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ゲームは一日5時間まで

 会議室のデーブルに座り左手で顎を支えながら俺はじっと前を見る。


 視線の先では不機嫌な顔を浮かべてアリスが昨日の戦闘ログを熱心に読みふけっていた。


 そのままでも閲覧可能なログデータを、わざわざ古書風の書物ツールに落とし込み、室内の世界観を壊さないようにしている辺り本当に細かい雰囲気までこだわる奴だと呆れ半分に感心する。


 ページを捲るさいにいちいち紙を捲る音がしてくるこの書物ツールもアリス自作のMOD。


 普通のプレイヤーならポップウィンドウで一気に流し読むようなログも、手間をかけて読むのをアリスは好む。


 前に面倒ではないかと尋ねたが、雰囲気が壊れるのが嫌だとのこと。



『ちっ! また動き増えてるね。この小娘は! 林! 細部記録できてるね。ついでに解析も頼んだよ! 記録ミスったら棺桶三十往復させっからね!』



 口が悪い割には嬉しそうな女性の声が俺の脳裏に響く。


 開発部の主任佐伯女史御年四十才が、鉄火場にいるような威勢のいい声で指示をだしている。


 ちなみに棺桶とはリアル本社のエレベーター。


 階段三十往復とどっちがマシだろうか。



『あいよ。耳と頬の動きに新しいリンク有りと。カメラ! もうちっと上動かせ。耳だ耳!』



 先ほどからやたらハイテンションな業務命令にしたがい、カメラである俺は目線をアリスの頭の上。金色の髪からにょっきりと顔を出すウサミミに合わせる。



 頭の中に響くパーティチャットの主達が我が社が誇る精鋭技術者集団、開発部の面々だと思うと頭が痛くなる。


 夏休み前の大型アップデート直前で忙しいはずなのに、アリスが来ていると聞きつけ、俺に一言の断りもなく開発部パーティに加入させたかと思うと、視覚データをハックしログを読みふけるアリスの表情のモーションデータを取っていた。


 次のアップに向けてアリスの動き方を参考に、新規モーションデータを作成するとのことだ。 


 アリスに限らずプレイヤーが作ったMODデータ自体は、ゲームに反映させるために本社サーバ内に設けられたプレイヤー用個人フォルダに入っている。


 プレイヤー一人頭の基本MODデータ容量は決められており、もっと多くのMODを入れる場合はデータ枠を追加購入をしてもらっている。


 アリスの場合は容量を五個も追加して、容姿や動き以外にも本などの小物まで作っている拘りぶりだ。


 そのデータが入ったサーバは本社の地下。


 開発部がアリスのMODデータを覗き見ようと思えばいつでも見られるのだが、それをしないだけ視覚ハックの方がまだマシか。



『きたきた。おし0.01秒単位のフレーム全部撮ってけよ。うほ。髪の動きまできてるぞこれ! データ取れたか!?』



『良い絵いただきました!!!』



『おし! 二日で解析! 丸裸にしてやるよ!』



 アリスの感情に従って動くその耳は、プレイヤーが倒された記録を見たときはぴんと立ち、何度も同じページを見返すときは左右にピコピコと動く。


 さらに耳の動きに合わせて糸のように細い髪も自然に動く細かさに開発部のテンションは最高潮に達しやがった。



「……うー。相手シンタなんだからそっちじゃないでしょ。なんでこっちにいるの。みんな裏かかれてるじゃない」



 舞台裏がそんなことになっているとはつゆ知らず、右手を空中で動かして別の本をインベントリから取り出したアリスは両者をしばし見比べて肩を落とした。


 気落ちするアリスに合わせてウサミミが丸まるあたり本当に芸が細かい。


 アリスが出した本はおそらく他のプレイヤーから借りてきた戦闘ログだろう。


 俺が実際に通った進行ルートと、プレイヤー側が予測していたルートを見比べて、あまりに見当違いの網を張っていることに苛立っているようだ。



『三崎もっと落ち込ませな! できたら泣き顔で上目遣いかジト目の表情も記録で撮っておきたいから!』



(勘弁してください。つーかアリスに頼めばいいじゃないですか。ソース教えてくれって。なんでいちいち動き見て解析してんですか?)



 テーブルの上に展開させた他者不可視状態の仮想コンソールを右手ではじき開発部へと文字チャットで返す。


 口に出すWISで返してもいいのだが、運営側がこんな馬鹿な会話をしていると、例えアリスといえどプレイヤー側に知られたくない。


 事細かくそれでいて自然な動きを可能とするアリスMODに触発され騒いでいるのはわかるが、一番ハイテンションなのが開発部唯一の女性かつ主任というのはどうなんだろう。


 我が社の開発部が持つ業の深さを改めて感じる。



『はっ! これだからあんたはダメなんだよ! ほしい物があったら作る! それが技術屋ってもんだよ!』 



 何というか女傑という言葉が似合い、とても技術者と思えない体育会系なノリな人だが、この人がファンタジー色の強いリーディアンオンラインの世界観を担当しているのだから世の中判らない。


 お伽噺から抜け出てきたような容姿のアリスは特に佐伯主任のお気に入りだ。


 しかしさすがに業務とはいえアリスに断りのない盗撮に近い行為……というか完全に盗撮だよな。


 いい加減拒否してやろうか。


 半ば本気で考えているとアリスがページを捲っていた手を止めて顔を上げ、俺をじっと見た。


 何か気になる部分があったのだろうか。



「喉渇いておなかすいた。冷たいお茶とケーキが食べたい。シンタのおごりで」



 視界の隅に時計を呼び出して見ると丁度午後三時。


 子供かお前は。


 しかもVRの料理なんて食べても、実際には腹を満たせないし喉も潤わないのに、なぜほしがる。

 


「…………」



「ねぇお茶とケーキ」



「今の俺の立場だと無理だっての。それくらいわかってるだろ」



 消費するのは現実の金では無く、ゲーム内通貨とはいえ俺とアリスの関係は今はGMとプレイヤー。


 そこの線引きはしなければいけない。



「シンタなんか白服になってからケチになった。昔は奢ってくれたのに。ケーキー食ーべーたーいー」



 俺が着込むGMの証である白いローブを恨めしげに見たアリスは、拗ねて頬を膨らませて、テーブルにぺたんと倒れ顔を伏せながらうめく。


 頭のウサミミもだだをこねて泣きわめく子供のようにをテーブルをぺたんぺたんと叩いている。


 あまりにもよく出来たリアルすぎる仮想体の外見年齢が15才ほどの少女に見えるから、時折忘れそうになるが、アリスの中身は確実に成人を超えているはずだ。


 大人として恥ずかしくないのか。


 さすがにキャラ作りすぎじゃ……作ってるよな?


 アリスが本当は言動そのままのリアルな子供じゃないかと思うときがある。


 本人があまり意識していない時や、今みたいに怒ったときに自然と出る言動が幼すぎると感じるときが時々あるからだ。


 ナノシステムを満15才未満の子供に投入するのは国内では原則禁止されている。


 もしプレイヤーの中に禁止されている年齢の子供が混じっていたら……大きな社会問題になるのは避けられないだろうな。


 さすがに無いと思いたいし、その方が良いのだが、それならそれでアリスのリアルが心配になる。


 アリス。リアルでもそれやってないだろうな。痛いだけなんだが。



「……金出せ。買うぐらいなら行ってきてやるから」



 ふと胸によぎった不安を感じながら、我ながら甘いと思う返事を返す。


 これくらいなら許容範囲だろうと思ったのだが、


 

『三崎! アリスの食事モーション撮るチャンスだ! 秋用の新メニュー! 送ったから食べさせな!』



 あっさりそのラインを踏み越えきっぱりと言い切った佐伯主任のテンションMAXの声が脳裏に響く。



(ちょ!? 本気ですか?! 情報解禁まで社外秘なんでしょそれ!?)



『がたがた五月蠅いね! もう送ったんだからさっさとリストを確認してアリスに選ばせるんだよ! 最優先業務命令!』



 怒鳴り声に俺は反射的に右手を挙げてシステムウィンドウを開いて確認する。


 業務命令という言葉で体が動く自分が情けない。


 開発部から送られてきたやたらと容量の大きいデータを呼びだして、空中にウィンドウを開いてリスト表示する。

 

 

「……マジだし」



 折りたたまれたファイルホルダを展開して、ずらりと並ぶリストを確認して俺はうめき声を上げる。


 VR世界だけとはいえ本物と同じ味をしかも繰り返し食べられる料理データは、外部に出るとかなりまずい類いの機密データ。社内でも厳重に取り扱われている。


 しかも今回の新作料理データは、大手食品メーカー数社とコラボした秋アップデートの目玉企画。


 『食欲の秋。懐かしの食べ物・お菓子フェアー』と銘打ったそのラインナップは、食品メーカーが生産終了したり、一時期流行したがすでに姿を消した懐かしい料理や菓子、飲み物をVRデータ化して再現し、VR世界内でプレイヤーが口に出来るという企画だ。


 さらには人気投票を開催して需要があると判断されれば、食品メーカーがリアルでも再販復活をさせるという計画まで見据えている。


 夏の大型アップデートと同時に発表をするはずの企画で、現状はホワイトソフトウェア正社員とメーカ関係者以外は知らない最高機密。


 しかし佐伯主任は企画の本丸である料理データをあっさりと出しやがった。


 アリスの食事モーションを取るためだけに。


 いいのかこれ? 


 後で問題にならないだろうな。どう考えても社内規定違反なんだが。


 まだこれなら素直にアリスに奢った方がマシだった。


 一介の平社員には重すぎる重要データの取り扱いに俺は声を無くす。


 だだをこねていたアリスは無言になった俺に気づいて顔を上げると、

 


「……そんなに嫌ならいいよ。我慢する」



 俺の態度が硬い拒否を示しているとでも思ったのか拗ねて口をとがらせた。



『三崎! データ取り損ねたら冬ボーナスの査定0にするよ!』



「……飲食データの再現エラーで見た目と味が違った失敗作が出たときの報告リストがある。そこのデータなら食べさせてやる」



「シンタ。嘘ついてるでしょ。しかも変なことしてない? なんかさっきからシンタ以外の視線も感じる。すごい鬱陶しいんだけど」



 俺が苦し紛れに考えた嘘をアリスはあっさり見破り、さらにウサミミを左右にピコピコ振って頭の上を払うようなそぶりを見せた。


 俺の視覚データを通してのぞき見している開発部の連中に気づいているのかこいつ?


 いくら何でもあり得ないと思うのだが、こいつに限っては勘が良すぎるので完全に否定できないのが恐ろしい。


 だがそれだけ勘がいいのだから、こっちの窮状も察してくれ。


 もうこうなったら仕方ない最後の手段だ……今でも通用するといいのだが。


 俺とアリスの間には、プレイヤー時代に固定コンビである婚約を結んだときにアリスが言い出して決めたキーワードとルールがある。


 俺のキーワードは『相棒』でアリスのキーワードは『パートナー』


 キーワードは普段は口にせず、相手が口にしたときは、その意思を絶対に尊重する。


 頼み事をするなら順番は交互で連続は無し。


 相手の尊厳を傷つける行為はしない。頼まない。


 なぜこんな少し奇妙なルールをアリスが提案したのか今でもわからない。


 だがアリスはこのルールを結ばないならコンビを組まないと断言していた。


 たぶんロープレ派として譲れない部分があるのだろうと思いつつ、俺は条件をのんでアリスとコンビとなったのだが、アリスは俺が思っていた以上に本気でこのルールを厳守していた。


 約束を破ってたいしたこともないのに、ついキーワードを口にしてしまったときなどは、1週間近くも口をきかないほどに怒ることもあったほどだ。


 前にこのルールに従いアリスがキーワードを口にしたのは、俺が引退するときに有象無象のプレイヤーからアリスが求婚された時。



『他のプレイヤーに求婚されなくてもすむように、プレイヤーキャラクターを消さないで。パートナーでしょ』 

 


 だから今回は俺の番。



「深く追求するな。つーかしてくれ。頼むから”相棒”の言うことは信じろ。誰も見てない。見た目と味が違うけどいつもと同じ物。特別だから誰にもいうな」



 切り札をだしアリスに納得してほしいことを口にする。


 アリスのウサミミは俺の一言一言にぴくんぴくんと動いて反応していた。

 


「………………いいよ。他に誰も見てない。見た目も味も違うけどいつもと同じ物のデータエラー。その事は誰にもいわない。シンタってほんとずるいよね。こういうときだけ約束、覚えてるんだから」  



 テーブルから身を起こしたアリスは仕方ないなとばかりの顔を浮かべつつも、俺が約束を覚えていた事が嬉しかったのか少しだけ笑って頷きかえしてくれた。


 やれやれどうにか出来たかと思ったのだが、

 


『ちっ!リア充が!』



『三崎! あとで耐久デバッグ10時間やらせるから覚悟しとけや!』



 俺とアリスのやり取りに開発部の先輩男性社員共が舌打ちをならし、さらに恫喝してきやがった。


 いや、ちょっと落ち着け先輩方。


 ここリアルじゃ無くてVRだ。


 しかも相手はリアル正体不明のアリスだっての。


 俺も断固として拒否したいが、中身が最悪おっさんかもしれないだろうが。


 これ以上この突っ込み所がありすぎな開発部に付き合っていると俺の精神が持たない。


 料理データが載ったウィンドウを確認しつつ、パーティーチャット回線を閉じて、ついでにWIS拒否設定に変更。

 


「アリス。ケーキとお茶だよな」


 

 覗かれているのは気になるが雑音は遮断したことだし、元相棒との久しぶりに会話に集中しよう。

 

 


















「そりゃよかった。ちゃんと仲直りしたんだな」



 多少は機嫌が直ったアリスから、昨日の新婚カップル殺人事件?の顛末を聞いて俺はほっと息を吐く。


 個人的付き合いはほとんど無くても、元ギルマスとしてギルドメンバーカップルを別れさせたとなったら、仕事で悪気が無かったとはいえさすがに後味が悪すぎる。


 最初にリスポン地点に戻ったタイナスはチサトが焦って操作ミスをしたのだと思い、気にするなとWISを送ったらしい。


 ところが返事が一向に返ってこなくてリスポーンもしてこない。


 WISで謝りの一言も返さずに自分たちだけでボス戦を続けていると思い込んだらしい。


 一方チサトの方はといえばその時は俺の操り人形中で操作不可能状態。


 自分が操られている事を他のプレイヤーに伝えられても困るのでシステム側で禁止していたのだが、その所為でタイナスからのWISは聞こえず、逆に外側にWISを送ることも出来ないでいた。


 ようやくスキル効果時間であった五分が過ぎて戻ったときにも、初めて受けたスキル攻撃に、なにが起きたのかわかっていなかったそうだ。


 結果二人の認識の違いからきつい言葉になりすぐに言い争い。さらには大喧嘩となったらしい。


 再突入を諦めて間に入って何とか事を納めたアリスに感謝だ。

  


「苦労したんだからね。ほんと感謝してよシンタ。おかげで私はファースト攻撃の時しか潜れなかったんだよ。ほんとシンタは汚い手ばっかり使ってくるんだから反省しなよ」



 切り分けたケーキが刺さったフォークを振るアリスは大変だったと強調して愚痴をこぼす。


 その心情を表すかのように結構な勢いでフォークは揺れているのだが、その先端に刺さったケーキ片がすっぽ抜けて落ちることはない。


 これ自体が『フォークに刺さったケーキ』という一つのアイテムだからだ。


 こういったところがここがVR世界内だと感じさせる。

 


「感謝はするがやり口は仕事なんだから勘弁しろって。嫌われてこそボスだろうが。しかしそんなに喧嘩が長引いたのか? 俺が倒されるまで三時間くらいあったぞ」



「……時間制限。喧嘩は一時間くらいで終わったけど、その後すぐ時間が来てあたしだけはじかれたの」



 あー8時間経ったのか。


 相変わらずのアリスの廃人ぷりにGMとしては間違っているかもしれないが、少しはゲームを控えてリアルも大切にしろよと思わざるを得ない。



「喧嘩に気をとられてた所為で、他の人にアスラスケルトンの中身がシンタだって伝えるの忘れちゃったし。もう最悪。最初の方でシンタだって判ってれば、とりあえず力押しとかしないで、みんなもっと慎重になってただろうし、デスペナ二割は減ってたと思うんだけど。うーーーー判断ミス。すぐにギルド掲示板にも書き込んだんだけど、混乱してて現場まで届かなかったみたいだし」



 アリスはケーキを口に放り込むと、自らの伝達ミスを悔やんでフォークをがじがじと噛んでいる。


 アリスの話では、チサトとタイナスの二人もそうだったが、アスラスケルトンがマリオネットポイズンスキルを所持していることを、忘れていたり知らなかったプレイヤーが大多数。


 知っているプレイヤーも使ってくるとは想定もしておらず、さらにいつもと違いアスラスケルトンが積極的に動いているので大混乱状態になったそうだ。


 勢いで押し切ろうと突出してきた連中もいたが、手ぐすね引いて待ち受けていた俺にとっては飛んで火に入る夏の虫状態。


 逆に被害が増大していく一因となっていた。



「アリスとやり合ったのファーストアタックの時だけだろ。あれで中身が俺だって気づいてたのか。相変わらず凄いな」 



 戦ったのは本当に最初の最初。


 時間にすれば一分も無かったのに、どうやって判断してるんだこいつは。


 感心して思わず出たほめ言葉だったのだが、アリスはなぜか頬を膨らませる。 


 

「気づかないわけないでしょ。絶対よけられたと思ったのに落とされたんだから。あの近距離であたしの回避行動を先読みして当てること出来るのシンタだけだもん」 

 


「そうか? 先読みなんてしてないぞ俺」



「なんで判らないかなぁ。シンタはそれ無意識でやってるの。VRで遊びすぎて脳が無条件で反応してるの。ちょっとは遊ぶの控えなよ。使いすぎて馬鹿になるよ」



 ここまで理不尽な忠告は初めてだ。


 しかもその理屈でいくなら廃人のお前の脳はとうの昔にいかれてる。



「今は遊びじゃ無くて仕事だっての」



 言うに事欠いてそれかよとあきれ顔を浮かべつつ返すと、アリスはことのほか真剣な顔を浮かべた。 

 


「お仕事か……………………ねぇシンタお仕事って楽しい?」



「なんだよ急に」



「いいから答えて。ほらお給料が安いとか、お休みとか取れなくて自分の時間が無くなったりして嫌にならない?」



 本当にいきなりなんだ? 


 いくら俺の仕事がMMO関連とはいえ、アリスがリアルの仕事を気にするなんて本当に珍しい。


 ただ好奇心で聞いてきたという感じではない。


 その口ぶりは真剣だ。


 ついでに言えば頭の上のウサミミもぴんと立って一言も聞き漏らさないように構える臨戦態勢。


 真面目に考えてやるか……。


 といっても正直どれだけ考えても微妙だとは思う。


 確かにボス操作は面白いが、出番は月に一回くらいしかこない。 


 給料は安いし、勤務時間は長時間なうえサービス残業。


 休みも不規則だから、まともに家にも帰れない。帰っても疲れて寝るだけ。


 しかも俺の場合は入社して三年も経つのに常勤の新人を入れる余裕が無いからって、まだ固定部署が無くてあちらこちらに手伝いに回される雑用係。


 ウチの会社は親父さんやら佐伯さんなど濃い人間が多くて人使いも荒い。


 さらには軽いノリの社長に、暇そうだからついてこいとリアルでの打ち合わせに付き合わされ、社外秘データやら極秘企画まで知る事になって守秘義務まで生じやがる。


 ……改めて考えてみるとブラックすぎるだろうちの会社。 



「もういいや。シンタ楽しそうだから」



 どう答えた物かと思って考えあぐねているとアリスがさっさと結論を出してむすっとしている。

 


「勝手に人の心情を決めるな。いろいろあんだよこれでも」



「前にみゃーさんが言ってたんだけど、シンタは苦労しているときが一番楽しそうなんだって。しかも無理矢理に仕事を押しつけられたりとか、追い込まれれば追い込まれるほど才能を発揮できるタイプ」



 アリスの言うみゃーさんとは、リアルでは宮野さんという俺の大学時代の先輩の一人であり、俺と同じく引退したリーディアンプレイヤーで元ギルメン。


 リアルとVR世界における心理状態の差異などを研究していた人で、工業系知識以外にも心理学も学んでいた才人だ。


 現役時代はデータ取りのためとアリスと同じく外見と仕草に拘り抜いた猫娘型仮想体で多くのプレイヤーを魅了した魔性の女(リアルひげ達磨男)だ。



「いやまて。あの人結構いい加減だぞ。その場のノリで適当にそれらしいこと言って仕事押しつける口実にしてたから」



「それだけじゃないの。シンタは気づいてないかもだけど、さっき浮かべてた顔が楽しそうだった。それで判ったの。大変そうだけど楽しそうって」



 俺の顔を指さしてアリスはむくれる。


 顔といってもここはVR。


 しかも俺の場合はアリスと違いMODをいれて細かく再現はしていないバニラ状態だから、そこまで細かな表情が出ているとは思えないのだが、



「運営巫山戯んなとか、文句いってたけどすごく楽しそうにボス攻略を考えてたときと同じだった。シンタ。あの時も大変でも楽しんでたでしょ」



「そらまぁ、ゲームを楽しんでいたのは否定はしないけど、今そんな顔してたか俺?」



「してたの…………うー。これじゃGM辞めて戻ってきてなんて言えないじゃん」



 ブーたれるアリスはとんでもないことを言い出しやがった。


 GM辞めろって。


 さすがに社会人3年もやっていると世間の厳しさも判っている。


 そんな理由で仕事を辞めて、すぐ次の仕事が見つかると思うほど楽天的では無い。


 ゲームプレイのために会社を辞めましたなんて退職理由じゃ面接で即落とされるっての。



「無茶言うな。俺はリアルも大切にしてんだよ」



 VRに全てを捧げている廃人のお前の感覚で語るなと暗に言ったのだが、



「あたしだって大切にしてるもん。またお仕事が忙しくなる時期になるから、今みたいにこれなくなるの。だからシンタにギルマスに戻ってもらおうと思ったのに」



 これまた不機嫌な顔を浮かべたアリスだったが。あまりに予想外の言葉に俺はしばし呆然とする。



「…………………はっ!? 仕事!? いやアリスお前ちょっと待て!」 



 いやいや待つのは俺だ。落ち着け俺。


 アリスと仕事。


 これほど不釣り合いな言葉もない。


 しかもまた忙しくなる時期とは、現在も仕事を続けているような発言。


 しかし俺の知るアリスは、この6年間ほぼ毎日限界時間ぎりぎりまでリーディアンに潜っていた最強廃人。


 六年も暇な会社など休眠状態の会社以外この地球上に存在するはずが無い。


 この両者が繋がる可能性を考えれば結論は一つだけだ。


 アリス……そこまでMMOの暗黒面に墜ちていたのか。

 


「アリス……狩りは仕事じゃ無いからな。RMTは即刻辞めろ。さすがに庇えない」



「なんでそうなるのよ! お仕事! ちゃんとしたリアルのお仕事! …………もう。シンタ達のためにがんばってあげようと思ってるのにやる気削がないでよ」



 心からの忠告だったのだがアリスは頭のウサミミをガッと立てて怒り出した。


 ただその言葉も正直いって意味がわからない。

 

  

「何の仕事やってんだよおまえ。しかも俺らの為ってどういう意味だ?」

 


「いえない。守秘義務」



 気になって尋ねた俺にアリスは教えられないときっぱりと断り、頭のウサミミを丸めて耳を塞いだ絶対拒否状態になった。


 この状態のアリスからはこれ以上はなにも聞き出せないのは、過去の経験から知っている。


 これ以上の追求は無理だろう。


 果てしなく不安を覚えながらアリスに一応の忠告をしておく。



「ったく。ちゃんとした仕事だろうな。もしなんか困ったことになったら言えよ。相談くらいは乗ってやる」



「だから言えないの……でもありがと。気持ちだけもらっとく」



 やはり拒否しながらもアリスは嬉しそうに頷いた。


 一体何をやっているのかは判らないが、犯罪行為じゃ無いだろうな。



「で、お前。どれだけこれなくなるの? ユッコさんとか他のギルメンにも言ったのか? 三代目ギルマスの選定するならみんなに早めに言った方がいいぞ。俺が知ってる奴から選ぶならそっちも相談に乗ってやるから」

 


 新メンバー加入などギルドの各種設定を変更できるのはギルマスと副マスの二人だけ。


 KUGC副マスのユッコさんは温厚で面倒見が良く人当たりもいいので、俺が頼み込んで就任してもらって以来、不動の副マスとなっている。


 ただ夏と冬の前後はリアルが忙しいそうで、そんなに入ってこれないプチ引退状態。


 この夏前の時期にアリスが週に一日、二日しかこれないとなれば、いっその事信頼できるギルメンにギルマスを変わってもらった方がいいだろう。


 初代ギルマスとして、そして元相棒として少しは協力してやろうと思ったのだが、



「シンタが最初でユッコさんにもまだ言ってない。入れるのはお仕事次第だけど……たぶん一日5時間、どれだけ頑張ってもそれくらいしか無理かも」



 アリスの時間感覚をなめていた。


 こいつは筋金入りの廃人だ。

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