C面 今少し時間と予算をいただければ、どうにかする一族
『リルさん。アリスに緊急援護要請おねがいします。プラン74B4』
日陰に入って休憩を取りながら、あらかじめ用意していたプランを発動させ、最強相棒召喚の準備を始める。
家族への隠し子ばれなんぞ、風体悪いことこの上なしだが、こいつをチャンスに生かす方法も無きにしも非ず。
『畏まりました。ですがアリシティア社長は地球時間該当時刻には、監査に立ち会っておりますがいかがなさいますか?』
宇宙もピンチなのは相変わらずだが、ここはお仕事大好き日本人らしくなく、家族優先と行かせてもらおう。
『家庭の問題で押しきりで。でもカルラちゃんだけだとシャルパさん相手はきついだろうから……サラスさん、いえシャモンさんに御出陣を願いますか』
シャルパさんの私情を挟まない性格から見るに、サラスさんならそつなくこなしてくれると思ったが、それだと予定調和が過ぎる。
あっちの三姉妹も、次の手のためにそろそろ顔合わせイベントを同時進行と行くか。
当てが外れる可能性も高いが……大怪獣決戦になったらなったで、アカデミアの先生方にグラッフテン同士の全力戦闘データという貸しをご提供。
不幸中の幸いを見つけて心の均衡を保っておこうと不謹慎なことを考えていると、通信用仮想ウィンドウが開く。
『ちょっとシンタ。お義姉さんがエリスの件で奇襲ってマジ!? しかも女子部ルートって!』
画面に現れたのは、頭上のうさ耳をばたばたと動かす焦り顔のアリスだ。
『ばれたばれた。羽室先輩経由でOGのお姉様方だろうな。この間、姉貴の嫁ぎ先に泊まりに行ってたみたいだからそん時だろうな』
『うにゅゅぁつ! 次のオンライン女子会が取り調べ会決定!?』
人の恋愛を酒のつまみとして大好物にする魑魅魍……もといOGのお姉様方にとっちゃ、俺とアリスの間に隠し子なんてビッグニュースを放置はあり得ない。
遊ばれること確定なアリスはさらに絶望顔だ。
禁断技のようで、機密保持の名目なら結構ほいほい使えそうな地球人類総記憶改竄ってワイルドカードもあるんだが、それをやった日にゃ、ようやく出来はじめたエリスのお友達ネットワークも皆無に戻っちまう。
うちの娘様が、麻紀さん達に勝手にエンカした段階で、娘ばれは覚悟していたので、その他諸々と含めて策は立てていた。
それはアリスも知っているが、予想していた漏洩ルートの中でもアリス的には最悪な一つのご様子。
しかしこれはちとまずい。
何せ姉貴、親父、さらにはお袋とこっちの弱点を知り尽くした天敵共のお出まし。アリス防壁無しじゃ心許ないってのに、このデバフ精神状態はいささか計画がずれる恐れあり。
『そっちも何とかするから任せとけ。俺も吊し上げは勘弁だっての』
『任せとけって。根掘り葉掘りされるのあたしだよ。今のプランだっておもしろがってからかわれるよ!?』
『いい手があんだよ。ちょいと姉貴の策を逆利用させてもらってな。ちょうど……』
『……うぁっ。下世話』
俺の修正プランを聞いたアリスがどん引き顔を浮かべる。
しかし反対意見が出ないのは織り込み済みだ。
『ナマモノは新鮮な方が良いだろ。きっかけさえ有れば、とっくにつきあってたってアリス情報だろうが。って訳で後で合流な』
『うー後で恨まれないかな』
不承不承なアリスとの通信が切れると丁度俺が大磯さんに連れられ雨合羽を着込んだ陽葵が戻って来て、その後ろには冷たくしていたドリンクや濡れタオルを運んでくる後輩達の姿。
我が姪ながら天然陽キャな陽葵は、このクソ熱い日射しの元でさらに蒸れる雨合羽を着込んで、環境整備という名の面倒な清掃活動だというのに、イベントとして楽しもうというご様子。
姉貴は俺の性格をよく知っている。
そんな可愛い陽葵を一人で帰そうと思わないことを読んでいやがる。状況によっちゃ陽葵を餌に強制送還を行うつもりだ。
だけどな姉貴。そいつは甘い。
「悪いなカナ。頼みついでにもう一つあるんだがいいか?」
「げっ……なんすか? シンタ先輩のその顔の時って碌な頼みじゃ無いですよね」
タオルや飲み物を配っている金山は、警戒感をあらわにしているが、
「なーに。陽葵を家までちょっと送って欲しいだけだって。交通費とバイト代は俺が出すからよ」
「いやいや。陽葵ちゃんの家って前に行った先輩のお姉さんの嫁ぎ先ですよね。遠すぎです。俺が小学生を連れて新幹線で移動って事案まっしぐらなんすけど」
「宮野妹! カナを護衛につけるから一緒に行ってくれ。土産物代もつけてやる。宮野先輩が俺の地元の漬け物が好物だったろ」
「昼に県外でどぶさらいで夕方に温泉日帰りってどれだけ強行軍ですか。さすがに勘弁してください」
「そこを何とか頼む。バイト代ははずむからよ」
渋る後輩共を金の力というチートアイテムで何とか説得していく。
しかしな後輩よ。誰も日帰りとは言っていないんだがな……
かわいい姪を託せるほどに信頼している後輩共がここにいるってのを、さすがの姉貴も予想していまい。
そしてそれがアリスの窮状を救う一手になることもな。
「女将さん。すみませんちょっとシン締めてくるんで、陽一さんと一緒に昼過ぎに抜けさせていただきます」
みさきや旅館の若女将三崎葵は、女将であり義母に申し訳ないと深々と頭を下げる。
サンクエイク事件以降、航空機の利用はほぼ不可能となり、国外旅行はもちろん、国内旅行も遠隔地にはなかなか行きづらい状況もあってか、VRを用いた仮想旅行が大ブームになっている昨今、それでもリアルが良いという客がいるのも当然と言えば当然。
世間一般では夏休み中ということもあり、みさきや旅館もそこそこに部屋が埋まっているので、いくら一息ついた昼過ぎでもそうそう席は外せないのだが、今回に限っては致し方ない。
「気にしなくていいってば。シン君がなかなか摑まらないってゆっちゃんもよく愚痴を零してるんだから。家族問題は大事大事」
葵の実母である三崎優花と義母の三崎菊代は、年齢が一つ違いということもあってか、従姉妹というよりも姉妹と呼んだ方がしっくりするほどに仲が良い。
葵も昔から娘のように可愛がってもらっているので、嫁姑問題なんて言葉は遠い世界の単語となっている。
「だけどシン君に隠し子ねぇ……シン君がそんなヘマするかしら。三崎の分家のなかでも、近年稀に見るほど三崎の子だって叔父様方にも評判なのに」
温泉の効果なのかやけに若々しい義母がちょこんと首をかしげると、さらに若く見える。
最近では葵と菊代が出迎えに並ぶと美人姉妹女将と勘違いする客もいるほど。しかも葵の方が姉と思われているのはご愛敬だろうか。
「それ絶対に褒めてませんよね……だからです。シンの奴って状況次第じゃ、平気で感情やら家族の絆とかも手に組み込んでくるから、今回は何に巻き込まれたのか」
「ほんと三崎の子よねシン君。アリスさんがいなければ本家の婿にどうかって声もあったのに」
「うちの一族はほんとに……何かが起きているときのシンに無駄に時間とか権力を与えちゃダメですってば。状況を面白がって何しでかすか分からないんですから。なにやらかしてるのよあいつは」
若女将という顔が割れ、姉としての感情を覗かせた葵は深々とため息をつく。
地元にいた小、中、高校時代は、数年に一度くらいで新聞沙汰になりそうなことに関わっていたりはしたが、大学に進学して地元を離れた後は、一度VRゲームにはまりすぎて家庭内問題を起こした以外は、特に何も無く平穏に過ごしていた。
むしろ時勢で客足の鈍ったみさきや旅館に、先輩やら後輩を紹介したり、就職してからも取引先に勧めてくれたりと、いろいろしてくれていたのを感謝していた。
ところが二年ほど前からだろうか、就職先の業界で何かをやり始めたのか、門外漢の葵にもちらほらと名前が聞こえてくるようになって、挙げ句の果てにはサンクエイク事件後は話題に事欠かなく、弟の情報がその気がなくてもご近所さんから入ってくる始末だ。
平時は堅実凡庸。非常時は狡猾大胆。それが地元での三崎の家を語る際の代名詞となっている。
幾度もの戦乱や恐慌を乗り越えて、地元で旧家と呼ばれるほど今も繁栄しているのは伊達では無い。
そして葵の弟、三崎伸太は分家のさらに分家。かろうじて家系図に名前が載るかどうかというのに、その三崎の家の典型的な……いやそれを濃く煮詰めたような性格。
そんな弟が大きく動いているときは、とんでもないことに関わっているに決まっている。
「済みません。午後の仕事はなるべく片していきますから」
「気にしなくて良いから。それよりシン君、耕太さんやゆっちゃんに陽一も呼んでるんでしょ。耕太さんには伝えておくから陽一を起こしてくれば」
「すみません……ほんとあの弟は」
「葵ちゃんも子供の頃から気苦労が絶えないわね。さてとゆっちゃんちに……」
昔よく同じ愚痴を零していた葵の後ろ姿を懐かしそうに見送った菊代が、葵の実家に連絡を取ろうとした所で、菊代の個人番号の方に連絡が入る。
このタイミングで、しかも個人番号にわざわざ連絡を入れてくるとは……
きょろきょろと辺りを見回した菊代は、近くに人がいないのを確認してから通信を繋げる。
『ちょいと協力を頼みます』
「ふふん。シン君が私を呼び出さない段階で何か考えが有ると思ったけど何かしら?」
『縁結びの御利益がある温泉宿って評判に一件上書きを入れようかなって』
「あら、お客様のご紹介をいつも悪いわね」
開口一番挨拶も無しに用件から繰り出してくる伸太に対して、菊代もよく似た悪戯気な笑顔を浮かべる。
三崎葵は知らなかった。
弟の前は、誰が典型的な三崎の子と呼ばれていたかを。そして幼い弟にいろいろ教示していたかを。