C面 強襲はいつだって不意に来る
「いやー晴れて良かったですね。雨で延期となると、今日みたいな都合のいい日が取れないですし」
天気は快晴。というか灼熱。夏らしいといえば夏らしい日。
リルさんに天候設定を頼んであって、もうすぐ雲がかかるので作業中は少し涼しくなる予定だ。
「でもいいのかい。わしらが簡単な周辺清掃作業の方にまわって? 年寄りが多いから助かるのは確かだけど」
「えと、はい。大丈夫です。三崎君がいつもの外、いえ交渉力を発揮して援軍要請してくれましたから」
町内会長の竹内さんをはじめに、頭に白髪が交じりはじめているご近所の方々がゴミ袋を片手に申し訳なさそうに頭を下げてくるのに対して、我が社の最終兵器受付嬢大磯さんが笑顔で返す。
いつもなら町内どぶ清掃は、もう少し涼しくなってから秋口辺りに行われるんだが、今年はサンクエイクによる電磁障害対策集中工事が、市内全域で同時期に行われることもあって繰り上げ。
しかし町内会長の仰るとおり、真夏にご年配のご近所の方々に、側溝の蓋外しやらの重労働をしていただくのは、熱中症を考えるとちと危険。
だからご近所の大半を占める年配の方らは、周辺の植え込みゴミ回収など軽作業の方に回っていただき、俺ら少数の若手組が重作業って役割分担は、ある意味当然の戦力配置。
前回のぎっくり腰連発の二の舞は避けたいしな。たかだか腰が痛いだけだろうと思っていたんだが、あの痛がりようと言うか悶絶している様を見たら、なめてかかったらえらい奴だと、自分がやって無くても実感する。
ただ若手組と言っても、実年齢はあれな俺や大磯さんを含めても、ご近所有志で10人ほど。それでこの裏通りの側溝を全部となるとさすがにやばい。
となると助っ人参上が、この場合の正しい解決法だ。
「大丈夫ですよ。今回は、企業訪問やら会社見学やらな若手がいますから……この状況で断らないよな。若い連中?」
振り返った俺は嫌みたっらしく、後方に控えていた集団ににやりと笑ってやる。
そこに控えていたのはKUGC所属で絶賛就活中の後輩一同プラス、羽室先輩に引率された美月さんら高校生組がいる。
「汚れてもいい格好でとは聞いていましたし、この状況下から逃亡って選択肢はしませんけど……これのどこが企業訪問ですかシンタ先輩?」
「ネットで繋がったこの時代、家賃の安い地方都市でオフィスを構えるのも選択肢の一つとしてありだろ。だけど見た目怪しい輩が年中無休24時間出入りする運営会社としちゃ、ご近所様との良好な関係構築は必須だろ」
この世代の部長宮野が憮然とした表情で睨み付けてくるので、それらしい理由を俺は笑って答えてやる。もっともこれはうちの社長の受け売りだ。
安心しろ宮野、俺も昔どぶさらいのどこが最重要任務だと思っていたからな。
「あきらめなって美貴。シンタ先輩が部長だった時も合宿っていって温泉街につれてかれて、旧館からの荷物運び出しとかあったじゃん」
「あーあれな。美味い飯と風呂が食い放題、入り放題でも、とんとんか微妙な、絶妙なラインだったな」
「でも今回は一日だけだからって交通費プラス弁当代ってけちくさくないですか先輩」
姉貴の嫁ぎ先旅館の改装工事か、そりゃ懐かしい。俺の時間認識上は半世紀以上昔の事なんだが、後輩一同にとっちゃ数年前の悪夢再びのご様子だ。
「あー心配すんな。このあとうちの社内でいろいろおもしろい物を見せてやるから。ゲーム攻略には役立たんが、これからの実装予定機能とか開発工程なんかをチラ見だけどな。会社行事に参加って、どこかのステマだってだまくらかそうとしているお嬢さん方にも有効な手だろ」
後輩らにはいつもの横暴な先輩命令だが、その後ろの高校生組は引率の先生以外は、俺の最後の台詞に困惑気味。
先頭に立つ美月さんから若干敵意の籠もった視線が向けられてくるのが、気に掛かるくらいか。
うむ。あとで親父さんの清吾さんにお土産に持って行ってやろう。こんな美月さんの表情は珍しいだろうからな。
「ねぇ美月。さっきのアレって、あたし達の計画がばれてるよね」
学校指定のジャージの上にいつものマント姿で泥をすくう麻紀が、少し離れたところで男性陣一同で、次々に蓋を外している三崎の様子をうかがう。
他プレイヤーから優遇されているという誤解とヘイトを招かないために、自分達はステマプレイヤーだと思わせるのが今の美月達の方針だ。
ステマ偽装戦略は今のところ順調といえば順調だ。
少しばかりちょっかいを掛けられることはあっても、他プレイヤーから嫌がらせの妨害や本気の攻撃を仕掛けられることもほぼ無く、決闘の約束をしたサクラたちからの襲撃も無く、着実に戦力増強と経験値を稼げている。
「ばれるのは想定の範囲内だよ……だから今回の接触って釘を刺すため、だと思ったんだけど」
何らかの策略で三崎が呼び出したと警戒はしつつも、従来の生真面目さで丁寧に掃除を続ける美月は、その真意が読めず困惑していた。
三崎の発言を額面通り受け取れば、確かにステマ偽装に有効だ。ただそれ自体が罠ではないかと警戒が高まるのも、三崎の今までの言動を考えれば当然と言えば当然。
どぶ清掃はともかく、この後のまだ公開されていないこれから実装予定の新機能などの最新情報は、運営との繋がりを如実に表している。
「あー2人とも気にしすぎると罠にはまるよ。前も言ったでしょ。先輩の場合は考えさせることも、リソース消費させる戦術だったりするから。あと純粋に人手が欲しくてって線も捨てがたいから。その辺ってどうなんですか……大磯さんでしたっけ?」
すくった泥をざるで水気を切る美貴が対三崎に対する心構えを説きながら、三崎の同僚だという若い女性ホワイトソフトウェアの受付大磯に探りを入れる。
「三崎君だからねー。あなたたちも大変でしょ。三崎君が先輩だと。私は年下だけど一応社歴は先輩なのに、結構無茶ぶりくるから。ただ今回はどうだろ? アリスさんが三崎君のこと外道善人って呼ぶでしょ。今回は作業が真夏で何かあっても大変だからって、業者さん呼ぼうって話もあったんだけど、町内会費残金で頭を悩ませている会長さんに、三崎君が提案してたから」
同情の色を含めた大磯の苦笑には、仕方ないと思いつつも三崎への信頼が見て取れる。
「ご近所への好感度調整ですか……あの先輩のことだから他にもいくつか狙い上がるんでしょうけど。今回は何を企んでいるんだか。ダイレクトアタックしている羽室先輩に期待するしかないか」
今の三崎の人脈を考えれば、他にも人手を招集する伝手はいくらでもあるはずだ。それなのに今回わざわざ県をまたいで自分達を呼び寄せたのは何かの狙いがあるはず。
美貴の推測に、美月の警戒レベルは一つ上がっていた。
「で、お前何企んでやがる?」
対面で一緒に蓋を持ち上げた羽室先輩が、真っ正面から切り込んでくる。
「だからさっき言ったでしょ。会社見学の一環プラスちょっと手助けですよ」
まぁ疑われても今回は使えるカードが少ないのと、美月さんらへのちょい援助のつもりだったんでそのままだ。
「うさんくせぇ」
「かわいい後輩が素直に答えたのに、その返しは教師としてどうです」
雑談をしつつも息の合った作業で蓋を外して、横に並べていく。腰が痛くなってくるが、さすがにこりゃ町内のご年配方や、運動不足な会社の先輩方にやらせるのは酷だわな。
うむ。来年以降もこの企業訪問恒例行事にと社長にプレゼンしてみるか。
タウン誌辺りで紹介されれば、企業イメージプラスのいい宣伝になりそうだ。
「先輩をどぶ掃除に借り出すかわいい後輩なんぞ存在しねぇよ。第一シンタの場合は言動が日常から怪しいんで額面通りに受け取る奴が少ないっての自覚しとけ」
「これでも嘘偽りなく、誠実に生きてるつもり何ですけどね。ほれ高校生だけ呼び出すとアレですけど、引率の先生いれば問題ないでしょ」
「どこが誠実だ。この間だって……おぉそうだ。なら教師らしく公正に教えといてやる。この間の情報OG連中に流しといたぞ」
激烈な嫌な予感が背筋を走る。真夏の作業で全身から出ていた汗が一気に冷たい物に変わる。
待て、この先輩、何をあの女悪魔共に流しやがった。
いくつか候補があるが、どれもあの先輩方に掛かっちゃ、美味しく料理されかねない。
「うちのかわいい生徒に手を出す暇が無くなるくらいの嫌がらせにはなるだろ」
羽室先輩の表情に、かつて罠師と恐れられた特攻ハム太郎の顔がダブりやがった。
最悪のパターンを想定して、対策を立てようと頭がフル回転する。
だが最悪ってのは、いつだって予想外、もしくは手遅れになっているから最悪だということを改めて実感する羽目になる。
「あーいた。シンにぃ! やっほー!」
俺を呼ぶやけにフレンドリーな子供の声が響いた。
俺の知り合い連中は俺をシンタと呼ぶが、親戚連中は同じ名前の親戚がいるんで、俺をシンとよぶ。
そしてそこに兄をつけてくるのは、今のところただ1人。
この先を考えると振り返るのも嫌だったんだが、ここで無視するという選択肢は俺には許されない。最悪の状況となった場合あとが怖すぎる。
麦わら帽子に日焼けした手足と、まさに健康優良児な田舎の子供がそこにはいやがった。
「母さんがお盆も帰ってこないから、偵察して来いって、いやー熱いね、こっちは」
今このタイミングで無ければ、妹みたいなかわいい姪と分類してやれる姉貴の一人娘。三崎ひまりがエンカウントしやがった。