冒険者は酷く赤面した
「ビックデータを用いて展開するビジネスは大まかに3つの段階を想定しています。まず第1位段階が総合的マーケティング補助。2段階目にAI連動による高精度無人シミュレーション予測。そして3段階目がVRである最大の利点。仮想現実空間での様々な条件、状況下による大規模な模擬訓練。各種プランの詳細はこちらになります」
①ゲーム内でのデータ蓄積および、各種業態に合わせたマーケティングプラン提供
ゲーム内アイテムとは別に、各種企業と提携を行い特別クーポンを発行。
リアルにおいて割引や優待券として使用可能な電子クーポン券を、ゲーム内イベントやプレイヤーイベントの商品として提供可能なシステムを構築する。
この際ただ無闇矢鱈ばらまくのでは無く、そのイベントや大会の趣旨に合わせたクーポン券を提供することで、顧客のニーズにある程度合致させていく。
料理イベントにおいては、レストラン優待券やら、調味料お試しセット。
レースイベントにおいては、会場先行予約券や、レーサー愛用品プレゼント。
ガーデニングイベントでは、家庭用園芸セット等や、条件次第ではリアル庭園デザイン権等々。
規制された状況下で2時間しか使えないVRにのみその活動を止めるのでは無く、そこで得た知識や興味をリアル側へと繋げる仕掛けを施すことで、リアル側企業との連携を模索していく。
ホワイトソフトウェアで従来考えていた、シニア世代向けのVRプランの発展系である、VRカルチャー教室と同時展開していくことで、『時間の自由が利くVRで学び、リアルで実戦』という新しい形を売り出していく。
またこの際に用いたクーポン券の利用率や、利用傾向を顧客データと合わせて、より的確なマーケティングを確立させていく。
②大規模商業施設建設。大型工事による交通量予測、都市計画における人口流動予測等。大規模プロジェクト向けプラン。
①において集めたデータを元にした多角的連動思考AIによる、事前精査を主とするプラン。
商業施設における通路の幅やEVや階段など非常時避難誘導路の確認。トイレ、案内板など各設備などの配置、数が適正であるかなど、設計段階で多角的シミュレーションを提供可能とするサービス。
将来的には行政向けに、交通需要や、人口流動予測など、さらに高いレベルでの幅広い長期予測シミュレーションを提供する為に、AI思考強化や構築規模の拡充を目指す。
③多種多様な条件状況下に合わせた仮想現実空間提供プラン。
②により蓄積したAI思考連動技術をさらに発展させ、プレイヤー有りの状況下で稼働させていく。
都市部における大規模災害時の避難誘導演習や、リアルと同等装備で可能な各種訓練など、人に近い思考を可能とするAI仮想体を用いたハイレベルなシミュレーション空間提供サービス。
「今現在の資金、技術力。さらに固有するデータ量では2段階目、3段階目をすぐに製品レベルとして提供できるとは考えていません。まずは1段階目で十分なデータ蓄積を行い、さらにPCOでAI連動技術をより高精度化させていく過程が必要と考えています」
「考え方は判った……わ。でもそのプランでは出だしのクーポン券がネックになる……のでは。リアルで利用可能な電子クーポンなら換金を目論む輩が出るのは目に見えている。RMT規制違反となる可能性が高い。譲渡不可プロテクトくらいで対応可能だと? どれだけ頑強なプロテクトでも破る気になれば破れない物は無い……わね」
「確かにその可能性は高いですが、RMT対策として全てのクーポン券の発行記録を詳細に記録していくつもりです。それこそビックデータ蓄積の一環となりますので。違法取引にはクーポン利用停止やアカウントの停止や消去などで望めば一定の抑止力があると思います」
「それは結局事後対策では無いのか……しら。根本的な解決にならない。売り逃げする輩も考慮すれば詐欺事件になる可能性もある……わね」
「ならいっその事、我々が代理人として立つ事で、その需要に合わせクーポンの交換率や取引の仲介を行うのはどうでしょうか。クーポン自体も1つのサーバで一括管理。我々の正式アカウント以外での移動が感知……………」
「ちっ。三崎の奴、予想通り手こずってやがるね」
三崎と金黒が舌戦を繰り広げるその頭上。
強い風が吹く数百メートル上空に、ホワイトソフトウェア開発部主任佐伯で舌打ちを1つならした。
腕を組み不敵な笑顔をうかべ、肩掛けに羽織った白衣の裾を風にたなびかせる姿といい、技術者というよりも職人といった風情を醸し出す佐伯は眼下を睨む。
佐伯の周囲にはいくつも仮想ウィンドウが展開され、その画面には、三崎の周囲を取り巻く観客の中からピックアップされた数人の姿が映し出されている。
佐伯はただ意味も無く上空で待機していたわけでは無い。
三崎の一挙手一投足で見せる個別反応を拾い上げる為に、全員が見渡せる位置へと陣取っていた。
「社長。アリスから回ってきたリストに符合するので反応がよさげな連中はこの辺さね。あんたの読み通りの展開だね、今から何とかなるかい?」
『了解了解。じゃあ僕は早めに動くよ。サエさんのほうでも繋げそうなのあったら頼むよ』
仮想ウィンドウの1つに映ったホワイトソフトウェア社長である白井は佐伯から送られてきた偵察結果を軽く一瞥してから、何時もの気負いを一切感じさせない軽い口調で答えるといそいそと画面から姿を消した。
「頼むつっても、あたしの知り合いなんぞほぼ社長の顔だろうよ。ったく無理を言いなさんな。っと」
独りごちた佐伯の横に仮想体生成リングが突如出現し、人型を作り始める。
どうやら待ち合わせていた相手が戻ってきたようだ。
「どうですかこちらは?」
現れたのは上品な老婦人の仮想体。
会社的には救世主なクライアントであり、三崎とは個人的付き合いもあるデザイナー三島由希子だ。
不安定な空中でもベテランプレイヤーらしい安定した流れるような操作で佐伯の横に並ぶと、会場の様子を尋ねた。
「ようセンセお帰り。こっちは最終戦。三崎の奴がビックデータでの仕掛けを暴露した所さ。その後はあの狐ッ子相手に少し苦戦しているけどね」
「苦戦ですか。珍しい」
佐伯から回された議事録で大まかな動きを流し読みした由希子は首をかしげる。
ここまでの流れは三崎が目論んだとおりにほぼ推移している。
まずは新規ゲームであるPCOで、規制状況下での新世代VRMMOの可能性と発展性、そして集客性を見せる。
さらに集めた顧客からデータを収集して、解析、応用するビックデータプロジェクトにより業界関連企業の力を集結させ、VR業界以外への影響力も確保し、最終的にはVR規制条例の緩和、撤廃を目指す。
この二本柱が三崎の策略の主軸で有り、三崎達のサポート役と自負する由希子は手の空かないホワイトソフトウェアに変わり、ユーザー達への仕掛けを引き受けていた。
「まぁアレだね。センセに分かり易いように例えるなら、三崎の出してきたのは、ただの出来が良いデザイン画。これから社内コンベンションって所で、お客様がいち早く乗り込んできた。それとも、攻略推奨装備がまだ揃っていないって例えた方が分かり易いかい」
三崎が今日に向け用意していたのは企業を説得、仲間に引き込む為の準備と資料。
対して今相対するクロガネの目線、立ち位置は、ユーザー側。
微妙にずれた攻略が、三崎が今ひとつ攻めきれていない理由だろうか?
「そういう事ですか。マスターさんは予定外の準備不足だと……何か手を打ちますか?」
そう言いつつも、自分が出来る事は少ないだろうと由希子は冷静に判断する。
精々出資者の一人として手を上げるくらいだろうか。
「下っ端1人を酷使して手をこまねいているウチじゃありませんよ。動いてるから心配いりませんて。それよかそっちの様子はどうだった。そこそこ人が集まったかい?」
だが由希子の懸念を吹き飛ばすように、佐伯は力強い笑みを浮かべた。
どうやらすでに手を打っているようだ。
なら自分が心配する事はないだろうと、由希子はにこやかに笑う。
「私共のマスターの決闘です。失敗はありませんよ。火付けには成功。あちらで美貴ちゃん達も動き始めています」
三崎伸太とアリシティア・ディケライア。
スタイルは違えど、二人とも名を馳せたプレイヤーにして、ゲーム内でも随一のコンビ。
あの二人の全力決闘ならば、背景を知らぬ者でも引きつける事が出来る。
自分の信頼と読みが外れるわけ無いと、由希子は自信を持って答えながら、巨大掲示板や個人サイトでPCOの情報を求めて意見が飛び交う様を表示する。
この短時間で驚異的な加速度で情報は広がっている。
ギルドメンバー達も積極的に動いているのか、情報はデモ映像や参考資料を伴い、交わされる意見は肯定、否定なもの様々だが、そのどれもが飢えていると感じさせる物だ。
VR規制条例施行からすでに半年以上。禁断症状が出始めた連中が多いのだろう。
「はっ。良い感じだね。まってなお客様共。近々ゲームの楽しさってのを骨の髄まで叩き込んでやるさ」
伝法な物言いで不遜に笑った佐伯の全身からは、やる気がみなぎり、これから仕掛ける大仕事に技術者としての血が騒いでいるのを感じさせるものだった。
一番重要な事は寿命を長く保つ事。
仕掛けた理由は諸々あるが、一番の大元はアリスの手伝いである、暗黒星雲調査計画。
地球文明とは天と地ほどの開きがある銀河文明でも難所な暗黒星雲で、探査ポッドを運用できるだけの選りすぐりの廃神プレイヤーを選別さらには育成する。
これが重要。
地球時間での百年があちら側の一期。
そして今期末までに、ある程度惑星改造を進めてディケライア社が窮地を脱しなければ、会社倒産、抵当物件である地球は他の宇宙人共へ流れ、その場合ほぼ確実に人類終了のデッドエンド。
それを回避する為に、暗黒星雲調査計画によって、太陽作成に使える原始星を暗黒星雲から探し出す。
うむ。
我ながら突っ込み所が多すぎる計画だが、これが全部丸ごと事実なんだから現実は性質が悪い。
正直な所を言えば太陽を作ってそこで終了ではなく、そこから星系を作るのに必要な資源も暗黒星雲から引っこ抜いてくるとなれば、数十年は稼働し常に一線級のプレイヤーが多数参加するゲームが必要になる。
だからゲームの寿命を長くする。
今までに無いゲームを。
そして常に進化し続けるゲームを。
と口で言うのは楽だが、それだけの事を成し遂げるのは生半可じゃ無い。
さらに言えば、そのレベルを数十年単位で維持していくには、今までのゲーム制作で使われてきた人材、金とは比べものにならないだろう。
かといって飽きの早い業界では、ただのゲームでは、それだけの力を維持するどころか得る事も無理だろう
だからゲーム外に資金獲得の手段と、ゲーム関係者以外の人材が集まる物を用意する。
それがビックデータ運用プロジェクトで有り、俺が用意した最後の切り札の本当の意味。
これを餌にVR技術関係各社、個人が集まったこの場で仲間に引き込む。
それが当初の予定だったんだが…………
「集められた膨大なデータが外部流失すれば、過去最大級の個人情報漏洩事件となる。どうやってセキュリティを維持するつもりだ……のかしら。電子的にもそしてリアル的にも」
クロガネ様は相変わらず語尾が怪しくも、こちらの弱点を正確に狙い撃って来やがる。
踏み込まれたくない部分。
ちょっと理論武装が弱い部分を見据え、ぼっそとした口調と裏腹な強打強打の連続攻撃。
今踏み込んできた部分もそうだ。
ビッグデータってのは要は情報の集合体。
どこの誰が、何を買い、何を見て、どの交通機関を使ってなどあらゆる情報を何千人何万人分と蓄積し分析して活用していく。
だからこいつが漏洩すると、まぁありとあらゆる個人情報が暴露される事になるわけで、よからぬ事に使おうと思えば、いくらでも転用できるだろう。
無論ウチだってVR会社の端くれ。
顧客データ取り扱いの重要性に対して定期講習会も行い、それ以外にも機密データの取り扱いなども一応社則で決めちゃいるが、その数十倍数百倍の量に達するだろう。
ゼタバイトクラスに到達するであろう情報を扱った経験などありゃしない。
「データを活用すると言うことは、翻せばその情報が流失する危険性が高まる事はもちろん私も考えております」
クロガネ様の強打を何とか受け止めつつも、押されていることを自覚する。
情報の取り扱いに対する心構えで反論しつつも、具体的案に弱いのは百も承知だ。
一口に情報漏洩に気をつけると言っても、ただ電子セキュリティを厚くすれば良いってもんじゃ無い。
要は人。
どれだけ厳重なプロテクトがあっても、それを扱う人間次第で、頑強無敵鋼鉄要塞も、狼の鼻息1つで吹き飛ぶ藁の家に早変わりだ。
1人の内通者や、一カ所のセキュリティダウンで、全てが漏洩しない為の情報分散管理技術。
リアルでの記録媒体保存と管理。
情報取扱者の権限制限や幾重にも張り巡らせた不正防止システム。
分野は多岐にわたり、それぞれのノウハウや対処方も幾千万通りも存在する。
こればかりは経験と実績が、物を言い、そして世間様からの信頼を得る唯一の方法。
どれだけすごいプロテクトを用意したと口で言っても、実績が無ければなかなか信頼されないのは当然の事。
ウチの会社には無いスキルであり、地球人類史より長い歴史を持つディケライア社なら当然持っているのだろうが、それは宇宙の話。
地球で知名度ゼロなのディケライア社の信頼度は、ウチよりも低い。
「そちらの本社でそれだけの情報を厳重に管理する環境が即座に用意出来ると? それとも国内での活動実績が無い貴方のパートナーなら用意出来ると?」
と、俺が弱点と考えている所を、クロガネ様の野郎は的確に攻めて来やがる。
こういう時は足りない物は、他から持ってくるのがゲーマーの性質。
RPG的に言えばアタッカーばかりのパーティに、ディフェンダー投入ってか。
今回の場合は、セキュリティ構築の十分な実績とノウハウを持つ企業をこちら側に引き込み、協力を仰ぐってのが一番王道かつ最善の一手。
そして、その企業に当てが無いわけでも無い。
もっとはっきり言ってしまえば、狙いは付けていた。
そのターゲットをチラ見すると、なにやら難しい顔で腕を組んでいた。
険しい顔がただでさえ歪み、そこらの半端な筋者じゃ裸足で逃げ出しそうな迫力を持つ御仁こそ俺が狙いを付けた『中溝ガーディアンシステム』の社長中溝さんだ。
官公庁や大企業などのネットセキュリティの大口が、大手セキュリティ会社に握られる中、中小民間分野でじわじわとシェアを拡大し、ここ十数年急成長している比較的若い企業。
ここの売りは、セキュリティ構築から取扱人材育成までをオールインパックで行うきめ細やかなサービス。
『安全を売るのではなく、どうすれば安全になるかを売る』
を社訓に掲げている筋金入りのセキュリティー専門家集団。
社長のお供で、中溝社長に面会したこともあり、情報管理の徹底した考えに好感を覚えていたのと、そろそろ企業として一ランク上の実績が欲しいようなことをつぶやいていたのを覚えていた。
是非とも仲間に引き入れたいと白羽の矢を立てていた企業の1つだ。
中溝のノウハウと、ディケライア社の技術を融合させ、ビックデータを取り扱えるだけのセキュリティ環境を整える。
これが俺の青写真だったんだが、それはまだ先の話。
今日は興味を持って貰って、後日くどくってのが当初の方針。
しかしクロガネ様の登場でその目論見は崩れ去った。
「今ご指摘いただいた部分が我々には不足している部分であることは、確かにおっしゃるとおりです。その為には組織基礎から改良を考えなければいけません」
このクロガネ様。先ほどまでのクロガネ様と違って、あまりこちらの挑発に乗ってこない。
話の方向性を変えても、すぐさま元の路線へと無理矢理に戻してくる。
しかもその指摘部分は気を衒ってはないが、基礎部分で有り、疎かに出来無い部分ばかり。
批評家としては真っ正面からの正統派豪腕ファイター。ちっとやそっとの軌道反らしじゃ通用しない。
この手を相手にするには、致命傷を避けてノラリクラリと交わし続けるってのもあるが、今それはない。
うやむや先送りってのは、周囲の他のお客様の信頼度を下げる事に繋がりかねない。
そこら辺は考えていないのか、行き当たりばったりか、と思わせる訳にはいかない。
真正面からのド突き合いで、一つ一つを確実に打ち落とすってのが手なんだが、こっちの根回しが不足していて、その為の手が足りないってのが問題だ。
せめてクロガネ様がこっちの用意が出来るウチの会社やら、アリス側で準備した分野に踏み込んでくればカウンターを決めてやろうって所だが、そこは見事に避けてやがる。
足りない部分は判っているのに、今更どうしようも無いジレンマ。
気分はアレだ。
仲間を募集する為に酒場に立ち入ったら、一歩目でイベント戦闘がはじまった冒険者って所か。
周囲には仲間に出来る戦士やら魔法使いがわんさかいるのに、この試練を超えない限り仲間は出来ないってシチュエーション。
上等。おもしれぇ……って、普段なら笑う所だが、どうっすか?
『三崎君。三崎君。忙しい所に悪いね。君に確認したい事があるってお客様がいるんで繋ぐよ』
突然真正面に他者不可視設定の仮想ウィンドウが開き、相変わらず暢気な顔を浮かべる社長が姿を現す。
強制感の無い顔と言葉ながら社長が上位アカウント権限で無理矢理繋ぎ新しい仮想ウィンドウが目の前に強制展開される。
『久しぶりだな三崎つったな。1つだけ聞かせろ。お前はこの先に何をする気だ?』
その画面に映るのは厳つい強面のおっさん……もとい、俺が先ほどチラ見した中溝社長。
前置きを1つだけ置いただけで、中溝社長はいきなり俺に問いかけてきた。
いや待て待て、なんだこの状況。
アレかウチの社長が中溝社長を引っ張り出してきたか?
アリスが俺の知らない間に佐伯さんと繋がっていたらしいのは判っていたが、社長とまで繋がっていたか?
というか、何故この状況下で質問?
予想外の事態に疑問ばかりが頭を駆け巡るが、1つ息を吸って頭を無理矢理整える。
戦闘中に質問ってのは思い当たるのがある。
古典名作でもあったゲームシステム。
成功>仲魔入り 失敗>丸かじり。
うん。把握した。
今日この会場を訪れているので最優先で仲間に入れたい企業やら個人のリストは事前に作っていた。
アリスが事前に流してやがったか?
それをみた社長が動いて説得してきたって所か……いや時間が合わないだろ。
短時間でどうやって説得すんだよと、いろいろ理不尽に思う所はあるが、中溝社長が俺の前に現れたのは紛れもない事実。
今優先すべき最大の問題は状況が把握できただけで、質問の意味が判っていないって事だろうか。
何をする気って言われても、目指すべき所は今話している最中だ。
かといって裏の意味は、正直その場で救急車を呼ばれかねない電波な話。
なら聞かれているのはもっと別の意味か?
「組織改良ね……プロテクトを堅くすると? それともセキュリティーを強めにすると。口で言うだけならどうとでも言える……わね。貴方の言葉に重みが無い。具体的にはどうするとかはないのか……しら?」
別問題でつい言葉が止まっていたのが、俺が答えあぐねて黙り込んだのかと思ったクロガネ様が攻勢を一気に強めてきた。
っ……まずい。一瞬の油断で下手すれば一気に差し込まれる。
どうする?
どう答える?
中溝社長を説得し、クロガネ様に反論できるだけの、具体的な言葉。意味があり重みのある言葉………………あった。
心の中を探った俺の中に1つの言葉が浮かぶ。
俺の心の中心にある1つの信念といって良い言葉。
つってもこれで良いのか?
思い浮かんだ良いが、宣言するのは躊躇する。
というか、具体的どころか抽象的すぎる。
「そうですね。俺が目指すべき物。これからどうすべきかを一言で答えるなら……」
だが…………浮かんじまった物はしょうが無い。
こうなりゃ、はったり全開。勢いで誤魔化す。
GMスキル発動。音声最大。背後字幕展開準備。
軽く息を吸いながら、右手をさっと動かし紡ぐべき言葉を心中に浮かべる。
俺が目指す物。俺が今ここに立っている理由。
全てのしがらみをぶん投げても、たぶん残っている物。
『お客様に楽しんで貰う!』
うちの会社のモットーで有り、俺がGMを続けてきた理由をやけくそ気味にぶちまける。
会場全体に響き渡らせながら、背中にも背負ってやろう。
結局の所これだ。
アリスの方の事情を考えるとしても、わざわざ凝ったゲームを作らなくても、それこそリルさんのチート技を使って賞金を用意して、クリアしたら賞金が出るミニゲームとして暗黒星雲調査計画を実行しようと思えば出来る。
PCOを立ち上げなくても、妥協してゲームを提供しようと思えば作れるかも知れない。
わざわざビックデーターなんて身の丈に余る大事に手を出さなくても、もっとこぢんまりとしたゲームを作れるかも知れない。
でもそれらを無視して、一番面倒な所にいった理由。
それは結局面白いゲームを作りたい。それを誰かに楽しんで貰いたいって事が一番大きい。
楽しんで貰うって事は、お客様が余計な心配をせず、安心してゲームに熱中できること。
だからその辺、諸々の意味を込めて決意を込めた言葉だったんだが…………
「「「「「「…………」」」」」」
うむ。物の見事に外した……というか、さすがのクロガネ様もぽかんとした表情を浮かべている。
いや……さすがに何らかの反応していただきたいのですが。
いくら俺が厚顔無恥といわれても、さすがに会場全員からの放置プレイはきつい。
っ……アリス? おまえなんかリアクション。
あ、だめだ。あいつも固まってやがる。
とっさに振り返った相棒も、俺の発言が恥ずかしかったのか露骨に目線を反らし、ウサ髪をプルプル震えさせてやがる。
だーっ! あの裏切り者が。どこのどいつが他人にゲームの楽しさを教える楽しさを覚えさせたと思ってやがる。
「…………なぁ白井さんよ。あいつ大物なのか、ただの馬鹿なのかどっちだよ? 俺は相当警戒していたんだがよ。あの野郎、ここまで手の込んだ仕込みしてきたくらいだから、うちを踏み台にしてこの業界で成り上がる気じゃねぇだろうかとかよ。それがなんであんな馬鹿正直な答えだよ」
薄情な相棒に憤慨していた俺に対して、疲れたような呆れたようなどちらとも取れるような表情をした中溝社長が、実ににやにやとした笑いを浮かべたうちの社長を伴って一歩踏み出してきた。
「いや三崎君の場合は、相当腹黒いくせに根っこの部分で熱血漢ってキャラクターなんでね。あれ本心ですよ間違いなく」
「ったく。あんたの所はなんで上から下までそんな濃いんだよ」
ため息を1つ吐いてから顔を上げた中溝社長が、俺、そしてクロガネ様を射殺すような目で睨み付ける。
こ……これは失敗パターンか。
ぜったい仲間に引き込んでやろうと張り切りすぎて用意周到に組みすぎたのが、裏目に出て、必要以上の警戒を抱かせてたようだ。
「おう三崎。あとそっちのクロガネつったな。ビックデータ活用プロジェクトうちが一枚噛ませて貰うわ。だからセキュリティー関連なら俺に聞けや」
だが俺の杞憂を吹き飛ばすかのように、中溝社長は力強く断言した。