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世界構築をささやく詐欺師

「ふっざ!」



「もちろん巫山戯てなんていませんよ。個人でVRゲームなんて作れるわけがありません」



 なめくさった俺の言葉に激高しかけたクロガネ様の機先を制し、一歩前に出ながら左手を振って、大量の仮想モニターを周囲に展開。

 クロガネ様の意表を突きつつ、モニター一つ一つに無数の情報を一気に流して、場の流れを強制的に進ませる。

 ついでに態度は真面目な社会人モードへと切り替えて、雰囲気を堅く変化。

 態度をころころ変えて相手を翻弄する方がやりやすく、メイン戦術としてよく採用している。

 相棒を含めて一部には不評だったりするが、今更やり口を変えられそうも無い。



「今世紀初頭からのゲーム業界を鑑みれば自明のことですが、ゲームのグラフィックやAIの進化に伴い、その制作過程や必須技術はより高度に複雑化し、さらに開発費用高騰や開発が長期化する傾向は強くなる一方です」 



 モニターに映るのは、前世紀末の黎明期から去年までのVR全盛期の有名所のゲーム映像。

 見比べればその技術進化や発展が一目でわかる仕様で構成している。

 アーケード。家庭用。ネットゲー。

 アリスが個人所有していたデータベースから拝借してきた動画データはゲーム史とも言えるものだ。

 最短攻略プレイ研究用に自撮りして残していたそうだが……どこまでゲーオタだ。あの宇宙人は。



「ましてや脳内ナノシステムを用いたVRは求められる開発環境や技術から、ずぶの素人には敷居の高い、はっきりいって不可能となっています」 



 前時代の技術。非VRゲームの分野では、個人や少人数サークルによって開発されたゲーム。所謂同人ソフトが今も存在し一部のマニアには受けているが、VR技術を用いた個人制作のゲームソフトとなれば、厳密に言えば1つも存在しない。

 たまに独自開発VRゲームと謳われる作品もあるが、基本設定がすでに構築されたVR環境内で動作できるように、制作、調整された簡易拡張パック。

 所謂大型MODでしかない。

 だからこの会社のこのVRシステム内でしか起動しませんよと、稼働環境が限られる物が多い。

 それほど複雑な物でなければ、それこそ外見データだけなどなら、互換性はそこそこ有る。

 だけどアリスが使うような本MODやら感情伝達ウサミミMODなどは、リーディアン専用で、たとえばクロガネ様のカーシャスでまともに使おうと思えば、最初から作り直した方が早いくらいだろう。

 そもそもVR用MODを作るだけでも、結構な知識やら時間が必要になり、優れたMODを自主制作したり配布するような奴が、神扱いされたりするほどだ。

 そして技術的な問題以外にもう一つ個人で、VRソフト制作やVRMMOゲーム運営が難しい理由がある。

 ぶっちゃけ金だ。



「さらに開発予算と人員。さらに電気代やらメンテナンス経費など諸々含めて運営費を考えると、こんなところでしょうか」  



 経営工学の授業をもう少し真面目に受けておけばよかったかと内心で思いつつも、素知らぬ顔でプレイヤーを一万人程度で仮定した見積もり表を表示する。

 初期開発費用だけで、プログラマ確保や各種基礎プログラム使用料などで、まず数千万は余裕で超えてくる。

 運良く開発済みのVRデータが合法、非合法を問わず手に入ったとしても、それを動かすだけのスペックを持ち得るサーバー群を揃えると、こちらは億単位の金が必要と。

 さらに鯖がフル稼働すれば、電気代やら基本メンテナンスを含めた経費で月々一千万単位の金が飛ぶように消えていく。

 これに人件費やら広告費宣伝費など諸々も含めれば、さらに経費はかさむと。

 まぁ、だからこそ、安易な収入を見込める課金ゲーが主流になったり、ウチみたいに高めの料金設定となってしまうのは仕方の無い話だろう。

 さらに今回のようなゲーム停止、事業撤退な事態になれば、よほどの大手を除いて、即座に会社の資金繰りが悪化して運転資金の枯渇>倒産のコンボと相成る。

 クライアント人数を絞って、さらに性能を最大限に落とした、身内が楽しむだけのVR鯖を構築したとしても、趣味で使うには笑えない金と手間が掛かる。

 そんな面倒なことをせずとも、大手が運営するレンタルVR鯖を借りた方が、自由度は落ちるが断然お得で楽な話だ。

 ここらの実に世知辛く現実直視なデータに、嫌そうな顔をしたお客様が約半数。

 まだ見積もりが甘いと言いたげなお客様もちらほらいる辺り、不景気が停滞し続けている今のVR業界の現状をよく表しているんだろうな。

  


「どこまで人を小馬鹿にっ……なら貴方のおっしゃりたい事はプレイヤーにゲーム内イベント作成の一部を任せるって意味でよろしいかしら!? それも現実的では無いわね。リアルタイム進行なら大半の運営がグダグダになるのは目に見えていてよ。専用フォーマットを揃えた位で問題解決が出来るのかしら」



 堅く柔らかく堅く柔らかく、硬軟入り交え次々に変わる雰囲気で翻弄した事で、クロガネ様には精神的な疲れが見えてくるが、それでも苛立ち紛れながらもまだ着実に反撃してくる。

 ゲームを作るのは貴方たち(プレイヤー)だという俺の言葉が含んだ真の意味を察し、先の手も読んですぐに弱点を狙いうちしてきた。

 慣れたプレイヤーが主催する一部の物を除いて、運営体制が稚拙でトラブル連続なのは、プレイヤー主催イベントに参加したことが有る人間なら容易に予想できることだ。

 イベントを組み立てやすいように形式を作るという手を、俺が考えているのはお見通しのようだ

 しかし形を整えた所で問題は中身。

 リアル事情で参加者が時間通りに集まらない、突然キャンセルする、さらには運営プレイヤーが制作が面倒になって逃亡なんて事も珍しくない。

 プレイヤー間トラブルの元となりかねない物を、ゲームの売りにするなんてあり得ないとクロガネ様は断言する。



「ごもっともですが、とりあえずイベント制作の参考サンプルをご覧ください」



 PCOは惑星改造会社ゲームをその根源としている。

 先ほど俺とアリスで見せたのは、星を奪い合う戦闘面でのデモプレイ。

 派手で見応えがあるから最初に展開したわけだが、あれはイントロダクション。

 ゲームの導入部分に過ぎない。

 本命は”惑星開発”

 戦闘がメインならタイトルを宇宙戦争とでもしておく。

 直訳が恐ろしいことになりそうな気もするが。



「プレイヤーが一定以上の艦数と人員を確保し、さらに辺境域で人跡未踏惑星を発見する、もしくは資源を集めて人工惑星を制作することで、惑星開発プロジェクト機能が解放されます。プレイヤーホームやギルド居城の進化版だと思っていただければイメージしやすいと思います」

  

 

 惑星映像とステータス画面のサンプルを展開。

 大気の有無や成分構成、大気温、重力値、液体の有無、さらに地域ごとに別れたデータ諸々等、数千にも及ぶ項目と、その下部には、さらに膨大な詳細ステータス値が設定されている。

 無駄に多いと思われそうだが、こちらは銀河連盟基準のディケライア社オーダー表を元にしている。

 従来はクライアントの希望に合わせ詳細設定し、完成予想図として表示して、さらに千年、万年単位での環境変動シミュレーションも行って、受注を受けたら実際に制作するという流れらしい。

 ディケライア社最盛期には、冷やかしから大規模な物も含めて銀河中からアクセスが殺到し、恒星間ネットを通じて日に数千件の商談が交わされていたらしい。

 今の地球文明の技術力では、さすがに数千年単位の詳細シミュレーションとなると、政府研究機関かトップ企業の最高峰サーバ群をフル稼働させても、かなり厳しい結果になるだろう。

 しかし数値をいれて再現シミュレーションを行うだけなら、ソフトさえ有ればウチの会社でも余裕で再現可能な代物まで、スペックダウンしてもらってある。

 まぁそこにゲーム要素として魔力やら精霊なんて物から呪殺武器誕生率、ドラゴン、ユニコーンやら幻想生物の有無と生息可能、繁殖可能環境数値なんてファンタジー設定を追加。

 SF系としちゃ、プレイヤーが設定不能な謎の超古代遺跡やら、高性能機関制作に必須なレアメタル含有量なんてのもあったり、生体兵器転用可能な現地生物なんて物もステ値には放り込んである。

 そこら辺は、アリス所有の電子書籍版『世界魔法辞典』やら『幻獣図鑑』『完全呪殺マニュアル』『伝説武器百選』などという、アレな蔵書がすこぶる役に立ったんだが……あいつの引き出し、業はどこまで濃いのだろうと、考えさせられたのは別の話だ。

 改訂版ごとに解説がちょっと違ったりするから、全買いは常識だと力説されても、同意しにくいぞ相棒よ。



「こちらはハビタブルゾーンに存在する天然の地球型惑星サンプルです」



 1つの巨大な超大陸と広大な海を持つ惑星の3D映像を目の前に展開。

 西瓜ほどの大きさの惑星儀の表面にタッチして、その地域の映像を仮想ウィンドウへと呼び出す。

 大陸沿岸部はうっそうとした森林地帯が広がり多種多様な生命が謳歌しているが、海から遠く離れた中央部は数万年も雨が降らず著しい砂漠化が進んで生存には適していない地域になっている。

 


「さてここでこの星をどうするかでプレイヤーの選択は別れますが、試しにもっとも安価で手間の掛からない資源惑星として利用しましょう」



 システムコマンドを呼び出して資源採掘用コンソールを展開。

 様々な資源採掘手段が表示され、その横には設置までの所用時間や、費用が表示される。

 安価な自動採掘機械群と少数オペレーターを有する採掘専門会社に依頼するプラン。

 ただしこれは掘り出すだけなんで、精製や運搬にはまた別の施設が必要になるし、効率も低いが、値段は安く、稼働時間までが短くてすむ

 採掘、加工、運搬までをパッケージ化した物としては、軌道塔型資源採掘加工工場や、大気圏降下や深海作業可能な全環境型資源掘削宇宙艦等。

 ただしこちらは金額が張る上に、稼働までの所要時間が長く掛かるが、1度稼働すれば効率は遙かによいプランとなっている。

 さらにそれぞれのプランには展開コマンドがついていて、さらに細かな詳細設定が出来る仕様になっている。



「ご覧の通り事細かく設定も出来ますが、面倒な時は予算と時間だけを入力して設定も出来ます。予算は多めにして時間はゲーム内時間で3ヶ月に設定。この予算と時間内で可能なプランが表示されます……ではここから軌道塔型採掘工場を選択承認と。はい。これで無数のイベントが発生しました、イベント作成終了です」



 ポンポンと適当にコマンドを打ち込んだ俺は、簡単でしょと言外に告げながらクロガネ様に一礼する。



「…………はっ!? ち、ちょっと待ちなさい。今のどこがイベント作成の説明なのよ。ただのプレイ説明じゃないの」



「いいえ間違いなくイベント作成説明ですよ。こちらは受注可能なクエスト情報のサンプルです」



 表示するのはプレイヤーが選択できるクエスト情報のサンプル画像。

 もっともこちらはまだ張りぼて状態。

 内容はMMOでよく見る形式の募集星域や仕事内容、報酬等が簡易表示されていて、展開すれば、さらに詳細説明が閲覧できるオーソドックスな代物だ。



「こちらはサンプル画像なので反映できませんが、たとえば大元になる軌道塔制作1つとっても、大型設備建設用地形調査イベント、建築資材を集める調達イベント、実際に軌道塔を制作、設置、運搬するイベントも発生します」



 別ウィンドウを展開し、クエストツリーを次々に展開。

 1つの大型クエストに対し、いくつものクエストが自然発生していく。

 先ほど例に挙げた建造や運搬はもちろんのこと、これらに関わる作業員達も発生する。

 彼らが住まう住宅建造や食糧増産に関するクエスト。

 そしてその彼らに提供する為の娯楽関連の サブクエスト。

 さらには、資源惑星が稼働すると都合が悪い別惑星開発会社から入る妨害依頼クエストやら、運搬される資材を狙った宇宙海賊系クエスト等の略奪系クエスト。

 これら敵対勢力を発見、駆逐、排除する防衛系クエスト等々。

 クエストがクエストを呼び、自動展開されていく。

 数え切れないほどの仮想ウィンドウが、仮想現実世界の小学校の校庭に立つ俺らの頭上を瞬く間に埋め尽くした。

 最終的にはこの大型クエストに関して直接で数千、間接的な物まで含めれば数万のクエストが発生するだろう。

 しかも大型クエストは1つでは無い。

 PCO宇宙全体で活動するプレイヤー達が同時多数にいくつものクエストを発生させ、さらに他人が発生させたクエストを受けて、さらにその行動が新しいクエストを生み出していく。

 クエストはそれぞれが連動し、ゲーム内の市場価格や、治安指数、技術発展が日々変化し、関連したクエストが発生する。

 たとえば減少した物資を緊急に製作するクエストで有ったり、治安悪化の原因である海賊艦隊の撲滅クエストで有ったり、新技術を発生させる研究所設営の学術系クエストで有ったり、新素材を探す為に未踏地域へと大規模遠征に出るクエストで有ったりと様々だ。

   


「……プレイヤーの行動によって、イベントが自然発生するシステム、いえ……世界を動かすゲーム」



 呆然とつぶやいたクロガネ様を始め、校庭に詰めかけていた大勢のお客様は、空に展開した数え切れないほどのクエストに言葉を無くし呆然としている。

 ここにいるお客様はVR業界関係者。

 俺が、俺達がやろうとしていることの、本当の意味に気づいたのだろう。

 クエスト自体はテンプレートで、これをいくつももってこいやら、こいつを何匹倒してこいなど、昔から脈々と受け継がれているお使いクエストその物だ。

 だがこのゲームは違う。

 求められる素材は何時だって変わる。

 求められる人材は何時だって変化する。

 戦うべき場所も、戦うべき相手も千差万別、今までの積み重ねとその時の時勢に合わせて変化する。

つまりはだ……



「……っ! あの膨大な数のNPC達はこのために!? 彼らをこの世界で生かす気なの!?」



 さすが腐っていてもカリスマゲーマ。ゲーム関係なら察しが効く。

 艦隊戦において一見無駄に設置されていた大量のNPCの意味にお気づきになったようだ。 



「はい。ご指摘の通りです。この大量のクエストはプレイヤーだけでは到底消費できません。かといって放置で、クエストクリアもままならないでは世界は進みません。これら全てのクエストは、プレイヤーによる自己選択以外にも、麾下のNPCがプレイヤー指示に基づいた半自由行動下でも優先判断で受けてもいきますが、プレイヤーから指示を受けていない文字通りのNPCキャラ達も受けていきます」



 惑星に住む学生、サラリーマン。

 住所不定な宇宙船の船乗りから、恒星直近の反物質工場労働者、銀河辺境炭鉱惑星採掘者やら多数の一般NPC。

 いくつもの星を支配下に置く王族や連合惑星国家に属する政治家などの稀少NPC等々。

彼らもプレイヤーと同じくそれぞれの役職や思考に基づき、クエストを起こし、受け、資材を消費していく。

 だからどんな初期クエストでも下級アイテムでも、必要とする者は存在し、受けていく者もいる。

 MMOにありがちな、プレイヤー全体がある程度成長した中期段階で生じる下級製造アイテムが過剰在庫となりゴミと化す値崩れ防止策の一環になっている。

 そして低レベルアイテムや初期クエスト報酬にも常に一定の需要が発生する、新規参入初心者プレイヤーが参加しやすくする為の手管の1つだ。



「彼らNPCはこのPCO世界で生きています。生活費を稼ぎ、娯楽を楽しみ、さらには復讐に奔ったり、または大望を抱いています。だがプレイヤーと彼らが無関係ではありません。彼らAIの思考に影響を与えるのは、またプレイヤー達の行動です。こちらをご覧ください」



 簡易フローチャートを背後に展開。

 初期設定A(堅物、真面目、義理堅い)というAIに沿った行動をするNPCが二体がそれぞれ別の惑星にいる。

 A1のすむ星では、プレイヤーにより衛星軌道上に大規模な恒星間船専用造船所建築が行われ、A1は労働者募集クエストを受諾して就職。

 基本性格に従い就労したA1は高い稼働率で、スキルを上昇させ、プレイヤーにより見いだされ、さらに上の役職へと昇進。

 さらに高位スキルを取得する為の教育がプレイヤーにより実行されたことで、忠誠度が最大になり、NPC専用レアスキルの大幅能力上昇スキルを習得する。

 その一方でA2がすむ星では、所有権を巡る複数のプレイヤーによる争いで常時戦争状態に。

 戦闘に巻き込まれ近親者を失ったA2は復讐者へと属性が変化。

 その後別星系での傭兵系クエストや海賊討伐クエストなどでスキルレベルを上昇させつつ資産を増やし、絶対敵対NPC属性となったあと、麾下艦隊を率いた独立派として母星に戻る予定となっている。 

 その後は、捕獲した全てのプレイヤー麾下艦やNPCを強制配下にする完全略奪スキルをもつ、凶悪NPCとして暴れ回ることになる。

 元は同じ傾向のNPCでも、そのルートによって真逆の役割を持つ存在へと変わっていく。

 


「これは極端な例ですが、プレイヤーの行動により世界は変化していきます。このルートも確定では無く、その途上でプレイヤーが与える影響によっては、2人の運命が真逆になる事も十分に起こりうる。全く別の生き方を歩むことだって有る。逆に2人ともその途上でプレイヤーが目障りに思い暗殺する事すら可能です。A2は戦場での出来事としてうやむやにするのは簡単ですが、A1の場合は治安のしっかりした星でのことなので、複数の高位スキルを所有する暗殺者チームでも無ければ隠蔽は困難です。殺害行為がばれれば、星系政府や治安機関により星系外追放や、犯罪者プレイヤーとなり懸賞金がかけられハンターに追われるなど、多大なリスクを背負うことになります」



 全てのNPCは殺害可能。

 ただし重要VIP等は警備艦隊やら、ガーディアンにより強固に護られた状態にする予定だ。

 それら困難を乗り越えて遂行される殺害ミッションは重要クエストとして登録され、暗殺者プレイに花を添える事になるだろう。

 逆にプレイヤーがNPCを護る為の特殊護衛部隊編成を依頼されるクエスト生成もあるだろう。



「また、NPC同士もそれぞれの行動が互いに影響を与えます。だからプレイヤーが関与しない地域でも常に情勢は動いていきます。またプレイヤーが与える影響は、NPCより大きい値に設定する予定です。要はリアルで言えばNPCが一般人だとすれば、プレイヤーは世間へと大きな影響を与える事が出来るカリスマといった所でしょうか。プレイヤーの行動により、NPCの思考は大きく変化していきます」



 低レベルプレイヤーならば、ご近所のママ友リーダー格。

 中レベルプレイヤーなら、TVタレント。

 高レベルまで上がれば、英雄や独裁者のように。

 プレイヤーのとった行動にNPCは感化され、影響を受けたプレイヤーと似通った思考パターンを構築していく。 



「プレイヤーの持つ総戦力値がこの影響値と連動します。要は多くの麾下NPCや艦船、商業力等、ゲーム内でもつ力の総量がNPCに与える影響値を左右します。他にはクエストクリア実績や報酬としての役職などでも細かく変動させる事で、似たような条件下でも画一的な攻略手段ではなく、プレイヤーが試行錯誤を出来る余地が発生できればと考えています」



 小さな個人店と、全国チェーンの影響力の違いみたいなもんだと一言で言えるなら楽なんだが、さすがにそれだと身も蓋も無いから、ちょっと持って回った言い方に変換し、捏造したスクリーンショットを交えつつ、周囲のお客様へと説明を流していく。

 ここら辺の説明は疑問符を混ぜつつ。

 まだ煮詰まっていない部分ってのもあるが、俺が今必要としているのはゲームをやってくれるプレイヤーではなく、作り上げていくゲームマスター側の人材。

 ちらりと観衆に目を奔らせれば、技術者系のお客様らしき連中が大規模システムに興味を引かれて見入っているのが感じられる。

 


「パーティやギルドを組むことで、影響をより大きくしたり、影響範囲、ジャンルを絞った専用スキルが仕様可能になる案なども考えています。さらに、この上位として、所属する組織が有する星域支配値により発動可能な、星系全域に一斉発動する広範囲特殊スキルなんてのも有りではないでしょうか?」



 システムの元々の考え方自体は珍しくない。

 極々ありふれた物。

 おおざっぱに言えば基本はプレイヤーの行動が、物語の展開へと変化をもたらすマルチエンディングだ。

 だからシステムの基盤となるのは、全ては現有する地球科学技術で制作可能な物で、軍事機密級の最先端技術など存在しない。

 だが俺らが仕掛けるPCOの規模だけは前代未聞。

 数千万、数億人のAIが自由思考でうごく世界を作ろうってんだから、話を聞けば無謀も良い所だろう。

 だがそれだからこそ、今まで見たことの無い自由に構築できる世界がそこに広がる。

 星1つを遊び場とし宇宙一の娯楽惑星を作っても良いだろう。

 その為には、娯楽系クエストを多く受け、さらには星間移動遊園地などを定期巡回させ、風光明媚なリゾート地を改造して作り出す必要があるだろう。

 星1つに多種多様の惑星の動物、植物が住まう宇宙一の動植物園を作っても良いだろう。

 地区分けしてそれぞれに環境を変化させる機構を組み込み、宇宙を廻り変わった動物を捕獲し、生物研究機関を作り人工繁殖可能な技術レベルまで科学技術を高めれば良い。

 星系すべてがサーキットとなる耐久レースを開催しても良い。

 重力が歪む高重力圏や一瞬の判断が生死を分ける小惑星帯など難関なコースを制作し、さらに工学技術を発展させ、より速く、より鋭く飛ぶ新型機競争が星全体を巻き込んで行えば、さらにレースは盛り上がるだろう。

 宇宙全体を巻き込んだ戦争を引き起こすことだって、逆に戦争を止める事すら出来る。



「プレイヤーに力さえあれば、何でも出来る。自分達の趣味志向に合わせた世界を作れば、NPC達もプレイヤー達に影響を受けて、その世界に沿った思考へと変化していくという寸法です。これがプレイヤーが作って行くと言った理由です。ご納得いただけたでしょうか?」



 嫌みたらしい俺の笑顔に、クロガネ様は悔しげに唇をかむが反論できずにいる。

 そらそうだ。ゲーマー、いや人間であれば誰だって理想の世界がある。

 PCOはそんな世界を作れるシステムを目指している。

 星1つが遊び場となるってのは大げさな比喩でも無く嘘でも無い。

 文字通りの意味だ。

 俺に敵対的なクロガネ様とて、一瞬でも想像したのだろう自分の理想した世界が作られる様を。

 さて獲物に釣り針は引っかけた。

 


「まぁ内容説明はこれくらいで。ここら辺も企画段階で、実際にテスト稼働まで持っていかなければ不具合がどの程度発生するか見当もついてませんので。一番の問題は大抵の方がお気づきだと思いますが……さてクロガネ様なんでしょうか?」



「……ふ、ふん。絵に描いた餅だからでしょ。これだけの規模で世界を作る為に例えここにいる全ての会社が所有するVRサーバを動員しても、AIがそれぞれ別思考をするとなれば到底足りないでしょ。それにそもそも前提たる、連動したAIネットワークが実用化できるまでどれだけ時間が掛かるやら」



 僅かに動揺を見せつつもクロガネ様の忌々しげな目が俺を見据える。

 夢を語るだけなら誰にでも出来ると言いたげだ。

 まぁそらPCOの原型は俺が昔描いた理想のゲームシステムで有り、今の技術力では現実的には不可能と諦めた案だ。

 ウチの先輩がたに、これって出来ますかね? 

 と酒の席で冗談半分で尋ねて、開発に十年単位の時間をかけた上で、稼働後は月額5万円で一万人くらい集まれば、最低限度はギリギリいけるなと太鼓判を頂いた位だったりする。



「はい正解です。これだけ大規模なPCO世界を稼働させる大量のサーバー群以外にも、AI管理用にも専用サーバーが複数必要となるでしょう。それらを同期連動処理するメインサーバーと基幹システム。さらには非常時に備えたサブシステムとバックアップシステムやら日々のメンテナンス経費。金はいくらあっても足りないような状態です」



安定したプレイの為には、大量のVRサーバーを、しかもメイン、サブ、さらにバックアップの3系統は最低限は確保やら、他にもいろいろと物入りだったりする。

 だがリアルマネーさえ有れば、大概のことがどうにでもなるのが、リアル世界の攻略で楽な点。

 死者を生き返らせろや、世界を回って所在不明な伝説の7つの玉を集めてこいなんぞという無理難題不可思議系冒険なクエストじゃ無く大助かりだ。

 もっともその金を集めるって一点が、そう易々と行かないのがリアルの世知辛さ。



「ですがそれらをまとめてクリアする算段がついたので、今回動いたわけです」



 だから俺は余裕だと言いたげな人の悪い笑顔で嘯きつつ、最後の切り札を切る。

 アリスからは『……それ詐欺師の常套手段』と呆れられたが、見せるのは改竄や偽装で無く実際のデータ。

 だから詐欺では無い……と思いたい。
















「というわけでこちらをご覧ください……ディケライア社が先物取引市場において長年行っていたプロジェクトによる収支表です」



 右手を軽く振って周囲のウィンドウを全カットした、三崎が再度手を振ると彼の背後に新しいウィンドウが表示される。

 そこに映し出されるのは簡素化された収支表。

 何時、どの銘柄を売り買いしたと記載されているだけだが、商品取引所が正式発行した書類であるという電子印がしっかりと記載された物だ。

 表示されているだけでも20年分以上の取引記録は、個人としてはそこそこ、会社として扱うにはずいぶんと少ない金額が並ぶ。

 全体を見れば所々マイナスはある物の、基調プラス傾向にある非常に堅実な物だ。少量ずつだが確実に稼いでいることが注目するべき点だろう。

 現実的な数値に周囲の観客からざわざわとした空気が発生したのを、サラスはその鋭敏な感覚で捉える。

 三崎が言外に秘めたこの収支表の意味に気づいた者が多数なのだろう。

 もうけ話に弱いのは、地球や宇宙の区別無く生物の性なのだろうかと、考えさせられる。



『彼の狙いは取引市場の先読みによる資金確保ですか? それとも情報販売でしょうか? リルさんならば相手が原始文明程度でしたらいくらでも利益を出せるでしょうが、些か目立ちすぎるのでは』



『そりゃ百発百中なんてやったら、すぐに目立つし、あたし達の正体が疑われて露見するかもだから、ある程度押さえて結果プラスとか、あくまでも予想だって言い張って適度に外してれば無難でいけるかもね。でもおばさん。通常時ならともかく、追い込まれた時のシンタはそういう小金稼ぎタイプじゃないよ……もっとえげつないこと大規模で仕掛けるタイプ』



 アリシティアはサラスの言葉に少し考え込んだあと、僅かにウサ髪を揺らして答える。

 通常時なら小市民のくせに、他に道が無く必要とあればド外道な策さえも平然と行い勝ちにいく三崎伸太はそういう男だ。

 たかだか取引市場での資金確保の利益で満足するわけがない。

 三崎の目指す物はもっと複合的な勝ち。

 金銭のみならず、技術、人材、さらには環境その全てを一気に掻っ攫いに行く大勝ち狙いの一点突破だ。


 

「VRとは言うまでも無く仮想世界。つまりはシミュレーション世界です。ディケライア社は個人依頼のオーダーメイドVR世界を構築していた企業です。その中には純粋な趣味から、私的実験や公に出来ない物など、いろいろあったそうです。この収支表はその中の1つ。依頼主とディケライア社の先代が協力して精度の高い限定環境シミュレーション開発を目指して行われたプロジェクトによる未来予測が生んだ副産物です。まぁ要は先物取引市場や、株式市場での変動を正確に予想して、一攫千金を狙おうという実にギャンブルで酔狂なプロジェクトです。PCOを作り出す為には大金が必要でしたからね」



 環境をシミュレーションして変化を予測するのは、昔から行われてきたこと。

 このプロジェクトはその予測に基づいて変動する取引市場の値動きを、複数の独立思考AIを使用して、数分から、数十分後の変動値を予測シミュレートするものとして開発されていたと、三崎はまじめくさった顔で説明を続ける。



『我が社がその様な事をしていたとは初耳ですね』



 無論ディケライア社の本来の業務と形を知っているサラスは、三崎が始めた説明が、頭の先から尾っぽまで全てがでたらめ。嘘八百なのは百も承知だ。

 この取引記録だって、地球での情報収集用に必要な最低限のナノセルを維持する為につかっていた口座記録でしかない。

 だが問題は実態を知るサラスですら、プロジェクトの実在を信じたくなるほど、事細かく詳細が決められて、付随資料が充実していることだ。

 おそらくこれら膨大な資料はリルが用意した物だろうが、その基本方針は間違いなく三崎の指示だろう。

 天気予報や地震予知などでは古くから実用化され存在するが、それら自然現象よりも複雑化している市場予測が可能なシミュレーションなど、眉唾物の怪しげな情報でしか無い。

 素面で聞けばすぐに嘘だと見抜けるだろう。

 しかし三崎がここまで展開した場の流れが、観衆の判断を狂わせる。

 PCOの存在とそこに使われた高い技術力。

 さらに現実として存在する数十年分の取引記録、事細かく詳細な実験記録が真実味を持たせていた。



『……彼の本業は詐欺師ですか?』



『えと一応ゲームマスターなんだけど……下手に人生を踏み外してたら、詐欺師か悪徳セールスマンで一時代が築けるってのが、ギルメン全員の一意した意見なんだよね。で、でも大丈夫。性根が腐ってるけど人を落としいれるような嘘とかはつかないから……たぶん』



 立て板に水を流すように嘘八百を並べ立てていく三崎の姿に、他ギルドを利用してボスMVPを取る方法を嬉々として考えていた現役時代の姿を思い出したアリシティアは、自信なさげに答えるのが精一杯だった。

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