ライドノースの悪夢
伝説の一戦という物がある。
太古の戦場における命をかけた英雄同士の決戦。
スポーツにおける因縁を持つライバル達の劇的な勝敗。
形や種類が変わろうと、多くの人達に語り継がれる物。
それが伝説の一戦。
VRMMOリーディアンオンラインにおいても、伝説と呼ばれるボス戦はいくつもある。
圧倒的劣勢からプレイヤー達のギルド間を超えた協力によってBOSSを撃破した戦い。
BOSS戦に限らずプレイヤー1人1人に記憶に残る戦いも、またそうだろう。
仲間うちで話題に上がるささやかな伝説の戦いもあるだろう。
だがそれら全てが勝利によって記憶された物であるわけが無い。
かろうじてBOSSを倒した物の、プレイヤー側の被害が甚大となり、苦い敗戦として記憶された戦い。
これもまた伝説の一戦と長い間、プレイヤー達に語り継がれる。
今から語られる物語もその苦い敗戦の記録。
舞台となるのはリーディアンオンライン北部地方。
万年雪と針葉樹林に囲まれた巨大廃城塞『ライドノース』
広大な城塞は、前庭や外壁上部通路など一部を除き、そのほとんどのエリアが石棺のような頑丈で閉塞感を感じさせる石造りの屋根に覆われ、城の至る所に不気味な闇を生み出していた。
城塞内部構造は大まかに分けて、低、中レベルモンスターが出現する外周部と、高レベルモンスターが出現する中枢部の2つに分かれている。
外周部と中枢部を繋ぐ通路は無数に存在するが、外周部と外部を繋ぐ出口はただ1つのみ。
城塞正門から続くエントランスホールしか無く、しかも城塞全域が転送禁止設定となり、魔術やアイテムによる脱出は不可能。通常ならば、最後の手段であるはずの死に戻りすら、城塞内の最寄りの復活ポイントへと強制変更される鬼畜仕様。
内部へと踏み込んだプレイヤーは、自ら足で脱出する以外には、出る方法が無い魔城と化している。
内部の大半を占めるのは、複雑に入り組んだ迷宮回廊。
天井だけは高いが、狭い所では横幅1メートル未満、広くてもせいぜい5メートル程度の窮屈な回廊では、落とし穴や釣り天井など張り巡らされた罠の数々と、狭い通路に適した小型モンスターや、壁越しに抜け出てくるゴーストタイプモンスター達の猛攻がプレイヤー達を待ち受けている。
それらを退け、打ち砕き、ようやく広間に出てもプレイヤー達の気は休まらない。
城塞内にちりばめられた大小様々な無数の広間や小部屋は、一つの例外も無く、モンスターが激しく湧き続けるMHとなっており、扉を開けた瞬間から激しい戦闘を余儀なくされる。
またこの巨大な城塞都市はその広大さにふさわしく、BOSSモンスターが複数出現する特殊ダンジョンにもなっている。
代表的なBOSSモンスターだけでも、
暴虐なる王が全ての国民を生け贄に永遠の命を得た大型高位BOSS『レッドロード』
王の忠実なる僕として槌を振るい続けた中型中位BOSS『ナイトブラッド』
王の暗殺を試み、志半ばで朽ち果てた無数の暗殺者の怨念から生まれた小型高位BOSS『彷徨うアサシン』等々。
……と世にも恐ろしいダンジョンだと公式ホームページでは謳われており、実際に入り口付近の低レベル帯でも他Dに比べて、推奨レベルが高い高難度Dではある。
しかしプレイヤー達から見れば、それらを全て鑑みた上でもなおここは所謂美味しい狩り場だった。
単純な広さだけなら山手線の内側に匹敵するほどに広大な迷宮フィールドは、他のパーティと被らずに定点狩り場を確保しやすい上、高難度Dの為にモンスター沸きが多い。
さらに出現するBOSSモンスターが多いのも高ポイントの一つだ。
大型、中型、小型の体躯別三種。
高位、中位、低のレベル別三種。
計2系統6種を組合わせた、合計20種の様々なBOSSモンスターが存在する。
ここなら月一でしか出現しないBOSSモンスターだろうが、毎日通っていれば、種類は別としてもある程度は遭遇しやすい。
さらにはBOSS出現時は経験値三倍プラスプチレア出現率アップと良いことずくめで、リーディアンオンライン内でも一、二を争う人気狩り場となっていた。
その為平時から篭もっているプレイヤーが多いのが、日常風景だったが、この日は事情が違った。
詰めかけたプレイヤーの人数は平時の十数倍以上。
5万人以上のプレイヤーが、1つのDに一同に集結するという異常事態になっていた。
その原因は1人の廃人プレイヤー……いや正確に言えば元プレイヤーであり、この日に正式デビュー戦を飾ることとなった1人の新人GMの所為であった。
『こちらエリア1玉座担当 FPJロイド! おいこら餓狼! さっきぶっ飛ばされてきたのもボムゴーストだったぞ! てめぇらわざとか!?』
ギルド『Fire Power is Justice』を率いるギルドマスターロイドの苛立つ声が、臨時協力ギルド共有グループボイスに響く。
FPJは直訳で『火力こそが正義』というその名が示すとおり、攻撃力重視のプレイヤーが数多く存在する大手攻撃特化系ギルドに分類される。
10以上のギルドや有力ソロプレイヤーを代表して、エリア1と銘打った場所をまとめるのがロイドの役割。
城塞内でもっとも大きな平面空間であり、D地図上でも中央に位置するそこは、玉座の名称通り、このDの最高位BOSSレッドロードの出現フィールドになっている。
もっとも本日は、この部屋の主であるレッドロードが主役ではない。
彼ら玉座担当班は、この部屋に”送られてくる”はずのBOSSモンスター『彷徨うアサシン』へのアタッカー兼足止め役を受け持っていた。
しかし先ほどから玉座に送られてくるモンスターは、BOSS『彷徨うアサシン』と同じ外見データと劣化スキルを持ちながら、一定以上のダメージを受けることで広範囲爆発を起こすトラップモンスター『ボムゴースト』
並レベルのプレイヤーなら一発昇天。高プレイヤーでも瀕死に追い込むほどの爆発が幾度も発生していた。
その一方で肝心のBOSSモンスター『彷徨うアサシン』は、一度もその網に掛かっていない。
『彷徨うアサシン』は典型的な特殊攻撃モンスターBOSS。
広範囲直接攻撃スキルは持たないが、固有スキルである壁抜けと陰行という反則的な技で、時には通路を隔てる壁をすり抜けて攻撃を仕掛けてきたり、時には暗がりに潜んでプレイヤー達の背後から襲いかかるという、なかなか陰険な攻撃を得意とするモンスターになっている。
他にもトラップ設置や分身としてのボムゴースト召還、アイテム修復値減少など、多彩な変則スキルを持っている。
無論彼らとて重要な場を任される歴戦ギルドに有力プレイヤー達。
彷徨うアサシンと何度も刃を交えたことがあるから、度重なる暴発にも死者1人を出すことも無く、室内中央の天井から果てなく無限沸きする雑魚モンスターを駆逐しながら、玉座の支配権を維持し続けている。
だが今日に限っていえば、緊張から精神を削られていく速度が、通常の比では無く、そのストレスが暴言という形で噴き出していた。
『エリア1 本線1担当餓狼セツナ。設定スキルレベルが高くて即時判別不可能。とりあえず全部送る方針でしょうが。何度も言わせないでよ。広場で待ってれば良い火力馬鹿なあんたと違って、こっちは忙しいっての。泣き言繋いでくるな』
ロイドの罵声に対して、声だけなら鈴のように可愛いが、毒を有り有りと含んだ罵声が即座に返される。
少数精鋭を謳い、ソロもしくは少人数パーティでの戦闘を得意とするギルド『餓狼』を率いる愛らしい獣少女の仮想体を持つギルドマスターセツナの声だ。
迷宮内を駆け巡り目当てのボスを、少数の攻撃しか通らない狭い通路からノックバック攻撃の連続で、より多数のプレイヤーが攻撃できる場所へと運送する本線と呼ばれるグループにも、複数のギルド、パーティが参加している。
こちらのまとめ役を今日はセツナが引き受けていたが、慣れない役所に苦労している様が声にも出ていた。
従来ならこの本線をまとめ上げているのは、連携戦を得意とする別ギルドのギルマス。
対『彷徨うアサシン』戦のプレイヤー達の基本戦術である、ノックバック戦法の生みの親で有り、他にも様々なBOSS戦でシステムの隙を突いた搦め手を考えてきたプレイヤーだったが、つい先日引退していた。
『あっ!? 蓄積ダメみやがれ! 既に追加ダメが50万超えてんだろうが! 仕事してないのはてめぇ達だろうが!』
リーディアンオンラインにはボス戦時にだけ適用される特殊ルールがある。
それが迷宮全域連結蓄積型戦闘システム。
ボスキャラとその取り巻きモンスター、さらには迷宮内に存在する雑魚モンスターに攻撃を与えたプレイヤー数+倒されたモンスターの数だけ、ボスへの攻撃に追加ダメージが加算されるシステムとなる。
現状蓄積された値があれば、BOSSに与える素の攻撃ダメージが1であっても、さらに追加された50万ダメージを与えることが可能になる。
だがこのシステムをもってしても、BOSS攻略はソロプレイヤーや単独ギルドのみで成し遂げられないように出来ている。
数億を超える膨大なHPと、強力でユニークな様々なBOSS専用スキル。
さらにこれらの強力な手段を持つBOSSはプログラム任せのAI操作では無く、GMが直接操作する仕様。
中身が違えばまた攻撃や動きも変わる。そうなれば対処や対応法も変わる。
決まり切った手をなかなか確立させない。出来無い。
それがリーディアンオンラインBOSS戦の特徴といえるだろう。
「はっぁ!? 今日の参加人数知らないの! 何時もの十倍以上の人数が参加してるんだから増えて当たり前でしょうが! しかも、今回は出現BOSSも日時も特別公開してきたからって、元HP×100倍状態で五千億HPの無茶振りでしょうが! もっと稼ぎなさいよ! 相手はあの腐れ外道シンタ! あいつ何してくるか予想できないんだから!」
そして今日はその中身が、何時もと大きく違う。
それがプレイヤー達の緊張感を極限まで高めていた。
つい先日までトッププレイヤーの1人として、そしてBOSS攻略最前線でギルドマスターとして多数の仲間を率い、ギルド間での協力網をまとめ上げつつ悪辣な手段で猛威を振るっていた男。
ギルド『上岡工科大学ゲームサークル』
通称KUGSの初代ギルドマスターシンタが、ゲームマスターミサキシンタとして、彼らの前に立ちはだかっていた。
「あー……あの二人また共有でやりあってる」
先ほどから響いてくる戦況報告なのか、喧嘩なのかよく判らないギャーギャーと騒がしい言い争い。
『KUGC』二代目ギルドマスターについ先日就任したばかりのアリシティア・ディケライアは、暗い回廊を疾走する歩みを止める事なく顔をしかめる。
アリシティアの背後には数人のギルメンが続いているが、皆同じように苦笑や、あきれ顔を浮かべていた。
FPJと餓狼はマスターの考えが合わないのか、犬猿の仲なのは有名な話。
普段ならば役割分担打ち合わせの段階で、周りが気を使い、当人同士も気が合わないのが判っているので、担当区域を離して陣取るのだが、今回に関してはそういうわけにもいかなかった。
餓狼の追い込み力と、PFJの圧倒的な火力が上手く噛み合った時の殲滅力はゲーム内でも随一。
今回のBOSS攻略には欠かせないというのは、アリシティアを初めとして今回共同作戦に参加するギルドおよびプレイヤー達の共通認識だ。
「ごめんユッコさんお願い。本線と玉座のラインが仲悪いとシンタつけ込んできそうだから」
薄暗い廊下でもほんのりと光るサラサラの金髪から、ひょっこりと覗かせるデフォルメされたウサミミを五月蠅げに丸めながら、横を飛ぶローブ姿の有翼人プレイヤー副マスターユッコへと仲裁を頼む。
ミサキのことだ。こちらの会話が判らずとも、プレイヤーの動きでどこが上手くいっていないかなんて、すぐに見破り揺さぶりをかけてくる。
ミサキを警戒しているのなら、少しは仲良くやって欲しいと思う所だが、こればかりは言ってどうこうなる問題でも無い。
上手くすかしなだめて貰うしかない。
「はい。了解しましたアリスちゃ、いえマスターさん」
何時もニコニコとした優しげな笑みを浮かべているユッコは、喧嘩の仲裁という面倒な役割にも嫌な顔を浮かべず、飛ぶ速度を緩めず二つ返事で了承すると、互いの言い争いが最高潮に達する寸前に、
「エリア1 フォロー班外周接続通路索敵担当KUGCユッコです。こちらも遭遇するのは雑魚MOBばかりで、マスターさん、いえ前マスターの操作BOSS本体とはまだ接触していません。何かしらの策を練っている最中か、いらつかせて連携妨害を狙っているパターンの可能性もありますので、警戒を強めておきますね」
ギルド内のみならず、ギルド外でも落ち着いた大人の女性プレイヤーで有り人格者として知られるユッコは、喧嘩する2人に対して言及するのでも、苦言を呈するのでもなく、現状とこれからの行動を何時ものゆったり口調でBOSSへの直接攻撃へと参加している全プレイヤーへと伝えた。
『…………』
『…………』
ただそれだけのことだが、先ほどまで罵り合っていた2人が黙り込んでしまう。
BOSS攻略に置いて花形とも言える、アタッカーと追い込みという重要な役割を任されている自分たちが子供のような口喧嘩をしている。
その一方で、最外周部のしかもフォロー役という、BOSSと遭遇する可能性が一番低いポジションを任されたユッコが、ふてくされることも無く真面目にやっていることに、我に返り恥ずかしさを覚えたのだろう。
『エリア2 宝物庫担当 『いろは』のサカガミ。こっちもボムゴースト多数だけど被害無し。作戦続行に問題なしです』
『エリア3 大食堂担当 『弾丸特急』鳳凰。こちらも同じ。シンタの姿は見えずだ」
出現場所が固定されている『レッドロード』と違い、『彷徨うアサシン』は中枢部のどこかにランダム出現する。
外周部と比べて狭いが、中枢部だけでも並のダンジョンよりも広く、網は複数の場所に仕掛けられている。
エリア2宝物庫 エリア3大食堂に陣取るのも、また熟練されたスキルを持つギルドやプレイヤー達だ。
険悪な空気が一時的に止んだ隙をついて、他の地区担当者達も、会話の中身を身の有る内容に切り替えようと一斉に切り込んできた。
『エリア1はやっぱKUGCが仕切った方が良いんじゃねぇのかアリス嬢。ユッコさんいればまとまるだろ』
先ほどから続く言い争いに飽き飽きしていたのか、リーディアンにおける最大ギルドを率いる鳳凰が怠そうな声で提案をする。
リアル年齢を知っているわけでは無いが、その落ち着いた性格と人柄から、ユッコと同様の頼れる年長者という立ち位置を確保している鳳凰の交代案には、醜態をさらしてしまったロイドもセツナも反論できずにいるようだ。
『あんたらが外周のフォロー担当じゃ戦力の無駄遣いだ。代替えのフォロー組ならウチの方から人を回す。アリス嬢ならシンタの考えが読めるから上手く対応できるだろ』
KUGCに所属するギルメンの数は他の大手と比べて多いと言えるほどではない。
個々の実力も差が激しく、βからのベテランから、つい先日始めたばかりの初心者と、名目上は大学サークルの延長線上にあるギルドだというのに、気のあったプレイヤーを適当にいれまくっているので、平均レベル帯も常にばらばらだ。
だがプレイヤーの実力差が激しいはずのKUGCの真骨頂は連携戦。
レベル差があるはずのギルメン達と個々のスキルを上手く噛み合わせて、途切れることのない連続攻撃で、対人戦、対ギルド戦、対BOSS戦と戦場を選ばず常に高い制圧力を誇る、緩い気風とは裏腹な攻撃系ギルドだとは誰もが認めることだ。
「ホウさんそれは止めとく。読めるけど、シンタも読んでくるから。お互いの読み合いで戦局が無駄に複雑化する。タイマンなら良いけど、この人数でやったら混乱して大負けになるよ」
鳳凰の提案をアリシティアは即断で却下する。
相手に合わせ戦術を変えるのは当たり前だが、相手がミサキとなれば、互いの読み合いで次々に手を変えていくことになるが、度重なる戦術変更で不利になるのはプレイヤー側だ。
1人でAI操作の大軍を動かしているGM側のミサキに対して、多数のプレイヤーがそれぞれの思惑で動くこちら側が混乱しやすく、指示伝達の即時性で劣るのは致し方ないこと。
「あと最初にも言ったけど、今ここに参加している人らは大体知ってるから良いけど、よく知らない人はシンタがこっちに情報を流してくるなんて思ってる人もいるから、メインにあたし達がいくのは避けた方が良いよ」
それ以前に、つい先日までプレイヤーだったミサキがGMになったのだ。
ギルドメンバーや友人達が有利になるように、情報を漏らしたり処遇を計っていると思っている者は思いのほか多いだろう。
それらの疑念を払拭する為に今回のBOSS戦では、本来の実力ならばメインの一翼を担うはずのKUGCは一歩引いたフォロー役に甘んじていた。
BOSS戦に参加しないという選択肢もあったのだが、その場合ミサキに対抗できるアリシティアとKUGCが使えないのが痛いという戦力的な理由と、ミサキによる被害が甚大になった際に、あらかじめ判っていたから参加しなかったと、どちらにしろ疑われるのは目に見えていた。
誤解を晴らすには時間が掛かるだろうと、ある意味開き直って控えめにだが参加をしていた。
『あの野郎の性格をもう少ししってりゃ、情報漏洩なんぞするわけ無いって判ってるんだがな。初心者相手の壁禁止に、適正レベルアイテム以外の譲渡禁止をギルドルールにしてる奴が、ゲームをつまらなくするわけが無いってちょっと考えれば判るだろ』
ミサキが最重要視するのはゲームを楽しむこと。
だから初心者に対する過剰な手助けをKUGCは禁止している。
促成栽培の代名詞といえる、高レベルプレイヤーがモンスターのヘイトを高めて攻撃対象を固定化して、低レベルプレイヤーに倒させる壁行為。
金とアイテムに物を言わせた過剰精錬武器や、低レベル装備可能な度を超えた高性能アイテムの譲渡など、新人勧誘の為によく使う手も禁止していたくらいだ。
苦労してレベルを上げ、アイテムを集め、強化してこそ、自ら考えプレイヤースキルの上昇を実感してこそがゲーム。
苦労した方がゲームは楽しめ強くなるという、ガチゲーマー、マゾゲーマー思想な持ち主だ。
そんな男が、一部のプレイヤーを有利にする為に、ゲーム情報を漏洩するなんてあり得ない。
それはKUGCのメンバーのみならず、直接的に関係したことのあるプレイヤー達なら誰でも判る共通認識であった。
「でもそう思ってる人がいるからね。だからあたし達は今回脇役。プレイでそのうち納得させるから大丈夫だって。それに戦力も心配ないって。FPJと餓狼が上手く噛み合ったら、どのBOSSだろうが楽になるのにって、シンタはよくぼやいてたから。だからシンタなんてボコボコだって」
自らに注がれる疑いの目は、自らの行動で払拭すると語ったアリシティアは、戦力の心配も無いと自信を込めて断言する。
パートナーに対する全幅の信頼を置いているのだろうと感じさせるアリシティアの態度こそが、今でも繋がっているのでは無いかと疑わせる最大の要因だが、どうやら本人は気づいていないようだ。
『アリス嬢はそういう事だが、ロイドとセツナ嬢どうするよ? 喧嘩を続けるようならどっちかうちと変わるか?』
KUGCは今回の脇役から動く気は無いようだ。
しかし重要な攻略ラインの不仲は全体の迷惑。嫌われ役を買って出た鳳凰が、どう答えるだろうか予測しつつもあえて確認する。
『おっさんは心配すんな。任せろ……おいこらセツナ。どんどん送り込んでこいや。片っ端からぶっ潰してくぞ。お前らじゃ遅くて暇しそうだがな』
『ホウさんごめん。見つけ次第手当たり次第にぶっ飛ばしてく。ロイドが処理できないなんて泣き言を言う暇も無いくらいにね』
憎まれ口を叩きながらも、ロイドとセツナがそれぞれの言葉で現状のままで良いと告げた。
ユッコ達の言葉で冷静になっていたのと、アリシティアがもたらした、ミサキが彼らの実力を高く買っていたという言葉が彼らの態度を多少は軟化させたようだ。
『あいよ。んじゃこのまま索敵しつつ……っ!? ちょっとまて! 今なんて言った!? っ! 悪い誤爆だ! ちょっと待っててくれ』
2人の言葉に安堵の息を吐いた鳳凰がまとめようとして、何故か困惑した叫び声を上げた。
どうやら横から割り込んできた個人WISに、共有グループ設定のまま返事をしてしまったようだ。
『……良い知らせと悪い知らせだ。ウチの初心者連中からの報告なんだが、彷徨うアサシン本体を発見。入り口エントランスホールにてだ』
困惑の色を見せながら、鳳凰が入ってきた情報を簡潔に知らせる。
探していたBOSS本体が見つかったのは朗報だが、その発見位置は彼らの網からはまるで外れた場所だ。
『はっぁ!? 質の悪い誤報か見間違えじゃないのか!?』
『エントランス!? あそこまで発見されずにたどり着いたっての!?』
『それ以前にどうやって外周部に!? 僕らの警戒網すり抜けたんですか!?』
『まずい! いくら広範囲攻撃が無いからっていっても、低レベル帯なんて一撃死でデスペナが出まくるぞ!』
『あいつまさか初心者狩りでもする気か!?』
『エントランスに陣取ってたら、外に脱出が出来ないし……まさかそれ狙い!?』
対BOSS戦のために中枢部に張り巡らせた高索敵スキル持ちのプレイヤーで作られた網をくぐり抜け、さらには普段よりも大勢のプレイヤーが侵入している外周部でも一度も発見されずに、入り口までたどり着くというあり得ない事態。
しかもその辺りは低レベル帯にとっての狩り場。そこに高位BOSSが現れればどうなるかなんて想像するなんて容易い。
たちまち死者の山が出来上がるだろう。
しかもここはエントランスホール以外からの脱出不可能な城塞ライドノース。
鳳凰の報告に、最悪の事態を想像した共有グループボイスはたちまち混乱状態に陥る。
「あっちゃん! どうするうちらが一番外周部に近いけど!? すぐにいく!? あー! でもそうするとうちらが先輩の戦法を知ってたって疑われるかも!?」
予想外の報告に足を止めたアリシティアに、ギルメンの1人が救援にいこうと提案しかけたが、それすらも情報を得ていたと思われるかも知れないと頭を掻きむしった。
「……ちょっと待ってて。初心者狙いならシンタらしくない」
だが混乱するプレイヤーやギルメン達を余所にアリシティアはただ1人思案する。
高レベルプレイヤー達を躱して、あからさまな初心者狙いはミサキらしくない。
ならば何かこちらへの攻撃を考えてミサキは戦術を繰り出しているはず……
「みんなストップ! シンタの考え読むから!」
アリシティアが気勢を込めて声を発すると、混乱していたグループボイス内で吹き荒れていた嵐が一瞬だけ収まる。
その隙を逃さずアリシティアは間髪いれずに、
「ホウさん。エントランスにシンタはずっと陣取ってるの? それともボムゴーストを撒いていったか判る」
常駐しているのならまだ良い。
ミサキ本体が積極的に動いている場合は……
『あ、あぁ確認する…………エントランスにはボムゴーストが5体常駐中。ボムゴーストを召還したからすぐに本体だって判ったらしい。その本体は壁を抜けながら移動してプレイヤーに無差別に襲いかかってる』
声の端に動揺を見せながらも、鳳凰が最初にwisを送ってきたギルメンにすぐに最新情報を確認する。
最悪の予想に1つ近づいたことにアリシティアは臍をかむ。
次の質問が肯定されたなら確定する。
おそらくミサキの狙いは、文字通りの無差別攻撃。
今この城塞に侵入しているプレイヤーだけが狙いでは無い。
ログインしているプレイヤーどころか、リーディアンオンラインに登録している全てのプレイヤーに対して、ある意味での攻撃を仕掛けてくる気だ。
「死者は? あまり出てない? あと殴られた人がいたらアイテムの耐久値を確認して貰って」
『あっ!? それか!? ……………………・』
アリシティアの言葉に何かを察したのか鳳凰が小さく叫びを上げて、グループボイスに不気味な静寂が訪れる
じりじりと時間が過ぎる。
それは僅か十数秒にしか満たない時間だろうが、もっと長く感じる時間が過ぎた後に、
『死者はほとんどいない。だが殴られた連中の耐久値が軒並み大幅減少……人によっては装備アイテムロストまでしてやがる』
鳳凰の沈痛な言葉が空しく響く。
誰もがミサキの狙いを理解した瞬間だ。
おそらくミサキは、BOSSが持つ攻撃スキルやステータスアップスキルを軒並み減少させて、発生させたスキルポイントを、ボムゴースト召還、壁抜け、陰行、そして耐久値減少の4つのスキルに集約させている。
だから高レベルのボムゴーストを大量に撒いて囮にしながら、誰にも発見されずに、エントランスホールまでたどり着けた。
高位BOSSキャラに殴られても、攻撃力が減少している為に、低レベル帯のプレイヤーでも死者は驚くほど少ないが、その代わりにアイテムの耐久値が大幅に減少し、人によってはロストすらしている。
「ホウさん。ともかく逃げさせて! あと全体チャットで知らせて! 借りた装備品とか思い入れのある装備とかあったらすぐに切り替え! アイテム破壊がシンタの狙い! KUGCは全員全力戦闘! あの馬鹿ぶっ殺す!」
ミサキの狙いはアイテム破壊だとアリシティアは断言する。
その為に自らの出現日時をわざわざ告知して大勢のプレイヤーを集めた。
さらには効率的なレベルアップを求めた低レベルプレイヤー組やセカンドキャラ育成組が、過剰精錬武器や高性能武器を持ち込んだり、友人、知人に借り受ける事まで計算済みだろう。
制作に苦労した武具や、誰かに譲って貰った防具など、思い出の詰まったアイテム。
こいつなら大丈夫だろうと貸し出されたアイテムは、プレイヤー間の信頼の証し。
デスペナで減少した経験値は、後で稼げば元に戻る。
アイテムの耐久値も、高額なアイテムとスキルがいる上に、最大値が多少減少はするがそれでも戻せる。
だがアイテムロストは別。
完全に世界から消え失せる。
ミサキの狙いは、思い出や信頼をぶち壊しにいく、プレイヤーへのダイレクトアタック。
MMOは繋がりのゲーム。
プレイヤー達がどこで繋がっているかは判らない。
思わぬ友人関係や、共有の思い出がある。
だからミサキのアイテム破壊行為は、全てのプレイヤーに対する宣戦布告で有り、別離の言葉だ。
おまえらに対して一切の躊躇、情けも見せないと。
アリシティアの説明に全てを悟ったプレイヤー達の心は1つにまとまる。
『『『『『『あの腐れ外道がっ!!!』』』』』』』
プレイヤー達の心からの叫びが共有ボイスで響き渡り、ミサキに対するヘイトは最大値で一斉に染め上げられた。
この日、挑発しながら逃げ回り襲いかかるミサキ相手にロストしたアイテムは合計で5桁にも上り、中には最高精錬された当時最高峰の伝説級の装備アイテムを全ロストしたプレイヤーすらも存在した。
装備アイテムを消失し総合ステータスが下がったプレイヤー達相手にもミサキの追撃の手は止むことが無く、MOBモンスターに次々に襲いかかられ、ばらまかれたボムゴーストの爆発に巻き込まれ、多くの死者が出る事態にすら発展する事になる。
死亡>デスペナ>迷宮内での再生と続くループに、折れかけたプレイヤー達の心を支えたのは、ここまでの手を打ってきたミサキへの敵愾心だった。
『ライドノースの悪夢』
プレイヤー達の間に、伝説の戦いとして後々も語り継がれるこの一戦は、装備を全ロストし、度重なる死亡で累積したデスペナによってレベルダウンを引き起こしながらも、宣言通りぶちのめしたプレイヤー『アリシティア・ディケライア』の名と共に、トラウマとして深く刻み込まれた。
「って事をやらかしやがったのよ! シンタは!」
実に懐かしい俺のGM公式デビュー戦の映像を展開しつつ、アリスの野郎が、踏みつけたままの俺の背中に蹴りをぶち込んできやがる。
最初は多少は冷静だったんだが、当時を思い出してだんだん腹が立ってきたのか口調がどんどん強くなるは、踏みにじってくる頻度が増してくるはと、ぼこぼこだ。
「あたしの装備は全ロストするし、チーちゃんに貸しだしてた初作成武器もロストよ! ロスト!」
装備アイテム全ロストは後先考えず突っ込んできた自業自得だが、結果的にはそのおかげで俺と繋がって有利にしてもらっているって、巫山戯た疑念が全部晴れたから言いじゃねぇかと言いたい所だが、ますます怒りそうだ。
「一緒に作った武器を消すなんて、あたしの思い出を汚すような手も平気で打つんだからシンタは! あたしの処女返せ! この外道!」
激高したアリスのお怒りは頂点に達したのか、最後には踵すら落としてきやがった。
なんつー人聞きの悪い台詞を。
作の一文字抜きやがるな。わざとか?
……うむ。周りの人らもかなり引き気味。
アリスの剣幕にか、それとも俺の過去の悪行に対してなのかは非常に微妙なラインだが。
「その男に対して憤りがあるなら何故庇う……のかしら。そこまで恨んでいるのに何故まだ一緒に行動するのか理解できない」
クロガネ様も容赦など見せないアリスの俺に対する攻撃に困惑気味だ。
どう考えてもこれから一緒に仕事をしようという仲では無く、不倶戴天の天敵同士とも見えるような一連のやり取り。
まぁ他人では判らないだろ。俺とアリスの関係性なんぞ。
「全プレイヤーに宣戦布告するなんて外道な手も、元を正せばコンビを組んでいたあたしやギルメン達への疑いを晴らす為だって言ってんの! その為にシンタはプレイヤーのヘイト全部、自分に寄せたのよ!」
倒れたままの俺の襟首を掴んでアリスが些か乱暴に引き起こしながらも、俺の背中から抱きつくように首に手を回してきて、
「それが悲壮な覚悟とかならまだ判るけど、そんな状況を心の底から楽しんでるのよシンタは! 一事が万事この調子なんだから、シンタの行動は全部が全部、どれだけ悪辣卑劣で怪しげでも誰かの為なんだから!」
端から見れば後ろから抱きしめられているように見えつつも、しっかりとチョークを決めている辺りが実に攻撃的なアリスらしい。
「……ずいぶんと信頼しているようだ……ね。でもさっきこの男が隠そうとした情報を見た後も言えるか……しら」
先ほど潰した切り札を意味深にクロガネ様がつぶやく。その目は今度は邪魔をさせないと力強く物語っていた。
「それが切り札のつもり!? 怪しいお店に出入りしていた映像なんかでシンタを追い詰めようなんて百年早いっての! 確かにいやらしいソフトカタログは見てたけど、利用はしてないわよ!」
だがもったいつけていたその言葉を、アリスが真っ正面から打ち落とす。
庇ってくれるのは嬉しいが、しかしだ……お前はもう少し言葉を選べ。
なんでお前がそれ知ってるんだと、先ほどの処女発言もあってか、俺らの関係を疑う目線が集中している。
特にサラスさんらしき岡本さんの目が一瞬だけ鋭い殺気を放っていたのは、とりあえず気のせいだと思いたい。




