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C面 娘様は意地っ張り

 父を取られたようで悔しい。


 仮、代理、補佐、末席etc.etc.ともかくありったけの仮初めやら予備やら表す言葉を繋げた上で、渋々不本意ながら繋がりを感じ始めている地球人のパートナーの指摘。


 さらには自分が生まれて常に共にあったサポートAIが、あろう事か同意する。


だが何よりも腹立たしいのは、自分自身がその自覚があること。


 しかしエリスティア・ディケライアは意地っ張りだ。


 すぐに声を荒げて美月達を不機嫌の理由に挙げて否定してみせるが、1人と1AIは納得するどころか、事実を受け入れろと、言わんばかりにやけに意気投合して攻め立てる。



「2人とも五月蠅い! とっととミニゲーム終わらして次のっ、ひっ!」



 形勢不利と判断して転進を図ろうとさらなる大声を出した瞬間、下から突き上げる揺れを伴った轟音と共に、全方位展開していた仮想ウィンドウが消え、リアルである単身用アパートの室内景色が戻ってくると同時に室内の電気が一斉に消失。


 朝から雷混じりの雨が降っていたがいつの間にやら天気がさらに悪化していたのか、まだ昼過ぎだというのに窓の外は真っ暗闇に染まっていた。


 エリスティアが覚えた恐怖と警戒を示すかのように頭のメタリックうさ耳がぴんと立ち、落ち着き無く左右に揺れる。


 最初の轟音から許された静寂はほんの数秒だけ。


 少しだけ間を開けたのは、演出なのだろう。


 そう恐怖をより煽るための静けさ。



「にゃうぅっ!?」



 身の毛もよだつおどろおどろしい恨めしさで彩られた毒を含む雄叫びが家屋全体を揺らし、真っ黒闇に染まる外界で怪しく光る金色の飛沫が窓を割るかのような勢いで当たり、立て続けに煌めく閃光が何度も暗闇の室内に金色の爪痕を刻み込む。


 これがリアルなら、本当の地球の日本であれば、今世紀初め頃から増えた夏場のゲリラ豪雨が生み出す一時的な猛烈な雷雨と当たるだろう。  


 だがここはリアルの地球ではない。リアルの火星。


 広大な火星の海に点在する諸島群は、一つ一つが様々な惑星環境を再現可能な特殊環境フィールドを展開可能として、第二太陽系(予定)にありとあらゆる知的生命体の来訪を歓迎するための設備。


 これらはエリスの父が、もっと正確に言えばエリスの姓でもある惑星改造会社ディケライア社が、全宇宙に仕掛けた会社と地球存亡をかけた大きなゲームに勝つための仕掛けの中核の一つ。


 落ちぶれたとはいえかつて銀河最大の惑星改造会社と謳われたディケライアの技術やノウハウが惜しみなく注ぎ込まれており、その設備グレードは銀河最高級リゾート惑星と比べても、広さ以外は遜色は無いレベルに仕上げられている。


 極めて貴重な、そして費用も掛かっている設備。


 だというのに、だというのに、ここは両親曰く、いたずらっ子を閉じ込めておくお仕置き部屋扱い。 


 しかも極めて質の悪いお化け屋敷だ。


 空を埋め尽くす真っ黒な入道雲は、天を埋め尽くして蠢く真っ黒な飛行蜘蛛の群れ。


 震動を伴って地上に降り立つ雷神は、どろどろに溶けてただれた皮膚を晒す黄金ゾンビ龍。


 激しく降り注ぎ続ける雷雨は、黄金ゾンビ龍の放つブレスが生み出した天へと昇る荷電粒子に焼き砕かれ変質し、中途半端に溶けたどろどろの黄金となってばらばらと降り注ぐ飛行蜘蛛の形を残した残骸。


 ただのゲリラ豪雨を自然を、ホラーをもって再現するという極めて趣味の悪い世界が、外界にて展開される。



「うぅーおとーさん趣味悪すぎ! 嫌い! だっい嫌いっ!」



 ベットに潜って頭から布団をかぶって少しでも情報を遮断して、この恐怖の時間が少しでも早く過ぎることを祈り、心を奮い立たせるために最近の口癖になった呪文を力一杯唱える。


 この世界が作り物だと知る前は、降り注ぐ黄金ゾンビ龍を筆頭に怪奇生物が跋扈するただひたすらおどろおどろしい地球環境が怖くて怖くて嫌いだった。


 真相を知ってからも生理的恐怖を覚える数々の演出が怖いのは変わらないが、むしろ怒りのベクトルは、これを企てた父に向かっている。


 そりゃ自分が父達の言いつけを破って、勝手に地球側、美月達へちょっかいをかけたことが切っ掛けだが、だがなんでそれが悪いのだ。


 父は、エリスティアの父なのに。


 だから美月達から取り返す為に戦いを始めたのに。


 それが今は父に怒りを覚えつつ、美月達と戦う事になる矛盾。


 180°変わってしまった前提条件の変遷に、本来ならば困惑し、相次ぐ精神的恐怖に疲弊し勝負を投げ出していたかもしれない。


 だがそこに世話役にして、お付きで、何より妹分であるカルラーヴァの記憶消去と思考改変が掛かっているのだ。


 エリスティアのブレーキ役になれないなら、カルラーヴァを変えるしか無いと。


 逃げ出せない、逃げ出すわけにいかない。


 折れそうになる心を奮い立たせて、耐えているとようやく振動が止まり、布団越しにも聞こえていたうめき声にも似た雄叫びもか細く消えていった。


 終わったと胸をなで下ろしかけたがエリスティアは、布団の下で慌てて顔と耳を振って否定する。


 性格の悪い父のことだ。終わったと思わせてから第二弾を仕掛けている可能性もある。


 なにがあっても驚いてやるかと心は勇ましく、身体はおそるおそる。


 ベットで、もぞもぞと動いて、まずは布団からメタリック耳だけを出して、周囲をきょろきょろ探索。


 エリスティアのうさ耳はこの宇宙が存在する三次元のみならず低位や高位の他次元すらも感じ取れる極めて優れた感覚器官。


 だから先ほどまで蠢いていた怪異達の存在をより強く、より恐怖を感じてしまう。


 1.2.3.4……たっぷり30秒を数えて、先ほどまで感じていた恐ろしい造形の化け物達が霧散したと確信して、それでもまだ怖くて半泣きのまま、エリスティアはベットの箸からちょこんと顔を出す。


 先ほどまで地獄の風景を映し出していた窓から見える光景は一変。


 どこまでも広がる夏の青空と、温かく優しい日射しが逃げるなら今だと囁くように、未だ電気が戻らない部屋の中に差し込む。


 いつもこうだ。恐怖の雨のあとに甘い飴が来る。


 逃げて良い。怖いなら逃げればいい。今ならこの部屋から出て、自分の家に帰れるぞ。


 そう囁く善意を装った罠を敷き詰めた道が、エリスティアの前に広がるのだ。


 

「うぅっ! ぜったに逃げないんだから!」



 こんな見え透いた罠につられると思われていることを燃料として、怒りを力にエリスティアは逃げ込んでいた布団をバンと払いのける。


 ともかくまずはさっきの続き。狩りに戻らなければ。その為にもすぐにVR機器を再立ち上げ……再立ち上げ?



「にゃっ!? 電気来てない!? えっ!? 非常用の予備電源ってないの!?」



 仮想ウィンドウは立ち上がるが、PCOにアクセスするためのVR機器とのアクセスリンクは、いくら指を振ろうがうんともすんとも言わず、それどころか室内のエアコンや調理機器などどの機器にもアクセスできず、外部情報とのリンクも接続できない。


 完全なスタンドアローン状態で、今からどうすれば電気が復旧できるのか、エリスティアには想像さえ出来ない。


 

「うっ、うっ、うぅぅっ……まけないもんっ!」

 


 道が見えなくて絶望が脳裏をよぎり泣きそうになるが、涙をこらえ拭ったエリスティアは、VR機器のコードを調べる。


 電気が落ちているのがこの部屋だけかも知れない。


 この世界は狭い箱庭。だが周辺の民家も正確に再現されている、隣の部屋、それでもダメならさらに隣り、それもダメなら別の建物。


 ともかく電気の使える場所を探してゲームを続行してやる。


 気合いと覚悟を決めたエリスティアが電源を抜こうとしたとき、室内に拍手が響く。



「その不屈のゲーマー魂。さすが俺とアリスの娘様。偉いぞエリス」



 拍手の主はいつの間にか玄関側の室内扉の前に立っていた父三崎伸太だ。  


 いつもと変わらない優しげな笑顔でエリスティアを褒める父はすごく誇らしいような嬉しげな賞賛をエリスティアに与える。


 飼い主に再会した犬の尻尾のように、うさ耳がぶんぶんと揺れる。



「おとーさん! っぅ! うぅぅぅ!」



 寂しさと不安からついつい一瞬喜色をみせてしまったが、今は大好きな父が敵だったと思い出したエリスティアは、言葉にならない抗議の声と共に、手近にあった枕を投げつける。


枕は狙い通り父の顔に迫るが、当たること無くすり抜け後ろの扉にポスンとふぬけた音を立てて床に落ちる。


 父の足と枕が重なる。どうやらここに現れた父は立体映像のようだ。  


 娘からの攻撃に対して父は先ほどまでのエリスティアのよく知る優しい笑みから、母といるときによくみせていた面白げな笑みへと僅かに表情を変えた。



「な、何しに来たの! おとーさんは美月達と一緒なんでしょ!」



「おーよくお父さんの予定を知ってるなエリス。娘に興味持ってもらえるとは光栄の至り。いやー嫌いと言われてからへこみ気味だったMPがフルチャージだわ」



 くくっとからかい気味に笑った父は実に楽しげだ。


 その言動一つ一つが嘘くさくて作り物に見えて、でも本気で楽しげでなぜか目をひく。


 父の前に立つ者は誰でも本気を引き出される。それは好意的でも否定的意味でも。


 幼い時に誰かに聞かされた父の評判をエリスティアは怒りの中で思い返す。 


 宇宙開闢以来悠久の時を刻む銀河史。


 三崎伸太がその舞台に躍り出たのはつい最近。それこそ銀河史が恒星ほどの大きさだとすれば、芥子粒にも満たない時間でしか父の行動は刻まれていない。


 だが僅かな芥子粒の存在でありながら、父は銀河最悪のペテン師という悪評を纏い始めている。



「いやーエリスが困っているかと思ってすぐに助けに来てやったんだけど、機器持ち出して他の部屋に不法侵入してゲームを続けようとは。うむそのゲームプレイに対する執着心おかーさんの血が恐ろしいほどに出てんな。ただ犯罪行為はおとーさんは感心しないぞ」



「自分でイベント仕掛けてきた癖に、そうやってすぐに馬鹿にする! おとーさんなんか嫌い、大っ嫌い×100ばいだもん! MP枯渇しちゃえ!」



「うわっうちの娘様怒ってる姿も可愛い。エリスの貴重なお怒り顔で48時間残業いけるな」



 地団駄を踏むエリスを前にしても、どこまで本気なのか分からない巫山戯た余裕のある答えで受け流していた父は、指を振ってみせる。


 エリスティアの体内システムに保護者権限で強制接続すると、復旧プログラムと書かれたファイルを無理矢理に送りつけ、仮想ウィンドウを展開してみせる。


 だが難しいことは書いて無く、子供でも出来る室内掃除や片付けの手順がわかりやすく記載されている、初めてお掃除マニュアルと呼ぶべき物だ。



「そういうわけで緊急イベントだ。復旧っていても難しくないぞ、室内のお片付けな。いやーだめだぞエリス。ゲーム三昧で食器や脱いだ服を放置は。そういうわけで部屋のお片付け終わるまでゲーム禁止な……おぉ父親らしい台詞だな。これならアリスも満足か。いやぁしかし俺がこの台詞を口にするとはな。親子共々業が深いこって」



 先ほどから笑顔を絶やさない父が一瞬だけむっと顔を顰めてて怒ってみせるが、口元から笑みは消えて折らず、それどころか我慢できずぷっと吹き出して大笑いして膝を打っている。


 その目はエリスティアを見ていない。エリスティアという個人を見ていない。エリスティアと名付けられたイベントとして捉えているかのようだ。



「うぅっ! そうやってゲームの邪魔して美月達ばかり贔屓して! おとーさんはエリスのおとーさんなのに!」



「いやぁそれ美月さんやら麻紀さん聞いたら全力否定だろ。俺は可愛い娘様が勝てるために、体力気力を奪うどぶ掃除という全力で足を引っ張るバットイベント起こしてる最中だってのに心外だな」



 心からの声なのに父はまともに取り合わず首をすくめる。



「さすがに贔屓が過ぎるかなと調整でエリスの方にもさっきの黄金龍ゾンビイベントを起こしたけどな。ほれエリスの望みだろ。俺がエリスで遊ぶの」



「うぅぅぅぅぅっ!」



口では勝てない。


 意味は無いと分かっていながらも、とりあえず手元にあったなるたけ柔らかい物をぽいぽいと父に投げつけて抗議の意志を示す。


 

「っとこれ以上おとーさんがいると部屋の片付け所か、余計散らかって復帰が遅れるな。だめだぞエリスお友達を待たせちゃ。というわけで初めてのお掃除頑張れ」



 現れたときと同じように忽然と父が姿を消して、扉の前には枕やティッシュケースやカルラーヴァが持ってきてくれた、父の買ってくれたお気に入りのぬいぐるみが積み上がっていた。



「っっっぅっう! ぜったいおとーさん許さないんだから!」



 冷たくされるわけではないがエリスティアで遊ぶだけの父への悲しみはある。


 だがそれよりも父への怒りが勝る。だから絶対勝つ。


 絶対に諦めない。


 マニュアルをざっと読みまずは一番目から始めるために、先ほど自分が投げた物から片付けを始める。


 エリスティア・ディケライアは意地っ張りである。


 それこそ母であるアリシティア・ディケライアとよく似ているだろう。


 だが父の狡猾さにはまだまだかなわない。


 電気の復旧だけなら、マニュアルの最後に記載されていた玄関の上の配電盤のブレーカーをあげるだけで良かったとエリスティアが気づくのは、完璧にそれこそ必要以上に部屋を綺麗にした2時間後のことだった。



「うぅぅ! 絶対絶対おとーさんと美月と麻紀全部纏めて倒すんだから!」



 ランチどころかティータイムさえ終えた頃にようやく戻ってきた相棒の気合いの入った狩りに、事情は分からずともサクラが感心するのはまた別の話。

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[良い点] 更新嬉しいです [一言] エリスちゃん可愛そう……違った、可哀想…… 三崎氏絶好調だなぁ……大丈夫?キュートアグレッションとか発症してない?
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