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ようこそ新世界へ

「前庭はそんなに変わっていないそうなので直撮りでいけそうです。あと地域資料館に開校記念に校庭で人文字を作ったときの、昔の航空写真やら地上映像が残ってたんでコピーさせてもらいました」



 北風吹く冬空からちらつく雪がついた肩を時折払いながら、酔ったサラリーマンで混み合う人混みの雑踏を早足で抜け、ようやく連絡のついた須藤の親父さんへと今日の収穫を報告していく。

 作業に極限集中しているときは親父さんに連絡しても、『後にしろ』となるので、連絡がついたときに全部伝えておかないと面倒だ。

 ユッコさんから受けた復元依頼は校舎本体は完成済み。

 校庭周囲や前庭に設置されている池や飼育小屋の形や位置などは、今日の調査でほぼデータがそろったので、これらを設置をして外回りも終了。

 あとはユッコさんやらそのご友人に細部の確認をしてもらい修正して完成だ。

 依頼されてから二ヶ月の突貫制作だが、上出来なできあがりだと思う。



『おう。そんだけあれば校庭周囲の花壇やら遊具の配置も正確な位置関係がつくな。ご苦労だったな。もう9時過ぎているが今日中に戻ってくるつもりか?』



「電車があれば。ただちょっと微妙です。なんか事故があって遅れてるらしくて、今駅に向かうことは向かってるんですけど」



 コネクターから伸びるケーブルは胸元に入れた無線式小型VRネット用端末へと繋がっている。

 親父さんとの電話回線を維持しながら、最寄り路線の最新運行状況を網膜ディスプレイへと呼び出す。

 近くの駅で人身事故。かなり遅れているらしい。

 駅に来る頃には再開しているかと思ったが。ちっ。無理か……

 元々戻れても日付を超える予定であったが、これでは途中駅で終電を迎えてしまう。

 会社に戻って追い込み作業のヘルプに入るのは諦めるしかなさそうだ。

 急いでいた足を緩めて白い息を吐く。

 ユッコさんの同級生の容態は芳しくないらしい。早めに同窓会を開催してあげたいのだが……


 

「すみません。無理っぽいです。後でデータだけ送ります」



 とりあえずデータだけあれば作業は進められる。

 データ量は結構多い。携帯端末の無線回線ではデータ転送に時間が掛かりすぎるからどこかで有線回線を探す必要がある。



『三崎。お前あんまり無理すんなよ。最近少し働き過ぎだぞ』



「いやいや、親父さんに言われたくないですっての。徹夜何日目ですか。年も考えてくださいよ」



『……ったく。てめぇは本当に口だけはへらねぇな。仮眠は取ってるから心配すんな。宿代は経費で落とすからしっかり寝とけよ。今週中には仕上げる。戻ってきたらこきつかうから覚悟しとけ』



「了解」



 苦虫を噛みつぶしたような声で最後に発破をかけてきた親父さんに、俺は笑いながら答えて回線を切断する。

 首筋のコネクターを刺したままコートの襟を立てて寒風を遮断するがやはり寒い。

 年が明ければもっと寒くなるかとぼんやりと考えながら、周辺地図を呼び出して予約無しで入れるホテルを確認。

 見事に全室Sold outの真っ赤な表示。泊まれそうな所は無い。

 電車が止まっているので同じように立ち往生している者が多いせいもあるだろうが、日付を見れば師走まっただ中の12月15日……年末故致し方ないかもしれない。

 かといってさすがにこの雪がちらつく寒空の元、駅前のベンチで野宿は勘弁。というか凍死する。

会社にデータを送るなら、24時間やっているVRカフェで一晩を空かすのが一番かとも思ったのだが、国内のVRMMOが停止、撤退したことと、VR規制条例の影響でVRカフェ専門にやっていた系列は利用客の激減から全国で撤退が相次いでいる。

 ここの駅前にも大きなVRカフェがあったようだが先月末に撤退していた。

 事故のあった『EineWelt』の系列店だから、根も葉もない風評被害でも受けたのかもしれない。

 昔ながらのモニターを使うネットと紙媒体である漫画喫茶を残している老舗などは駅周辺にちらほらあるようなので、各店の公式HPへと繋いで空き状況を調べてみる。

 だがそちらも専門店との棲み分けが出来ていたのか、回線容量の大きいVR席が元々数少なく、しかも運が悪いことにその僅かな席も埋まっていた。

 娯楽利用客なら2時間で空くのだが、仕事で使っている連中ならいつになるか判らない。

 さて、どうしたものか…… 

 ここの駅前を諦めて電車が動くのを待ってもっと大きな駅に行くというのも手かもしれないが、そちらも同じような状況だったら目も当てられない。

 通行人の邪魔にならないように道の端に避けてどこか無いかと検索していると、ぽんぽんと肩が叩かれた。

 振りかえって見ると顎先にそり残しの無精髭を生やす微妙に怪しげな初老のおっちゃんが、胡散臭い笑みを浮かべていた。



「お兄ちゃんナノ持ちかい……どうだい良い店あるんだけどよ? 大丈夫合法だよ。二時間でちゃんと楽しめるからよ」

 


 コードの刺さった俺のコネクターを目でさしつつおっちゃんは声を潜めて俺に告げた。 

 こりゃ風俗系VRカフェの客引きか。

 その怪しげな囁きから見て、合法ってのは灰色のグレーゾーンの限りなく黒に近い部分だろ。

 ドラッグVR、海賊版コピー仮想体とか、違法VRソフトやらの販売サイトと繋がっているが、そこから客が何を購入して使っても、当店は知らぬ存ぜぬ関与しませんといったところか。



「悪い、趣味じゃ……おっちゃん。使わないけど朝まで泊まるのいいか? 空きなくて野宿となったら命の危機。助けてくれると助かる」



 断りかけたところで、途中で思い直し手を合わせて頭を下げつつ一応頼んでみる。

 あの手の店のネット回線はウチの本社ビルの由来からも判るとおり結構充実している。

 一晩空かすにはうってつけだ。



「あー電車か。そういや止まってたな。ただ俺らも商売だからなぁ。ただ客を連れてきても利用してもらわねぇと上がりがすくないんだよ……最近は時間は短いし危ないからって利用自体も少ないからな、空いてっちゃ、空いてるんだが」



 よし見かけによらずいい人だ。砕けた口調で渋りながらも同情的な目を浮かべている……これならこっちの譲歩次第で勝てる。

 


「席のみいくらよ」



「2で2時間。もちろん利用無しでな。VR規制条例のせいで娯楽利用は二時間のみってので制限を喰らってるからな。なんかあれば警察がすぐ来やがるから嘘は無し」



 基本料金に追加購入からのバックが収入源ってところか。

 空席であれば何の利益も生み出さない席。

 始発は朝5時すぎ。今から約8時間後。



「じゃあ10だすから始発まで8時間貸してもらっていいかな? ……埋まってる方が良いだろ」



 俺の提案におっちゃんが悩む顔を見ながらも、俺はその躊躇から勝利を確信していた。

 問題は一つ。

 ……さすがにこれはちゃんと説明しても経費で落ちにくいかもしれないということ。

 空いてなかったので風俗系VR店を1万で使いましたといって、倒産の瀬戸際でもすんなり経費として通るようならウチの会社がやばい。

 最悪の場合自費となるが、自分の財布-朝まで野宿のリスク回避+仕事進行を考慮すれば、1万はかなり痛いことは痛いが十分つりが出る金額だ。

 しばらくしてから予想通り、すぐに仕方ないとおっちゃんは俺の案に乗った。

 そのおっちゃんの先導で連れて行かれたのは、近くの雑居ビルの階段を地下へと降りた先にあるVRカフェ。 

 建物のボロさ具合が本社を思い出して逆に落ち着く辺り、俺の基準はどこか間違っている気もする。

 衝立に囲まれて個人スペースとなった空間に量販品のダイブテーブルを30ほど置いたよくあるような作りだ。

 あまり広くない店の中はコンクリートの壁に反響して少し音色の変わったBGMが掛かっていて、暖房をケチっているのか空気も少し冷たい感じがする。

 それでも一晩過ごすには十分な環境なのだが、おっちゃんのいっていたとおり利用客は少なく空席表示がちらほらと目立つ。

 これだけ駅が近ければ多少割高でも俺と同じような者がいそうな気もするのだが、気になって尋ねてみるとおっちゃんは苦い顔を浮かべた。



「ほれ。例の事件はナノの違法改造で起きた事らしんいだが、脱法系のソフトが全部危ないと思っている客もいるらしくてな。こっちは商売あがったりだよ。昼間も変な若いのが来てよ。俺らみたいなのがいるから自分は世界を奪われただなんだってわけの判らないこと喚いてたし、鞍替え考えた方が良いかもな」



 おっちゃんはいろいろ心労があるようで重いため息を吐いている。

 俺の方も仕事が消えて、下手したら会社自体も潰れそうな状況なんで、何となく人ごとじゃ無い気もする。

 ひょっとしたらあれか、同類相哀れむで何となく雰囲気でお仲間と思ってブースのみの利用で貸してくれたか。



「そんなんだから兄ちゃんもけち臭いこと言わないで、気になるの有ったら使ってくれ。二時間でも楽しめるソフトが多いからよ。ほれ若いから嫌いじゃ無いんだろ。もちろん人相手のVR出会い系もあるからよ」



 前言撤回。なんやかんや言っても、購入して使うと思っていやがったかこのエロ親父。















 仮想コンソールに会社のアドレスを打ち込んで手持ちHDDから撮っておいた画像ファイルを転送。

 お、やはり結構早い。良い回線使ってるな。

 なるべく多くの現地資料があった方が良いからと撮りまくってきたがこれなら10分くらいで送れるはずだ。

 後は自動進行に任せれば良いのでそうなるとやることもないし寝るだけなんだが……まだ午後11時前なんだよな。

 始発前の4時半に目覚まし代わりにナノシステムでアラームを設定しているので、今から寝ても5時間ほどしか眠れないのだから、早々に寝た方が良いのは判っているが、困ったことに全く眠くない。就労時間が不規則な俺にとって、11時前に寝たなんて健全な生活なんぞここ数年記憶にはない。

 睡魔が来るまでなんか暇つぶしとなるのだが、参ったことに俺にはぽっかりと空いたこんなときに時間をつぶせる趣味らしい趣味が無いことにはたと気づく。

 ここ数年は遊びにしろ仕事にしろ、ほとんどがVRMMO中心で動いていたもんな。

 やべぇ……アリスのことを廃人すぎると心配していたが、人の事いえるような状態じゃ無かったようだ。

 かといってここの店からは、何とか再開している数少ない国内VRMMO系ゲームをやれるようではないし、やる気も無い。

 そうなるとだ。

 先ほどから網膜ディスプレイの隅をちらちら横切る扇情的な文字と、肌色の物体が気にはなる。

 …………いやいやそれは無い。

 うん。ない。おっちゃんに、『夕べはお楽しみでしたね』とにやりとした笑顔で古典的台詞を言われても仕方ない状況にする気は無い。

 第一冷静に考えても金が勿体ない。

 AI相手の一番安いソフトでも五千円も…………五千円か……安いよな。

 須藤の親父さんも言っていたが、俺はここ最近は仕事をしすぎだし、ちょっとばかり息抜きしてもいいような気もしなくは無い。

 

 

『……タ!』



 我知らず商品リストを呼び出していた俺ははっと我に返る。

 いやいや待て待て。五千円だぞ。

 そう五千円だ。ここの泊まり代も自費になるかもしれないから計1万5000円だ。



『…ンタッ!』



 たった二時間の欲求解消に貧乏サラリーマンとしては痛い金額を出して空しくなるAI相手にするくらいなら、もう2万出してVR出会い系のほうが……やばい最近の俺はおかしくなってるかもしれん。

 VRMMOの状況に感じている出口の無い不満が、性欲に変換されるくらい煮詰まっているのか。

 なんか先ほどから耳鳴りのようなのものも、聞こえてきて



『シンタっ! きづいてよ! ぅ-! お願いだから!』



 耳鳴りを自覚した瞬間、それははっきりと泣き声として聞こえる。

 リーディアン内でWISが飛んできたときと同じように頭に直接響くその声は聞き覚えがありすぎた。



「はっ!? ま、まて! お前アリスか!?」



 リーディアン内でもないのになんで聞こえてきたのかとか、それ以前に出先の怪しげなVRカフェでという疑問はいくつもある。

 だがその声は幻聴では無いと確信できるほどに、聞き慣れた声。

 アリシティア・ディケライアことアリスの声だ。

 会社のプレイヤー登録データも最低限の記入であるフリーアドレスのみで連絡もつかなかった元相棒に俺は声を上げて問い返すが、



『シンタ! 聞こえないの!? ねぇお願いだから! 答えて!』 



 アリスの方には俺の声は届いていないらしい。ただ泣きじゃくる声だけが聞こえてくる。

 冷静に考えれば当然だ。ここはゲーム内じゃない。リアルでWIS等使えるわけもない。

 どうすればアリスに声を……意思を返せる。

 それ以前にアリスはどうやって俺に声を届けている。

 ネット全域をハックして声を上げているのか?



『わ、私どうしたらいいかわかんないの! 助けてよ……シンタァ』



 仮想コンソールを展開して真っ先に浮かんだ予測を確かめる。

 書き込みの早い各種掲示板を呼び出してみるが、何時もの馬鹿話が続くのみで泣きじゃくる女の子の声が聞こえてきたなんて書き込みは一件も無い。

 そうなるとアリスの声が聞こえてきたのは極少数範囲。もしくは俺のみか。



『……聞いてよ……変なの見てないで……聞いてよぉ』



 弱くなってきたアリスの鳴き声は今にも途切れそうだ。

 あの兎娘は。人を呼び出しといて早々諦めるな。さっきから頭が痛くなるくらいに聞こえてるっての。

 やはりなんか面倒なことに巻き込まれてやがったか。

 しかしどうやってあいつに返せば。それ以前にあいつは……変なの?

 変なの見ているな。

 アリスが漏らした鳴き声が脳裏に引っかかる。

 変なのとは何のことだ。しかも見ているとは俺のことか。

 十八未満お断りの商品ラインナップが俺の目の前には展開されている。

 この店に隠し監視カメラでもあって俺を見ている? いやそれもない。

 俺はリアルでアリスに会ったことは無い。

 リーディアンでの仮想体は面倒だからと写真から取り込んだデータを使っていた。

 だから俺そのままであるが、それは始めたばかりの六年前の俺。

 少し子供ぽい面と外見をしていたときで、就職しGMになってからも肉体変化による操作感覚が変わるのを嫌って外見データはそのまま使っていた。

 当然昔の俺なのだから今の俺とよく似ているが、映像だけで判るか微妙なくらいには変わっている。

 それに俺が見ている商品リストは確かに変なのかもしれないが、網膜ディスプレイに浮かぶ仮想の商品リスト。

 外からは見えるはずが……そこで常識として除外していた可能性に気づき戦慄する。

 あいつまさか! 俺の脳内ナノシステムに直接潜り込んできているのか!?

 脳内の聴覚を司る部分を直接叩いて声を届け、俺の視覚を見ている。

 それなら説明はつく。

 技術的には可能だし、VR機能はそういう機能だ。

 しかし俺本人の許可も得ず気づかずに脳内ナノに入り込むなど可能なのか。



『アリスか? お前アリスなのか?』



 疑問はあるがともかく今は思いついた手段を試してみるしか無い。

 商品リストを消し去った俺はメモ帳を呼び出して仮想コンソールに言葉を打ち込む。

 視覚に映った文字。

 これがアリスに届けばいいんだが、



『シンタ……ようやく気づいてくれた……遅いよ! もっと早く気づいてよ!』



『だぁっ! 耳元、じゃあねぇ! 脳神経に直接怒鳴るな! 五月蠅すぎて頭痛いっての!』



 くそ。アリスの甲高い怒鳴り声で割れるように痛む。もうちょっとボリュームを抑えろ。

 このバカ兎は。

 姿消して心配させたうえにとんでもない手段で連絡よこして、返事が遅いとは良い身分だな。



『アリス! 何やってたんだよお前! っていうかどうやってんだ! くそ! 他にもいろいろ言いたいことあんだよ! だけど全部後回しだ! どうした!? 無事か!? 俺が助けられることか!? なにしてほしい!?』



 ともかく思い浮かんだ順に叩きつけるように仮想コンソールを打って、最後にもっとも重要なことをアリスに問う。

 こんな信じられない事をしてまで俺に助けを求めてきたアリスの事情だ。 



『ぐす……いえない……守秘義務設定……邪魔して……言えない』



 鼻をすするような声で言えないというアリスに、巫山戯るなと一瞬頭に血がのぼりかけたが、邪魔という言葉がかろうじて理性を保つ。

 息を一度大きく吸って、ゆっくりと吐く。

 設定に邪魔される。

 アリス自身の意思では無く、俺がリーディアンでボスをやっていたときのようにプレイヤーに意思を伝えられないように、発言制限を喰らっていたような状態なのか。



『アリス。それはここでいえないって事か? どっか他の場所なら言えるのか』



『……うん。船の仮想プライベート空間……シンタが来てくれたなら……設定変更してキャンセルできる……と思う』



 どこにいるんだあいつは。

 この状況では全く話が進まない。直接行くしかなさそうだ。

 明日の朝は睡眠不足になるかもしれないが仕方ないと覚悟を決める。

 


『場所教えろ。今から行く。クローズ環境じゃないんだろ』



 アリスがリアルのどこにいるかなんて判らないが、こうやって外に連絡をしてきてるって事は回線が繋がっている。

 VRならそれこそ地球の裏側でもそう遠い場所じゃ無い。



『シンタ……来てくれるの?』



『行ってやる。だから、ささっと教えろ』



『……コード送った……これでこれるはず』



 ナノシステムが数十行に及ぶやたらと長い数字と文字を組合わせた情報を受け取る。

 コードはそこへと入る鍵で有ると同時に、場所を指し示す住所のような物。しかしこれほど長いコードは今まで見たことが無い。

 これほど長く複雑なコードを使うなんて、よほど厳重に管理されているサーバ。国の管理下や一流企業の研究部門だろうか。

 下手したら進入しただけで罪に問われるようなやばいところじゃないだろうな……不安しか無いが、俺が行くと即答したときの、少しだけ明るくなり嬉しそうだったアリスの声が背を押す。

 仮想コンソールにその長い文字列を手早く打ち込み確認。

 間違いは無し。

 なんか分不相応なことを知って後戻りできなくなりそうな気もするが、行くしかなさそうだ。

 シートのベルトで体を保持し、首筋のケーブルを確認。

 いつも通りのチェックを終えてから俺は右のこめかみに指を当てる



「没入開始」



 人差し指で右のこめかみを叩いた瞬間、俺の意識はVR世界へと沈んでいった。

























 外部情報から隔絶され真っ暗闇の中を俺は進む。没入して3秒は経っているのにまだつかない。

 これだけ時間が掛かるのは正直異常だ。この店の回線なら国内であればそれほどタイムラグは無いはず。

 これを素直に信じるならアリスの現在位置はおそらく国外ということになる。

 仮想体の外見通りでアリスが日本人じゃないのかもしれないが、あいつの使う日本語の発音は違和感が無いほどに正確だったし、翻訳機能を使ったようなラグも無く、細かなニュアンスも伝わっていた。

 場所を特定されないようにわざわざ遠回りのルートを通っていると考えた方が無難かもしれない。

 視界が一瞬だけ強い光に染まる。

 どうやらやっとついたようだ。



「……………凝りすぎだろ。あの兎は」



 すぐそばにアリスがいるかと思いその姿を探そうとし、周りを見た俺はつい呆れた声を上げていた。

 俺が出現した場所は一面の星空のまっただ中だった。

 上を見上げれば巨大な恒星が鎮座し、龍のように暴れているプロミネンスに照らし出されるのは、鏡のように光る巨大な平面板と隣接した大規模工場のような配管がむき出しとなった小惑星。

 足下を見れば水をたたえた青い星がゆっくりと自転している。星の大半を覆うその大海原の中央で存在を主張する巨大な大陸からは、枝のような物体が伸びて、星の周囲で廻る帯のようなリングに接続されている。

 星から突き出ているのは軌道エレベーター、その周囲はオービタルリングというやつか?

 その二つの星だけでは無い。

 どこかの映画で見たような鋼鉄の台地で覆われた武装衛星が、ぱっと見で北海道ほどはあるだろう大穴から極太の過粒子砲を打ち出す。

 その隣では火星のように赤かった星に巨大な宇宙船らしき物が氷の塊を落としていき、氷が落ちた場所を中心に瞬く間に海が発生し、その周囲が緑に染まっていく。

 なんというかあれだ。

 子供の頃に想像した夢と希望だけしか無いお気楽極楽な未来の映像集。

 人の手で簡単に恒星すらも操るという未来技術の想像図がそこにあった。

 異常に手の込んだVR映像は妙にリアルで面白そうだが今はそんな空想の産物などどうでも良い。

 そんな物を見る為にここへ来たのでは無い。

 


「ったくどこだよここは! アリスいるのか!」  



 俺が上げた声にアリスの返事は無い。

 ただその代わりに、



『ようこそお客様。大規模恒星系改造から惑星のお引っ越し。大小様々な惑星改造なら当社まで。ディケライア惑星改造社。恒星系級改造艦『創天』はお客様の御乗艦を心より歓迎いたします』


 

 そんな巫山戯た事を宣う女性の声が頭上から響いてきた。

 笹本先生の名を出したのでお察しの方もいたと思います。

 私がやりたかったのはVRMMO+老舗惑星改造企業再建物という濃い組合わせです。

 当初は実は地球で大人気のVRMMOが、リアル別惑星で行われている侵略防衛戦争だったらという感じで考えていました。

 ですがそれだと主人公の立場が上手く広がらなかったので、じゃあいっそ某レベルEのあれのごとく、ノリを軽くいけば良いやという方針転換しております。

 この先の方針は宇宙側の超技術を持ってきて地球でゲームにというのは、ご都合主義がすぎるので一切無しでいく予定です。

 地球で出来る技術レベルのゲーム性能に宇宙側の状況をアイデアとしてゲームを作りつつ、宇宙の方では地球のゲームを参考に最初のRMMOを仕立て上げていく物語。

 地球では下っ端GMゲームマスター、宇宙では新人GM(ゼネラルマネージャ)とし、潰れかけた二つの会社を建て直すために奔走する主人公の物語。

 こんな所です。

 かなりあれな物語ですが、お付き合いいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなに導入部分が長い小説初めて見た! いよいよすぺーすふぁんたじーが始まると思うとワクワクしますね!
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