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廃神プレイヤーvs外道GM    戦闘終了

 破滅的な威力を持った光の奔流をアリシティアは捉える。

 光の正体は対要塞級の威力を持つ砲撃艦による荷電粒子砲オーバスペック攻撃。

 仮想型電磁砲口により船体以上の太さで放たれたその効果範囲は、直径で100メートルクラスはあるだろうか。

 極限まで広げられ高められた威力は、アリシティア側の小衛星帯基地の防御シールドを易々と貫き、分厚い重装甲で覆われた基地本体すらも破壊し尽くすだろう。

 膨大なHPと半減したとはいえ戦艦クラスの防御力を持つアリシティアとて、その激流の前には、葦よりもさらに頼りない、か弱い存在でしかない。

 自分の賭けは失敗に終わる。

 ひねくれ者で天の邪鬼で頑固な男を、この世界にもう一度呼び出すという私的な願望。

 その絶好の機会にして、最悪の場合は最後の機会となる。

 本来の肉体が持つ加速思考を可能とするナノシステム群が、アリシティアの負けをはじき出そうとし、

 


(前衛なめんな! ヒーラー復帰まで5分支える! サボったら蹴り入れる!)



(とっとと下がれ! この阿呆! ガードでるぞ!)



(勝手に突っ込んで諦めんな! スキル叩き込んで麻痺させろ! この馬鹿ウサギが! 押し返すぞ!)



 初心者相手に散々罵声を浴びせ倒してくれやがりましたパートナーの声を思い出し、心が敗北を全力で拒否する。

 全滅必死の高威力範囲攻撃?

 それがどうした。

 絶望的な状況なんて、過去6年で何千回体験した事か。

 何とかしのげたのは100回も無いだろう。

 だが逆に言えば0じゃない。

 助かる確率はある。

 あの男ならHPが尽きるその瞬間まで……いや、尽きたとしても復帰した直後から、対策を繰り出すほどに諦めが悪い。

 そのパートナーである自分が、こんな簡単に諦めて溜まるか。

 それこそ会わせる顔が無い。

 ゲームで喰らう制限とは無関係のアリシティアの頭脳が激しく躍る。

 目で周囲の状況を確認している時間も、考えている時間も、やり直す暇も無い。

 即興で脳裏に浮かんだ脱出プランにあわせて、アリシティアは動き出す。

 右手に繋がれたトラクタービームの先で、射線軸上で全力加速を続ける曳舟に進行方向を合わせ、スラスターをフル加速で吹かす。

 着弾までの時間を、コンマ1秒単位で極々僅かに引き延ばした足掻き。

 亜光速で迫る荷電粒子の前では無駄に見えるかもしれない、薄紙を重ねて盾とするかのような行為。

 だがアリシティアは藻掻く。

 自らの加速度に曳舟が引く加速度をプラスして一気に加速最大値まで迫ったアリシティアは、目的の物体を感覚に捕らえ即座に左手にサブ武器を呼び出す。

 白兵戦専用の近接武器である山刀『ナガサ守錐』

 かつて野山を駆け巡ったマタギの武器がもつ汎用性と名を受け継ぎ、ボス戦で初めて手に入れたネームドアイテム。

 その名が表すように、装備することで通常のナガサの武器ステータスにプラスして僅かばかりだが守備力と貫通力を上げるサブ効果をもつ。


 スキル発動。バインドクラッシュ。


 身体をひねって振るったナガサの刃が、アリシティアを捉え引きずり回していたトラクタービームを切り裂き、その拘束効果を無効化する。

 だがこのままでは物理法則により、その勢いのまま射線上を突き進み、最終結果は変わらない。

 しかしここはゲーム世界。スキル次第で物理法則なんぞ関係なくなる。

 真空の宇宙空間。もとより踏みしめる大地なんて存在せず、周囲に無数に浮かんでいる小衛星も今のアリシティアの手が届く範囲にも存在しないが、その目論見通り、右足が何か硬い物に刹那の瞬間に接触する。


 スキル発動。サイドステップ。


 一瞬触れた足場を使い、戦士職技能である真横に進行方向を変えるサイドステップを発動。

 猛烈な加速で射線軸を進んでいたアリシティアの身体は、スキル発動に伴い斜線軸に対して垂直方向へと跳ぶ。

 足場としたのは先ほど打ち砕いた制圧艦の残骸。

 破壊された物体が消滅エフェクトを伴い消え去るまでの僅かなタイムラグ。

 ほんの一瞬前に破壊したから未だ残る偶然という名の奇跡の襟元を鷲づかみにして無理矢理にたぐり寄せる。

 軌道を変化させて効果範囲外への回避行動へと、ひた走るアリシティアだが、願いも空しくついに亜光速で打ち出された重粒子が、その身体を捉える。

 激流の光を身に浴びた瞬間、全身を痺れるような軽い刺激が走り、火がついた導火線のように長いHPバーが瞬く間に赤色に染まっていく。

 着弾と共に全ダメージが計算される実体弾と違い、重粒子砲は範囲型持続ダメージ。

 効果範囲内にいる限りそのダメージが積み重なっていく。

 しかもオーバーススペック状態の今の秒間威力は通常よりも高い。

 要塞クラスのHPと装甲ですら持って5秒。

 戦艦クラスのHPと装甲では耐えられる時間は1秒も無いだろう。

 さらにアリシティアの防御値は半減状態。山刀の防御プラス効果を足しても、持つのは0.5秒と少しか。

 なら……………………十二分だ。

 ウェイトタイム中の右腕メインウェポン。スピアストライカーをパージ。

装備を外した事で僅かに身体が軽くなる。

 だが速度にまで劇的な変化が生まれるほどではない。

 狙いは別。外したスピアストライカーに足をかけ、


 スキル発動。ダッシュ。


 踏み台としたスピアストライカーを使い、最初期スキルを発動。

 即時発動型スキルであるダッシュの効果は、発動後1秒分だけ”現速度”での移動距離を進行方向へと倍化させるという単純な物。

 前衛職は接近。後衛職は緊急回避にと用途は多いが、単純故にプレイヤーの技能差が如実に出る、奥の深いスキルの筆頭ともいわれていた。

 距離を詰めるだけならば難しくない。

 闇雲に逃げるだけなら距離は稼げる。

 しかし狙い通りの位置へ移動しようとすれば、途端に難易度は上がる。

 自らの移動速度はもとより、味方の速度付与魔術や敵方の移動阻害魔術の影響ももろに受け、即時発動型故にタイミングが一つズレただけで到達位置は大幅に変化する。

 そして今のアリシティアの速度を持ってすれば、そんな初期技能は、瞬間移動のように一瞬で距離を稼ぐ超奥義と化す。

 周囲の視界が歪み全身が引っ張られるような衝撃と引き替えに、アリシティアは重粒子の激流から抜け出す。

 かろうじてHPは残っている。

 まだ戦える。

 無理矢理な軌道変化で錐もみ上に廻る視界の中で体勢を返し、スラスターを小刻みに噴射して体勢を立て直しつつ、残り1割弱となったHPを確認するアリシティアの脳裏で幻聴が響く。



(ナイスフォロー! さすがアリス!)



(だから言ったろうちの兎娘なめんなって。鎧袖一触なで切りってなもんよ)



(敵陣強行突破成功! ボスへのファースト攻撃は俺らがいただきだ!)



 絶望的な状況を切り抜け、千載一遇のチャンスを得て、何度手を打ち合わせてきた事か。

 残りHP1割弱。

 これくらいザラにあった。もっと状況が悪くても勝負はまだまだこれからと闘志を奮い立たせてきた。

 だから立てる。

 勝てると信じて突き進める。

 スラスターを噴射させ体勢を立て直したアリシティアの視界に、暴虐な閃光の終着点が映し出される。

 シールドをはった防衛基地は僅かに抵抗を見せていたが、積み重なっていく重粒子の圧力についに負けてシールドが破け、本体装甲へと着弾する。

 その本体装甲も瞬く間に貫通され引き裂かれた衛星基地は耐久HPがゼロとなり、あちらこちらで火を吹き始めて、小規模な爆発に包まれながら四散していく。

破壊された自軍の基地。

 アリシティアはそれを当然の結果だと受け止めてしまう。

 今戦っている相手はあの男だ。

 宣言した目標をいつも通りきちんと落としてきただけの事だ。

 大きな爆発とともに小衛星帯防衛基地が完全に瓦解して消滅する。

 リング内輪の防衛衛星を統括制御していた小衛星帯基地が破壊された事で、惑星全域を覆っていた侵入妨害防御フィールドも霧散消滅する。

 その青色のベールの下に隠されていた惑星が姿を現しはじめた。

 防御フィールドよりもさらに透き通った水色の海原に覆われた美しい星。

 海原には弧を描く大陸。

 陸に囲まれた内海の空には無数の浮遊島が浮かぶ。

 あの男と出会った炭鉱ダンジョンが存在する大陸西部のコルト山岳地帯。 

 ランダムワープポイントが乱立し、足を踏み入れたプレイヤーを中心部の集落への強制ホームポイント上書きし、さらに脱出を困難にさせる飛行魔術禁止で猛威を振るった南部ファートリング大樹海。

 騎乗用ドラゴンを追いかけ回した内海のラザフォート浮遊群島。

かつてアリシティアが駆け巡った世界。

 そしてアリシティアがパートナーと出会った世界。

 その惑星は仮称『リーディアン』



「そっか……そりゃ負け寸前だよね」



 懐かしくなった世界を宇宙空間に漂いつつ見つめながら、アリシティアは自らが良いようにあしらわれている理由を悟る。


 勘違いしていた。


 出会った時の『シンタ』に伝える言葉があるとこだわりすぎて、ほんの少しではあるが今のミサキシンタと無意識で分けて考えていた。


 思い上がっていた。


 不意打ちの状況ならば自らの思惑通りに動かし、祖霊転身を使う状況まで追い込んだ末で勝利が出来ると。

 

 そんな簡単に勝てる男じゃ無い。

 負けて元々と思うほど諦めのいい男じゃ無い。

 アリシティアは誰よりも知っていたはずだ。

 ミサキシンタは祖霊転身による直接対決なら自分が負けると判断して、勝ちを得る為に全力で罠を仕掛けてきている。 

 なぜなら相手が誰よりもその実力をよく知るアリシティアだからだ。

 あの悪辣な男が全力で罠をはらなければアリシティアには勝てないと、最上級の評価で来ているのだ。

 100人中99人が先ほどの攻撃からアリシティアが生き残れないと判断しても、ただ1人、アリシティアが生き残ると判断して、さらに追加の罠を準備しているような相手だ。

 祖霊転身を使わせようと選択肢の幅を狭めたままで勝てる相手じゃ無い。

 自分が勝利を得る為には、”意味の無い”拘りを捨て無ければならない。

 拘りを持つ限りあの男の術中に嵌まったままだ。



(勝つぞ相棒!)



 勝ちたい。あのど腐れ外道で悪辣なパートナーに。

 伝えたい。出会った日から未だに言えずにいた言葉を。 

 自分がすべき事、したい事を再確認したアリシティアは、目指すべき目標に向かい再度飛翔を開始した。








「……生き残るか。うん。ありゃ化け物認定だな」



 母船から廻ってきたアリス生存という監視情報を見ながら、脱出艇の狭い座席で俺は頬をかく。

 結構なダメージを喰らったようで身体のあちらこちらで、放電を放つダメージエフェクトを纏っているが、きっかりと生き残りやがって、俺が搭乗する防衛指揮艦目指して再稼働し始めていた。

 そりゃまぁ、生き残る可能性もあるなとは思っていたが、あの現状から本当に脱出されるとなると、いろいろ生け贄を重ねたこっちの立つ瀬がありゃしねぇ。

 普通のプレイヤーなら砲撃開始まで間に合わない。

 上手いプレイヤーでも制圧艦の高周波船首衝角でおだぶつ。

 廃神クラスでも、あのタイミングで重粒子砲に巻き込まれたら脱出不能。

 だがその罠の数々をHPギリギリの紙一重とはいえ凌いでみせる。

 リーディアン最強プレイヤーの一人として名を馳せたアリシティア・ディケライアの真骨頂ってか。

 自力チートめ。 

 しかしこうなれば仕方ない。

 アリスが怒るだろうと思いつつも、最終トラップ『自爆』の準備へと入る。

 あいつは俺に祖霊転身を使わせる事に拘っている。

 その拘りとあいつの性格が、俺に勝機を見いださせる。

 あいつは昔から俺に対して怒ると、面と向かって文句をいう為に出向く習性がある。

 WISで済ませれば十分じゃねぇかと思うんだが、あいつ曰く、伝えたい言葉があるなら直接対面で言わないと気持ちがこもらないとの事。

 言わんとする事は判らんでも無いが、怒りの気持ちを込めるのは勘弁して欲しい所だ。

 実際に、奇しくもリーディアンが終焉を迎えたその日も、前日の俺のボスプレイに対して文句があったアリスが怒鳴り込んで来たくらいだ。

だからアリスの奴を口撃でいらつかせた上で、小細工気味な罠をあれだけ仕掛けてやれば、怒り心頭で艦橋まで怒鳴り込んでくるのは既定路線。

 艦深くまであいつを誘い込んだ所で搭乗艦を自爆。

 HPが減少したアリスごと、葬り去るというのが俺の用意した正真正銘最後のプラン。

 この最終プランを行うだけの戦力値の余裕が、この時点まで残るかどうかが懸念だったが、何とかギリギリ余力を残せたのは僥倖といって良いだろう。

 もっとも自爆といっても、俺も巻き込まれての引き分け狙いな訳じゃ無い。

 あいつを艦橋に引きつけている間に、こちらの乗員は全員脱出艇で退艦する手はずだ。

 まぁ油断を誘うなら、NPCを全員残した上で俺だけ脱出ってのが理想なんだが、PCOの場合、戦力値ってのが船体ステータス+乗員ステータスの合計値で算出される仕様。

 NPC乗員をおとりに使えるほどの余力が無いという、お寒い台所事情だ。

 


『敵祖霊転身プレイヤー。艦外部に接触。非常用ハッチをハッキング。内部へと侵入いたしました』



 展開した仮想コンソールに自爆用認証コードを打ち込んだり、自爆カウントダウンアナウンス切断やら艦橋に用意したホログラムの出力調整準備と俺がせわしなく準備を進めるなか、アリスの侵入を戦闘補助AIが伝えてくる。



「艦内ジャミング開始。隔壁随時遮断。防衛機構全起動。略式艦内図表示。アリスの位置を出してくれ。脱出艇は随時射出。近くの艦に拾わせろ。自爆カウントを120秒から開始」

   


『了解いたしました。自爆シーケンス移行します。当脱出艇は30秒前に脱出。安全圏への到達に問題はありません』 



 先に脱出艇を射出しているとあいつに俺の意図を読まれかねないので、あいつが飛び込んだタイミングで脱出艇を次々に放出していく。

 外側からアリスにこちらの動きが入らないように情報遮断も忘れずにと。

 隔壁やら防衛機構はあくまでも対人、制圧用兵器用の遮断力と小火力しかない。

 戦艦ステのアリスには力不足も良い所。

 全く無意味で時間稼ぎにもならないが、無条件ですんなりと通すのも不自然なので一応といった所だ。



『侵入者は障壁や防衛兵器を次々に破壊しながら艦橋へと最短ルートを進んでいます。通路内の監視、通信設備も軒並み沈黙しています』



 うむ。アリスの奴……相当いらついている。

 手当たり次第八つ当たりとばかりに、障壁や防衛兵器だけでは飽き足らず通路に仕掛けられた監視装置まで破壊しながら、まるで暴風雨のように駆け抜けていく。

 こちらとしてはその分艦橋への到達が遅れて時間が稼げるので、実にありがたいんだが、ゲーム終了後あの怒りを受けるかもしれないと思うと背筋が寒くなる。

 ゲームに負けてリアルファイトはゲーマーとして最低の行為だと教え込んだのを忘れていない事を祈ろう。

 


「艦橋内照明最低限に、立体ホログラムは映像濃度最大値で展開」



 馬鹿な事を考えつつも最終プランの全手順を終了。

脱出艇の座席に腰掛けた俺の姿が、艦橋の司令官席に投影される。

 艦橋を薄暗くしつつ、映像の濃さを最大限にしてホログラムだと気づきにくいように準備をしておく。

 司令官席の横のサイドテーブルには、切り札で小細工なドリンクボトルも準備オッケーと。

 さてここまで来たらもう後戻りは出来ない。覚悟を決めるか。

演技力なんぞに自信は無いが、小細工かましてアリスを30秒引き止めれば俺の勝ちだ。


   

『敵プレイヤー。艦橋ゲートを破壊』



 戦闘補助AIの警戒アナウンスと共に、司令官席の対面側にあった隔壁扉が外側から強力な一撃を食らい吹き飛ばされる。

 音をたてて勢いよく転がる重さ数百キロはあるだろう金属扉は、すり鉢状になったオペレーター席の上を勢いよく転げ落ちて、中央のくぼみでようやく停まった。

 オペレーターを避難させておいてよかった。

 というかゲームでよかった。

 もしこれがリアルで退避させていなかったら、首が吹き飛び身体が引き裂かれる阿鼻叫喚図が出来ていた事だろう。



『シ~ン~タ~……散々人を小馬鹿にしてくれた覚悟はできてるんでしょうね』


 

 力任せに蹴り開けて破壊したのか、片足を上げた相棒がドスの利いた声と、モニター越しでも判る恐ろしく殺気の篭もった眼で睨み付けていた。

 背後の通路は、照明が全て落ちた暗闇に有害そうな紫煙が幾筋も上がり、小規模な爆発が繰り返し起きている。

 アリスの様子やらその背景も相まって、地獄の蓋を開いて悪魔が姿を現したかのようだ。

 うむ……ただでさえ怒髪天な状態のこいつをさらに怒らせるような事を、今からしでかそうというのだから我ながら呆れるしか無い。



「あー許せ。とりあえず飲むか? 甘めの紅茶。好きだろ」



 小細工切り札発動。

 呆れ混じりで気の抜けた表情を演じつつ、俺は横に手を伸ばして脇に置いていたドリンクボトルを掴む。

 脱出艇で俺がした動きに合わせて、ホログラムで表示された艦橋の俺も横のドリンクボトルを”掴む”。

 物を掴める立体映像。

 これが俺の用意した切り札。

 俺の部屋の冷蔵庫を立体映像のアリスが漁っていた時は、非常識なと呆れるしか無かったのだが、アリス曰く、移動型ホログラム映像投影装置の推進用重力機関の余剰重力力場を使った裏技との事。

 そこまで重い物は持てないし、連続使用は10秒くらいでしか使えないそうだが、ボトルを持ち上げアリスに向かって投げるくらいは可能だ。



『どうせ毒でも入ってるでしょ。なめないでよね』



 立体映像の俺が投げたドリンクボトルを、ジト目なアリスは不機嫌もあらわに空中でたたき落として全力で拒否する。

 ……いや相棒。さすがに何でも毒なんて仕掛けないぞ。

 この状況下で『うん。ありがとう』なんて疑いも無くごくごくと飲み出すあほの子だったら、付き合いを考え直したくなるからな。



『さぁシンタ。20秒待ってあげる。この場で私に叩き殺されるか。祖霊転身使って叩き殺されるか……好きな方を選びなさい』



 右拳を握りしめたアリスが司令官席の俺を睨め付けながら最終選択を迫る。

 どっちにしろ殺されるのかとか、選択肢の意味がないだろとか、お前物騒すぎるだろといろいろ突っ込み所満載だが、下手な軽口を返したら、そのまま殴りかかってきそうなほどにご立腹の様子。

  


「…………………」



 こっちとしてはもう少し時間が欲しいのは正直な所。

 俺は答えず、ゆっくりと息を吸い吐き出し溜を作る。

 アリスが通ってきた通路からは小さな崩壊音や、放電するコードの放つ火花の音が響いてくる。

 自動消火機能すら殺されているのか、火が消し止められる様子はない。

 不気味な静寂の中アリスは自ら動かない。

 まだ罠があるかもと警戒でもしているのだろうか。ここまでで散々仕掛けたからな。

 存在しない罠を警戒させるってのも俺の得意手だが、今回はその慎重さが裏目に出たなアリス。



『自爆装置発動まで残り30秒。脱出艇離艦します』



 AI音声と共に脱出艇が僅かに揺れて緊急射出用電磁カタパルトが稼働を始めた振動を伝えてきた。

 時間稼ぎは成功と。

 ハッチが開き暗い宇宙空間が正面モニターに表示される。



「悪いなアリス……どっちも無しだ。この艦はもう自爆する。俺の勝ちだ」



 俺が勝利宣言をすると同時に脱出艇が電磁カタパルトによって艦外へと打ち出され、 



「って逃がすわけないでしょ! ほんと悪役思考もいい加減にしなさいよね!」



『エンジンブロックに被弾。制御不……』



 逃げおおせたと思った矢先に矢鱈と近距離から響いた怒声と共に、脱出艇全体が嵐の中に飛び込んだような振動で激しく揺れる。

 ついで後部エンジンブロックの方から響いた大きな音とともに俺の意識は途切れた。  

















『……戦闘終了。プレイヤー2の仮想体は全HPを消失。プレイヤー1の勝利となりました』



 冷静な機械音声を耳が捉える。

 甘いにおいを鼻孔が捕らえ、膝の上に軽い重みと熱を感じる。

 爆発が起きた瞬間に反射的につぶっていたのか閉じていた目を俺はゆっくりと開く。

 そこはフルダイブする前に俺が入っていた筐体型VR装置を模したブースの中だ。

 目の前の正面モニターに映るのは機械音声が今言ったのと同じ勝敗表示。

 まぁ要するにだ、プレイヤー2である俺が死亡。プレイヤー1であるアリスが勝ったというひねりもなにも無い簡易な報告だ。

 あの瞬間、何が起きたか。何故俺が負けたのかまでは、表示されていない。

 最後の瞬間、響いたのは射出直前まで艦橋にいたはずのどう考えても間に合わないはず。しかし紛れもないアリスの声だった。    

 正直どんなペテンにかけられたのか、俺は理解できていない。

 考えようにも情報不足だ。となるとだ……あえて無視していた俺の前。

 何故か俺の膝の上に座っている勝者様に聞くしかないようだ。

 年が20ちょいの仮想体といえど体重はそれほど無いのか軽いんだが、薄暗く狭い空間でこの密着度は、中身がアリスと言えど……まぁ精神的に余りよろしくない。


 

「アリス。なにやった?」



 そこらの微妙な男心はあえて脇に放り投げて俺は問いかける。

 ひょっとしたら無視されるかと思ったが、



「……・シンタと同じ手。扉を蹴り開けた瞬間に立体ホロ装置を中に投げ込んで時間稼ぎ。シンタの脱出艇の位置をハッキングしつつ通路を逆戻りして外に出て、出てきた瞬間斬撃スキルのスマッシュスラッシュでエンジンぶった切り」



 不機嫌なのは変わらずのようだがアリスは律儀に答えてくれる。

 なるほど。

 八つ当たり気味に通路の監視装置まで壊していたのは逆走を知らせない為。

 ボトルをたたき落としたのは、自分もホログラムだと気づかせない為。

 俺に突きつけた選択時間は、自分が戻る時間と俺の位置を調べる為と。

 

   

「それでシンタ。何か言いたい?」



 アリスのウサ髪がぴょこぴょこと動く様を後ろから見ながら、俺はシートの背に倒れ込み身体を預け、筐体の狭い天井を仰ぐ。



「俺の負け……完敗」



 嵌めてたつもりが、同じ手で嵌められたんじゃ、ぐうの音も出ない。

 素直に負けを認めるしか無かった。

 卑怯だ云々なんぞ言えた義理じゃないし、第一ゲームルール内でやれる手なら何でもありが俺の流儀。

 敗因は最後の最後でアリスの行動を読み違えた、俺の読みの甘さだ。



「よろしい……じゃあ今度は私から言いたい事あるから」



「あーもう何でも言ってくれ。正直覚悟は決めてたから。ただ手短にな。言い足りないならあとで聞くから」  



 しゃーない。アリスが怒るだろう手を満載のド外道モード全開な戦法だったし。

 かといって何時までもここでマッタリしている訳にもいかない。

 この外にゃPCOを武器に籠絡しなければならない多数のお客様と、大ボスのクロガネ様が待ち構えているんだ。

 時間的にもやばいし、あと俺の精神忍耐値的にも、膝の上にお座りなこの状態はよろしくない。




















 こちらに戻ってきた時に、まさか三崎の膝の上に座っていると思っていなかったアリシティアは、すぐ後ろから響いてくる聞き慣れた声に、何故か妙な居心地の悪さを感じていた。

 その一方で三崎の方といえば、アリシティアが膝の上にいても平然とした物で、自分の敗因を聞いてきたり、その結果を聞いて素直に負けを認めている。

 自分が落ち着かないのに、なんで三崎はいつも通りなんだ。

 それが何故か癪に触る。 

 だが今は、それらアリシティア自身もよく判らない感情を横に置く。

 もっと大事な事がある。

 三崎に勝つ機会をずっと待っていた。

 そりゃゲームルールで勝った事は何度もあるし、地球人とは別格の反射神経に物を言わせて勝った事もあるが、本当の意味で三崎に勝てたと思えたのはこれが初めてだ。

 狙いを読み切り、さらに逆手に取り、勝利をつかめた。

 出会った時から上から目線でやたらと偉そうに強制的に自分のギルドに加入させたこの男に勝利したかった。

 その上で、ずっと言いたかった言葉があった。

 三崎がゲームから引退して、GMになってしまって、伝えられなくなったかと思った言葉があった。



「…………ありがと。それだけ」



 ギルドに誘ってくれて。

 ゲームを楽しませてくれて。

 パートナーになってくれて。

 日常の些細な出来事ではいくつも伝えてきた感謝の言葉だが、この思いを込めて伝えるのは、はじめてだった。


  

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