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鋼鉄のパンツをはかされた男

 俺を蹴りつけたり、踏みつけるアリスが見せる激情は、本気で怒っていると誰にも思わせつつも、捨てきれない俺に対する信頼を言葉の端々に感じさせるほど、真に迫る物。

 だが俺はそれに違和感を抱く。

 アリスの言動をよく知り、さらにはその正体を知るからこその違和感。



「出入りしていた事は認める。だけど違法ソフトは一切使っていないと……馬鹿馬鹿しい」



 クロガネ様が罪人を断罪する執行人のような目で俺を見ながら、その背後に仮想ウィンドウを展開した。

 その画面に映るのは予想通りというか、怪しげな客引きに連れられのこのこ階段を下りていく俺の盗撮映像……らしき物。

 さらには別撮りされた階段から続く簡素で店内の映像と、店の端末から接続可能なリンク群は違法性を感じさせる物ばかりと、生半可な言い訳の通じない映像が映し出される。

 これだけ証拠が揃ってれば、あまり苦労はしないですむだろう。

 使っていないのが事実といえ、問題はそこでは無い。

 要はそういうVR系非合法な店を、VR企業社員である俺が使用した事が問題。

 モラルの欠如を絡めて攻略ラインを立てれば、俺の資質を攻めるルートには事欠かない。

 だから対クロガネ様方針として俺が描いていたのは、言わせない、もしくは言えなくすること。

 最初の案であるクロガネ様のリアルばらし戦法はアリスの反対で頓挫した。

 次案は、ゲーマーであるクロガネ様の本質を利用し、こちらの土俵に引きずり込みプライドを刺激し、こちら側で決着をつけさせようと、ここまで順調にヘイトを稼いできた。

 後は上手く扱えばクロガネ様をこちらに落としていけたはずだ。

 だがアリスの介入でこちらも頓挫と。

 

 

「この類いの違法店での主な収入源は、違法ソフト使用料金のキックバック。脳内ナノシステム側の二時間制限があるから収入は激減中。そんな時に使わない客を追い出しもしないで朝まで泊めさせたと言うつもりか……しら」



「あんたはシンタの交渉力を舐めすぎ。外面だけは良いから、上手く口説き落としたんでしょ。第一シンタはケチだもん。私に連絡すれば無料で出来る事にお金を使うわけないもん」



 何とも臆面無いストレートなアリスの発言に気まずそうに顔を背ける若い女性やら、にやにやといやらしい笑みを漏らす中年男性なお客様を尻目に、俺はさらに思考を深める。

 先ほどの処女を帰せ発言は、アリスの言い間違えだと思えた。

 しかし今の発言は確実に可笑しい。

 アリスとそんな関係になったことなんぞ、リアルは当然としても、VRでも一度たりとも無い。

 だがアリスは俺とそういう関係であると断言した。

 何らかの狙いがあるはず。

 首を軽めに絞められながらも背中越しに伝わってくる実に残念な感触に冷静になりつつ、アリスは今役柄になりきった完全ロールプレイ状態なのだと、俺は推測する。


 ならアリスの狙いは?


 アリスとの関係性を外側から客観視した場合、俺らはどう見えるのかと考える。

 こいつの正体が実は宇宙人だという三流SFのような事実をすっぱり頭から捨て去って、ドイツ系アメリカ人アリシティア・ディケライアとして考える。

 ゲーム時代からの長い付き合いで気安く、喧嘩をしながらも相手の事を信頼している。

 父親の会社と夢を受け継いだがどうすべきかと困り果てた上で、俺に全てを託してPCOを実現に持っていくまでの無茶を許可している。 

 さらにはアリスの言動。

 処女を返せ発言に、俺が怪しげな店でついつい誘惑に負けてリストまで見ていたことを暴露しつつも、無料で出来るから利用はしていないと断言する。

 これらを考慮すれば、俺とアリスは他人から見れば、”公私”ともにパートナーであると思わせるには十分だろう。

 ……というかこれで単なる友達ですって言う奴がいたら、お前ら絶対ヤッテルだろうと俺なら突っ込む。

 要するにだ。アリスの狙いは、俺達がそういう関係にあると思わせる事。

 だがそれに何の意味がある?

 アリスがそう思わせることで得られる物が何か…………   



「大体ね本国に比べて対策は弱すぎだし、日本人の感覚は変なの」



 苛立ちを感じさせるアリスの声が耳元で響く。

 日本人と西洋人の感覚の差異をアリスは強調しているがこれも演技だとしたら……

 確信めいた予感に従い、仮想ウィンドウを叩いて脳内ナノシステム内アプリケーション一覧表を視界の隅に呼び出す。


【Electron Chastity belt】


 予想通りと言うべきか……仕事で使う管理系アプリ群や、国内外の有名所の規格に合わせ微調整したVR接続アプリ群等、メーカ品や俺が自作した各種アプリに混じって、入れた覚えがない、そのまんま過ぎる名称の海外メーカー製のプリケーションが1つあった。

 導入日付を確認すれば問題の昨年末出張日より数日前だ。

 無論こんな物を入れた記憶もないが、脳内ナノシステムに易々と侵入を果たすリルさんの仕業だろう。  


 

「VRだから浮気にならないとか、ゲームAI相手だから遊びとか言い訳ばかりして」



 しかし、なんつー手を思いつきやがったこの野郎。

 アリスの狙いは切り札の無効化その物。

 俺が出入りしていた事実をばらしながらも、俺が使えなかったと言うロジックを組み立てるつもりだ。

 合点がいった。

 なんでこんな手を使ってきたのか。それは判らない。

俺が負けるとでも思ったのか?

 だがそれならそれで一言あるはずだ。

 それよりも納得できる推測があるとすれば、何らかの課題がサラスさんから出されたという予測だろうか。

 先ほども、サラスさんの説得の為だ云々といっていたはずだ……ならこっちは。 

首を絞められて苦しいという意思表示をする下手な演技のふりをしながら、首に回されたアリスの腕へと手を伸ばした。














「法律で禁止されているとか以前に、VRでの感覚はリアルその物。それなのに不特定相手とか、ましてやAI相手とか、そんな裏切り行為が許されるわけ無いでしょ」



 普段の自分であれば絶対にしないであろう赤裸々な発言に、心の底では悶絶しつつも、アリシティアは発言を叩き込み続ける。

 今の自分は姿こそゲーム内キャラクターアリシティア・ディケライアだが、その中身はドイツ系アメリカ人アリシティア・ディケライア。

 敬虔とは言えないが、一応カトリック系キリスト教徒であり、それが思考の奥底に流れている。

 産めよ。増えよ。大地に満てよ。

 セックス自体は、人の性別を男女と分けた段階で神様も許してるしオッケー。

 性は喜びと満足の源泉という宣言もあるから、後ろめたいことも無い。

 でもやはり節度は保つべきだし、将来的には子供を作り、育てることもちゃんと考えるべし。

 だからパートナーである三崎以外とそういう関係になるなんてあり得ない。

 逆に三崎にも自分以外には、例えVRでも手を出して欲しくないし、出させない。  

 性に関する感覚が日本人に比べてオープンでありながら、パートナー以外は絶対不許可と、ある意味で貞潔というキャラクターを演じきる。



『お嬢様。渡航記録、搭乗記録。出入国記録。宿泊記録。カメラ映像の改竄のアリバイ工作並びに、三崎様の脳内ナノシステムへの新規プログラム挿入。稼働記録と顧客情報登録。全ての工作が無事終了いたしました」



 即興のプランにも関わらず数分でリルが全ての準備がパーフェクトに終わったと告げる。



『ありがと。シンタにも気づかれてないわね』



『はい。しかし思考制御システムをご本人の承諾無くお入れして三崎様がお怒りになりませんでしょうか?』



 リルが危惧を示すとおり、その三崎とはなんの打ち合わせもしていない。

 これだけのことを一瞬でやってのけるリルの手助けがあれば、誰にも気づかれずアリシティアの計画を委細漏らすこと無く伝えられるが、それもしていない。

 全ては叔母で有り、後見人でもあるサラスが出してきた課題。

  

【彼が常に上に立つ一方的な関係で無いとお見せいただけますか?】


 に起因している。

 アリシティアの考えに三崎は詳細を知らされずとも従えるか?

 例えそれが自分の名誉を汚すような手であろうとも、有益であれば受け入れるだけの器量があるか?

 三崎を試す為にサラスが課した課題の狙いはこんな所だろう。 



「確かにまだ国でいろいろやることあるから、リアルじゃ側にいられないあたしも悪いけど、ほっとくと何をしでかすか判らないシンタにも原因があるのよ」



 今回のPCO計画は三崎の主導で全てが組み立てられ動いている。

 サラスの心配は、三崎が一方的にアリシティアを利用しているのでは無いかということに尽きる。

 アリシティア達からすれば、地球の危機はすぐ近く。

 だが三崎目線で見れば、タイムリミットは地球時間で約百年後。

 今の地球人の平均寿命から考えて、三崎本人が生き残っている可能性は少ない。

 だから自分の死後である地球の危機など無視して、自分の野望を叶える為に、三崎が一方的にアリシティアを利用している可能性を危惧しているようだ。

 叔母の心配。さらに言えば同業者から不審をもたれる原因。

 結局の所だ。

 それは三崎の今までの行いと手管、さらにはそこから派生した悪名、噂に起因している。

 元々三崎の悪名をこの機会に多少はマシにしようと思っていたアリシティアにとって、叔母の課題は方向性にズレは無い。

   


『大丈夫。シンタのことだもん気づいて……』



 リルの心配を一蹴しようとしたアリシティアの腕に、三崎の手が伸びてきた。

 三崎は首を絞めるアリシティアの腕を苦しげにタップする。

 降参だと伝えるように見せかけて数度叩くその短いリズムは、アリシティアと三崎のみに通じるサインだ。



『ほらね』



 ゲーム時代に二人して調子に乗って突出し孤立して囲まれた時に、言葉を交わす暇もない際に、地面を足で叩いたり、相手の鎧を叩いて幾度も交わした短い合図。

 その意味は【合わせる】  

 ひねりも無いそのままの意味。

だがこれこそがアリシティアと三崎のもっとも得意とする所。

 綿密な打ち合わせも、決まり切った手順もいらない。

 互いが互いを理解しているからこそ息が合い、即興で合わせているのに、最大火力を生み出す事が出来た。

 ゲーム内随一と謳われたコンビにとって、サラスの課題程度、鼻歌交じりでクリアできる低難易度クエストとさほど変わらなかった。 














「だからシンタが変なことが出来無いように、あたしが首輪を付けてあげたの。だからシンタがあんたの言ってたお店で非合法のソフトを使ってないし、使えないって断言してるのよ。ね。シンタ使ってないでしょ?」 



 言葉だけ聞けば恋人に甘えて確認しているように聞こえても、その首に回した腕が正直に話さないと占め落とすと宣言しているようでちと怖い。

 アリスが演じるのは束縛系という奴か?



「いやお前いちいち確認すんな。さすがに男としてどうよと思ってんだから……クロガネ様。アリスの言葉は確かですよ。俺はそこは使いましたが、そこでは違法系ソフトには一切手を出してません。元々仕事用に太い回線が必要だったので仕方なくです」



 自分でも下手な演技とは自覚しつつも心底嫌そうな表情をしつつ、アリスに首を絞めらしつつも返答しつつ、何時までも地べたに座り込んでいるのは情けないので言葉と共に手を突いて立ち上がる。。

 リアルだったらいくら小柄なアリスといえど、人間1人をぶら下げたまま立ち上がるなんて到底無理だが、さすがVR。よろめくことも無く無事に立ちあがれた。

 まぁ背中にウサミミ装備な金髪”微”少女を背負っているので、情けなさはあまり変わらないかも知れない。



「その日は資料集めの出張でしたが、帰りに電車がストップして会社への当日の帰社が難しく、近隣のVRカフェやシートも確保できず大容量資料を送る事も出来ず、さらには真冬で野宿も不可、泊まる場所も無いっていう状況でした」



 先ほどリルさんに送って貰った当日の電車運行情報、周辺のホテルやら宿泊もしくは滞在可能な施設のネット空き情報を表示する。

  


「そこにさっきの映像に映っていたおっちゃんに声をかけられたので、上手いこと言いくるめて席だけ使わせて貰ったって訳です。その後は資料を送ったり”なんやかんや”して朝まで滞在してました」



 その日は他に手段が無かった事を示す資料を提示しつつ、何をやっていたのかという部分だけはわざと言葉を濁す。

 アリスのプランに従うなら、あまり堂々と言えるようなことでは無い。というか俺は嫌だ。

 だから本気半分でここまでの資料で納得して、スルーしてくれないかと祈るが、



「恋人がいるから、違法系ソフトには手を出さないと。そんな戯れ言を信じる人間がいると思っている……のかしら」



 まぁ踏み込んでくるよな普通。

 でもあんた、たぶん男なんだからそこは男同士の仁義で見ないふり、聞かないふりをしろよ。



「だから言ってるでしょ。あたしが首輪を付けたって。シンタは”パートナー”であるあたし以外に手が出せないの。ほらシンタ観念して証拠を見せてあげて」



 後で素に返ったら悶絶してごろごろと転げ回るんだから、そこらで止めとけと忠告したいアリスが、俺の背中を押してきた。



「了解”相棒”。なんつーかこれでも海の向こうの人間なんで、ちょっと考え方が違うって言うか、あるソフトを入れさせられました……それがこれです」



 演技では無く本気で嫌だと思いつつ、俺は先ほど呼び出していたアプリ一覧表を可視表示に切り替え拡大して問題のソフトをピックアップする。


 Electron Chastity belt


 名称にひねりも何もないのは、こう言ったことにストレートなあちらな企業らしいネーミングだ。

 クロガネ様は意味が判らないのか首をひねっているが、このソフトの意味をわかっているのか、それとも知っていたのか。

 ともかくどういうソフトか判ったお客様、特に男性のお客様からは同情するような視線が飛んでくる。



「これの効果は、性的な快楽や刺激部分の情報伝達遮断および、それ関連のVRソフトの利用を不可能とする機能制限ソフトです……まぁ簡単に直訳すると電子貞操帯って奴です」



 元々は西洋の貴族階級で不貞を防ぐ為に作られた貞操帯は、年月をへて近年ではプレイの一種やら、ちょっとアレなカップルだけが利用するマニアックな物だった。

 でもある意味脳内妄想とも言えるVRの普及で、仮想だからと気軽に浮気に奔り、それがリアルにも及んでということがあったりと、海外の一部では実用的な対策として売り出されているソフトだ。

 元々性犯罪の再犯対策やらで研究されていた分野でもあった所為で、軒並み完成度は高い。

 しかも俺に入っているのはその最高性能品で、アダルト系ソフトの宣伝を見ただけで設定された相手に自動報告が上がる、一歩間違えればストーカーな束縛系御用達の一品らしい。

 それにしてもだ……リアル・VR両方でDTな俺が貞操帯を付けさせられる日が来るとは……なんだろう。いろいろ凹んできた。

 うちひしがれる俺を見て、これが演技だと疑う奴はいないだろう。

 リアル感情が混じってるからな。

  


「そういう事。だからシンタは元からここを利用できないの。解除キーはあたしだけが知ってるからね。ちなみに無理矢理使おうとしたり強制解除すれば、断続的に疑似電気ショックの設定。浮気者には電気ショックは日本のお家芸でしょ」



 どこの次元の日本だそれは。



「だからシンタはこれからは変なことは出来無いし、あんまり酷いこともやらせない。あたしがシンタを監督管理できる態勢を作ったのは、これからの為だしね」



 俺の持つ悪名やら悪質なデマといった負の要素は、確かに自分の行動の結果だ。

対してアリスはそのプレイもさることながら、何時も人間的に正しくて良い奴という高い評価を得ていた。

 だから現役プレイヤー時代に俺がアレな手を考案しても、アリスが反対して多少マイルドになるということがよくあった。

 GMとプレイヤーとして離れてしまったが、今はまた隣に立っている。

 だからプレイヤー時代と同じ状況をアリスは再現しようとしている。

 アリス自身が持つ清廉潔白で公平という正の要素で、俺の負の要素を中和しかき消すことなのだろう。

 それがこれからの為に必要だと思った、相棒の考えは判らない事も無い。

 だから間違っているが、ある意味で正しいかも知れない、日本を誤解している外国人を演じるアリスに思うことは1つ。

 そろそろ仮想体を地球仕様に戻して欲しい。

 美女系西洋人に手玉に取られているのなら、情けないながらも男として多少は立つ瀬もある。

 だが今のアリスの姿である金髪ウサミミ美少女に諸々管理されていると思われるのは、ロリコン疑惑など立たないかと心底心配になっていた。 


 

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