データから大型要塞艦を適当に見繕え。ボスキャラにすえるぞ。難易度調整はオープン中に適時やってくからデータ取りは密に」



『あいよ。広報部のほうにオープンサプライズ企画としてワールド二面もぶち込ませとくよ』



「ういっす。すぐピックアップします」



 現状こちら側に来ているホワイトソフトウェアの社員は、俺と親父さんのみ。

 まぁ二人でも、というか、親父さん一人でもリルさんの計算処理速度が組合わさればどうにかなる。

 何せ地球のスパコンですら、親父さんには処理速度が気になってたらしく、リルさんの打てば響く高性能があってこそ、初めてVR空間で全力を発揮できる化け物だ。

 さてこっちはこれで目は見えた。

 あと1つは……



「むぅぅぅっ……」

    


 自分の妨害工作が一瞬で逆利用され動き出した事に頬を膨らませているエリスだ。

 どうせ懲りずにまだまだ悪巧み考えてるんだろうな。

 俺の娘だし。

 エリスの目的は地球人プレイヤーへの妨害。

 もっと精密に言うなら、俺が一度死んだ原因であるとエリスが思い込んでいる上に、俺の仕事が忙しい理由だと勘違いし、俺が気にかけていると嫉妬しているあの女子高生コンビだ。

 可愛い娘にこうまで思ってもらえるのは、父親としちゃ嬉しい限りだが、目に見えないところでの妨害工作はもう勘弁。

 お前がなんかする度に、お父さん忙しくなるんだが判ってんだろうか?

 まぁそこら辺の猪突猛進ぶりは、相棒の血を引いているんだろうなと思いつつ、少し考える。

 エリスの方向性をコントロールし、上手く利用する。

 言い方は悪いが、娘さえも利用して、自分の目的を果たすには……主人公を恨み、一方的に目の敵にする強キャラ……ありだな。



「エリス。そんなにお父さんと遊びたいのか?」



 ふくれっ面の頬を突きながら尋ねると、



「……おとーさんはエリスのおとーさんだもん」



 実に子供らしい理屈で我が儘を口にする。

 独占欲が強いのはアリス一族の特徴なんだろうな。

 そしてアリスの娘という事は、ついでに言うと俺の娘であるならば、十分素質ありだ。

      


「社長。プレイヤー枠を一人、いや二人分追加してもらえますか?」



『あぁ構わないけど、アリシティア社長は無理だからね。いくら隠そうとしてもプレイスタイルですぐばれるだろうから』



 にやりと笑った俺の意地の悪い顔に社長は、全てを察したのか即答しつつ、アリスを見て釘を刺す。



「プレイヤーに復帰したいのに……」



 実に恨めしそうな顔を浮かべる兎母は、耳をしょんぼりと垂らす。

 開発企業のトップが一プレイヤーとはいえ参戦はさすがに御法度だが、まだまだ諦めてない辺り、業が深いなうちの嫁。

 まぁその辺りはそのうちちょっと手を考えるとして、今は兎娘の方だ。



「よし、じゃあエリス。おとーさん達が作ったPCOでなら遊んでやるぞ。エリスが嫌いな地球人、エリスの嫌いな清吾さんの娘さんもいるから、ゲームの中でルールに従ってなら好きに妨害しても良いからな」



「いや。エリス偽物嫌い。だってゲームの中って本当の事じゃないんでしょ。おとーさんもおかーさんも地球人もなんで偽物の世界のこっとばっかなの」



 俺の提案にエリスは気乗りしない顔を浮かべる。

 偽物の世界。本物じゃ無い。

 VRはどれだけ精巧に出来ていようとも所詮は偽物。

 だから本物とは比べものにならないし、複製品と比べても、足元にも及ばないまがい物。

 こいつはエリスのみならず、銀河文明に所属する連中の大半の常識であり価値観。

 本物が尊ばれ、VRは代用品ですら無い。

 科学が進みすぎて、何でも出来るようになったからこそ本物がありがたがられる。

 だがそんな価値観を俺は一笑に付す。

 VRが偽物。まがい物。

 そんな物は見てない奴。ちゃんと体験していない奴の台詞だ。

 どんだけ進歩しようが、どんだけ出来無い事が無くなろうが、そんな風に宇宙の奴らが考えるなら、俺に恐れは無い。

  


「そこはおとーさんのゲームをやってみろって。俺がゲームの、VRの楽しさって奴を教えてやるからよ」



 かつてどこかの誰かに言った台詞を少し改変しながら、俺はエリスへの説得を開始する。

 そのどこかの誰かはあきれ顔だ。

 母子二代に渡って同じ口説き文句とは芸が無いとでも言いたいのか。

 それとも母子二代に渡って、価値観が狭いと自虐でもしているのだろうか。

 偽物の、作られたVR世界。

 だがあそこにだって本物がある。

 俺は、アリスは、うちの会社の連中は、そして誰よりもプレイヤーは知っている。

 あの騒がしく、輝かしく、そして何より楽しかった時間があるから断言できる。

 だから俺達は戦える。

 それにだ。娘一人を心変わりさせられず、銀河全ての連中の認識を変えてやろうと……喧嘩を売れるかって話だ。

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